三島由紀夫VS太宰治
- 1 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 14:33:43 ID:er7/cU4l
- さあ語れ
- 2 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 14:37:20 ID:Wq8MJ/Q2
- HG対RGって事?
- 3 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 14:46:08 ID:er7/cU4l
- 三島はハードゲイだが、太宰はゲイじゃなくて女好き。
- 4 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 19:10:15 ID:DY6q/98V
- もう私小説に飽き切った
- 5 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 22:22:09 ID:kaoWBBOV
- 割腹と入水なら、割腹の方が男らしいか。
- 6 :大人の名無しさん:2007/03/19(月) 23:01:44 ID:DY6q/98V
- つか、男らしさで太宰を引き合いに出すほうが・・・・
- 7 :大人の名無しさん:2007/04/05(木) 07:44:16 ID:aTh2yz3x
- 何故三島は太宰を嫌ったか.それは自分の家より太宰の家の方が少し家柄が良くかつまた太宰の家より自分の家の方が少し宮中に通じていたゆえである.所詮三島とはこの程度の人間.
- 8 :大人の名無しさん:2007/04/05(木) 21:18:11 ID:cWjV/qF6
- 三島は男色家で男同士のSMプレイを趣味とするガチムチのM男。
- 9 :大人の名無しさん:2007/04/09(月) 18:11:01 ID:o6v0J2h1
- 必ず三島由紀夫のスレに粘着する必死なアンチがいるね
- 10 :大人の名無しさん:2007/04/17(火) 16:43:00 ID:2figFsV8
- 美輪さん曰く三島はバイセクシャルだったそうだが。
- 11 :大人の名無しさん:2007/04/24(火) 00:01:33 ID:vjc5RN45
- 色んな板に三島スレが立ってるなww
- 12 :大人の名無しさん:2007/04/29(日) 12:05:27 ID:md3RMn5n
- >>10
美輪の言うことは全て大袈裟
- 13 :大人の名無しさん:2007/04/29(日) 17:42:45 ID:oMU+VpQi
- 太宰はかわいい
- 14 :大人の名無しさん:2007/05/06(日) 15:04:59 ID:qafdAjnE
- Mって言っちゃえばそれまでだが、「聖セバスチャン殉教図」で射精できる変態男の性癖なんか理解できねーよ。
現代日本でそれを再現するのはせいぜい写真集か映画までだ。
現実には到底起こりえない設定。
が、日本には過去にそれに代わる物があった、切腹だ。
三島は元々復古趣味があったし、行為自体に好感はある。
しかし、切腹は本来何か罪を得たり、自らの失敗があってはじめて行うことが出来る業だ。
何もないのにただ腹切っちゃえば、単なるオタになっちまう。
だけど三島にはそんな罪も失敗も何もなかった。
そこで天皇とか憲法とか言掛かり考えて、実現不可能な、「確実に」失敗する理屈をこさえ、おもちゃの軍隊まで作り、リアルな自衛隊員には野次飛ばさせる根回しもした。
貧弱青びょうたんが、まず体を鍛えるってとこから始めて、超の付く運動オンチが大嫌いだった剣道までやったんだ。
あまりにもバカバカしいことかもしれんが、10年以上もの期間かけたあたりは評価できるんじゃね。
後世の、我々のようなメタポリ2ちゃねらーが見習わなければならない点が数々存在する。
- 15 :((@∀@≡∀≡@∀@)) ◆ANOSADJXD6 :2007/05/06(日) 15:26:52 ID:5dtSv7Vp
- セバスチャンはあの受難では死ななかったんですけどね
なんであれで殉教したと思うかな
…いや思うかwみんな思うよな。無理もない
- 16 :大人の名無しさん:2007/05/21(月) 22:48:40 ID:eUtPLgCx
- 太宰はイメージに反して運動神経は抜群だった。仮に三島が太宰と殴り合いの喧嘩をすれば三島はボコボコにされる。
- 17 :大人の名無しさん:2007/05/21(月) 23:38:49 ID:CLG2ohzW
- >>16
ほんとうかい?
- 18 :大人の名無しさん:2007/05/22(火) 18:57:25 ID:UbvOvRoI
- そう
大柄だったし
病弱なイメージあるけど
病弱なのは三島
- 19 :大人の名無しさん:2007/05/22(火) 21:43:36 ID:tLCACklm
- 健全にスポーツを楽しむさわやか太宰
なんかやだ
- 20 :大人の名無しさん:2007/05/29(火) 10:32:56 ID:43YN2VjJ
- 私は個人的に太宰治を好ましく思っています。彼のものの考え方が私と似て
いるせいかもしれません。
- 21 :大人の名無しさん:2007/06/12(火) 08:13:10 ID:Jy8XkLkP
- 太宰治は若いときに読みました。
三島由紀夫は今読んでします。
そのせいだとは、思いますが
太宰治を読んでいるときは、もう死にそうに堕ちたけど
三島のほうは、なんかおしゃれだなーという感じ。
作品によっては
おーいやだ。。若いとき読んでいたらどんよりしちゃうだろな。
という部分もありますが。
地方の名士様出身と
都会の中流家庭出身のちがいかな
(中流ってもともとの意味は天皇、それに関係する家系の次に来る
高級官僚みたいな人々だったと思います。そういう意味で)
三島が、斜陽の会話がブルジョアとしては偽物だっていってたらしい
カッコワル
- 22 :大人の名無しさん:2007/06/18(月) 00:09:55 ID:bt/jG2vI
- 三島は生前に「関西人は日本人ではない」と暴言をかましている。
- 23 :大人の名無しさん:2007/06/18(月) 00:46:42 ID:bXWFzHlK
- そりゃあ初耳だ。大和朝廷の時代から皇室は千年以上も関西にあったのに。
天皇を日本人と認めないってことは、市谷駐屯地の割腹自殺は何だったんだ?
まるっきり矛盾してるなあ、盾の会は。
- 24 :大人の名無しさん:2007/06/18(月) 00:59:01 ID:M/q4mWix
- なんかいかにもって感じの二人の比較スレだねwww
- 25 :大人の名無しさん:2007/06/20(水) 09:20:24 ID:LN+y+jpE
- ■平成19年度 武蔵野大学 日本語・日本文学科公開講座
会場: 本学グリーンホール
申込: 不要
聴講: 無料
月/日 時間 演 題 講師名
6/20(水)13:00〜14:30
「三島由紀夫が問いかけるもの」 松本 徹 文芸評論家・元本学教授
- 26 :大人の名無しさん:2007/06/20(水) 16:31:25 ID:JkHcm+9k
- >>21
貴族の娘が、台所を「お勝手」、「お母さまのお食事のいただき方」などといったり
(本当は「お母さまの食事の召上がり方」が正しい)
母親が自分に敬語をつけ「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」といったり
何でも敬語さえつければいいと思っていると批判してた
作中の貴族はもちろん作者の寓意で、リアルな貴族でなくてもよいが、
小説である以上、そこには多少の「まことらしさ」が必要と、批判してたね
- 27 :まことちゃん:2007/06/21(木) 01:14:34 ID:0YDux5ng
- まことらしさなのら。グワシ。サバラ!
- 28 :平岡公威:2007/06/21(木) 14:41:23 ID:Z3X+N54f
- 僕は太宰さんが嫌いなんです。(・∀・)ニヤニヤ
- 29 :大人の名無しさん:2007/06/23(土) 12:03:19 ID:Ixbfsh6D
- でもこうして来てるんだから、好きなんだ(・∀・)ゲラゲラ
↑この態度も嫌いだったのだ
シャキ━(`・ω・´)━ン!!
byきみたけ
- 30 :大人の名無しさん:2007/06/24(日) 00:29:23 ID:RCP5irb9
- 両方却下。あのころは、小説より、詩の方が面白いんじゃないか。
- 31 :大人の名無しさん:2007/06/24(日) 00:39:47 ID:eQAXNjre
- 詩と言えば、ユリイカですね。
- 32 :大人の名無しさん:2007/06/24(日) 01:10:41 ID:Io5NsV5c
- 太宰も三島も、全盛期のころに書いた作品の多くは、おれより年下のころに書いている。
だから、おれはもう、小説は読まない。ノンフィクションが好きだ。年上の書いたノンフィクション。
- 33 :大人の名無しさん:2007/06/27(水) 23:04:53 ID:QAIKO9qw
- 『暴流のごとく』
公威は、独特の笑顔を持って生まれてきた赤ん坊であった。
明るく、底の方から湧き出るような笑顔である。笑うつもりもなく自然に顔中の筋肉がほぐれ、こぼれるように溢れる笑顔こそ、生涯をかけて私を励まし慰めてくれたものだった。
二十歳の健康な母親には豊かな乳房があり、赤ん坊はほとばしる乳をたっぷり呑んで育った。
この世から、もしこの顔が消えることがあったら、私は生きていることは出来ない、とその時から幾年もずっと思い続けて来た。
- 34 :大人の名無しさん:2007/06/27(水) 23:06:12 ID:QAIKO9qw
- もしそのような事があったら、誰が何を言おうと一緒にお棺の中に入ってしまおう。家中の者が泣き喚いて止めても実行しよう、と思い定めていた。
それは、公威が長じて大人になってからも、消えるどころかだんだん強固なものになって来ていたから、事件の時点で当然実行する筈であった。
ところが、あの時、はっきり拒否する公威の声があった。私は意味を考え、そして分かった。
折角の彼の行為が汚れるからだ。私が何をしたところで、公威の味わった苦しみにはとても近寄れないが、これから先に立ち現れる障害に耐える力をあの時の公威が私に授けてくれたように思う。
(平岡倭文重「暴流のごとく」から)
- 35 :大人の名無しさん:2007/07/08(日) 18:53:08 ID:IQ7oraXC
- 三島はテロリストでお騒がせ野郎。アルカイダと三島は同類。
- 36 :大人の名無しさん:2007/07/08(日) 21:10:56 ID:zuLoJ2Mj
- まあどっちも迷惑者だわな
- 37 :大人の名無しさん:2007/07/14(土) 14:33:17 ID:4b1jxc7n
- 三島由紀夫はイタリアで人気があった
- 38 :大人の名無しさん:2007/07/16(月) 14:33:21 ID:3FBq5lTa
- >>35
あきれるほどの勘違いバカレス
- 39 :大人の名無しさん:2007/07/17(火) 17:50:07 ID:XtGuacWJ
- (´・ω・`)死んで何十年経っても話題にされるだけでたいしたもんだ
- 40 :大人の名無しさん:2007/07/27(金) 13:05:45 ID:e7vCNz1X
- 三島みたいな親父が欲しい
太宰みたいな友人が欲しい
- 41 :大人の名無しさん:2007/08/03(金) 15:36:51 ID:Q9Pie5IZ
- 三島みたいに手前勝手な理屈で死んでしまうような変態を親父には欲しくない
太宰みたいに借金して踏み倒すような奴を友人には欲しくないw
- 42 :大人の名無しさん:2007/08/04(土) 15:16:42 ID:N40ee+iF
- >>41
その前におまえなんか
三島由紀夫と太宰治のほうから断わられるよw
- 43 :大人の名無しさん:2007/08/04(土) 18:44:28 ID:TsQpauIh
- 望むところだ
- 44 :大人の名無しさん:2007/08/07(火) 09:58:33 ID:haSdKs2x
- >>43
そうは言ってもこうやって来てるんだから、やっぱり好きなんだろ?
なぁ、やっぱりすきなんだ。
- 45 :大人の名無しさん:2007/08/14(火) 15:30:36 ID:7Jl2U0p6
- きらいなら、来なけりゃいいじゃねえか
- 46 :大人の名無しさん:2007/08/17(金) 19:18:15 ID:/5jnprEs
- >>44
太宰が三島に言った言葉だろこれ
- 47 :大人の名無しさん:2007/08/17(金) 23:07:53 ID:Hm63btOR
- どうでもいい話だけどさ、
江戸時代に切腹した人間って10人程度だったそうだよ。
三島はこのことを知ってたのだろうか。
- 48 :大人の名無しさん:2007/08/20(月) 03:12:02 ID:VjxqITOR
- 三島由紀夫
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=550838
- 49 :大人の名無しさん:2007/08/24(金) 20:07:18 ID:aKyFHt6m
- 仮面の告白は、大部分が三島自身の生活の事実と符合はしていますが、虚実がとり混ざった、一つの「作品」だと思われます。
テーマは「ソドム(悪行)の美」で、理性の目と、感情の目に見える美の違いと、それに苦悩する主人公の葛藤を描いています。
同性愛者の告白という筋立てにはなっていますが、むしろ、それを「仮面」にして、
彼の本来持っている強いマゾヒスティックな「超我、エロス、死への願望、悲劇への願望(人間超脱への希み)」の暗い衝動を、ある種、赤裸々に「告白」というか露呈してしまっていると思います。
小説の後半については、同性愛者の仮面の叙述のベールの裏に、実在の園子(K子)への三島の何か断ち切りがたい感情が感じられます。
- 50 :大人の名無しさん:2007/08/30(木) 10:54:08 ID:yKxaRRxU
- 日本の文芸では古来より万葉調と古今調の形式的美学的対立があり、王朝文学が様式美の洗練へと発達した経緯があったためか、
近代以降は自然主義のヘタウマ的リアルが幅を利かせるようになる訳です。
王朝文学の継承を自認する三島にしてみれば文章はうまくなければいけませんし、
そこで文体重視の観点から鴎外と鏡花を双璧として評価しています。風景描写も観念的に再構成しているので、
三島文体をわかっていない奥野健男などは「潮騒」を読んでも潮の香りがしないし、銭湯の富士のペンキ画みたいだと、まるで抽象名画を前にして本物らしく見えないと言ってるような間抜けな評論をしています。
- 51 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 09:58:54 ID:/1vWazwd
- 自分と同様の資質を持つ太宰に対する嫌悪というのは、太宰が自らを道化にしているところですね。道化というのは、だいたいヒーローの引立て役で太鼓持ちですよね。太宰は悲壮美の人、イエス・キリストの太鼓持ちです。
三島の美意識というのは自らの肉体から不随意筋及び脂肪を駆遂するかのように、同情を引くような自己憐憫や笑いを駆遂する事にあり、文字通り、自らの存在にヒーローを体現する事にあるんですね。
誰か他者の太鼓持ちなんて死んでもやらないという強いこだわりがあって、政界なんかに身を置いた日には金に体を縛られて美意識なんていってられなくなってしまう。
江藤淳に無意識過剰と呼ばれた慎太郎は三島のポートレートに辟易する訳ですが、最後に絶対に美しい写真を見たといいます。
それは大自意識家である三島が誰の視線も意識する事なく、その無意識を露見させて市ヶ谷の総監室で学生達に指揮しているところを隠し撮りされた写真で、慎太郎はそれを、さる警察官から見せられたといいます。
- 52 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:09:26 ID:/1vWazwd
- 「中世 剣」(講談社文芸文庫)収録の安藤武が作成した年譜によると、三島は12歳で太宰の「虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ」を同じ痛みを感得して読んだとあります。
そして、「国文学 解釈と鑑賞」11月号に掲載された「対談『十代書簡集』をめぐって 安藤武──富岡幸一郎」中の安藤発言によると、あの出会いの事前に作家の三島由紀夫だと言う事を教えてくれていれば、
もっと話の仕方があったと大変残念がって太宰が言っていたという事を、太宰と交流のあった林富士馬から聞いたと言うエピソードが紹介されています。
太宰の中で三島の顔と名前が一致していなかったと言う話が出てきて、私はそれまで知りませんでした。
一方、「含羞の人 私の太宰治」の著者矢代静一は、太宰が、三島由紀夫なんて小説家知らねぇと上機嫌で言ったと書いています。
- 53 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:10:27 ID:/1vWazwd
- ただ、松本徹の年譜によると、太宰が山崎富栄と行方不明になって捜索されていた6月16日の午後、三島は「古今集の古典性」と題して、国学院大で講演していましたが、そのとき、亀井勝一郎も一緒だったということです。
太宰と三島の出会いに同席していた亀井が、太宰の遺体が引き上げられる3日前に三島と共に講演をしていたという訳です。
根拠はないのですが、なんだか太宰は三島を知っていたような気がします。
- 54 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:19:05 ID:/1vWazwd
- 三島は「仮面の告白」によって、そのフィクショナルな生涯の起点とした、というのは松本健一の「三島由紀夫亡命伝説」に見られる解釈でありますが、この作品が「人間失格」を意識して創作されたとする批評家に奥野健男と猪瀬直樹がいます。
奥野は太宰の全作品が滅んでも「人間失格」は永遠に読まれるだろうとし、文壇はおろか社会から抹殺される事も厭わない真実の告白、書いてしまった以上もう生きてはいられないような魂のバイブルとして、この作品を絶賛して止まない訳ですが、
三島が「人間失格」を読んで同類相憐れむとも言うべき共感を得て、「仮面の告白」創作の動機としたのではないかという仮説のもとに、「三島由紀夫伝説」の論理を展開しています。いわば奥野の脱文学的な内的必然性の書物と言えるでしょう。
ですから、命と引き換えに初めて書けるような「仮面の告白」を書いてしまった三島がいかに生きたかという関心が、この作家との18年間に及ぶ交流を支えた、と回顧しているんですね。
- 55 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:20:37 ID:/1vWazwd
- 奥野は三島が太宰の文学的問題を継承しているという認識から、戦後派とは対立的立場にある作家と位置付けています。「仮面の告白」以前の三島は異端的なマイナー,ポエットであり、
もし大蔵省での官僚生活を持たずに学生からそのまま有名作家になっていたら、堀辰雄の亜流ハイカラ抒情作家で終っていただろう、
近代官僚制=日常性の中で自分が普通ではない怪物であるという違和感を抱いて、「仮面の告白」を書く決意を固めたからこそ大蔵省を辞めるに至ったのだ、
まさにその時にライバルともいうべき太宰の自殺と「人間失格」を知って、嫉妬し、それを超える事を目標とした、
というように、そこまで奥野の筆は滑りに滑って、ほとんど断定的に仮説を伝説として語りつづけています。
- 56 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:29:06 ID:/1vWazwd
- 三島の自殺によって文学の終焉を実感、作家志望を断念した猪瀬直樹は三島の「仮面の告白」をマーケティングリサーチによる成功例として、彼独特の三島文学評論を展開しています。
太宰の命と引き換えにベストセラーとなった「人間失格」が懺悔録であった事から、自分にもまた懺悔に値する内面的問題があるはずだと、三島が倒錯的同性愛の世界を捏造したという事を、
三島の独身時代の異性遍歴や同性愛文献の研究、某心理学者を訪問しての自己分析、等の経緯を取材し追求しています。
また終戦後の焼け跡では進駐軍の解放ムードから性的通俗本が氾濫していたという時代背景もあって、
私小説を逆手に取った性的倒錯者のスキャンダラスな手記ということであればベストセラー間違いなしと、三島は睨んだという考察もしています。
- 57 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 10:30:19 ID:/1vWazwd
- 奥野、猪瀬両氏は三島が太宰を仮想敵として「仮面の告白」を執筆したという認識を共通項とするものの、
その性的倒錯を真実の告白とする奥野説を採用すれば、それを書く内的必然性を認める事になりマーケティングリサーチ説は説得力を欠く事になりますが、
猪瀬説を採用すれば性倒錯そのものが営業戦略である事から村松剛の同性愛仮面説を擁護する可能性を開きます。
奥野、猪瀬の三島理解は「金閣寺」においても対立する事となるのですが、面白いことに「鏡子の家」を評価する少数意見を二人で支えるという事になるのです。
二人にはそれぞれ日本の官僚制批判という問題が背景にあって、そこから三島という記号が再構成され一つのシンボルとして結実しているように見えます。
- 58 :大人の名無しさん:2007/09/01(土) 12:39:32 ID:lWRDEOn/
- どこのコピペかにゃ〜ん?
- 59 :大人の名無しさん:2007/09/03(月) 21:09:01 ID:nTz+a9nm
- 三十代版なのに・・・ちょとフシギだな
三島はリアルタイムじゃないから
むか〜しの作家って感じがするんだ
バブルの頃読まれてたっけ?
太宰読んでた奴なら、何人か知ってるけど・・・
そういや赤川次郎読んでた奴は、うんざりするほどいた
紀要に載せてもらえなさそうな文を貼る人も
赤川スレたてて研究やった方がいいんじゃないかな?
49〜57は頑張って書いたなあと思うけど
文学オタクなら「だから?」と言うし
ふつうの人は読まないよ
むかしの文学って、そういうものなんだ
- 60 :大人の名無しさん:2007/09/04(火) 16:29:16 ID:CtXzN77F
- >>59
おまえを基準にふつうとか言わない方がいいよ
いろんな人間がいるんだから、20代でも三島由紀夫読んでる奴いるよ
おまえは凡人だから赤川しか読めないだろうがな
- 61 :大人の名無しさん:2007/09/04(火) 20:15:57 ID:+fO6i0PT
- >>60
うん、凡人だよ
まあ49〜57を見て「もったいないなあ」と感じたんだ
せっかく頑張って書いているのに
レスがまったくない
一生懸命読んできたことも分かるから
なんか発表する手段を探した方がいんじゃね?って思ってさ
むかしの文学を読んで、なにかを語ろうとする人は、ほんとうに少ない
アカデミズムの席は限られてるし
ジャーナリズムじゃ売れなきゃ干される
三十代は、とことん世間の厳しさを思い知る年齢だ
それで49〜57に、ちょと何か言ってあげたくなったんだけど
もちろん、凡人じゃない60さんなら
49〜57にきちんとレスしてあげるんだろうと思う
- 62 :大人の名無しさん:2007/09/05(水) 10:04:04 ID:XiZZoqI6
- 私は三島由紀夫の春の雪が好き 映画より本のがおもしろかった
長文さんの話は参考になったよ
太宰はぜんぜん読んだことないから、気の利いたレスできなかったけど
- 63 :大人の名無しさん:2007/09/08(土) 14:43:18 ID:scJ6G537
- >>52>>53
ホー
かなーり雑学として為になった 女に自慢して話そwww
- 64 :大人の名無しさん:2007/09/15(土) 08:14:34 ID:7QJIv4ZD
- 49〜57は色男no、1という人の文章をコピーしたものだよ。
- 65 :49:2007/09/15(土) 10:59:12 ID:0erDgq2u
- >>49は私の書き込みです。
- 66 :大人の名無しさん:2007/09/18(火) 22:45:49 ID:Z/dvyYhd
- 同性愛でも異性とSEXできるって不思議
相手の裸見たところで興奮しないのに・・・
考えただけで苦痛だよねそんなSEX
- 67 :大人の名無しさん:2007/09/19(水) 14:05:45 ID:h1vo1FW6
- 三島由紀夫は同性愛者じゃなく、男も女も愛せるバイセクシャルです。
三島由紀夫と親しかった湯浅あつ子、美輪明宏の著書に付き合っていた女性との恋愛についても書かれてあります。
美輪明宏は三島由紀夫は同性愛者じゃなかったとはっきり言ってます。
- 68 :大人の名無しさん:2007/09/19(水) 18:22:08 ID:yDjqC/I9
- 太宰治の家 富農
三島由紀夫の家 貧農
こういう身近な階級コンプレックスがあって、三島は太宰を敵視していた。
- 69 :大人の名無しさん:2007/09/19(水) 23:25:09 ID:AvBXwxMd
- バイって男の裸を見ても女の裸を見ても勃起するんですか?
勃起要因って何だろう・・・
- 70 :大人の名無しさん:2007/09/20(木) 08:42:21 ID:QUSkEJo/
- 太宰治:東大仏文科に入学。が、学業怠慢から留年を繰り返した挙句に除籍。
三島由紀夫:学習院→東大法学部→大蔵省。
そもそも東大法学部が仏文科なぞ相手にしない。w
三島「太宰さんなんかと比べないで(笑)。」
- 71 :大人の名無しさん:2007/09/21(金) 12:03:27 ID:CDmIBepn
- >>68
半可通だな
三島由紀夫は、太宰と自分は根本的には同じ痛みを持っている同族と認識し、それを治そうとしない太宰を嫌悪してただけで、心から敵視してたわけじゃない
- 72 :大人の名無しさん:2007/09/21(金) 21:08:25 ID:KiyoZ2Q/
- ようつべで「憂国」見た
切腹の場面が気合い入りすぎでこわい
マニアだったんだなあ
- 73 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 00:07:32 ID:QEKdIpK5
- >>68
当時の日本ではド田舎の青森出身の太宰は東京にコンプレックスがあった。
その太宰にとって、東京育ちの三島は憧れ。
太宰と親交があったものの対して相手にされず
三島に敵意を燃やしまくった作家は、立原正秋。
- 74 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 04:20:24 ID:0yQy/7i6
- >>70
三島由紀夫が東大にはいったのは昭和20年。
昭和20年といえば学徒出陣で、大学に行ってるやつなどいない。
三島由紀夫みたいに虚弱体質とか体格不十分で徴兵不合格のやつじゃない限り。
実際昭和20年に東大に入学した人数は極端に少なく、
当然枠も余りまくり。
そんな状況で推薦で東大に入ったやつに、仏文云々言われる義理はないだろ。
- 75 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 04:23:11 ID:0yQy/7i6
- 皆が戦争行ってるなか、大学に行ってたくせに、
官僚試験を下位でしか合格できなかった三島は低脳。
- 76 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 06:34:08 ID:ibQQVKvk
- 学習院で主席だったから無試験で入ったんだろ。
今風に言えば、灘、開成とはいわないまでも、麻布とか筑駒でトップだったようなもの。
その時点で十分学力は証明されてるの。
- 77 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 06:50:48 ID:Nr8pQID1
- ようつべで、全共闘の学生相手に講演みたいなのしてて、
タメ口の学生となんかしらん一生懸命ディベートしてるのを見た。
なんか、まだいい時代だったんだなと感じた。
あの時代の騒ぎってただのバカ騒ぎだと子供の頃から思ってたけど、
もしかしたら日本人が今とは別の道進んでたかもしれない
最後の分岐点だったような気がしてならない。
- 78 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 11:50:13 ID:S+Nz7w+Y
- >>74-75
東大に入学したのは昭和19年。
入学したが戦時中は勤労動員で群馬県飛行機小泉工場で勤労していた。入隊検査で不合格になった後は、勤労動員で神奈川県高座海軍工場で勤労していた。
- 79 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 11:56:42 ID:S+Nz7w+Y
- 三島は徴兵検査には合格し、その次の入隊検査で、軍医が「この中に肺の既往症がある者は手を挙げろ」といったときに手を挙げ、(三島が級友三谷に語った)
さらにその時、軍医の診察により、当日、高熱と咳とめまいがひどかった三島は結核と誤診されたのだ。
びっくりして帰京してから、別の医者に診て誤診とわかり、徴兵は来年、つまりその翌年に延ばされただけである。
戦争が長引けば、三島も徴兵されていた。
それと、元々三島(平岡少年)は成績が良かったため、特別甲種幹部候補生、或いは海軍予備学生になることができた。
これなら軍関係の学校に入って学生を続けられたし、エリートコースなので危険な戦場に赴くことも無かっただろう。級友の三谷信もこの士官学校の学生だった。
- 80 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 13:33:06 ID:0yQy/7i6
- >>76
戦前の制度では、枠が開いてるときは誰でも無試験で入れる。
>>79
大卒なら甲幹や予備学生は簡単になれたけど、これは甲種合格の人が対象。
三島は虚弱体質で、徴兵検査乙種合格だから、二等兵召集だよ。
- 81 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 13:37:37 ID:0yQy/7i6
- >>76
それから、学徒出陣令は、昭和18年に出てるから、
三島由紀夫が高校生時点でほとんど高校卒業したやつはいない。
同級生が国のためにいないなか、虚弱体質とか体格不十分で
日本男子として非常に屈辱的な徴兵不合格として
極少数しか残ってない学習院高校生のなかで首席だったって、
まず普通の状態ではないことに気づけよ。
- 82 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 13:38:53 ID:0yQy/7i6
- >>89
それと大きな勘違いをしている。
旧軍ではエリートほど危険な場所に行かされる。
- 83 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 13:42:18 ID:0yQy/7i6
- >>89→>>79
だから三島は収容所勤務の二等兵で済んだかもしれないけどなあ。
いずれにしても>>74でいいたいのは、どこに行ったかではなく、
ほとんど入学者のいない昭和18年以降の東大法に入ったからって
学力の保証などにはならない。
- 84 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 13:44:43 ID:0yQy/7i6
- 収容所勤務の二等兵だと、戦後、BC級戦犯で処刑されてたかも
しれないけど。顔つきが悪いし>三島
- 85 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 14:54:31 ID:ibQQVKvk
- おいおい、学習院→東大法学部→大蔵省、で文句いうのか?
いったい三島はこれ以外何をすれば、褒めてもらえるの?
京都大学? 慶応大学? 早稲田大学? ハーバート大学? ケンブリッジ大学?
- 86 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 21:41:41 ID:0yQy/7i6
- >>70みたいなこといわれなきゃ文句言われないのになあ。
戦中戦後の混乱期に無試験で東大入っても、ほめてはもらえないけど。
あと学習院から東大って無試験では入れる枠があるけど
学習院の子は官僚になりたがる人が少ないのでいつも空いてたらしいな。
戦争中じゃなくてもね。
- 87 :大人の名無しさん:2007/09/22(土) 21:47:26 ID:0yQy/7i6
- > あと学習院から東大って無試験では入れる枠があるけど
これは戦前の話。
- 88 :大人の名無しさん:2007/09/23(日) 01:02:08 ID:Z8xuzVZK
- ID:0yQy/7i6が三島失墜に必死すぎて笑った
絶対30代じゃねえぞw
- 89 :大人の名無しさん:2007/09/23(日) 01:10:44 ID:sMKlwl7o
- 太宰の方が女にモテそう
- 90 :大人の名無しさん:2007/09/23(日) 01:23:11 ID:O6CnZMd1
- >>89
まず三島は顔が気持ち悪いしな。
蟷螂というか昆虫系。
- 91 :大人の名無しさん:2007/09/23(日) 07:01:01 ID:NEmHpeCn
- 「私が太宰治の文学に対して抱いている嫌悪は、一種猛烈なものだ。
第一私はこの人の顔がきらいだ。
第二に、この人の田舎者のハイカラ趣味がきらいだ。
第三に、この人が、自分に適しない役を演じたのがきらいだ。
女と心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしていなければならない。」
- 92 :大人の名無しさん:2007/09/23(日) 07:03:43 ID:NEmHpeCn
- 三島「僕は太宰さんの文学は嫌いなんです」
太宰「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、
やっぱり好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」
- 93 :漏れは廃人:2007/09/24(月) 00:22:25 ID:mgj+aoC2
- 美徳のよろめき、子供おろしすぎw
- 94 :大人の名無しさん:2007/09/24(月) 00:33:26 ID:kf2pkgkE
- 三島はホモでSMプレイ愛好家の変態性欲者だろww
- 95 :漏れは廃人:2007/09/24(月) 00:55:52 ID:mgj+aoC2
- 宴のあとの裁判の話を漏れにレクチャーしてくれ
- 96 :漏れは廃人:2007/09/24(月) 01:23:11 ID:mgj+aoC2
- 拘置所に入っている時、妹から「きりぎりす」が送られてきた
お、お前は漏れのことそんな風に思っていたのか、と
かなり複雑な心境に。。。
- 97 :大人の名無しさん:2007/09/24(月) 17:15:45 ID:aQEDXp9v
- > あと学習院から東大って無試験では入れる枠があるけど
戦前は皇族・華族の子弟と高額納税者の息子は
無試験で帝国大学へ進学できました。
- 98 :大人の名無しさん:2007/09/25(火) 04:16:37 ID:XprtvWb7
- 三島はなんであんなに戯曲が好きなんだ
詰まんないYO!
- 99 :大人の名無しさん:2007/09/30(日) 12:43:59 ID:rTrPsA3T
- 漏れこのスレ好きなんだ
悪いがageさせてもらうよ
文学を語ろうよ。。。
- 100 :大人の名無しさん:2007/09/30(日) 12:44:31 ID:rTrPsA3T
- 100get
- 101 :大人の名無しさん:2007/09/30(日) 13:40:41 ID:fO7IqZ7J
- 学生時代の終わり頃、豊饒の海四部作に耽溺しました。
読了した時のあのなんとも言えない感情、今でも覚えてるなー。
読んでいるうちに、輪廻転生ということの意味が
じわじわ沁み入ってきた感じ。
- 102 :大人の名無しさん:2007/09/30(日) 16:59:39 ID:rTrPsA3T
- 俺も春の雪で惹きつけられ、読み進み、天人五衰の予想外の結末に驚いた
- 103 :大人の名無しさん:2007/10/04(木) 13:08:18 ID:QkgoQcZJ
- 薔薇と海賊
三島由紀夫 作
11月2日〜9日
紀伊國屋ホール
問い合わせ
03-3945-5384
出演
村松英子 大出俊 伊藤高 他
演出
村松英子
所作指導
野村萬
- 104 :大人の名無しさん:2007/10/04(木) 13:20:13 ID:dImVx5BP
- 101-102さんのレス読んで
豊饒の海四部作を読んでみたくなった。。
- 105 :大人の名無しさん:2007/10/08(月) 12:14:13 ID:SKSyrtO2
- >>89
私は女ですけど、どうみても目がきれいで凛々しい三島由紀夫の方がモテ顔です。
太宰はだらしなさと暗さが漂っていて、開き直って図々しい感じがする。
- 106 :大人の名無しさん:2007/10/08(月) 13:54:31 ID:VmWQwk99
- >105
ま、それは個々の女性の好みの問題になるだろうけど、
男の立場からすると、女にモテるタイプは明らかに太宰だと思う。
あのだらしなさと暗さがまさに最強の武器。
このヒモ的心性は男なら多かれ少なかれ、また陰に陽に持っていて、
これらを底に秘めた図々しさが実は男にとっては「憧れ」の対象だったりする。
ところが三島はこれらを武器とすることを決して潔しとはしなかった。
小説家として、また男として、これらはいずれも「取り慣れた武器」だというのが
おそらくは三島の持論だったのでしょう。
こういう三島のストイックな面も男の一つの「憧れ」の対象だったりするんです。
ただ、神経質な男ってのは結構女の人に嫌われやすいですから、
その意味ではモテ度としてはやはり太宰のほうに分があるように思います。
こんな感じで、男ってかなりアンビバレントな存在です。
それゆえ、太宰が立派で三島がダメとはもちろん言えないし、
逆に三島が立派で太宰がダメとも言えない。
三島とて、彼のストイシズムの根底には
やはり男としての「だらしなさ」と「暗さ」が潜んでいたはずですから。
これらと徹底的に戦う姿勢を見せるか(三島)、そのまま武器としてしまうか(太宰)、
三島と太宰との違いはこのあたりにあるんじゃないかと思う。
ちなみに早稲田大学大隈講堂での講演で三島は、
「まあ太宰さんの時みたいに、この聴衆の中で私と一緒に死んでもいいという女性がおられればいいが…(笑)」
なんて言ってましたね。
- 107 :大人の名無しさん:2007/10/08(月) 14:17:56 ID:sLNiwsUG
- こんなのがありました→
第11回フォス研 秋の読書会 作品テーマ「斜陽」
日時 2007年10月27日(土)19時スタート
場所 フォスフォレッセンス店内(三鷹市上連雀8丁目4−1)
費用 ワンオーダー以上のご注文をお願いします。
あらかじめ予約が必要ですので、来店時かメール・お電話などでお知らせください。
太宰作品や太宰治に興味のある方でしたらどなたでも参加できます。
持参いただくもの
何か発表されたい方は、10分以内の範囲でお願いいたします。
レジュメ・資料などを作成していただける方は人数分のコピーをお願いします。
その場合、事前にお知らせください。枚数は3日前までにお知らせいたします。
手ぶらでももちろんご参加いただけますが、「斜陽」の本を1冊持参していただき、
なにか質問やテーマを考えてきていただければ、と思います。
「斜陽」は個人的に1番好きな作品なので、今から緊張感があります。
読書の秋、斜陽について自由に語り合う夜、楽しみです。
参加ご希望の方は直接、メール(http://page.freett.com/phosphorescence/)、
電話0422−46−1004 book&cafe' Phosphorescence(古本カフェ フォスフォレッセンス)
などでお知らせください。また質問などもお気軽にどうぞ。
以上
- 108 :大人の名無しさん:2007/10/08(月) 16:46:23 ID:SKSyrtO2
- >>106
それは男の目からみた、女にモテそうだという目でしょう。
私は本当の女ですから、やっぱり太宰よりは三島の方が明らかにフェミニストだし外見もモテるとわかっています。
神経質ってひとことで言ってもいろいろあるでしょうが、三島の神経質さより太宰の図々しさを兼ねた神経質(酒びたり薬びたり)の方が女としてはイヤですよ。
それに流されて一緒に心中した人がいたから、もの好きな人もいたんでしょうが、たいていの女はそこまでお人好しじゃありませんから。
- 109 :大人の名無しさん:2007/10/08(月) 18:19:36 ID:QtYB4QzC
- しかし三島はすぷらった
- 110 :大人の名無しさん:2007/10/13(土) 23:50:16 ID:bg1YPiDu
- 三島由紀夫の鋭い批評眼は文学のみならず、映画批評にも影響を与えたようですが、
三島は、公開当初批評家たちから完全無視されていた「総長賭博」(脚本:笠原和夫)を映画芸術の誌面上で絶賛し、当時やくざ物映画を冷遇視していた映画評論家たちの認識を一変させました。
三島は、戦後やくざ映画の「型」の頂点を究め、そのことによって逆に型を越えた人間の裸の感情を露出させたといえる脚本家の笠原和夫の感性をいち早く見抜いた訳です。
笠原はその後、ヒット作「仁義なき戦い」の脚本も書いた訳ですが、この作品の影響を受けた海外映画監督には、マーティン・スコセッジやタランティーノ等がいます。
三島の「総長賭博」の批評がなければ、「タクシードライバー」も「キルビル」も生まれなかったかもしれません。
- 111 :大人の名無しさん:2007/10/14(日) 00:06:37 ID:EfuAZ/Wn
- 三島vs太宰は
A型vsAB型
三島は
研ぎ澄まされたA型
キレると恐ろしいA型(沢尻エリカもA)
AB型は幼年期から脱皮すると人間関係調整のプロになる。
島田紳助が典型。
まれに脱皮できないまま大人になるAB型もいる。
太宰がその典型。
- 112 :大人の名無しさん:2007/10/17(水) 14:56:44 ID:ZlKd2UNR
- >>103
帝一の役は松山ケンイチくんがぴったり
いつかケンイチくんにやってほしい
>>111
O型やA型はスターやカリスマや大物が多い
AB型はただの皮肉屋ばかり
- 113 :大人の名無しさん:2007/10/17(水) 17:18:18 ID:JUjpdaK2
- >>106
一女性の意見ですが、太宰は写真を見ていい男だと思う分には良いですが、
現実でこのようなタイプは敬遠します・・・一緒にいて疲れそうな男ですし。
稀に駄目男が好きという奇特な方もいますが、それ以外には駄目男過ぎ
るという理由で恋愛対象外認定されるタイプかなと。
三島はゲイという時点で恋愛対象外となるので、女性にもてるもてな
い以前の問題。
- 114 :大人の名無しさん:2007/10/17(水) 18:22:18 ID:ZlKd2UNR
- >>113
女のふり乙
ゲイとわかっていても好きになってしまうことあるよ
- 115 :大人の名無しさん:2007/10/17(水) 20:29:20 ID:JUjpdaK2
- >>114
ふりをしてる訳でもないのにふりっていわれてもなぁ・・・
相手をゲイと認識してる上で、恋愛感情を抱くというのは極めて稀な例でし
ょう。
- 116 :大人の名無しさん:2007/10/17(水) 22:20:02 ID:ZlKd2UNR
- ゲイだと認識ってどういう意味なの?
いかにもなよなよしたオカマじゃないなら好きになっちゃうことあるよ
- 117 :大人の名無しさん:2007/10/18(木) 01:02:09 ID:AJxsNoc7
- 音楽、エロいね
- 118 :大人の名無しさん:2007/10/18(木) 17:46:37 ID:NJR/0UvC
- >>117
兄と妹の近親相姦の物語だっけか
- 119 :大人の名無しさん:2007/10/18(木) 21:31:23 ID:AJxsNoc7
- >>118 そうそう
小学校時代兄の布団にもぐり込んで
そこで兄に指でいじられるというのが萌
- 120 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 10:30:15 ID:2wxsG3sx
- 三島ってけっこう兄妹の近親相姦ものが隠れて多いよね
実際 妹に淡い恋心を抱いてたいう説もある
妹萌えの先駆者か
- 121 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 10:38:54 ID:Ae8Nb63I
- 妹萌えというよりも、耽美だな三島由紀夫は、
耽美を受け付け無い人は「潮騒」以外はお勧めできない
- 122 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 11:58:19 ID:Zlz0WMK1
- 近親趣味で両刀で右翼か
何て日本人らしい変態さんなんだ
- 123 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 12:49:47 ID:2wxsG3sx
- >>122
それを変態の一言で拒否するようなやつは、人間の洞察力のないダサイやつ
- 124 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 12:52:10 ID:2wxsG3sx
- >>121
バカかおまえ
嘆美以外の本もたくさんあるよ
- 125 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 13:09:30 ID:Zlz0WMK1
- >123
果たしてチミは三島他有名人以外の
近親趣味や両刀や右翼を目の当たりにして
拒否しないでいられるかな?
ついでに俺は「日本人らしい変態さん」とは書いたが
別に否定らしい否定はしてないハズだぜ?
- 126 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 14:19:45 ID:2wxsG3sx
- >>125
三島由紀夫の場合はあくまでファンタジーであり、両刀は別として、近親相姦はあくまで作品
あなたの考えだと、川端も宮崎駿もただのロリコンの変態になってしまい、すべての芸術が成り立たなくなる
あと、三島はいわゆる右翼ではないしね
- 127 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 14:23:40 ID:/bwEmSZP
- このスレ笑える。。
- 128 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 14:31:35 ID:2wxsG3sx
- >>125
追加すると
私はロリコンや近親相姦を現実に実行する人は拒否しますよ
ただ男には皆そういう傾向があると聞きますから、芸術の形で昇華するのはいんじゃないですか?
- 129 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 15:07:47 ID:Zlz0WMK1
- こう考えるんだ
芸術なんてこの世には存在しない、と!w
- 130 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 15:39:05 ID:2wxsG3sx
- >>129
それじゃあ
この世に人間が存在しない、といってるようなもんじゃん(笑)
いとしのエリーだって本当は、桑田佳祐が自分の姉に捧げた歌なんだよ
- 131 :大人の名無しさん:2007/10/19(金) 19:25:10 ID:Ae8Nb63I
- 三島由紀夫って、一応軍隊に行っているんだね…。
今まで、「軍隊にも行かずに楯の会って何だ!」って思った。
- 132 :大人の名無しさん:2007/10/20(土) 22:51:18 ID:voHU1Dx6
- 浮浪者に変装して諜報活動の訓練もしてたんだよ
- 133 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 13:48:31 ID:41Buy50F
- 彼(三島)の心は傷つきやすく、(学習院時代、稚児さん、あおじろと呼ばれからかわれていた)その傷の痛みを知っているがゆえに、祖母、母、父という大人たちの中でじっと静かに考える青年に育っていった。
大きくなっても、言葉の上でのちょっとした意地悪でも、深く傷つき、悲しんだ。
そんな彼が、昭和二年生まれの妹、美津ちゃん(筆者の妹と同級)を、とても可愛がっていた。自分と違い、思ったことをハキハキいえ、きかん坊でイタズラっ子で、平岡家の太陽だった。
そんな美津ちゃんが、勤労動員中に飲んだなま水に、多分体調をくずしていたのであろう一人だけ腸チフスになり、3、4日で呆気なく、しかし意識だけは最後まではっきりしていて、オロオロつきそう三島由紀夫に、
はっきりと、力をこめて、「お兄ちゃま!有難う」と別れを告げて、17歳ちょっとで避病院で息をひきとった。三島由紀夫は、生まれて初めて号泣した。
- 134 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 13:49:31 ID:41Buy50F
- 父梓も、ただ一人の女の子として、溺愛していたため、最期を看取ることさえ出来ぬほどのショックだったそうだ。
この美津ちゃんの最期を語る彼を、私は何度となく見たが、その度に、今の目の前の現実のように、三島由紀夫の目からは涙がハラハラとこぼれ落ちた。
母倭文重も彼と同じように何十年たっても、語る前、名前を口にしただけで、涙声にかわったのを見て、私は、美津ちゃんがこの平岡家で、とかく気持がバラつく一族をうまくかしこく結ぶ貴い糸の存在だったのが分かった。
そして、三島由紀夫は、妹を女(異性)として第一番に感じ、それは肉親愛ともちょっと違う初めての「愛」だったのだと思える。
- 135 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 13:56:05 ID:41Buy50F
- これから書く彼の女性との愛は、すべて結婚一年前までのものである。
(中略)
そのうち本人が並はずれて女性に無免疫だったので、余り上手くない字を、ペン習字で猛練習し、すぐに臣三島由紀夫拝、などと書いたラブレターを自分の目にとまると、相手かまわずせっせと書きつづけていた。
(中略)
文士として大成して来た三島由紀夫に私はミスM・Kへのあこがれに似た子供っぽい愛も、ミスH・Kのとてもハーフというだけで失格とする固い平岡家の家風のためにも、
彼に自覚をうながし、「美徳のよろめき」のモデルの夫人との火遊びにもケチをつけたりして、何となく彼の身辺を整理した。彼には内緒だったが彼の父母にたのまれてやったことである。
- 136 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 13:57:08 ID:41Buy50F
- 彼が真剣に愛した女性は、M・KでもH・Kでもない華やいだ絹張りの令嬢だった。
(中略)
しかし離れてゆく彼女の心に逆行して彼は結婚を真剣に考えていたのだ。それが理解出来なかった彼女は、昭和32年5月、新派「金閣寺」観劇を最後に離れていった。
私は彼女と三島由紀夫との4年間を、二人の影としてずっと過ごして来て、今も彼女との交流は続いている。
(中略)
いくら女友達と割り切っていても、もしかしたら私の中の女の部分が、心の奥底で彼(三島)を愛していたのかも知れない。
- 137 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 14:01:36 ID:41Buy50F
- 「絶対これは内緒なんだからな。喋っちゃ駄目だよ。そのかわり彼女のことを全部君だけに教えるよ」といっていた。
(中略)
実物の彼女はとても美人で、お人形のような顔立ちで、不思議に亡妹美津ちゃんに似ていた。そして身につけているものは、すべてリッチでだった。
しかし、彼女を紹介されたほんの瞬間だが、私の心は女として不快だったのは事実である。三島由紀夫自身もそれを十分計算に入れていたと思う。
- 138 :大人の名無しさん:2007/10/22(月) 14:03:11 ID:41Buy50F
- 余りにも深く愛してしまった彼女のかわりは、楽しんだ私のサロンも、母倭文重のいつくしみも役に立たなかった。ただあるのは、物書きのきびしい宿命だけだった。
(中略)
ただ一度の愛にしか青春のよろこびを見いだせずにいたなど、あの得意の空笑いと外見の明るさから誰一人気づいた者などいなかったろう。
私は出来る限り無理をして、彼によりそうようにして約一年を過ごしたが、負けず嫌いの三島由紀夫の口からは、一度も彼女の名を耳にしたことはなく、空虚さの片鱗だに見せはしなかった。きっかり一年後、彼は結婚した。
(ロイ・ジェームス夫人著、「三島由紀夫と鏡子の家秘話」から)
- 139 :大人の名無しさん:2007/10/23(火) 02:49:37 ID:+jbDER5W
- 葉隠入門読んでんだけど、、詰まんないね
- 140 :大人の名無しさん:2007/10/23(火) 06:26:40 ID:y/462dMF
- ID:41Buy50F
・・・本から抜書きしただけで何をしたつもりでいるんだ?
- 141 :大人の名無しさん:2007/10/23(火) 11:51:59 ID:Bp+tyZrt
- >>139
俺は面白かった
ロイ夫人の話も興味ぶかい
意外な面があるんだな
- 142 :大人の名無しさん:2007/10/23(火) 20:09:03 ID:j9/icolP
- 三島由紀夫VS太宰治
太宰治 ○(1R 2分25秒 KO)● 三島由紀夫
※太宰の左ハイキックが三島の側頭部にクリーンヒット。
三島、大の字でテンカウントを聞く。
- 143 :大人の名無しさん:2007/10/25(木) 00:13:13 ID:6fLElnRF
- >>142
太宰、ドーピングが発覚し判定負け
- 144 :大人の名無しさん:2007/10/28(日) 12:23:52 ID:9nnVSz1z
- >>143
ちょwww
- 145 :大人の名無しさん:2007/10/29(月) 00:10:52 ID:gxw8g+aL
- 三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストの一人に松任谷由実がいますが、
彼女は中学時代から文化人が多くたむろしていたイタリアン・レストラン「キャンティ」に毎日のように出入りしていて、そこには三島や安部公房などもいました。
ユーミンの淡い初恋が三島だったとも言われ、ユーミンの楽曲の詩の諸処に表れている、三島文学からのインスパイア(生まれ変わってもあなたを見つける)や
三島的なものへの思慕(いつでも強がるあなたが好き…)、三島へのレクイエム(ひこうき雲、卒業写真)等は一部で指摘されています。
また、価値相対主義の社会にはエロティシズムはないと極限し、反体制運動に見られるような、人間性を管理社会から解放するところのセックス、という認識を批判して、絶対者がなければ人間性の救済というのはあり得ない、と主張した三島と、
恋愛対象者を絶対者として、宗教にまで高められた恋愛至上主義を信条とするユーミンの恋愛世界には、明らかに共通した思考がみられます。
- 146 :大人の名無しさん:2007/10/29(月) 06:42:07 ID:ZGHCY+mA
- ひとごみーになぁがっさーれてー かぁわーってーゆっくーわーたしをおー
あーなーたわー とーきーどきー ろーおーぷでぇ しばあってぇー
- 147 :大人の名無しさん:2007/10/31(水) 14:42:55 ID:d8A+zNyg
- 近年は「ラストサムライ」などの米映画も作られるようになり、日本伝統回帰が許される風潮になったようですが、
かつてアメリカが最も恐れたものは、その日本の精神性でありました。
合理的に物事を考える人間にとって、非合理的な「気合い」や「叫び」は不可解で恐ろしいものです。アメリカは日本人の特攻隊のような精神性を恐れていました。
GHQは戦後、武道における「気合い」「叫び」を禁じました。そして教育現場からは、日本書記や古事記などの、日本成立の物語を抹消するという記紀追放を行い、
3S(セックス、スポーツ、スクリーン)政策によって、日本人の精神性を軟弱化させようとした訳です。
そして、その目論見はほぼ成功し、日本はアメリカの植民地同然の今日に至っています。
- 148 :大人の名無しさん:2007/10/31(水) 14:43:37 ID:d8A+zNyg
- 「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」
上記は三島由紀夫が遺した言葉ですが、今日の日本は、三島が予言した日本の姿よりも、さらに犯罪まで米国化し、幼児までが殺されるような国になってしまいました。
- 149 :大人の名無しさん:2007/10/31(水) 14:54:41 ID:2xgDHMka
- まあ昔は昔で口減らしつーて肉親が赤ん坊殺してたんだし
- 150 :大人の名無しさん:2007/11/01(木) 15:57:32 ID:V9RxeX9v
- >>149
それはどうしようもない貧しさ、困窮という理由があったわけで、現代のような米化した無差別殺人、猟奇殺人とは質が違う
また、豊かな現代でも出産前の子殺し(人工中絶)はあり、昔より合法化された子殺しは氾濫している
- 151 :大人の名無しさん:2007/11/03(土) 11:19:17 ID:42AnwyC8
- フランシス・コッポラは映画「地獄の黙示録」の撮影時、三島の「豊饒の海」から作品の構想を膨らませています。
各所に散りばめられた神話的メタファー、世界観、ラストの東洋的ニヒリズムなど随所に三島からの影響が指摘されています。
また、現代文明に疑問を抱き特殊戦部隊に志願した38才の中年カーツ大佐は三島の造形であるといわれています。
- 152 :大人の名無しさん:2007/11/03(土) 11:20:37 ID:42AnwyC8
- 「戦場は地獄だから怖いのではない。戦場では特に地獄が天国に見えるから怖いのだ。そういう人間が怖いのだ」とコッポラは言っていますが、
これは三島の作中の主題と共通したもので、「仮面の告白」のエピグラフの「悪行の中の美」、三島の生涯の追求したテーマの一つだった「悪と美、死とエロスを通した人間存在の謎」へと重なっています。
三島も著書のなかで、人間性という地獄の劫火を悪と美に喩え、美と悪、芸術と犯罪の関係について述べています。
- 153 :大人の名無しさん:2007/11/04(日) 00:45:53 ID:uvxjHvOd
- 三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストの一人に坂本龍一がいますが、彼の父親は三島の仮面の告白、金閣寺などを世に送り出した河出書房の三島担当の名編集者として有名です。おそらく父親から三島の逸話などを聞かされたことでしょう。
坂本龍一が映画「戦場のメリークリスマス」(大島渚監督)で演じた将校も三島の造形だといわれていますが、
龍一自身が担当した「戦メリ」の音楽に歌詞を付け、デヴィッド・シルヴィアンとコラボしたアルバム「禁じられた色彩」も、明らかに三島の「禁色」をベースした世界があります。
My love wears
forbidden colours.
My life believes
(in you once again)
僕の愛は禁じられた色彩を帯びる。
僕の生は(もう一度あなたを)信じる。
ちなみにD・シルヴィアンも三島の「禁色」を最高の文学と言い、三島おたくぶりをアピールしています。
- 154 :大人の名無しさん:2007/11/04(日) 00:47:19 ID:uvxjHvOd
- 三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストのなかにフランシス・コッポラと大島渚がいますが、
コッポラが自身の「地獄の黙示録」撮影時に読み、作品の構想のヒントにした三島の『豊饒の海』四部作を、全て映画化する構想を語っていたことは有名な話です。
「春の雪」をコッポラ自身が監督して、「奔馬」以降を日本人監督に任せ、コッポラはプロデューサーにまわる、と予定していたようです。
その監督候補に大島渚が挙がっていましたが、渚の病気などの理由のため実現はできませんでした。代わりに監督できるのは、今の日本では北野武くらいでしょうか。
「戦場のメリークリスマス」にも三島へのオマージュが入っていますが、大島渚は「鏡子の家」、「美しい星」も映画化したかった旨を語っていたようです。
- 155 :大人の名無しさん:2007/11/13(火) 22:15:51 ID:7Qur6Inz
- 三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストの一人に、日本のアニメ「巌窟王」の音楽を担当したジャン・ジャック・バーネル(フランス人)がいますが、
ジャンは70年代の伝説の英国パンク・ロック・グループ、ストラングラーズの名ベーシストでした。
バンドの3rdアルバム『ブラック&ホワイト』には「ユキオ」の副題が付けられた「デス&ナイト&ブラッド」(死と夜と血)という曲や、次のアルバム『レイヴン』の「アイス」という曲にもハガクレという言葉が出てきます。
「死と夜と血」
俺が彼の瞳のなかに
あのスパルタを見た時
夭折はいいこと
だから俺たちは決めたんだ
死ぬこと以上に
すばらしい愛はないと
俺は俺の肉体を
俺の武器にまで
鍛えあげるんだ
ジャンは三島の熱心な愛読者でもあり、極真会館の道場生でした。現在は士道館の空手ロンドン支部長をしているそうです。
- 156 :大人の名無しさん:2007/11/13(火) 22:18:11 ID:7Qur6Inz
- 78年12月に単独来日した際にジャンは、「なぜ日本はこんなアメリカ・ナイズされているのか、日本の若者は眠っているのか」と怒りまくったという逸話があり、
「米国資本の市場戦略は安逸な快楽を与え、人々の感性を鈍らせることから始まっている。それはヨーロッパの伝統的な明晰さにとって第一の敵といえるが、
日本人もそれに毒されている自分たちを自覚し民族の知的遺産である伝統、それは魂(スピリット)といっていいが、それを救出しなければならない。」と誌面にメッセージを残しています。
- 157 :大人の名無しさん:2007/11/18(日) 09:24:59 ID:9MVPGglR
- >>142
同意ww三島が運動神経ゼロで小柄だったのに対し、太宰はイメージに反してスポーツ
万能で大柄だった。40才の太宰と20才の三島が喧嘩しても一瞬で太宰の勝利は確実w
- 158 :大人の名無しさん:2007/11/18(日) 15:12:03 ID:qhVK3+jc
- いくら元の運動神経よくても体も鍛えず麻薬中毒で、女と狂言自殺くりかえしてたんじゃ意味無し
- 159 :大人の名無しさん:2007/11/23(金) 03:37:31 ID:kliaKByi
- 太宰治 ○(1分30秒 寄り切り)● 三島由紀夫
- 160 :大人の名無しさん:2007/11/23(金) 23:33:02 ID:6Pd+c7+7
- 太宰は走れメロスと人間失格しか読んだことない
つまらなくてうんざりした
三島由紀夫は春の雪と仮面の告白を読んで、その世界に引き込まれた
- 161 :大人の名無しさん:2007/11/23(金) 23:48:57 ID:etKrdSGT
- 私も豊饒の海に溺れたひとりです
しかしすごいスレだねw
- 162 :大人の名無しさん:2007/11/30(金) 23:22:44 ID:wkzI1428
- http://imepita.jp/20071026/797920
http://imepita.jp/20071125/081620
- 163 :大人の名無しさん:2007/12/01(土) 23:55:58 ID:dM0AA9Yr
- 実はノーベル賞は三島由紀夫に内定していたが、審査員の一部から三島の政治的思想を問題視する声があがり、川端へ移行しただけ。
審査員が川端へ打診したところ、川端は三島を擁護せずにそれを承諾し、三島へも、今回は私がいただかせてもらいます、と言った。
後年、川端は、あれは三島君がもらうべきだったと知人に漏らしている。 そして自責の念にかられてか、川端は徐々に睡眠薬中毒になってゆく。
- 164 :大人の名無しさん:2007/12/01(土) 23:57:00 ID:dM0AA9Yr
- 三島由紀夫の自刃直後、川端康成はいち早く現場に駆けた。
そして、警察の現場検証の際、中に入ることを許された川端は三島の壮絶な最期の姿を見てしまう。
あとから駆けつけた石原慎太郎は中に入らなかったが、川端が中にいることを警察から聞いた。
その後ノイローゼになっていった川端は
「ああ、ほら、そこに三島君がいる」と奇妙な言動をするようになる。
石原は、川端が三島の断たれた首を見たときの衝撃の深さを知った。
- 165 :大人の名無しさん:2007/12/01(土) 23:57:40 ID:dM0AA9Yr
- 三島の自刃から約一年半後の昭和47年4月16日、川端康成はふらっと自宅を出て逗子の別荘のへ向かう。
そして、仕事場として使っていた逗子市の逗子マリーナマンション417号室で、ガス管をくわえて自殺しているところを発見される。遺書はなかった。
- 166 :大人の名無しさん:2007/12/01(土) 23:58:48 ID:dM0AA9Yr
- ますますバカなことを言ふとお笑ひでせうが、小生が怖れるのは死ではなくて、死後の家族の名誉です。
小生にもしものことがあったら、早速そのことで世間は牙をむき出し、小生のアラをひろひ出し、不名誉でメチャクチャにしてしまふやうに思はれるのです。
生きてゐる自分が笑はれるのは平気ですが、死後、子供たちが笑はれるのは耐へられません。
それを護って下さるのは川端さんだけだと、今からひたすら便り(原文のまま)にさせていただいてをります。
三島由紀夫
川端康成への書簡から
- 167 :大人の名無しさん:2007/12/03(月) 17:33:39 ID:8ZzPFExg
- 川端康成は他殺説もあるよね
- 168 :大人の名無しさん:2007/12/06(木) 05:31:56 ID:2l88Tt26
- 太宰治って日本浪漫派の同人だったけど右翼なの?
学生時代は左翼活動家だったらしいけど。
- 169 :大人の名無しさん:2007/12/06(木) 14:34:58 ID:2yu/5DLj
- 太宰は政治とは無縁だったんじゃないの?
よく知らないけど
- 170 :大人の名無しさん:2007/12/07(金) 23:31:50 ID:UMz0N2oa
- 「太宰と僕は同じ病人だが、太宰は治そうとしない患者だ、病気を治そうとしない病人は病人の資格はない」
こんなようなことを三島由紀夫がどっかに書いてたね。
三島由紀夫はね、本当は心底から太宰が嫌いじゃなかったの。
同じいたみをもった同類だと思っていたんだから。
嫌っていたポーズは愛情の裏返し。
- 171 :大人の名無しさん:2007/12/15(土) 21:51:53 ID:myHjY455
- 決起当日、市ヶ谷へ向かう5人を乗せた白いコロナが第二京浜から中原街道を行き、首都高速に入ったあたりで、
助手席の三島が言った。
「これがヤクザ映画なら、ここで義理と人情の『唐獅子牡丹』といった音楽がかかるのだが、おれたちは意外に明るいなあ」そしてそれを歌いだし、四人が和した。
古賀は「われわれに辛い気持ちを起こさせないためだ」と感じた。
(古賀被告の検察官調書より)
- 172 :大人の名無しさん:2007/12/15(土) 21:52:50 ID:myHjY455
- 市ヶ谷総監室のバルコニーの演説から帰ってきた三島由紀夫の最後の呟きの言葉
「二十分間くらい話したんだな。あれでは聞こえなかったな。」
それから、益田総監に向かって
「恨みはありません。自衛隊を天皇にお返しするためです。」
(二人の切腹のところは省きます)
益田総監の言葉
「きみたち、おまいりしなさい。」
そして総監は小賀に手を解かれた後に
「私にも冥福を祈らせてくれ。」
と言い、首の前に正座し瞑目合掌した。
知らず識らずに総監の目に涙が溢れてきた。
そして、黙って泣く三人にも
「もっと思い切り泣け。」
と総監は言った。
(現場にいた益田総監、古賀の公判廷での証言から)
- 173 :大人の名無しさん:2007/12/15(土) 21:53:31 ID:myHjY455
- そして、後の三島裁判での益田総監の証言から
「被告たちに憎いという気持ちは当時からなかった。
…中略…
国を思い、自衛隊を思い、あれほどのことをやった純粋な国を思う心は、個人としては買ってあげたい。
憎いという気持ちがないのは、純粋な気持ちを持っておられたからと思う。」
- 174 :大人の名無しさん:2007/12/15(土) 21:54:12 ID:myHjY455
- 三島由紀夫の死後に、幹部が自衛隊員に極秘で行ったアンケートでは、大部分の隊員は三島の考えに共鳴したという事実がある。
事件の翌日には、総監室前に菊の花束が隊員たちにより手向けられた。
- 175 :大人の名無しさん:2007/12/17(月) 11:33:48 ID:9mtFEy52
- 昭和2年
芥川龍之介
「ぼんやりとした不安」という言葉を遺し、自殺。
昭和23年
太宰治
「日本の文化がさらにまた一つ堕落しそうな気配を見たのだ」
「こんな具合じゃ仕様がない。(中略)戦争時代がまだよかったなんて事になると、みじめなものだ。」
「私はこの時流にもまたついて行けない。」
という言葉を遺し、入水自殺。
昭和45年
三島由紀夫
「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」
という言葉を遺し、割腹自殺。
- 176 :大人の名無しさん:2007/12/21(金) 17:32:06 ID:5Iz5v2CJ
- 川端の自殺の動機は今だに不明
- 177 :大人の名無しさん:2007/12/22(土) 04:55:50 ID:tvY3kD2x
- 太宰だったら最後の太閤がいちばん好きかな
- 178 :大人の名無しさん:2007/12/29(土) 16:24:35 ID:z5iXAPdN
- 本当の天才とは、簡単には説明することのできない能力の持ち主のことだ。
シェイクスピアは天才だった。モーツァルトも、レオナルド・ダヴィンチも、紫式部も天才だった。
私がこれまでに出会ったすべての人々のなかで、「この人は天才だ」と思った人は二人しかいない。一人は中国文学および日本文学の偉大な翻訳家であったアーサー・ウェイリーである。
…中略…
そして、私の出会ったもう一人の天才が三島由紀夫である。
ドナルド・キーン
- 179 :大人の名無しさん:2008/01/05(土) 11:54:17 ID:PnHvPs3n
- 三島由紀夫
「僕はいつも思うのは、自分がほんとうに恥ずかしいことだと思うのは、自分は戦後の社会を否定してきた、
否定してきて本を書いて、お金をもらって暮らしてきたということは、もうほんとうに僕のギルティ・コンシャスだな。」
武田泰淳
「いや、それだけは言っちゃいけないよ。あなたがそんなこと言ったらガタガタになっちゃう。」
三島
「でもこのごろ言うことにしちゃったわけだ。おれはいままでそういうことを言わなかった。」
武田
「それはやっぱり、強気でいてもらわないと…」
三島
「そうかな。おれはいままでそういうことは言わなかったけれども、よく考えてみるといやだよ。(略)」
私は三島さんを懸命にナダめにナダめる武田氏に、つよい共感で(感傷的にも)涙ぐみたくなる。
しかし同時に、三島さんがもの書きとしての恥部をここまで口にする激しい自己意識に心をうたれずにいられない。
それはまたそっくり三島さんの社会への批判でもある。
田久保英夫
- 180 :大人の名無しさん:2008/01/05(土) 11:55:58 ID:PnHvPs3n
- 左翼人の私も右翼人の三島の「行動」には、かなり衝撃を受けたことも事実なのであって、これを匿す気にはならないからである。
そして衝撃を受けなかった人はどんな人なのかと思ったりもするのだが、「行動」といい「芸術」といっても、所詮人間はおなじなのかも知れない。
しかも三島と私とはイデオロギーが全くちがっているのに、どこか類似性、相似性があるような気がして、それが私自身気になるのである。
三島由紀夫こそはあきらかに、永井荷風や谷崎潤一郎やあるいは川端康成の耽美主義の系譜とその路線に沿いながら、しかし明確な知性をもって、またその美的知性の故に、
その路線の最終駅に到着しながら、それをなんらかの形で社会的行動におきかえようとした努力家であり勇気ある誠実者ではなかったのだろうか。
山岸外史
- 181 :大人の名無しさん:2008/01/07(月) 15:23:24 ID:+rZFIaA7
- 息つくひまなき刻苦勉励の一生が、ここに完結しました。
疾走する長距離ランナーの孤独な肉体と精神が蹴たてていた土埃、その息づかいが、私たちの頭上に舞い上がり、そして舞い下りています。
あなたの忍耐と、あなたの決断。あなたの憎悪と、あなたの愛情が。そしてあなたの哄笑と、あなたの沈黙が、私たちのあいだにただよい、私たちをおさえつけています。
それは美的というよりは、何かしら道徳的なものです。あなたが「不道徳教室講座」を発表したとき、私は「こんなに生真じめな努力家が、
不道徳になぞなれるわけがないではないか」と直感したものですが、あなたには生まれながらにして、道徳ぬきにして生きて行く生は、生ではないと信じる素質がそなわっていたのではないでしょうか。
武田泰淳
三島由紀夫を追悼した言葉
- 182 :大人の名無しさん:2008/01/12(土) 00:17:14 ID:FQtZJv7k
- 三島由紀夫は右翼だけど、川端康成も右翼?
- 183 :大人の名無しさん:2008/01/12(土) 15:21:33 ID:KTbIbvgb
- 三島事件の直後、新聞記者たちの質問は、三島の行動が日本の軍国主義復活と関係あるか、ということだったが、私の反応は、ほとんど直感的に「ノー」と答えることだった。
たぶん、いつの日か、国が平和とか、国民総生産とか、そんなものすべてに飽きあきしたとき、彼は新しい国家意識の守護神と目されるだろう。
いまになってわれわれは、彼が何をしようと志していたかを、きわめて早くからわれわれに告げていて、それを成し遂げたことを知ることができる。
エドワード・サイデンステッカー
- 184 :大人の名無しさん:2008/01/17(木) 00:00:23 ID:GnQw1OYh
- 応募者全員に番組特製ステッカーをプレゼント!
- 185 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 00:27:28 ID:agNSmeLn
- 美輪明宏があんな風になってしまったのを見ずにすんだから、三島は自殺して正解だったね
- 186 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 07:53:53 ID:bW2anu4M
- 三島は漢の中の漢。太宰は女々しいクズ男。
- 187 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 15:07:19 ID:reDQQjRT
- ぼくにとっていまでも驚異に思われるのは、三島というひとが、あんなに明敏かつ冷徹な批評家的、懐疑家的な眼と、あんなに度の高い情熱とを、どうして併有することができたか、ということである。
情熱家は、世のなかに少なくはないだろう。しかしあのような最期をとげ得るほどの人物が、ほかにどれだけあるか。
また冷静な合理主義者の数は、多いだろうが、死の最後の瞬間まであれほど冷徹に計算し、実行し得るひとは、稀だろうと思う。
しかも驚くべきことに三島氏はその両者をわが身に併存させていたのだった。
村松剛
- 188 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 15:08:23 ID:reDQQjRT
- 三島由紀夫は見事に切腹した。しかも、介錯は一太刀ではすまなかった。恐らく、弟子である森田必勝には師の首に刀を振り下ろすことに何かためらいでもあったのだろう。
それは逆に、三島が通常の切腹に倍する苦痛に克ったことを意味する。
罪人の斬首の場合、どんな豪胆な連中でも恐怖のあまり首をすくめるので、刀を首に打ち込むことはきわめて困難であると、山田朝右衛門(首切朝右衛門)は語っている。
しかし、三島は介錯の刀を二度三度受け止めたのである。このことは、三島由紀夫の思想が「本気」であることを何よりも雄弁に語っていた。
楯の会が小説家の道楽ではないことの確実な証拠であった。だからこそ、「本気」ではなかった左翼的雰囲気知識人は、自らの怯えを隠すように嘲笑的な態度を取ったのである。
呉智英
- 189 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 15:11:57 ID:gMBihA9W
- 30過ぎてまだ借りものの言葉の引用で喜んでるのかよ?
- 190 :大人の名無しさん:2008/01/18(金) 15:21:39 ID:2eKIfsp3
- >>185
ほんとにね
美輪はどこに行くんだろ
一昔は女性誌で説教垂れていて、どこのバカがこれで喜ぶんだと思っていたけど
全国にいるのね
- 191 :大人の名無しさん:2008/01/19(土) 00:35:00 ID:oH52MikK
- 美輪は最近しきりに憲法9条改正反対を叫んでいるけど、切腹までして憲法9条改正を訴えて死んだ三島由紀夫は、37年後、美輪が、己の遺志をぶちこわすキャンペーンをうちだすとはまさか予想しなかっただろうね
あんな黄色いジジ婆に薔薇を渡すことなかったのにと思った
- 192 :大人の名無しさん:2008/01/27(日) 00:09:26 ID:FQyaF7xb
- 美輪は軍人アレルギー
- 193 :大人の名無しさん:2008/01/31(木) 21:51:43 ID:+ClcHyU3
- 床に転がる三島由紀夫の首は雄弁だった。言葉そのものであるような首だった。
その限りなく音楽的な言葉はオルゴールの音のように美しく、彼が生きた時代に投げかける呪いとなっていた。呪いにかけられた坊やはここにいる。
島田雅彦
- 194 :大人の名無しさん:2008/01/31(木) 22:30:14 ID:dpE/VXAJ
- もし日本に三島があと五人いたら、戦争で負けていたのはアメリカだ。
ウォーレン・クロマティ
- 195 :大人の名無しさん:2008/02/04(月) 16:08:20 ID:oFreJaOj
- 三島由紀夫は復活する。
小室直樹
- 196 :売国まる反:2008/02/04(月) 19:27:44 ID:OozlgEi0
- パチンコ産業は荒らすことでレスとレスの間を空けて読む気をなくさせたり
マネーロンダリング、さくら、ホルコン、遠隔、などの風評被害を最小限に抑えようとしてる。
新スレ→○○○マルハンパチンコタワー渋谷パート10○○○
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1201304777/52-54
↓↓工作員の荒らしのやり方↓↓
2007/12/22(土)ID:53v4XOV+0 2007/12/23(日)ID:R4I22Rdi0 ID:U0l8dViy0
【延岡】宮崎県北情報PART3【日向】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1196865970/78-82
マルハン総合スレッド 9http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1187021165/673-681
【山と川】宮崎県児湯付近PART1【自然イパーイ】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1188235164/427-432
【基地外が大暴れ4】エスパス日拓総合スレ【18発目】ttp://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1188885488/364-366
ガイア(笑)ttp://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1178977365/714-716
2007/11/14(水)ID:IQ2W+BsJ0 2007/11/15(木)ID:Fi5mVWm/0
マルハン総合スレッド 9http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1187021165/486-488
マルハン難波店http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1146755003/434-437
ガイア(笑)http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1178977365/490-492
ガイア正社員友の会http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1188211786/134-138
工作員に荒らされ機能停止したスレ
■■■■マルハン総合スレッド 9■■■■http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1187021165/
【山崎】MPT渋谷パート9【シャネル】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1197771701
【基地外が大暴れ4】エスパス日拓総合スレ【18発目】http://money6.2ch.net/test/read.cgi/pachij/1188885488
MPT渋谷はマルハン・パチンコ・タワー渋谷の略です。
【FEG/TBSの】ピットクルー株式会社2【プロ工作員】
http://ex21.2ch.net/test/read.cgi/k1/1198321297/l50
(株)電通は六代目山口組の企業舎弟
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/koukoku/1180395086
- 197 :大人の名無しさん:2008/02/12(火) 15:11:31 ID:Cj66/9X8
- 三島由紀夫「伊沢さんは保田与重郎さんが好きですか、嫌いですか?」
伊沢甲子麿「保田さんは私の尊敬する人物です。
…戦後、保田さんを右翼だとか軍国主義だとか言って非難するものがありますが、私はそのような意見とは真向から戦っています。
保田さんは立派な日本人であり文豪です。」
三島「私は保田さんをほめる人は大好きだし悪く言う人は大嫌いなのです。今、伊沢さんが言われたことで貴方を信頼できる方だと思いました。」
当時、三島氏は大蔵省の若手エリート官僚であった。
…三島氏は天才的な作家であり東大法学部出身の最優秀の官僚でありながら、いささかも驕りたかぶるところがない謙虚な人柄であった。
そして義理と人情にあつい人であるということがわかったのである。
伊沢甲子麿
- 198 :大人の名無しさん:2008/02/12(火) 15:13:16 ID:Cj66/9X8
- 三島氏の要望により私は歴史と教育に関する話をいろいろとするに至った。
特に歴史では明治維新の志士について。中でも吉田松陰や真木和泉守の精神思想を何度も望まれて話した。
…三島氏は松陰や真木和泉守の話を私が始めると、和室であったため座布団をのけて正座してしまうのだった。
…その外では西郷隆盛の西南の役の話や、また尊皇派の反対の佐幕派の人物である近藤勇や土方歳三の話も何度となく望まれて語った次第である。
特に近藤勇は三島氏の祖母の祖父である永井尚志が近藤勇とは心を許し合った友人であったため、深く敬愛の情を寄せていた様である。
伊沢甲子麿
- 199 :大人の名無しさん:2008/02/18(月) 11:55:51 ID:U7VZWy8n
- >>91
これ本当の発言?
- 200 :大人の名無しさん:2008/02/18(月) 21:46:32 ID:TkCzUWrx
- >>199
一応、三島由紀夫全集に載っている伊沢甲子麿氏の「三島由紀夫の思い出」からの抜粋です。
- 201 :大人の名無しさん:2008/02/20(水) 10:55:40 ID:m6AsR2i1
- 戦後文学の作品は沢山あり、さらに沢山つみあげられることだろう。今や大企業である。
しかしついのつまりに、三島由紀夫だけが文学及び文学者として、後の世に伝わってゆくだろう。
彼は紙幣を作っていたのでも、銀行預金通帳の数字を書き加えたのでもないからである。
保田与重郎
- 202 :大人の名無しさん:2008/02/20(水) 11:07:44 ID:m6AsR2i1
- 私が三島由紀夫氏を初めて知ったのは、彼が学習院中等部の上級生の時だった。
…そのあと高等部の学生の頃にも、東京帝国大学の学生となってからも、何回か訪ねてきた。
ある秋の日、南うけの畳廊下で話していると、彼の呼吸が目に顕ったので、不思議なことに思った。
吐く息の見えるわけはなく、又寒さに白く氷っているのでもない。長い間不思議に思っていたが、やはりあの事件のあとで拙宅へきた雑誌社の人で、三島氏を知っている者が、彼は喘息だったからではないかと云った。
私はこの齢稚い天才児を、もっと不思議の観念で見ていたので、この話をきいたあとも、一応そうかと思い、やはり別の印象を残している。
保田与重郎
- 203 :大人の名無しさん:2008/02/21(木) 07:02:02 ID:f6iNq7d2
- >>200
遅レスだけどありがとう
- 204 :大人の名無しさん:2008/02/22(金) 01:08:04 ID:Yq8RBLRW
- 三島の背の低さは異常。
- 205 :大人の名無しさん:2008/02/22(金) 10:26:59 ID:Vz0ZrEZR
- あの時(ノーベル賞を)受賞したのが川端であり、三島由紀夫でなかったのは、何かの行き違いだったかもしれない。
すなわち、国連事務総長だったダグ・ハマーショルドが1961年に亡くなる直前、三島の「金閣寺」を読み、ノーベル賞委員会のある委員に宛てた手紙で大絶賛したのである。こういった筋からの推薦は小さくない影響力を持っていた。
また1967年のこと、出版社の国際的な集会がチェニスで開かれ、私はその集いが授与する文学賞、フォルメントール賞を三島にと試みたが失敗に終わった。
この時、スウェーデンから参加した有力出版社ボニエールの重役が私を慰め、三島はずっと重要な賞をまもなく受けるだろう、と言ったのだ。ノーベル賞以外にはあり得なかった。
ドナルド・キーン
- 206 :大人の名無しさん:2008/02/23(土) 13:03:16 ID:wiABK1Cd
- 三島由紀夫氏の最後の四巻本の小説は、小説の歴史あってこの方、何人もしなかったことを、小説の歴史に立脚した上でなしあげようとしたのであろう。
そういう思いが、十分に理解されるような大作品である。
三島氏も、人のせぬおそるべきことを考え、ほとほとなしとげた。
そこには人間の歴史あってこの方の小説の歴史を、大網一つにつつみ込むような振る舞いが見える。
保田与重郎
- 207 :大人の名無しさん:2008/02/23(土) 13:03:58 ID:wiABK1Cd
- 人を、心に於て、最後に解剖してゆくような努力は、私に怖ろしいものと思われた。
三島氏ほどの天才が思っていた最後の一念は、皮相の文学論や思想論に慢心している世俗者よりも、そういうものとは無縁無垢の人に共感されるもののようにも思われる。
その共感を言葉でいい、文字で書けば、うそになって死んでしまうような生の感情である。
保田与重郎
- 208 :大人の名無しさん:2008/02/25(月) 22:18:58 ID:jjOFSPBt
- 自己の作品化をするのが、私小説作家だとすれば、三島由紀夫は逆に作品に、自己を転位させようとしたのかもしれない。
むろんそんなことは不可能だ。作者と作品とは、もともとポジとネガの関係にあり、両方を完全に一致させてしまえば、相互に打ち消しあって、無がのこるだけである。
そんなことを三島由紀夫が知らないわけがない。知っていながらあえてその不可能に挑戦したのだろう。
なんという傲慢な、そして逆説的な挑戦であることか。ぼくに、羨望に近い共感を感じさせたのも、恐らくその不敵な野望のせいだったに違いない。
安部公房
- 209 :大人の名無しさん:2008/02/27(水) 16:07:25 ID:81kzf+v/
- 金閣寺は、この作品において美の象徴であり、しかも戦火によっていつ焼亡するかもしれないという時期、凄まじいまでの美をあらわしている存在である。
主人公は、その終末の予感に陶酔しつつ、金閣寺=美との共生にいいがたい浄福を感じている。
…敗戦の日、金閣寺と主人公の共生は断たれる。金閣寺は、あの失われた恩寵の時間を凝縮して、永遠の呪詛のような美に化生する。
主人公は美の此岸にとりのこされ、もはや何ごととも共生することができない。
橋川文三
- 210 :大人の名無しさん:2008/02/27(水) 16:08:46 ID:81kzf+v/
- ―この辺りには、戦中から戦後へかけての青年の絶望と孤独の姿が、比類ない正確さで描き出されており、
金閣=美を戦中の耽美的ナルシシズムにおきかえるならば、戦後もなお主人公を支配する金閣の幻影が、青年にとって何であったかを類推するに困難ではないであろう。
そこから、金閣寺を焼かねばならないという決意の誕生もまた、戦後の三島の精神史にあらわれた「裏がえしの自殺」の決意にほかならないことも明らかになるであろう。
こうして、この作品は、実際の事件に仮託しながら、三島の美に対する壮大な観念的告白を集大成したような観を呈しており、美の亡びと芸術家の誕生とを、厳密な内的法則性の支配する作品の中に、みごとに定着している。
「仮面の告白」に遙かに呼応する記念碑的な作品である。
橋川文三
- 211 :大人の名無しさん:2008/02/29(金) 22:56:44 ID:3Q3RLyig
- ぼくは、国のために死にたいと思います。
森田必勝
- 212 :大人の名無しさん:2008/02/29(金) 22:57:35 ID:3Q3RLyig
- 僕の母、白い手、黒い髪、白い大きな目、いつも天のどこかで僕を見守り、愛撫してくれる。お母さん、僕、今日学校で寝た。かんにんだよ。
でもどこかでお母さんの声が、必勝、あと十分だからがんばりなさい、と聞こえてきたよ。
そうか、お母さんのいる天国へ僕も行こうか。お父さんも待っていてくれると思うけど、きっと仲が良いんでしょうね。
森田必勝
- 213 :大人の名無しさん:2008/02/29(金) 22:58:40 ID:3Q3RLyig
- 先生のためには、いつでも自分は命を捨てます。
森田必勝
どんな美辞麗句をならべた礼状よりも、あのひとことには参った。
三島由紀夫
- 214 :大人の名無しさん:2008/03/01(土) 10:35:19 ID:87Z61v+m
- たとへ私が狂気だつたにせよ、あの狂気の中心には、光りかがやくあらたかなものがあつた。
狂気の後には水晶のような透明な誠があつた。
翼を切られても、鳥であることが私の狂気だつたから、その狂気によつてかるがると私は飛んだ。
彰武院文鑑公威居士
三島由紀夫
- 215 :大人の名無しさん:2008/03/01(土) 10:36:05 ID:87Z61v+m
- 私にはわからない。自分が今なほ狂気か正気かといふことが、自分にはわからう筈がない。
只一つわかることは、その正気の中心には誠はなく、みごとに翼は具へてゐても、その正気は決して飛ばないといふことだ。あたかも醜い駝鳥のやうに。
私は知らず、少なくともお前たちみんなは駝鳥になつたのだよ。
彰武院文鑑公威居士
三島由紀夫
- 216 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 01:11:33 ID:UyXXcRIm
- 太宰は自殺癖あるの知って嫌になった。作家の自殺志願とは違い道連れ付、落日前夜鰻の肝を食す。走れメロスは借金で追われる自分がモデルと聞き失望
親が三島由紀夫の騒動をONタイムで見ていたので興味があり本も好き。遠藤周作も好きだな。
- 217 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 01:52:34 ID:rzD50N4m
- なんか引用してる奴うっとうしい
- 218 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 16:40:43 ID:UyXXcRIm
- 本もよまんの?
おまえダメだな。子供いるなら最悪だな
- 219 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 19:29:42 ID:fO2ZPQIz
- 「奔馬」には、1876年に叛乱を起した武士たちの集団自殺が描かれており、彼らの行動は勲を感奮興起させたものであった。
この血と臓腑の信ずべからざる大氾濫は私たちを恐怖させるとともに、あらゆる勇敢なスペクタクルのように興奮させもする。
この男たちが闘うことを決意する前に行った、あの神道の儀式の簡素な純粋性のようなものが、この目を覆わしむ
流血の光景の上にもまだ漂っていて、叛乱の武士たちを追跡する官軍の兵隊たちも、できるだけゆっくりした足どりで山にのぼって、彼らを静かに死なせてやろうと思うほどなのである。
マルグリット・ユルスナール
- 220 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 19:30:16 ID:fO2ZPQIz
- 勲はといえば、彼はその自殺に幾分か失敗する。
しかし三島は、それ自体うかがい知りえぬ肉体的苦痛の領域に天才的な直感をはたらかせて、この叛逆の若者に、彼にとってはあまりに遅く来るであろう昇る日輪の等価物をあたえてやったのだ。
腹に突き立てられた小刀の電撃的な苦痛こそ、火の球の等価物である。それは彼の内部で赤い日輪のような輝きを放射するのである。
マルグリット・ユルスナール
- 221 :大人の名無しさん:2008/03/02(日) 23:53:36 ID:fO2ZPQIz
- 若者は、突拍子もない劇画や漫画に飽きたのちも、これらの与えたものを忘れず、自ら突拍子もない教養を開拓してほしいものである。
すなわち決して大衆社会へ巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の鋭い荒々しい教養を。
三島由紀夫
- 222 :大人の名無しさん:2008/03/03(月) 00:03:39 ID:rzD50N4m
- ↑ブルーハーツばばあ発見!!
- 223 :大人の名無しさん:2008/03/03(月) 00:13:55 ID:uB+bDGJQ
- 三島スレの有名人
ブルーハーツババアさん
今日も元気に布教活動頑張ってください!!
- 224 :大人の名無しさん:2008/03/03(月) 11:45:45 ID:O02dnd6v
- 日本の民と国との歴史の上で、天地にわたる正大なる気を考える時、偉大なる生の本願を、文人の信実として表現した人は、戦後世代の中で、日本の文学の歴史は、三島由紀夫ただ一人を記録する。
保田與重郎
- 225 :大人の名無しさん:2008/03/03(月) 13:26:24 ID:ie5FwBtB
- 引用より今度から議論しない?
その方が未読本に関心もつけど、引用するならどう思ったかにしない?
- 226 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 04:30:14 ID:3LL0lfKr
- だそうですよ?
家事手伝いのニートおばさん
- 227 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 10:58:01 ID:yOEJmvV4
- どう考えても私にとって不思議で仕方がなく、理解を絶するとしかいいようがないことは、
戦後25年の平和体制が、たとえばロマンティシズムといったような文芸上の観念にまで、有無をいわさず貶下的な内容を付加してしまうような雰囲気をつくりあげているということだろう。
澁澤龍彦
- 228 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 10:58:26 ID:yOEJmvV4
- これは、経済的繁栄のみを目途としてきた支配体制のつくり出すムードに、文学者までもが巻きこまれているのか、それとも、その支配体制と表裏一体の関係にある共産党のふりまいた、人工甘味料入りの神話の賜物か。
「いつわりの人間主義をたつきの糧とし、偽善の団欒は世をおおい…」と作品中で歌った三島氏の声が、まさに呪いの言葉のように響いてくるのは、かかる時であろう。
澁澤龍彦
- 229 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 11:01:03 ID:yOEJmvV4
- 要するに、事柄はきわめて明瞭なのだ。
すなわち、三島由紀夫氏は一個の過激派だったということだ。
右とか左とか限定なしの、絶対追求者としての過激派である。
澁澤龍彦
- 230 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 11:01:44 ID:yOEJmvV4
- 三島氏の掲げるイデオロギーと、切腹という異様な自殺の方法とが、諸外国にどんな悪影響をあたえるか、といったような政府与党的な配慮には、私はまったく興味ない。
ひるがえって、もし諸外国に、日本に関してトランジスターの商人の国とかいったイメージしか定着していないとすれば、その情けないイメージを日本刀によって打ちやぶった三島氏の功績は、どんな文化使節のそれにも勝るであろう。
澁澤龍彦
- 231 :大人の名無しさん:2008/03/04(火) 12:29:32 ID:/L088SLb
- 三島も太宰も平成生まれや中高生になった頃の21世紀生まれが読むのか微妙。
今の10代の娯楽の中心は携帯電話中心だからな。
- 232 :大人の名無しさん:2008/03/09(日) 00:23:43 ID:kSKHr312
- 初日の取組
三島由紀夫 (初顔合わせ) 太宰治
- 233 :大人の名無しさん:2008/03/09(日) 12:29:44 ID:sVo2q1kM
- 一人の人間、ましてあれだけの人物が自ら死を選んだ真の理由を、簡単に特定できるはずもない。
が、あえていうならば、三島さんが言っていた「文武両道」の「武」とは「文」を守るためのものと位置付けていたと考えたい。
守るべき「文」とは、自身の「文学」だけに止まるものではないだろう。もっと広く、そして深く「日本の文化」そのものとでも呼ぶべきものであったはずである。
思い起こせば、高度経済成長を達成したあの頃には、我々日本人は、豊かさと引き換えに自分たちの文化をないがしろにするということを、なんら恐れなくなっていた。
今の日本が抱える混迷も、根本的にはそこに問題があったのだということを、私も含め日本人の多くが気づき始めているのではないだろうか。
細江英公
- 234 :大人の名無しさん:2008/03/09(日) 12:30:58 ID:sVo2q1kM
- 三島さんには、今の日本の姿が見えていた。だからこそ、政治的な速攻性のないことがわかりきっている、あのような行動をあえてとることによって、我々に命懸けの「警告」を遺したのではなかったか。
そして恐らく三島さんが意図した通り、彼の行動は長く記憶され続け、その警告の意味は、時間がたつにつれてその重みを増してきているように思えてならない。
私は、既存の政治勢力が自らの主張のために三島さんの警告を都合よく利用するようなことがあってはならないと考える。
一方、彼の死後、文壇においては「あれは文学的な死であった」として、その多くが三島さんの個人的な理由によるものであるとする見方が支配的だったように思われるが、それにも違和感を感じてきた。
なぜなら、三島さんが憂いていたのは、もっと根源的な、日本人の精神的な危機そのものだったはずなのだから。
細江英公
- 235 :大人の名無しさん:2008/03/14(金) 11:37:24 ID:VJw4TKG+
- 私は、研究室で突然三島の死を聞いたとき、どういうわけかすぐに連想したのは、高山彦九郎であり、神風連であり、横山安武であり、相沢三郎などであった。
これらの人々の行動はいずれも常識を越えた「狂」の次元に属するものとされている。
この「狂」の伝統がどのようにして、日本に伝えられているのか、それはまだだれもわからないのではないだろうか。
ただ、すべての「異常」な行動を「良識」によって片づけることは、これまでの日本人の心をよくとらえ切っていない。
三島は私の知るところでは非常に「愚直」な人物である。
私のいう意味は、幕末の志士たちのいう「頑鈍」の精神であり、私としてはほめ言葉である。
私は三島をノーベル賞候補作家というよりも、その意味では、むしろ無名のテロリスト朝日平吾あるいは中岡良一などと同じように考えたい。
橋川文三
- 236 :大人の名無しさん:2008/03/18(火) 21:50:12 ID:wTKGtyuR
- それにしても西洋人の享楽主義のえげつなさは、支那人はともかく、とても日本人の肌にはあいませんね。
平岡公威16歳
東文彦への書簡から
ドイツ語の講座の本少しよみ出しました。いやはやドイツ語はまるで法文みたいですね。ヒットラアという嫌悪すべき名が、亀の子文字の行間にチラチラします。
モスコオはどうしてどうしておちますまい。(?)
平岡公威16歳
東文彦への書簡から
- 237 :大人の名無しさん:2008/03/18(火) 21:51:02 ID:wTKGtyuR
- 「西洋」へ、気持の惹かされることは、決して無理に否定さるべきものではないと思います。真の芸術は芸術家の「おのずからなる姿勢」のみから生まれるものでしょう。
近頃近代の超克といい、東洋へかえれ、日本へかえれといわれる。その主唱者は立派な方々ですが、
なまじっかの便乗者や尻馬にのった連中の、そこここにかもし出している雰囲気の汚ならしさは、一寸想像のつかぬものがあると思います。
我々は日本人である。我々のなかに「日本」がすんでいないはずがない。この信頼によって「おのずから」なる姿勢をお互いに大事にしてまいろうではございませんか。
平岡公威18歳
東文彦への書簡から
- 238 :大人の名無しさん:2008/03/18(火) 21:51:49 ID:wTKGtyuR
- いやなことと申せば今度も空襲がまいりそうですね。こうして書いております夜も折からの警戒警報のメガホンの声がかまびすしい。
一体どうなりますことやら。
しかしアメリカのような劣弱下等な文化の国、あんなものにまけてたまるかと思います。
平岡公威18歳
東文彦への書簡から
- 239 :大人の名無しさん:2008/03/18(火) 21:54:02 ID:wTKGtyuR
- 文学の上では日本は今こそ世界唯一であり、また当然世界第一でありましょう。
ムッソリーニにはヒットラアより百倍も好意をもっていますので、一しおの哀感をおぼえました。ムッソリーニも亦、ニイチェのように、
愚人の海に傷ついた人でありましょう。英雄の悲劇の典型ともいうべきものがみられるようにおもいました。
かつて世界の悲劇であったのはフランスでしたが、今度はイタリーになりました。スカラ座もこわれたようですね。
米と英のあの愚人ども、俗人ども、と我々は永遠に戦うべきでありましょう。俗な精神が世界を覆うた時、それは世界の滅亡です。
萩原氏が自ら日本人なるが故に日本人を、俗なる愚人どもを、体当りでにくみ、きらい、さげすみ、蹴とばした気持がわかります。
平岡公威18歳
東文彦への書簡から
- 240 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 11:42:08 ID:pE34o6Ej
- 国家儀礼と申せば、この間新響へゆきましたら、ただ戦歿勇士に祈念といえばよいものを、ラウド・スピーカアが、
やれ「聖戦完遂の前に一億一心の誓を示して」どうのこうのと御託宣をならべるので、ヒヤリとしたところへ、「祈念」という号令、
トタンにオーケストラが「海行かば」を演奏、――まるで浅草あたりの場末の芝居小屋の時局便乗劇そのままにて、冒涜も甚だしく、憤懣にたえませんでした。
平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から
- 241 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 11:42:42 ID:pE34o6Ej
- 国家儀礼の強要は、結局、儀式いや祭事というものへの伝統的な日本固有の感覚をズタズタにふみにじり、
本末を顛倒し、挙句の果ては国家精神を型式化する謀略としか思えません。
主旨がよい、となればテもなく是認されるこの頃のゆき方、これは芸術にとってもっとも危険なことではありますまいか。
平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から
- 242 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 11:43:38 ID:pE34o6Ej
- 今度の学制改革で来年か、さ来年、私も兵隊になるでしょうが、それまで、日本の文学のために戦いぬかねばならぬことが沢山あります。
去年の戦果に、国外国内もうこれで大丈夫と皆が思っていた時、学校へ講演に来られた保田與重郎氏は、これからが大事、これからが一番危険な時期だと云われましたが、今にしてしみじみそれがわかります。
文学を護るとは、護国の大業です。文学者大会だなんだ、時局文学生産文学だ、と文学者がウロウロ・ソワソワ鼠のようにうろついている時ではありません。
平岡公威18歳
徳川義恭への書簡から
- 243 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 12:02:26 ID:pE34o6Ej
- 僕らは卑怯な健康よりもデカダンをとる。デカダンの中にあるはるかな未来への輝きと能動も熟知しているのだ。
僕らが浪漫主義を主張したことは、悲しみと憤り、歎きと憂いの混淆した境地の主張だった。
保田與重郎
私は日本民族の永遠を信じる。
今や三島氏は、彼がこの世の業に小説をかき、武道を学び、演劇をし、楯の会の分列行進を見ていた、数々のこの世の日々よりも、多くの国民にとってはるかに近いところにいる。
今日以後も無数の国民の心に生きるようになったのだ。そういう人々とは、三島由紀夫という高名な文学を一つも知らない人々の無数をも交えている。
保田與重郎
- 244 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 12:02:57 ID:pE34o6Ej
- 総監室前バルコニーで太刀に見入っている三島氏の姿は、この国を守りつたえてきたわれらの祖先と神々の、最もかなしい、かつ美しい姿の現にあらわれたものだった。
しかしこの図の印象は、この世の泪という泪がすべてかれつくしても、なおつきぬほどのかなしさである。
豊麗多彩の作家は最後に天皇陛下万歳の声をのこして、この世の人の目から消えたのである。日本の文学史上の大作家の現身は滅んだ。
保田與重郎
- 245 :大人の名無しさん:2008/03/19(水) 12:32:21 ID:5eAXQV9B
- 太宰はニヤニヤしながら読むギャグ小説です
- 246 :大人の名無しさん:2008/03/24(月) 12:01:17 ID:lmZDVgbo
- 太宰は人間失格しか読んだことありません
スイミングクラブでバイト中の夏だったのに気分が落ち込んで足がつってしまったのを覚えてます
- 247 :大人の名無しさん:2008/03/24(月) 12:11:56 ID:lmZDVgbo
- 「花ざかりの森」の作者(三島由紀夫)は全くの年少者である。どういう人であるかということは暫く秘しておきたい。それが最もいいと信ずるからである。
もし強いて知りたい人があったら、われわれ自身の年少者というようなものであるとだけ答えておく。
日本にもこんな年少者が生まれて来つつあることは何とも言葉に言いようのないよろこびであるし、日本の文学に自信のない人たちには、この事実は信じられない位の驚きともなるであろう。
蓮田善明
昭和16年「文芸文化」
- 248 :大人の名無しさん:2008/03/24(月) 12:12:38 ID:lmZDVgbo
- この年少の作者は、しかし悠久な日本の歴史の請し子である。
我々より歳は遙かに少いが、すでに、成熟したものの誕生である。此の作者を知ってこの一篇を載せることになったのはほんの偶然であった。
しかし全く我々の中から生まれたものであることを直ぐに覚った。そういう縁はあったのである。
蓮田善明
昭和16年「文芸文化」
- 249 :大人の名無しさん:2008/03/24(月) 12:13:21 ID:lmZDVgbo
- 交遊に乏しい私も、一年に二人か一人くらいづつ、このように国文学の前にたたずみ、立ちつくしている少年を見出でる。
「文芸文化」に〈花ざかりの森〉〈世々に残さん〉を書いている二十歳にならぬ少年も亦その一人であるが、悉皆国文学の中から語りいでられた霊のような人である…。
蓮田善明
昭和18年「文学」
- 250 :大人の名無しさん:2008/03/24(月) 12:14:23 ID:lmZDVgbo
- 前略
「蓮田善明とその死」感激と興奮を以て読み了えました。毎月、これを拝読するたびに魂を振起されるような気がしました。
この御作品のおかげで、戦後二十数年を隔てて、蓮田氏と小生との結縁が確められ固められた気がいたしました。
御文章を通じて蓮田氏の声が小生に語りかけて来ました。
蓮田氏と同年にいたり、なおべんべんと生きているのが恥ずかしくなりました。
一体、小生の忘恩は、数十年後に我身に罪を報いて来るようであります。
今では小生は、嘘もかくしもなく、蓮田氏の立派な最期を羨むほかに、なす術を知りません。
三島由紀夫
昭和42年
小高根二郎への書簡から
- 251 :大人の名無しさん:2008/03/29(土) 16:51:21 ID:juFPF4It
- 国のため、いのち幸くと願ひたる、
畏きひとや
国の為に、死にたまひたり
保田與重郎
昭和45年11月某日
- 252 :大人の名無しさん:2008/03/29(土) 16:52:00 ID:juFPF4It
- わがこころ
なおもすべなし
をさな貌
まなかひに顕つを
いかにかもせむ
夜半すぎて
雨はひさめに
ふりしきり
み祖の神の
すさび泣くがに
保田與重郎
昭和45年11月某日
- 253 :大人の名無しさん:2008/04/09(水) 21:16:57 ID:pzGP+pct
- 実は昭和43年のノーベル文学賞は三島由紀夫に内定していたが、審査員の一部から三島の政治的活動を問題視する声があがり、川端康成へ移行しただけ。
ある審査員が三島を、全共闘の仲間と短絡し、急進左翼に肩入れしているとみなし、かわりに川端を強く推したのである。
また、川端は事前に自分が受賞することを知り、三島へ「今回は私がいただかせてもらいます」と言ったという。
三島の死後、川端は、「あれは三島君がもらうべきだった賞だ」と知人に漏らしている。
そして自責の念にかられてか、川端は徐々に睡眠薬中毒になってゆく。
- 254 :大人の名無しさん:2008/04/09(水) 21:17:57 ID:pzGP+pct
- 三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊総監室に立てこもったニュースを聞き、川端康成はすぐに現場へ駆けた。
そして、川端は、総監室で壮絶な最期を遂げた血まみれの三島の死体と首を見てしまう。
ひと足遅れてきた石原慎太郎は、現場検証した警察関係者から、「川端先生が中へ入って見ていった」と聞かされる。慎太郎は川端が三島を見送ったならばと、入室を辞退していった。
川端はその後、眠れないと周囲に漏らしたり、「ほら、三島君があそこにいる」と、三島の霊を見ているかのような言動をするようになってゆく。
- 255 :大人の名無しさん:2008/04/09(水) 21:19:46 ID:pzGP+pct
- 三島の死後、川端康成は会議や講演などはこなしていたが、健康がすぐれず、新しい文学作品は書かなくなっていた。
そして、三島の自刃から約一年半後の昭和47年4月16日、川端はふらっと鎌倉の自宅を出てタクシーを拾い、仕事場の逗子マリーナ・マンション417号室へ向かう。
水割りを少し飲んだ後、川端はガス管をくわえガス自殺を遂げていた。遺書はなかった。
机には太宰治の本があったともいわれている。
- 256 :大人の名無しさん:2008/04/10(木) 12:31:00 ID:mlI0pyeH
- 私は三島君の早成の才華が眩しくもあり、痛ましくもある。
三島君の新しさは容易には理解されない。三島君自身にも容易には理解しにくいのかもしれぬ。
三島君は自分の作品によってなんの傷も負わないかのように見る人もあろう。
しかし三島君の数々の深い傷から作品が出ていると見る人もあろう。
この冷たそうな毒は決して人に飲ませるものではないような強さもある。
この脆そうな造花は生花の髄を編み合わせたような生々しさもある。
川端康成
- 257 :大人の名無しさん:2008/04/12(土) 15:29:23 ID:scEzQH+5
- 三島君ほどの作家は100年か200年に一人しか出てこない。
「豊饒の海」は、三島君の作品の中で最高の価値がある。
川端康成
- 258 :大人の名無しさん:2008/04/21(月) 10:53:06 ID:yzwfVINJ
- 彼は(三島は)無限の敵、即ち日本文化、いや日本を腐敗させつつあるものへ、自分の命、絶対の価値ある自分の命を投げつけた。
彼は敵に向い最後迄断然逃げなかった。
…彼は自分の愛するもの(これには自分の家族も入る)に、自分の最上のものを捧げたかった。
それは自分の命、これである。
三谷信
- 259 :大人の名無しさん:2008/04/21(月) 10:53:44 ID:yzwfVINJ
- 世人は彼の死を嘲笑した。これは彼の敵の正体を、世人が未だ理解していない時に死んだからか?
多くの人、中には名声にあっては一流人が、まるで見当違いのことをいって、彼の死を手軽に料理している。
しかしいつでも彼の死は早すぎるのだろう。
“死”は誰でも逃げたいものだから。
三谷信
- 260 :大人の名無しさん:2008/04/21(月) 10:54:23 ID:yzwfVINJ
- 彼は稀なる作家、思想家、そして文化人であった。
自分の思想のために、生涯の頂点で、世人の軽蔑は覚悟の上で死ねる者が何人居るか。
彼と思想を異にするのは全く自由であるが、嘲笑するには先ず自分の考えに殉じて死ねる者でなければなるまい。
なぜなら、彼の死は冷静な死であったから。
三谷信
- 261 :大人の名無しさん:2008/04/21(月) 10:54:54 ID:yzwfVINJ
- 彼は少年時代に戻って死んだ。
少年時代、彼は日本文化に殉ずる心で生きて居た。その心で死んだ。
純粋という点では、学習院高等科学生の頃の姿で死んだ。
所詮作家からはみ出した男、言葉で適当に金を儲けることを、出来るがやらぬ男であった。
三谷信
- 262 :大人の名無しさん:2008/05/11(日) 13:11:07 ID:4tKFRB8j
- http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html
檄文 三島由紀夫
- 263 :大人の名無しさん:2008/05/11(日) 13:19:28 ID:4tKFRB8j
- 天皇陛下の政治利用に自衛官が抗議!
自衛官の中にも真の軍人、武人がいた!
昨日8日午後9時半頃、国会議事堂の正面玄関に通じる階段での自決未遂があった。
名前は鈴木田峻吾君、20才。
陸上自衛隊朝霞駐屯地体育学校所属の陸士長で熊本県出身の九州男児である。
天皇陛下の政治利用に対して、自衛官として申し訳無いと自衛隊制服着用にて、抗議自決を試みるも、妨害に合い未遂に終った。
鈴木田君は、これぞ九州男児という男気の有る一直線な青年である。
その彼がなぜ、昨日自決を試みるに至ったのか。
「天皇陛下を奉るべき軍人」として、
胡錦涛主席を見送る為に、天皇陛下が主席の宿泊先である民間施設まで行幸されるという屈辱的な政府方針に対し、陛下に申し訳無いという気持ちで、三島森田両烈士の決起後、沈黙していた自衛官から、初めて声が上がったのではないだろうか。
しかしこの彼の抗議自決(未遂)は、今まさに権力により隠蔽されようとしている。
僕は、この彼の気持ちに応える為にも、この件が隠蔽、彼自身が謀殺されないように、
皆さんに知らせたいと思う。
http://blogs.yahoo.co.jp/ishinsya/31554873.html
- 264 :大人の名無しさん:2008/05/20(火) 19:54:23 ID:rt6bpQmz
- 引用はいいから意見を書けよ
- 265 :大人の名無しさん:2008/05/21(水) 21:07:17 ID:Wk5aJnCr
- http://www.geocities.jp/kyoketu/61052.html
檄文 三島由紀夫
http://www.geocities.jp/kyoketu/61051.html
演説文 三島由紀夫
- 266 :大人の名無しさん:2008/06/02(月) 15:08:37 ID:Mm3x8vsD
- 私もそのころの太宰氏と同年配になった今、決して私自身の青年の客気を悔いはせぬが、そのとき、氏が初対面の青年から、
「あなたの文学はきらいです」
と面と向かって言われた心持は察しがつく。私自身も、何度かそういう目に会うようになったからである。
…こういう文学上の刺客に会うのは、文学者の宿命のようなものだ。
もちろん私はこんな青年を愛さない。こんな青臭さの全部をゆるさない。
私は大人っぽく笑ってすりぬけるか、きこえないふりをするだろう。
ただ、私と太宰氏のちがいは、ひいては二人の文学のちがいは、私は金輪際、
「こうして来てるんだから、好きなんだ」などとは言わないだろうことである。
三島由紀夫
「私の遍歴時代」より
- 267 :大人の名無しさん:2008/06/02(月) 15:09:35 ID:Mm3x8vsD
- ワイルドはその逆説によって近代をとびこえて中世の悲哀に達した。
イロニカルな作家はバネをもっている人形のように、あの世紀末の近代から跳躍することができた。
彼は19世紀と20世紀の二つの扇をつなぐ要の年に世を去った。
彼は今も異邦人だ。だから今も新しい。
ただワイルドの悪ふざけは一向気にならないのに、彼の生まじめは、もう律儀でなくなった世界からうるさがられる。
誰ももう生まじめなワイルドは相手にすまい。
あんなに自分にこだわりすぎた男の生涯を見物する暇がもう世界にはない。
三島由紀夫
「オスカア・ワイルド論」より
- 268 :大人の名無しさん:2008/06/06(金) 22:05:48 ID:8YVs9/mw
- 太宰は、
「日本の文化がさらにまた一つ堕落しそうな気配を見たのだ」
「こんな具合じゃ仕様がない。(中略)戦争時代がまだよかったなんて事になると、みじめなものだ。」
という言葉を遺して入水自殺したらしいけど、
三島の『翼』や主要作のテーマ根底は、この太宰の言葉と共通するものがあると思う。
三島の場合は死ぬ前に、神なき世界の終わりなき日常(戦後官僚体制)への抵抗として、一節演説をぶってディオニュソスのなかで死んでいった感じ。
- 269 :大人の名無しさん:2008/06/20(金) 11:03:25 ID:ycwyyUnN
- とある銀座のバーで。
石原慎太郎「三島由紀夫を殺したのはお前だ!」
美輪明宏「そうよ、三島さんを殺したのは私よ。今度はお前を殺してやる!」
石原「何言ってんだい……ブツブツ」
石原すごすご逃げてゆく…
- 270 :大人の名無しさん:2008/06/24(火) 20:05:35 ID:Yrlv+AWP
- 三島は自分の太ももに欲情したオナニストです。
オナニストのまま死にましたし、オナニスト達の神様です。
- 271 :大人の名無しさん:2008/06/25(水) 00:07:53 ID:O17rcc10
- 三島は股引が好きなのです。も・も・ひ・き・・ラブなのです。
日本人の太ももが一番なのです。
ぴっちりきつーくしまった感じがたまらない快感・・
で、日本独特のももひきを戦後脱ぎ捨てるやつがいっぱい出てきたわけです。
「きさまらゆるさん!股引は日本の伝統。なげかわしい!はかんかボケ」
とアジテーション。ほいで腹きりのエクスタシーにひたったわけです。
腹きりとはやっぱり股引の類です。日本の股引です。
つまり、三島ははげちょろの金箔の、シロアリ、倒壊寸前の金カクシでオナニー
をぶっこいて、あまりの壮絶なオナニーぶりに同様のオナニストを仰天させたのです。
股引の快感は自然にエクスタシーとなって日本は大陸にでていって散々ヒンシュクを買っていたのに
三島はわからなかったのです。ふるちんでは金玉ぶらぶらけがをすると決め付けたのです。
実際は実に涼しく運動しやすく、足の筋肉も鍛えられまことにここちいフリー朕にも
かかわらず。三島は最後までくさい股引にこだわった・・ここに日本の文化のあほらしさが
あるのです。
股引もよい。ただフリー朕やら猿股のよさを認めて、通常はトランクス(民主主義)
たまに酔狂に股引・・という自在のトレンドがわからなかった三島はやっぱり
股引、オナニストといえるのではないでしょうか?
- 272 :大人の名無しさん:2008/06/25(水) 14:03:08 ID:c2IYm9Dw
- 三島氏は、日本人について、「繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐい稀な結合」と云った。
そして「これだけ精妙繊細な文化伝統を確立した民族なら、多少野蛮なところがなければ衰亡してしまう」と云う。
この史観と実践倫理を、彼の一代の生き方の上に重ねた時、わが身心は、ただおののく感じである。
保田與重郎
「ただ一人」より
- 273 :大人の名無しさん:2008/06/25(水) 14:03:43 ID:c2IYm9Dw
- 日本の民と国との歴史の上で、天地にわたる正大なる気を考える時、偉大なる生の本願を、文人の信実として表現した人は、戦後世代の中で、日本の文学の歴史は、三島由紀夫ただ一人を記録する。
過渡期を超越したこの人である。
保田與重郎
「ただ一人」より
- 274 :大人の名無しさん:2008/06/25(水) 22:53:02 ID:c2IYm9Dw
- 21日土曜日の読売新聞の辻井喬の回顧録は、三島由紀夫と石橋湛山の共通思想を考察しながら、
三島が戦後の手続き民主主義の欺瞞に、生命を賭けて反対したことについて触れています。
三島を領土拡大や国粋主義右翼と見るのは、意図的な誤解で、誤りだと述べています。
- 275 :大人の名無しさん:2008/06/25(水) 22:54:18 ID:c2IYm9Dw
- 三島由紀夫が自らの生命を賭けて反対した思想の重要な側面は、この、手続きさえ合っていれば、その政策や行動の内容は問わないという、敗戦後のわが国の文化風土だったのではないか。
彼の目に、それは思想的退廃としか映らなかったのである。
…しかし、多くのメディアや芸術家は、彼の行動の華々しさや烈しさに目を奪われて、それを右翼的な暴発としか見なかった。
辻井喬
「叙情と闘争」(読売新聞連載回顧録)より
- 276 :大人の名無しさん:2008/06/27(金) 10:30:43 ID:V4dRNYKN
- すべての国民が悪魔に魂を売り、経済の高度成長と取引をしたように、現世相は一応思えるかもしれぬが、国の正気の脈々としたものが、必ず潜流しているにちがいないと私は思う。
それなくしては日本はなくなり、人類も、理想も、文明も消滅するのである。
人類に意志はなくとも、生命の起源に於て、天地との約束はあったと思う。これを神々という御名でよぶことを、私はためらはない。
保田與重郎
「ただ一人」より
- 277 :大人の名無しさん:2008/06/27(金) 10:31:48 ID:V4dRNYKN
- あの市ヶ谷での事件は、政治的なニヒリズムにもとづくパフォーマンスでも、非現実的なクーデタでもない。
三島は大塩平八郎と同様に、それが必ず失敗する事は識っていただろう。
にもかかわらずそれを試みることは、自滅ではなく、そのような大義を信じるものが日本に一人はいるということを示すための言挙げであり、
その言葉が、必ず、たとえば後世に対してであっても、聞く耳を持った者に伝わるという確信の表明だ。
故にそれはニヒリズムに似ており、ニヒリズムに発しているのだが、その大いなる否定なのである。
福田和也
「保田與重郎と昭和の御代」より
- 278 :大人の名無しさん:2008/07/02(水) 00:33:28 ID:uG8lbAYV
- ■ おすすめ2ちゃんねる 開発中。。。 by FOX ★
このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
三島由紀夫Part25 [文学
- 279 :大人の名無しさん:2008/07/02(水) 12:49:41 ID:JqfW4VgE
- 221 大人の名無しさん New! 2008/03/02(日) 23:53:36 ID:fO2ZPQIz
若者は、突拍子もない劇画や漫画に飽きたのちも、これらの与えたものを忘れず、自ら突拍子もない教養を開拓してほしいものである。
すなわち決して大衆社会へ巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の鋭い荒々しい教養を。
三島由紀夫
222 大人の名無しさん New! 2008/03/03(月) 00:03:39 ID:rzD50N4m
↑ブルーハーツばばあ発見!!
223 大人の名無しさん New! 2008/03/03(月) 00:13:55 ID:uB+bDGJQ
三島スレの有名人
ブルーハーツババアさん
今日も元気に布教活動頑張ってください!!
224 大人の名無しさん New! 2008/03/03(月) 11:45:45 ID:O02dnd6v
日本の民と国との歴史の上で、天地にわたる正大なる気を考える時、偉大なる生の本願を、文人の信実として表現した人は、戦後世代の中で、日本の文学の歴史は、三島由紀夫ただ一人を記録する。
保田與重郎
225 大人の名無しさん New! 2008/03/03(月) 13:26:24 ID:ie5FwBtB
引用より今度から議論しない?
その方が未読本に関心もつけど、引用するならどう思ったかにしない?
226 大人の名無しさん New! 2008/03/04(火) 04:30:14 ID:3LL0lfKr
だそうですよ?
家事手伝いのニートおばさん
http://bubble6.2ch.net/test/read.cgi/cafe30/1174282423/
- 280 :大人の名無しさん:2008/07/03(木) 10:48:40 ID:B/TEXj9Z
- 彼がそのわかい晩年で考えた、天皇は文化だという系譜の発想の実体は、日本の土着生活に於いて、生活であり、道徳であり、従って節度とか態度、あるいは美観、文芸などの、おしなべての根拠になっている。
三島氏が最後に見ていた道は、陽明学よりはるかにゆたかな自然の道である。
武士道や陽明学にくらべ、三島氏の道は、ものに至る自然なる随神(かんながら)の道だった。
そのことを、私はふかく察知し、粛然として断言できるのが、無上の感動である。
保田與重郎
「天の時雨」より
- 281 :大人の名無しさん:2008/07/03(木) 10:49:19 ID:B/TEXj9Z
- 三島氏らは、ただ一死を以て事に当たらんとしたのである。
そのことの何たるかを云々することは私の畏怖して自省究明し、その時の来り悟る日を待つのみである。私は故人に対し謙虚でありたいからである。
三島氏の文学の帰結とか、美学の終局点などという巷説は、まことににがにがしい。
その振る舞いは創作の場の延長ではなく、まだわかっていないいのちの生まれる混沌の場の現出であった。
国中の人心が幾日もかなしみにみだれたことはこの混沌の証である。
保田與重郎
「天の時雨」より
- 282 :大人の名無しさん:2008/07/10(木) 22:54:43 ID:5MBxcNV/
- 三島由紀夫は、古典「ダフニスとクロエ」を下敷きに日本の島を舞台にした純愛物語を構想していましたが、
最終的に三重県鳥羽市沖の神島を『潮騒』の舞台に選んだ理由を三島は、神島が日本で唯一パチンコ店がない島だったからと、大蔵省同期の長岡寛に語っています。
神島の島民たちは初め三島を、病気療養のために島に来ている人と勘違いし、
「あの青びょうたんみたいな顔の男は誰やろ?体が悪くて養生しに来とるのか」と言ったそうです。
島民たちに島の話を聞きながら、熱心にメモをとっていた痩せた白い肌の三島の姿は、屈強な島の男達を見慣れている島の女性たちにはかなり珍しかったようです。
- 283 :大人の名無しさん:2008/07/10(木) 22:57:59 ID:5MBxcNV/
- 三島は『潮騒』執筆中、泊まっていた漁業組合長の寺田宗一さん(故人)夫妻を
「おやじ、おふくろ」と呼びながら、一家団欒の食事を一緒にとっていたので、
三島事件のとき寺田さんに「あんたのとこの息子さん、えらいことをして亡くなったなあ」と言う島民もいたそうです。
晩年、三島からもらったサイン入りの潮騒初版本の破れかけた表紙を大事そうに撫でながら、宗一さんは三島との思い出を、訪ねてくる三島ファンに語っていたと、寺田家の嫁のこまつさん(74歳)が回想しています。
ちなみに、宗一さんの息子の和弥さんが『潮騒』の信治のモデルといわれています。
- 284 :大人の名無しさん:2008/07/15(火) 11:13:22 ID:EXk1Xg8v
- 「いま筋の通ったことをいえば、みんな右翼といわれる。
だいたい、“右”というのは、ヨーロッパのことばでは“正しい”という意味なんだから。(笑)」
三島由紀夫
- 285 :大人の名無しさん:2008/07/15(火) 14:16:33 ID:JCzfuq7j
- 引用ばかりでつまんね
糞
ス
レ
決
定
- 286 :大人の名無しさん:2008/07/15(火) 14:50:07 ID:CzQzJyGZ
- 太宰治と三島由紀夫を比較してもね・・・
太宰治と芥川龍之介ならともかく
- 287 :大人の名無しさん:2008/07/16(水) 17:36:31 ID:5DVvh58B
- 交戦中に殺された男の最後の記録を読んではじめて、戦争というものが本当にどんなものかわかりはじめた。
…日本軍の兵士たちの耐えた困苦のほどは圧倒的な感動をよびおこした。
それに引きかえ、週に一度検閲しなければならないアメリカ軍の兵士たちの手紙には、何の理想もなく、またたしかに何の苦しみもなく、ただただもとの生活に戻りたいということだけが書かれていた。
戦争中ずっとこの対照が私の心につきまとってはなれなかった。
ドナルド・キーン
「日本との出会い」より
- 288 :大人の名無しさん:2008/07/16(水) 17:37:17 ID:5DVvh58B
- そうです。ぼくは、非常に近い距離からアメリカの軍隊を見ていました。
しかし、理想をいだいて戦っているような米兵には、ただの一度もお目にかかったことがありませんでした。それは確実に言えることです。
「もっといい世界のために、自分は戦死してもいい」などという文句は、アメリカの兵士の手紙の中には、こんりんざいなかったのですから。
日本の兵士は、家族に送る手紙の中ででも、「滅私奉公」とか「悠久の大義」などという言葉を使っていました。
ぼくは、日本の軍国主義者の理想を受け入れることは絶対にできなかったが、このような手紙を書き、日記をつけた個々の日本兵士には、敬意をいだかずにはいられませんでした。
結局、日本人こそ勝利に値するのではないかと信ずるにいたった。
ドナルド・キーン
- 289 :大人の名無しさん:2008/07/16(水) 17:39:50 ID:5DVvh58B
- 三島の天皇崇拝は、彼の存命中ずっと在位していた天皇、裕仁に向けられたものではない。
短編「英霊の声」では、二・二六事件の首謀者と昭和二十年の神風特攻隊員の霊が、自分は神ではないと宣言して彼らを裏切った天皇を激しく責める。
天皇の名の下に死んだ者たちは、天皇が普通の人間と同じ弱さを持った人間であることを知っていたが、天皇という資格(キャパシティ)にあって、天皇は神であると確信していた。
もし、天皇が二・二六事件に関わった青年将校を支持し、なかんずく、彼らに自裁を命じたのだとしたら、その行為は、老いて堕落した政治家に囲まれた単なる統治者ではなく、神としてのふるまいだったであろうに。
しかし、神風特攻隊員が天皇を叫びつつ喜びに満たされて死んだ、それからわずか一年も経たずに、自分は神ではないと宣言した時、天皇は彼らの犠牲を哀れで無意味なものにしたのだ。
ドナルド・キーン
- 290 :大人の名無しさん:2008/07/16(水) 17:46:23 ID:5DVvh58B
- 三島は、天皇無謬説を唱えたことがある。無論これは天皇の人間としての能力をさした説ではない。
より正確に言えば、天皇は神の資格において、人間の姿をした日本の伝統そのものなのであり、日本民族の経験が保管された唯一無二の宝庫である。
天皇を守ることは、三島にとって、日本そのものを守ることだった。このような政治観を日本の右翼と同一視するのは誤りであろう。
彼は確信していた。日本の景観を無慈悲に切り刻んで顧みない貪欲と、それが舶来だからというだけで事物や習慣を表面的に受用する西洋化、この二重の脅威から日本文化の崩壊を救えるのは若者の純粋さ、すなわち信念のためには死を辞さぬ若者の覚悟だけだと。
ドナルド・キーン
- 291 :大人の名無しさん:2008/07/25(金) 10:14:32 ID:Kt1sovcD
- 彼(三島)は、どのような形であれ、米軍占領による国の歪みを正し、民族の志を復活するためのクーデター計画を実行することを決意していた。
計画実行の当日になって、実現の可能性はほとんど残されていなかったが、それが完全にゼロとなるまであきらめなかった。
それは、最後まで力を尽くす誠でもあったが、あきらめの色を見せて、部下たる「楯の会」会員の士気を損なうことの愚を知っていたからであろう。
彼は真の武士であった。
自衛隊の部隊と私たち情報勤務者が一体となって、心底からクーデター計画実行に取り組んだとするなら、三島の期待は実現したであろう。
山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長
「自衛隊 影の部隊――三島由紀夫を殺した真実の告白」より
- 292 :大人の名無しさん:2008/07/25(金) 10:15:40 ID:Kt1sovcD
- 自衛隊を本来あるべき姿、国軍として憲法上の認知を得させ、情報技術とシステム確立の下に、不正規軍としての民間防衛軍を結成して機能させること。
それは理想であり、これを長期的戦略を立て、広く国民に浸透させることによって実現するという理想論が、現実にきわめて困難であることを、私は長い体験の中で実感していた。
その意味では、10・21は、多少の無理はあっても、三島が主張したように、二度と訪れないかもしれない千載一遇のチャンスだったかもしれない。
永遠に訪れてこない望ましい機会を待つよりは、不十分でも限られた機会に力を集中させ、知力をふりしぼって、実現に力を尽くすべきではないか。
あるいは悲劇的な、あるいは無様な結末を迎えることになったとしても、座して様子をうかがうだけで、何事もなし得ないまま一生を終えるよりどんなにかましであるか。
三島の死に接したとき、私は過去に何十回、何百回となく自問してきたこの問いを、改めて自分に問いかけた。
山本舜勝
元陸上自衛隊調査学校教官班長
「自衛隊 影の部隊――三島由紀夫を殺した真実の告白」より
- 293 :大人の名無しさん:2008/08/05(火) 10:53:58 ID:tVyZxFuh
- 近代西欧文明がもたらした物質万能への傾倒が、いまや極点に達していることは言うまでもない。
人間としての存在が、どうあらねばならないのか。それを問う時はきている。
三島由紀夫は、究極のところ、そのことを人々に問いかけたのだ。
作品によって問いつづけ、さらには自決によって問うた。いや、問うたというよりも、死の世界に生きることを選び、この世への「見返し」を選んだ。
五年後、十年後、いや百年後のことかもしれない。だか、そのとき三島由紀夫は、復活などというアイマイなものでなく、さらに確実な形……存在として、この世に生きるであろう。
小室直樹
「三島由紀夫と『天皇』」より
- 294 :大人の名無しさん:2008/08/19(火) 14:24:38 ID:VpXM+mvy
- 彼(川端康成)は、確かにこの受賞(ノーベル文学賞)に値した。
それでも今もって私は、どういうわけでスウェーデン・アカデミーが三島でなく川端に賞を与えたのか不思議でしようがない。
1970年5月、私はコペンハーゲンの友人の家に夕食に招待された。同席した客の一人は、私が1957年の国際ペンクラブ大会の時に東京で会った人物だった。
日本で数週間を過ごしたお陰で、どうやら彼は日本文学の権威として名声を得たようだった。
ドナルド・キーン
「私と20世紀のクロニクル」より
- 295 :大人の名無しさん:2008/08/19(火) 14:27:05 ID:VpXM+mvy
- ノーベル賞委員会は、選考の際に彼の意見を求めた。その時のことを思い出して、居合わせた客たちに彼はこう言ったのだった。「私が、川端に賞を取らせたのだ」と。
この人物は政治的に極めて保守的な見解の持主で、三島は比較的若いため過激派に違いないと判断した。
そこで彼は三島の受賞に強く反対し、川端を強く推した結果、委員会を承服させたというのだ。
本当に、そんなことがあったのだろうか。三島が左翼の過激派と思われたせいで賞を逸したなんて、あまりにも馬鹿げている。
私は、そのことを三島に話さずにはいられなかった。三島は、笑わなかった。
ドナルド・キーン
「私と20世紀のクロニクル」より
- 296 :大人の名無しさん:2008/08/19(火) 14:31:26 ID:VpXM+mvy
- 東京に着いたのは1月24日の三島の葬式の直前で、私は弔辞を述べることを引き受けた。ところが、私の親しい友人三人は葬式に出席してはいけないと言う。
私が弔辞を述べることで、三島の右翼思想を擁護しているように取られてはまずいと言うのだった。
最終的に彼らの説得に応じたが、それ以来私は、自分がもっと勇気を示さなかったことを何度も後悔した。
私は三島夫人を訪問した。三島の写真がある祭壇に、私は彼に捧げた自分の翻訳『仮名手本忠臣蔵』を置いた。
その本には、下田で会った時に三島自身がこの浄瑠璃から選んだ次の一節が題辞として揚げられていた。
国治まつてよき武士の忠も武勇も隠るるに
たとへば星の昼見へず、夜は乱れて顕はるる
ドナルド・キーン
「私と20世紀のクロニクル」より
- 297 :大人の名無しさん:2008/08/19(火) 15:44:56 ID:U9ckNIIh
- 二人とも日本の美意識のある人なので大好き。
- 298 :大人の名無しさん:2008/09/02(火) 16:10:29 ID:CskPEfPk
- 天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレーションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それをいまから準備していなければならない。
それはアンティエゴイズムであり、アンティ近代化であり、アンティ工業化であるけど、決して古き土地制度の復活でもなければ、農本主義でもない。
…つまり天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ。
そういう意味で、天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。
その根元にあるのは、とにかく「お祭」だ、ということです。
天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭、――それだけだ。
三島由紀夫
「文武両道と死の哲学」より
- 299 :大人の名無しさん:2008/09/02(火) 16:11:40 ID:CskPEfPk
- 亭主が自分の部屋に電話を引いたり、テレビをつけたり、ボタンを押すと飛び上がる椅子をつけたりするのに、
エリザベスは、まだ十八世紀のお茶の作法で、百メートル先から女官たちが手から手へつないだお茶を持って来て、冷えたお茶を飲んでいる。自分の部屋には電話がない。
ぼくは、そういうことが天皇制だろうと思うんです。日本の皇室がその点でわれわれを納得させる存在理由は日ましに稀薄になっている。
つまりわれわれが近代化の中でこれだけ苦しんで、どこかでお茶を十八世紀の作法で飲んでいる人がいなければ、世界は崩壊するんだよ。
三島由紀夫
「文武両道と死の哲学」より
- 300 :大人の名無しさん:2008/09/02(火) 16:40:07 ID:CK0clpCR
- 昨日三島の「音楽」買って読み始めました。
面白いです。
- 301 :大人の名無しさん:2008/09/02(火) 16:44:58 ID:QRA+7VSY
- 大宰は大食いだったらしいね。三島はそれを意識して、朝から無理しつステーキを食ってたらしい…
- 302 :大人の名無しさん:2008/09/08(月) 17:11:49 ID:UJdZm/SI
- 太宰と三島は比較にならない。
三島由紀夫なんて正統的に評価されてないじゃん。
- 303 :大人の名無しさん:2008/09/08(月) 17:38:44 ID:xftcvDej
- 大宰も白樺派に比べたら、評価は低いよ。芥川賞も取れなかったし、唯一評価できるのは自殺した事くらいだろう…
- 304 :大人の名無しさん:2008/09/08(月) 18:06:40 ID:UJdZm/SI
- 鴎外>太宰>三島ってことでおk?
- 305 :大人の名無しさん:2008/09/08(月) 23:12:32 ID:/w86DTjC
- 芥川賞なんか基準にするバカがいるんだ。
三島も太宰も読んだことないバカなんだろうな。
- 306 :大人の名無しさん:2008/09/11(木) 13:01:55 ID:BSOq2dLY
- 三島は単なる作家の枠にはおさまらないから。
三島論
http://www.geocities.jp/captifamoureux/mishima.htm
- 307 :大人の名無しさん:2008/09/13(土) 10:58:23 ID:gT9xVjSJ
- その視覚的、聴覚的に表現するということを考えた場合、三島由紀夫の戯曲は天才的な言葉で溢れている。
三島由紀夫の溢れる、迸る様な豊かな言葉というのはいうならばモーツァルトの音楽を連想させる。
モーツァルトのピアノソナタは初心者から円熟期に入った大ピアニストまで誰でも魅せられ虜にするが、三島由紀夫の戯曲も思わず音読したくなる様な
人を酔わせる様な豊かな言葉に溢れ、これは自分で演出したい、これは自分で演じてみたいと人を駆り立てる様なものを持っている。
遠藤浩一
「三島由紀夫と福田恆存――演劇をめぐって」より
- 308 :大人の名無しさん:2008/09/13(土) 23:32:15 ID:7hf/ZfFg
- >>307
張りレスにマジレスでなんだけど、同意しかねるな。
三島の言葉は、基本的に視覚に訴える要素が多いとは思うが、聴覚…か?
三島本人の歌を全集のCDで聴いた事があるが、あくまでも「オンチを克服した歌」であって、
本質的な歌の上手さではなかった。
文章もしかり。
実際に音読しても思うが、基本的に三島の言葉は、書き言葉なんだよね。
一見、音読したくなる様な〜文章ではあるが、実際に音読すると、
結構不自然な、話し言葉としては(音楽的要素を想起するのには)、不自然な箇所が多いよ。
自分の中では、三島はイビツナ真珠=バロックという印象が強い。
絵画的な印象だな。
やたらと、作中に、覘きの場面が出てくるのが三島の本質だと思うが。
- 309 :大人の名無しさん:2008/09/14(日) 15:45:34 ID:ciODfjuI
- >>308
>>307は小説のことではなく、三島の「戯曲」についてです。
三島の戯曲の台詞まわしが>>307の評価のように評価されるのは、三島が歌舞伎に通じていたからだと思いますよ。
三島は歌舞伎役者の声色を真似るのが得意だったらしいし、自作の戯曲も上手く朗読してます。
からっ風のCDも聴きましたが、言われてたほどそんな下手じゃなかっですよ。声量はないと思いますが。
それと、自分の歌唱の才能と、役者に喋らせる戯曲の台詞まわしを緻密に巧みに語呂よく創作することとは、あまり関係ないと思います。
作詞家が皆、歌唱力があるわけじゃないのと同じで。
- 310 :大人の名無しさん:2008/09/18(木) 09:51:44 ID:WmHKZ41O
- 三島はタチではなくネコだった
- 311 :大人の名無しさん:2008/09/18(木) 11:19:01 ID:TzvvF/ui
- >>310
そういう類の井戸端低脳の週刊誌レベルのネタは、昔、朝日新聞系や日教組が流したデマです。
干からびた煽りお疲れ様。
- 312 :大人の名無しさん:2008/09/18(木) 15:49:36 ID:dSnBz0mf
- 30代の話題じゃないな。文学部卒なら解るけどね。
- 313 :大人の名無しさん:2008/09/23(火) 23:27:25 ID:FN5L1BET
- 人間の運、不運の岐れ道は中国では残酷なまでに鮮明である。不運な人間に誰も同情しない。この国では悲劇も哀話も人の心を動かさない。
だから中国の文学にはギリシャ悲劇のような悲劇が存在しない。
中国人は赤穂浪士と三島由紀夫の悲劇をどうしても理解できないそうである。
西尾幹二
- 314 :大人の名無しさん:2008/10/09(木) 21:28:11 ID:q14+44Pi
- 昔なんかのあとがきで読んだけど、
とにかく太宰嫌いの三島由紀夫だったけど、「お伽草子」を読んだときは批判できなかった。
太宰の才能を認めざるを得なかった・・らしい。
- 315 :大人の名無しさん:2008/10/10(金) 12:36:32 ID:5EW5yB3y
- 太宰の才能については、三島はとっくに中学生のときに作品を読み感銘してたのは有名。
だから太宰への辛い批判は一目置いていたゆえの言及で、本当に嫌いだったわけじゃない。
自分で、僕は太宰と同じなんだよ、とか言ってるし。
- 316 :大人の名無しさん:2008/10/10(金) 13:22:15 ID:YMWEBiv0
- 太宰が「一種の天才」だとは三島も明言していたからね。
三島の偉いところは、他者の才能をありのまま認めようとすることに努力するところだね。
他者の才能の評価においてむやみに政治的立場などを差し挟まないところが、イイ。
- 317 :大人の名無しさん:2008/10/12(日) 02:53:46 ID:VufOUuyS
- 現代の屈折した社会で、勇気付けられる作品というと、圧倒的に三島だと思うな。
太宰は弱者が弱者のまま終わるところがあって、ある意味女々しいけど、
三島は日本のそういう受動的な文学の中で、能動的で力強い男性的な文学を確立するという
偉業を成し遂げた人だと思う。
- 318 :大人の名無しさん:2008/10/18(土) 01:26:55 ID:VYvdLj4f
- 三島は太宰の才能を認めたが太宰は三島なんて歯牙にもかけなかった。
これが実力の差じゃないかな
- 319 :大人の名無しさん:2008/10/18(土) 05:03:09 ID:O83JCz1g
- 三島は典型的A型、プライドと常識人(正統派)であろうとする事を求めた人生。
太宰は典型的AB型、正統派と誤認自覚するA型をあざける事を自虐で表した破滅型。
三島は部下を従えて最後まで正統派であろうとあがいた。醜い。
太宰はダメ人間を自分で十分認識し、世間を巻き込まずに死のうとした。
しかし客観的にみれば三島(A型)の方が体裁が整う。
- 320 :大人の名無しさん:2008/10/18(土) 10:49:24 ID:2K6MnCqj
- >>318
だって、三島が活躍したのは太宰が死んだ後で、二人は同時代の作家じゃないから。
太宰が死んだ年の11月25日に三島は仮面の告白を起稿したんだよ。
ちなみに11月25日は三島の命日です。
- 321 :大人の名無しさん:2008/10/18(土) 10:54:27 ID:2K6MnCqj
- >>319
くだらない表面的な見方だわ。おそらく三島も太宰も読んでないんだろうけど。
- 322 :大人の名無しさん:2008/10/22(水) 15:16:59 ID:15lJDmco
- 私とて、作家にとっては、弱点だけが最大の強味となることぐらい知っている。
しかし弱点をそのまま強味へもってゆこうとする操作は、私には自己欺瞞に思われる。…
太宰のもっていた性格的欠陥は、少なくともその半分が、冷水摩擦や器械体操や規則的な生活で治される筈だった。
生活で解決すべきことに芸術を煩わしてはならないのだ。いささか逆説を弄すると、治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない。
三島由紀夫
「小説家の休暇」より
- 323 :大人の名無しさん:2008/10/22(水) 23:54:42 ID:gkHS+KHu
- 太宰は、自分の弱さを表現できる本当は強い人
三島は、自分の弱さを一生懸命隠そうとした本当に弱い人。
私は太宰の方が好き。
- 324 :大人の名無しさん:2008/10/23(木) 00:04:54 ID:UQFEvjAy
- >>321
くだらない人間発見
- 325 :大人の名無しさん:2008/10/23(木) 02:14:59 ID:UgOWvVlh
- >>323同意
ここで血液判断されてるのが不思議だ
本当に自分の本能で生きていたのは太宰だ
三島文学は別として、生き方は虚しくも弱い人間だったと思う
無理をする人間は身の丈にあわない行動をとる
- 326 :大人の名無しさん:2008/11/08(土) 21:48:58 ID:bom/XB0N
- 太宰は弱さを売りにした卑怯者
- 327 :大人の名無しさん:2008/11/08(土) 21:59:11 ID:bom/XB0N
- 三島の方が、ある意味本能のまま生きた人間
太宰は本能が萎えた人間
いい悪いは別として
- 328 :大人の名無しさん:2008/11/09(日) 01:46:17 ID:0XbbX7B6
- ある意味太宰は図太い→強い
そして三島は繊細→弱い
- 329 :大人の名無しさん:2008/11/09(日) 04:21:40 ID:qHmGt0nH
- 太宰は弱さを道化にしつつ弱さをアピールし、治せる弱さまで治そうとしなかった中途半端な芸術家。ある意味図太いが、克己心がなく強くはない。
三島由紀夫は弱く繊細だったが、同情心を乞うことなく治せる弱さは治した、繊細と大胆さをあわせ持った真の芸術家。
- 330 :大人の名無しさん:2008/11/09(日) 04:23:34 ID:qHmGt0nH
- 【MAD】椎名林檎 メロウ 三島由紀夫に捧ぐ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5155149
● メロウ ●
橙色は止まらない
黄色を探して乗り込め
お前はきっとナイフを使う僕に恐怖を覚える
蔑んでくれ
僕は何処迄も真摯なのだ“至って普通さ”
いま群れ為す背中
お前が僕よりイッちゃっているのだ
狂っている ―そうだろう?
意識は希望に素直じゃあない
回避するなんて止めておけ
お前の弁護をしているマシンをぶっ壊してあげるよ
引き攣ってくれ
僕は此処でお前に云うのだ“愛しているさ”
いま赤く染めた
お前が僕よりイッちゃっているのだ
狂っている ―そうだろう?
美しい予感・目に映る全て・儚き事象
要らぬ もう 要らぬ嗚呼・・・
- 331 :大人の名無しさん:2008/11/11(火) 13:21:22 ID:DFO3cwr3
- 太宰は天才
三島は才能のない糞作家
- 332 :大人の名無しさん:2008/11/11(火) 15:02:33 ID:5UZUkGsJ
- >>331
どっちも読んでない馬鹿が三島貶し必死だな
- 333 :大人の名無しさん:2008/11/11(火) 19:45:17 ID:BNOBd/uU
- 三島様はさておき、太宰は今の基準でいえば人殺しだよね
- 334 :大人の名無しさん:2008/11/12(水) 08:34:22 ID:G3o1N2RI
- 三島はテロリスト
- 335 :大人の名無しさん:2008/11/12(水) 10:09:51 ID:P1TpjJRL
- 太宰は借金ふみたおし
麻薬中毒
狂言自殺
- 336 :大人の名無しさん:2008/11/12(水) 17:18:15 ID:xV9L+rxd
- 三島は才能の枯渇の末に右翼に走り狂言自殺。
- 337 :大人の名無しさん:2008/11/18(火) 12:28:23 ID:hOlU6BM6
- >>336
全然、枯渇してないじゃん。春の雪は金閣寺と並ぶ傑作だし。
狂言自殺の意味も知らないバカには、三島文学も読めないんだろうけどね。
- 338 :ヤクルトファン23年:2008/11/19(水) 12:18:53 ID:7oCFImq7
- 三島由紀夫 - 松本清張事件にせまる 5-1
http://jp.youtube.com/watch?v=V5HIkId_fSY
- 339 :大人の名無しさん:2008/11/19(水) 14:29:34 ID:IgcnvMY0
- 松本清張=共産党
- 340 :大人の名無しさん:2008/11/26(水) 10:35:07 ID:6IE9DOxA
- おれは二人とも好きなんだが、三島がカラヤン指揮のベルリン・フィルなら
太宰はベームのウィーン・フィルって感じかな。ルネサンスの巨匠ダ・ヴィンチ
とミケランジェロの年齢差(23歳差)より接近した年齢差(16歳差)の二人。
二人ともラディゲを相当意識していると思う。鴎外を非常に高く評価している所
は共通しているようだ。おれは作家の系統樹と言うものがあるとすれば、この二人
は芥川の幹から派生していると思う。
芥川も太宰も三島も自殺しているね。三人とも芸術至上主義的な作品という大向こ
うの評価が確立している。しかも、三人とも人気作家であり、名声の最盛期に亡く
なっている。服毒、入水、割腹。東大だね。才能では芥川が圧倒的だったかも知れ
ないが太宰も三島もそれは絶対、認めないまま亡くなったと思う。それが作家の業
かな。
- 341 :大人の名無しさん:2008/11/26(水) 11:21:40 ID:xYCIopr5
- 三島由紀夫の読書遍歴のなかに、芥川龍之介にかぶれたとあるよ。
芥川の作品も三島は歌舞伎にアレンジしてなかったっけ?
- 342 :大人の名無しさん:2008/11/26(水) 12:04:57 ID:QEISFMwS
- 三島はどう考えても無理だが、芥川程度の作品なら自分でも書けそうだ。
なんちゃって。
- 343 :大人の名無しさん:2008/11/26(水) 12:30:49 ID:6IE9DOxA
- 芥川は作品の出来不出来が結構あるのかな。
太宰は凡作のほとんどない作家だろ?まあ、
「如是我聞」みたいな自爆を平気でする作家
だが雑誌の原稿料を稼ぐ必死さからか、天性
の人蕩し(ひとたらし)的な作風と言うか、
文体だよね。次はないと言う根性が入った作品
だと思う。ゆっくり長編にとりかかる経済環境
じゃなかったんだろう。身から出た錆だが・・・・・・
- 344 :大人の名無しさん:2008/12/06(土) 17:47:58 ID:A/0hYyw7
- このスレ見て思ったが、三島の顔って世間的にかっこいいと認識されてない?
太宰はイケメン認定されてるのか?
- 345 :大人の名無しさん:2008/12/07(日) 00:08:03 ID:vlgYRzfG
- >>344
三島はイケメン認定済。
ルパンみたいにもみあげの長い、
歪んだサル顔がウケてます。
- 346 :大人の名無しさん:2008/12/07(日) 00:24:37 ID://c0kEC+
- 私の初恋は太宰です。
今でもあの顔を見るとホレボレします。
どうみてもイケメンでしょう
でもあの着物を着てる横顔で髪ボサボサの写真は修正しまくりらしいw
それでもあの雰囲気がなんともいえない。
雰囲気イケメンかなw
- 347 :大人の名無しさん:2008/12/07(日) 10:30:21 ID:v/nOXwPu
- 三島由紀夫に影響を受けたと指摘されているアーティストの一人にウィリアム・フォーサイス(バレエダンサー、振付家)がいますが、
1991年に初演された彼のバレエ『失われた委曲』(ザ・ロスト・オブ・スモール・ディテール)は、
三島の『奔馬』の次の一節をテーマに美をラディカルに呈示し、構築的であり幾何学的な構造を持っている三島的な神話世界を表しています。
「時の流れは、崇高なものを、なしくずしに、滑稽なものに変えてゆく。何が蝕まれるのだろう。
もしそれが外側から蝕まれてゆくのだとすれば、もともと崇高は外側をおおい、滑稽が内側の核をなしていたのだろうか。
あるいは、崇高がすべてであって、ただ外側に滑稽の塵が降り積ったにすぎぬのだろうか」
フォーサイスは記者の「なぜ三島のテキストを引用したのか」という質問に、
「三島を読んだとき、三島の方が僕のバレエを引用しているのかと思った」と答えたそうです。
- 348 :大人の名無しさん:2008/12/24(水) 01:38:07 ID:wI8xt3fS
- 三島はホモで文学者としては三流
- 349 :大人の名無しさん:2008/12/28(日) 12:21:32 ID:3dr/zhgu
- 三島由紀夫が現憲法の矛盾、改正を提起した「問題提起」という論文は、憲法第一条、第二条、第二十条、第九条の欺瞞と矛盾、改正の必要性を問題提起した憲法改正草案論文です。
『日本改正案―三島由紀夫と楯の会』(松藤竹二郎著)、または三島由紀夫全集36巻に記載されています。
憲法九条を改正するときは、第一章の天皇問題と、第二十条をセットで変えなければ、却ってアメリカの思う壷だとした、理路整然とした論文で、心ある日本人必読の論文です。
- 350 :大人の名無しさん:2009/01/03(土) 19:31:26 ID:7S7KExPH
- 三島由紀夫の本当の良さは、彼の表の作品にあるのではない。
別著者名で書き下ろしたホモ小説にこそ良質の内容が在る。
純文学などと言って評価されているものにロクなものが無く、すべて下品。
三島の表の作品を形式的に評価している連中も、ほとんどが裏の作品のホモ小説の良さを知っている。
だからこそ、三島は高く評価されている。
三島のホモ小説を読めば、だれでも感動する。
ホモでなくてもだ。
むしろ、ホモでない普通の人が読んで感動する。
- 351 :大人の名無しさん:2009/01/03(土) 22:15:06 ID:3CyRbc3q
- 太宰と三島の共通項は二人とも自殺したくて自殺したってことだな
三島の場合は大義の仮面をつけて、自分の弱さを世間に偽装してた
ってとこが太宰とは違うが。
三島は当時の週刊誌に取り上げられるようなその当時の流行作家ぐらい
の作家だな。テーマに普遍性もないし
太宰のほうがまだ現代でも評価できる普遍性は持ってるんじゃないかな
病的だけど
- 352 :大人の名無しさん:2009/01/03(土) 23:00:18 ID:WhcGB7qW
- >>350
三島の作品に下品なものなんかないから。
くだらない釣りご苦労様。
- 353 :大人の名無しさん:2009/01/03(土) 23:06:18 ID:WhcGB7qW
- >>351
三島の作品のテーマは普遍性がありますよ。
ろくに三島を読んでもない的外れ、ご愁傷様。
- 354 :大人の名無しさん:2009/01/03(土) 23:46:20 ID:5SRU62Yb
- 自分は優等生でありながら、金閣寺みたいな落ちこぼれの破滅思考を
寸分の狂いもなく描き切るところが天才たる所以よ。
- 355 :大人の名無しさん:2009/01/05(月) 10:06:41 ID:N3CSkLsk
- >>351
太宰は本気で死のうとして自殺したことは一度も無いよ
調べると、全部狂言自殺っぽい
死なないように計算してる
- 356 :大人の名無しさん:2009/01/08(木) 12:31:04 ID:lbBakIxk
- 旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後身であるロシア連邦保安庁(FSB)ではカリキュラムの中で日本語の三島の作品を読ませている。
物欲のないこういった日本人にしてはならないと警戒しているのだ。
…「ファシスト・サムライ」というロシア語には日本人への尊敬と畏敬の気持ちがある。
本当の日本人は「ファシスト・サムライ」でヘナヘナしているのはウソである、と思っている。
大いなる誤解だが誤解のままにしておけばいい。
佐藤優(起訴休職中外務省事務官)
「ロシアから吉野へ 神皇正統記から三島へ」講演要旨の一部から
- 357 :大人の名無しさん:2009/01/08(木) 16:10:30 ID:zG0MbS2Q
- >>356
そういう書き方してるけど、本当の意図は違うだろ。
ロシアは同性愛がタブーとされているから、インテリの教養として
こういう変態文学が珍重されてるんだよ。
- 358 :大人の名無しさん:2009/01/08(木) 17:14:01 ID:lbBakIxk
- >>357
残念ながら、三島の小説は露骨な性描写はないんだよ。
同性愛物も三作くらいしかないし。
- 359 :大人の名無しさん:2009/01/08(木) 22:17:11 ID:zG0MbS2Q
- >>358
いや、別に一通りは知ってるが・・・
ロシア人の日本文学かぶれは異常だし、そんな中であっちのお偉いさんが
最高峰である三島をチョイスする感覚はとてもよくわかる。
佐藤優は「愛国心の分析」とか言ってるが、イデオロギーの分析対象というよりも
ミーハーだよ。そのあたりの区分けがはっきりとしない世界でもある。
- 360 :大人の名無しさん:2009/01/08(木) 22:54:01 ID:lbBakIxk
- >>359
佐藤の論の前後の文脈からすると、三島の憂国やら、そこらへんの作品のようだし、KSBはただのお偉いさんとは違うと思いますよ。
日本より諜報組織は進んでると思いますから。
- 361 :大人の名無しさん:2009/01/09(金) 10:59:45 ID:9RlCpa9P
- モーニングで太宰の伝記漫画がスタート
- 362 :大人の名無しさん:2009/01/10(土) 12:48:23 ID:5po6YE1+
- 晩年の三島は作品を出しても売れなくなり、再び名声に浴したいと思ったので
当時流行っていた右翼左翼の運動に目をつけ以前から憧れていた英雄的な割腹自殺をして酔いしれた
- 363 :大人の名無しさん:2009/01/10(土) 15:51:27 ID:nzaEoj40
- >>362
そんな古いガセネタ言ってるのは老人だけだよ。
- 364 :大人の名無しさん:2009/01/10(土) 22:16:25 ID:ZISPsFQk
- >>363
「鏡子の家」で売り上げが暴落したのは事実だよね。
人気稼業が結婚してしまったのは決定的にマズかったと思う。
昭和三十年代半ばで三島さんは終わってしまった、というのが俺の感想。
詩や文学が、戦前〜昭和二十年代あたりまで存在していたサロン文化から
急速に大衆化して、しかも素人化した。最初はそれに同調し歓迎していたが、
自分が考えるシニカルな軽薄さと、実際の「素人文学」のひどさとの落差が
広がる一方になってしまい、まして貸本劇画みたいな異業種のメディアが
のしてきて、未来を予知できる氏は、もう文学が嫌になっちゃったんだろう。
- 365 :大人の名無しさん:2009/01/10(土) 22:39:52 ID:nzaEoj40
- >>364
その後に書いた「サド侯爵夫人」は最高傑作戯曲と評価されて、「春の雪」の売り上げは良かったと資料にはありますよ。
「鏡子の家」も時代の虚無をいち早く先取りしていたと、現代での評価は高いし、三島由紀夫の才能は小説以外の批評家の面で優れているから、別に最初から文学だけの表現にこだわっていた人じゃないでしょう。
年表見ると、ボディービルも「鏡子の家」執筆前からやってますよ。
あなたのように考えて文学から離れていったのは、石原慎太郎だと思います。
- 366 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 01:40:08 ID:GKyWClz7
- http://love6.2ch.net/test/read.cgi/book/1231588814/1-100
三島の核心についてはアンチ三島スレで。
三島のここがスゴイあれがスゴイの本家三島スレよりよっぽど核心に触れる
内容になってきて、相変わらずのヒステリック三島信者さんも健在で白熱して
いますよ。
- 367 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 11:13:41 ID:CtJ3x50x
- 東京へ出ました序でに学習院へ立寄り、はじめて焼跡を見てただならぬ感慨がごさいました。
…光にまばゆく立ち働らいてゐる人々が懐しい後輩たちかと映り、近寄つてみると、それが見知らぬ兵隊たちであつた寂しさ。
…中等科の校舎の中には、見知らぬ人々が往来し、事務室もザワザワして、昔のやうに温かく私を迎へてはくれぬやうに思はれました。
「ふるさとは蠅まで人を刺しにけり」それほどでもありませんが、無暗に腹が立つて、何ものへともしれず憤りを抱きながら門を出ました。
ふしぎな私の冷酷。昔、共に学んだ友人たちには、具体的に逢つてどうといふ感激もないのに、ただ会はずにゐると漠たる悲しみと孤独の感じに苛まれるのを如何ともなす術がございません。
平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から
- 368 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 11:14:20 ID:CtJ3x50x
- …新宿駅で私は汚ない作業服とキャハンを穿いた後輩を発見しました。
彼は私が彼の先輩であることもしらず、私を不思議さうに見てゐましたが、その目は学習院の学生によくある澄んだ、のんびりした目付で、口は少しポカンと開いてゐました。
…彼は、そこで我勝ちに下りた乗客たちとは似てもつかない、実にオットリした、少したよりない、少し眠さうな歩き方で、階段の方へゆつくり歩いて行きました。
何故かそれを見ると、私はふと涙がこぼれさうになりました。
ああした人種、ああした歩き方、あれがいつまでこの世に存続して行けるであらうか。
私たちもその一員であつた、閑雅なあまり頭のよくない、努力を知らない、明るい、呑気な、どこともしれず、生活からにじみ出た気品のそなはつた学習院の学生たち、
あの制服、あの挙止、そしてあの歩き方、そのすべてが象徴してゐたある美しいもの、それ自身頽落を予感されてゐたもの(私の十数年の学習院生活はその予感のなかにのみ過ごされました。)が、
今や鶯色の汚れた作業服を刑罰のやうに着せられ、靴は埃にまみれ、トボトボと不安気に歩いてゆくのを見て、私が目頭を熱くしたのも道理でございます。
平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から
- 369 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 11:14:55 ID:CtJ3x50x
- かうした終末感を私は、徒らな感傷や、信念の不足からして感ずるのではございません。
ある漠たる直感、夢想そのもののなかに胚胎する覚醒の危険、凡て夢見るが故に覚めねばならない運命を感ずるのでございます。
現実に立脚した精神がわれわれの夢想の精神より更に弱体なものとみえる今日、われわれの夢想も亦凋落の決心を必要とします。
昼を咲きつづける昼顔の仄かな花弁は、昼の烈しい光のために日々に荒され傷つけられます。何ものも神の夢想に耐へるほど強靭であることは出来ません。
しかし人の夢想の極限に耐へえた人は、その烈しさ極まる目覚めの失墜にも耐へうるであらうと思ひます。
ただ朝をのみ時めいた朝顔とはちがって、あの長い烈しい昼間をよく耐へた昼顔の夢想は、その後に来る長い夜の烈しさにも耐へるでありませう。
私共は今日ほど私共の生の強さと死の強さを感じることはございません。
平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から
- 370 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 11:15:28 ID:CtJ3x50x
- 私共は遺書を書くといふやうな簡単な心境ではなく、私たちの文学の力が、現在の刻々に、(たとへそれが喪失の意味にせよ)、ある強烈な意味を与へつづけることを信じて仕事をしてまゐりたいと思ひます。
その意味が刻みつけられた私共の時間は、永遠に去ってかへりませんが、地上に建てた摩天の記念碑よりも、海底に深く沈めた一枚の碑の方が、何千万年後の人々の目には触れやすいものであることを信じます。
私共が一度持つた時間に与へた文学の意味が、それが過去に組入れられた瞬間から、絶対不可侵の不滅性をもつものであると思はれます。
項日、生じつかな名声は邪魔であるが、真の名声はますます必要であることを感じて来ました。文学作品を本文とするなら、名声はその註釈、脚註に相当します。
本文が死語に化した場合、この難解なロゼッタ・ストーンを解読しうるものは、たえず更新される註釈のみでございませう。
平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年7月3日、清水文雄への書簡から
- 371 :大人の名無しさん:2009/01/12(月) 11:17:03 ID:CtJ3x50x
- …あれより二週間病床に臥り、つい御返事がおくれしままにかくの如き事態となりました。
玉音の放送に感涙を催ほし、わが文学史の伝統護持の使命こそ我らに与へられたる使命なることを確信しました。
気高く、美しく、優美に生き且つ書くことこそ神意であります。
ただ黙して行ずるのみ。今後の重且つ大なる時代のため、御奮闘切に祈上げます。
平岡公威(三島由紀夫)20歳
昭和20年8月16日付、清水文雄への葉書から
- 372 :大人の名無しさん:2009/01/14(水) 01:32:37 ID:f+AmFdOF
- 三島は文学では評価できないだろ
- 373 :大人の名無しさん:2009/01/15(木) 12:00:14 ID:RYGVCwqs
- >>372
釣れませんね。
- 374 :大人の名無しさん:2009/01/15(木) 12:02:25 ID:RYGVCwqs
- 『歴史的事実なんだ』三島由紀夫
Q:あの戦争をどう呼ぶのが適切だと思ふか。
三島由紀夫:大東亜戦争でいいぢゃないか。歴史的事実なんだから。
太平洋戦争といふ人もあるが、私はゼッタイとらないね。日本の歴史にとつては大東亜戦争だよ。
戦争の名前くらゐ自分の国がつけたものを使つていいぢゃないか。
Q:あの戦争をどう意味づけてゐるか。
三島由紀夫:あの戦争の評価は、百年たたないとできないね。
いま侵略戦争だつたとかなんとかガチャガチャいつてもどうにもならん。
- 375 :大人の名無しさん:2009/01/27(火) 12:43:14 ID:rHHVcWpu
- 二・二六における天皇と青年将校というテーマは、ほとんどドストエフスキーの天才に俟たなければ描ききれないであろうというのが、私の以前からの独断であった。
それは何よりも神学の問題であり、正統と異端という古くから魅力と恐怖にみたされた人間信仰の世界にかかわる問題だからである。
端的にいえば、それは日本人の魂の世界における「大審問官」の問題にほかならないからと私は考えている。
橋川文三
「中間者の眼」より
- 376 :大人の名無しさん:2009/01/27(火) 12:43:52 ID:rHHVcWpu
- 「英霊の声」の作品評を改めてしようとは思わない。
…問題はこれがある巨大な怨念の書であるということである。ある至高の浄福から追放されたものたちの憤怒と怨念がそこにはすさまじいまでにみちあふれている。
幽顕の境界を哀切な姿でよろめくものたちのの叫喚が、おびやかすような低音として、生者としての私たちの耳に迫ってくる。
三島はここでは、それら悪鬼羅刹と化したものたちの魂が憑依するシャーマンの役割をしている。
昔から能楽のもつ妖気の展開様式に熟練している三島は、ここでも巧みにその形式を利用している。
橋川文三
「中間者の眼」より
- 377 :大人の名無しさん:2009/01/27(火) 12:44:33 ID:rHHVcWpu
- 私は、今でも深夜「二・二六事件」(河野司篇)をひもどくとき、そのとあるページを直視するにたえないが、この作品の鬼気にはそれに通じるものがある。
彼らの方が生きており、お前たちの方がそうではないのだぞと、そのとあるページのデスマスクは不気味な言葉で語りかけてくる。
そういう迫力において、この作品は、あれらの人々の心情をみごとに再現している。
三島はやはりここで、日本人にとっての天皇とは何か、その神威の下で行われた戦争と、その中での死者とは何であったか、
そして、なかんずく、神としての天皇の死の後、現に生存し、繁栄している日本人とは何かを究極にまで問いつめようとしている。
これが一個の憤怒の作品であるということは、それが現代日本文明の批判であるということにほかならない。
橋川文三
「中間者の眼」より
- 378 :大人の名無しさん:2009/03/06(金) 22:30:02 ID:gb1iQbZ6
- 三島由紀夫 インタビュー
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6218318
- 379 :大人の名無しさん:2009/03/18(水) 11:18:07 ID:nZz9OKQe
- あーあ、今回の独立宣言を作るという話は、どうも企画倒れに終わりそうだな。
そう思いながら、新潮学芸賞を受賞した徳岡孝夫さんの「五衰の人―三島由紀夫私記」を読んでいたら、なんと、びったりの文章が出てきた。
四半世紀も前、三島由紀夫が自決したときの「檄」の一部にこういうところがある。
「われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみささがられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆくのを歯噛みしながら見てゐなければならなかつた。」
まさに、今の日本そのものじゃないか。まずこの一文を、日本の独立宣言文の冒頭に掲げるところから始めようかと思ったよ。
ビートたけし
「憲法爆破」より
- 380 :大人の名無しさん:2009/04/25(土) 11:54:31 ID:CFkvskL0
- 「でも先生は若さがおきらひだ」悠一はさらに断定的にさう言つた。
「美しくない若さはね。若さが美しいといふのはつまらぬ語呂合せだ。
私の若さは醜くかつたんだ。それは君には想像も及ばないことだ。私は生まれ変りたいと思ひつづけて青春時代をすごしたからな」
「僕もです」と悠一がうつむいたままふと言つた。
「それを言つてはいけない。それを言ふと、君はまあいはば禁忌を犯すことになるんだ。
君は決してさう言つてはならない宿命を選んだんだ。…」
三島由紀夫
「禁色」より
- 381 :大人の名無しさん:2009/04/25(土) 11:56:01 ID:CFkvskL0
- あなたの手の傷はけっして治らないだろう
僕は信じてさえいればいいと思ってた
あなたと一生距てられたぼくがここにいる
キリストの血か、それとも僕の心臓の鼓動?
僕の愛は禁じられた色彩を帯びる
僕の生はもう一度あなたを信じる
無意味な歳月が瞬時に過ぎ
無数の人々がよろこんで命をあなたに捧げる
生き残るものは何もないのか?
自分の中にわきおこる感情を処理する術を覚えようと
自分の中に埋められた土くれに手をつっこむ
僕の愛は禁じられた色彩を帯びる
僕の生はもう一度あなたを信じる
足もとの土すら信じきれず
それでも全てのことに盲目的な信仰を示そうとしながら
何度も同じ地点にたち戻ってしまう
あなたと一生距てられたぼくがここにいる
キリストの血か、それとも心の変化?
僕の愛は禁じられた色彩を帯びる
僕の生はもう一度あなたを信じる
デヴィッド・シルビアン&坂本龍一
「禁じられた色彩」(三島由紀夫「禁色」からインスパイア)より
- 382 :大人の名無しさん:2009/04/27(月) 02:23:16 ID:q+dr7BZd
- 【児童虐待の通告の義務】 虐待されている子供たちを守ってください。
◎子供を守ることは国民全員の義務である。
◎虐待を受けていると疑われる児童を発見した人は、虐待の早期発見のため、
市町村や児童相談所、児童福祉施設、保育所や学校に通告しなければならない。
緊急性が高い場合は、警察に直接、通告する方法もある。
◎発見者の通告が結果として虐待でなくとも、その責任を問われることはない。
◎また通告の内容や通告者についての情報等を、親などに伝えることはない。
平成18年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談対応件数は、37,323で、
児童虐待防止法施行前の 平成11年度に比べ約3倍強と、年々増加している。
児童相談所における児童虐待相談対応件数(厚生労働省 HP)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv15/index.html
全国児童相談所一覧(厚生労働省 HP)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv30/index.html
「こども虐待防止 オレンジリボン運動」オレンジリボン運動公式サイト
http://www.orangeribbon.jp/index.php
児童虐待の防止等に関する法律 (2000年5月公布)
(第6条)児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、
これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所もしくは児童相談所に
通告しなければならない。
(第7条)当該通告を受けた市町村、都道府県の設置する福祉事務所または、
児童相談所の所長、または所員その他の職員、及び当該通告を仲介した児童委員は、
その職務上知り得た事項であって当該通告をした者を特定させるものを
漏らしてはならない。
- 383 :大人の名無しさん:2009/05/09(土) 13:18:09 ID:p3c4xuT/
- 柏木の言つたことはおそらく本当だ。世界を変へるのは行為ではなくて認識だと彼は言つた。
そしてぎりぎりまで行為を模倣しようとする認識もあるのだ。私の認識もこの種のものだつた。
そして行為を本当に無効にするのもこの種の認識なのだ。してみると私の永い周到な準備は、ひとえに、行為をしなくてもよいといふ最後の認識のためではなかつたか。
見るがいい、今や行為は私にとつては一種の剰余物にすぎぬ。
それは人生からはみ出し、私の意志からはみ出し、別の冷たい機械のやうに、私の前に在つて始動を待つてゐる。
その行為と私とは、まるで縁もゆかりもないやうだ。ここまでが私であつて、それから先は私ではないのだ。……何故私は敢て私でなくなろうとするのか。
三島由紀夫
「金閣寺」より
- 384 :大人の名無しさん:2009/05/22(金) 21:14:09 ID:V4s7iJYu
- >>270
脇や脇毛じゃなかったっけ?
仮面の告白より
- 385 :貴成:2009/06/07(日) 23:30:50 ID:dkuf+p6R
- 太宰も三島も女性的な文章を描きたがるね。
彼らの理想はアンドロギュヌスじゃなかろうか?
- 386 :大人の名無しさん:2009/06/08(月) 14:06:10 ID:TgLHdkLG
- 天使は中性というからね
- 387 :大人の名無しさん:2009/06/08(月) 17:47:29 ID:mv02GQBf
- 太宰は女性的と言うよりカマ臭い。
- 388 :大人の名無しさん:2009/06/10(水) 01:30:41 ID:RV1BHm70
- 田部あつみ美人過ぎるわ。
一度でいいからあんな女とやってみたい。
太宰はうらやましい。
- 389 :大人の名無しさん:2009/06/10(水) 17:50:03 ID:J77KtIBu
- 確かにあの時代であのルックスは凄いわね。
他の愛人などは、うーん、ビミョー。
- 390 :大人の名無しさん:2009/06/16(火) 11:19:14 ID:/Pv8oiU5
- 私は今まで、あれほど拒否にあふれた顔を見たことがない。
私は自分の顔を、世界から拒まれた顔だと思つてゐる。しかるに有為子の顔は世界を拒んでゐた。
月の光りはその額や目や鼻筋や頬の上を容赦なく流れてゐたが、不動の顔はただその光りに洗はれてゐた。
一寸目を動かし、一寸口を動かせば、彼女が拒もうとしてゐる世界は、それを合図に、そこから雪崩れ込んで来るだらう。
私は息を詰めてそれに見入つた。歴史はそこで中断され、未来へ向つても過去へ向つても、何一つ語りかけない顔。
さういふふしぎな顔を、われわれは、今伐り倒されたばかりの切株の上に見ることがある。
新鮮で、みづみづしい色を帯びてゐても、成長はそこで途絶へ、浴びるべき筈のなかつた風と日光を浴び、
本来自分のものではない世界に突如として曝されたその断面に、美しい木目が描いたふしぎな顔。
ただ拒むために、こちらの世界へさし出されてゐる顔。……
三島由紀夫
「金閣寺」より
- 391 :大人の名無しさん:2009/06/16(火) 16:08:21 ID:WXEImu9t
- >>381
三島由紀夫って結構影響受けてる人が多いのだな。
- 392 :大人の名無しさん:2009/06/16(火) 19:17:42 ID:CkUa1G5v
- >>388
横顔の写真しか見たことないんだが顔がはっきりわかる写真って何に載ってる?
太宰の愛人は富栄もはっきりした顔立ちで良くないか
- 393 :大人の名無しさん:2009/06/18(木) 10:22:26 ID:unu/Hppa
-
三島由紀夫と太宰治の対面のエピソードはたいへ有名ですが、
そのあと太宰が、三島が既にいくつかの作品を文学雑誌に発表していたことを
出席者から知らされていなかったことを不愉快がっていた話はあまり知られていません。
太宰と交流のあった林富士馬の話では、
「事前に作家の三島由紀夫だと言う事を教えてくれていれば、もっと話の仕方があった」
と太宰が大変残念がっていたそうです。
- 394 :大人の名無しさん:2009/06/18(木) 11:20:11 ID:QI8lUnNY
- 最近、東京新聞で太宰治の特集をやってるな
- 395 :大人の名無しさん:2009/06/20(土) 10:55:09 ID:nRi2vzjX
- 太宰治がもてはやされて、坂口安吾が忘れられるとは、石が浮んで、木の葉が沈むやうなものだ。
坂口安吾は、何もかも洞察してゐた。
底の底まで見透かしてゐたから、明るくて、決してメソメソせず、生活は生活で、立派に狂的だつた。
坂口安吾の文学を読むと、私はいつもトンネルを感じる。なぜだらう。
余計なものがなく、ガランとしてゐて、空つ風が吹きとほつて、しかもそれが一方から一方への
単純な通路であることは明白で、向う側には、夢のやうに明るい丸い遠景の光りが浮かんでゐる。
この人は、未来を怖れもせず、愛しもしなかつた。
未来まで、この人はトンネルのやうな体ごと、スポンと抜けてゐたからだ。
太宰が甘口の酒とすれば、坂口はジンだ。ウォッカだ。
純粋なアルコホル分はこちらのはうにあるのである。
三島由紀夫
「坂口安吾全集 推薦文」より
- 396 :大人の名無しさん:2009/06/20(土) 10:59:25 ID:+0jvdD86
- 三島って太宰を意識しすぎるところがあるよな
- 397 :大人の名無しさん:2009/06/20(土) 11:20:17 ID:Sl++Surv
- 今って文学青年はもてないなw
- 398 :大人の名無しさん:2009/06/20(土) 11:40:13 ID:nRi2vzjX
- >>396
嫌いと様々な文で表明してるけど、かたや別の評論文や対談では「太宰は天才だ」と言ってますね。
そこらへんはあまり一般には知られてないけど。
- 399 :大人の名無しさん:2009/06/20(土) 13:05:10 ID:3rTIQOTN
- >>397文学青年がいなくて寂しい
- 400 :大人の名無しさん:2009/06/21(日) 14:12:19 ID:fzJoqDM2
- 総じて私の体験には一種の暗合がはたらき、鏡の廊下のやうに一つの影像は無限の奥までつづいて、
新たに会ふ事物にも過去に見た事物の影がはつきりと射し、かうした相似にみちびかれてしらずしらずに廊下の奥、
底知れね奥の間へ、踏み込んで行くやうな心地がしてゐた。
運命といふものに、われわれは突如としてぶつかるのではない。
のちに死刑になるべき男は、日頃ゆく道筋の電柱や踏切にも、たへず刑架の幻をゑがいて、その幻に親しんでゐる筈だ。
三島由紀夫
「金閣寺」より
- 401 :大人の名無しさん:2009/06/21(日) 20:03:39 ID:NDlMQdWf
- 太宰も三島も自己の存在に対しての認識が強い人間で
太宰は自己嫌悪が正義みたいに捕らえてた所がある
三島はそれを見て反面教師的に学んだ事が多かったんだろう
人間失格と仮面の告白は自己解剖の小説としてそっくり
そこから太宰は破滅の道を選び、三島は認識との格闘を選んだ
三島は格闘の末のあの最後だったわけだけど
次に三島を反面教師的に見つめる生き方は想像できない
認識を捨て行動を選んだ次の一手は凡人(傍観者)に戻る事だろうか
- 402 :大人の名無しさん:2009/06/22(月) 17:04:48 ID:JRB7ZxNS
- 太宰治氏「斜陽」第三回も感銘深く読みました。
滅亡の抒事詩に近く、見事な芸術的完成が予見されます。しかしまだ予見されるにとどまつてをります。
完成の一歩手前で崩れてしまひさうな太宰氏一流の妙な不安がまだこびりついてゐます。
三島由紀夫
昭和22年10月8日付、川端康成への書簡から
- 403 :大人の名無しさん:2009/06/26(金) 00:18:58 ID:6MLYOAsr
- 初等科一年の時、休み時間になると、半ズボン姿の我々は、籠から放たれた小鳥の様に夢中で騒ぎ回った。
…そういう餓鬼どもの中で、三島は「フクロウ、貴方は森の女王です」という作文を書いた。
彼は意識が始まった時から、すでに恐ろしい孤独の中に否応なしに閉じこもり、覚めていた。
…彼は幼時、友達に、自分の生まれた日のことを覚えていると語った。
彼はそのことを確信していた。
そしておそらく、外にもその記憶をもつ人が何人かあると素直に考えていたのであろう。
三谷信
「級友 三島由紀夫」より
- 404 :大人の名無しさん:2009/06/26(金) 00:19:52 ID:6MLYOAsr
- 初等科に入って間もない頃、つまり新しく友人になった者同士が互いにまだ珍しかった頃、ある級友が
「平岡さんは自分の産まれた時のことを覚えているんだって!」と告げた。
その友人と私が驚き合っているとは知らずに、彼が横を走り抜けた。
春陽をあびて駆け抜けた小柄な彼の後ろ姿を覚えている。
あの時も、すでに彼はそれなりに成熟していたのであろう。彼と周囲との断絶、これは象徴的であり、悲劇的である。
三島は生涯の始めから、終始悲劇的に完成した孤独の日々を送ったと思う。
三谷信
「級友 三島由紀夫」より
- 405 :大人の名無しさん:2009/06/29(月) 21:58:47 ID:QVGQffKx
- 「誕生日の朝」
青と、白との光線の交錯のうちに、
身をよこたへつゝ、
その日のわたしは、生れたばかりの
雛鳥のやうだつた。
さて、細い一輪差まで
絶えいるやうな花の香に埋もれ、
太陽をとり巻く雲は、一片の花弁に見えた。
誕生日の贈り物がとゞいた。
美しい贈物の数々は、
石竹色の卓子の上に置かれた。
平岡公威(三島由紀夫)
14歳の詩
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