
【雑誌】明治末期〜昭和三十年まで女学生を魅了した月刊誌「少女の友」復刻版が人気に(24)
- 1 ◆newsSM/aEE @きよたろーφφφ ★ 2009/10/14(水) 19:38:29 ID:???
- 明治末期から昭和三十年まで四十八年にわたり、女学生たちを魅了した月刊誌
「少女の友」(明治末期から昭和三十年まで四十八年にわたり、女学生たちを魅了
した月刊誌「少女の友」(実業之日本社)の創刊百年記念号が三月に復刻出版され、
六刷三万五千部の人気となっている。
これを機に十三日、かつて盛んだった愛読者集会が東京都台東区のホテルで
「101年目の友ちゃん会」として復活した。「最後になるかもしれない」(同社)という
集会に七、八十代となった読者や編集者の遺族ら約百人が参加した。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/images/2009101499070711.jpg
▲101年目の友ちゃん会」に参加した大勢のファン=13日、東京都台東区池之端で
東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009101490070711.html
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以下、少女の友@ウィキペディア(Wikipedia)より一部引用
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|少女の友は、実業之日本社が発行していた少女向け雑誌。1908年(明治41年)創刊。
|1955年(昭和30年)に休刊。
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|題字は当時20代だった北大路魯山人が揮毫した。
|
|掲載された小説でとりわけ人気の高かったのは吉屋信子と川端康成だった。
|川端康成の『乙女の港』(昭和12年6月号 - 昭和13年3月号)は中原淳一の挿絵の魅力
|とあいまって一大ブームを巻き起こした。
|
|中原淳一は『女学生服装帖』というファッション・ページを担当(昭和12年5月号 - 昭和15年5月号)。
|少女の友の中心画家だったが、昭和15年(1940)軍部の圧力により雑誌への執筆を禁じられた。
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