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【上泉】戦国時代の剣豪 二人目【卜伝】
- 1 :人間七七四年:2009/04/27(月) 21:05:54 ID:j3pDo5AZ
- 前スレに引き続き武芸十八般を語りましょう!
前スレ 【上泉】戦国時代の剣豪【卜伝】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1158057839/l50
- 2 :人間七七四年:2009/04/27(月) 21:14:49 ID:x0O1JqXN
- 乙!
- 3 :人間七七四年:2009/04/27(月) 21:25:53 ID:j3pDo5AZ
- 武芸十八般とは?
明代初期の「水滸伝」に見られ
「三才図会」「五雑記」などにも用いられている言葉
矛・鎚・弓・弩・銃・鞭・簡・剣・鏈(れん)
木咼(くわ)・斧・鉞・戈・戟・牌・棒・鎗・朳とされ
時代によっては
刀・叉・捕手・騎・発碩・火箭・抜刀・眉尖刀・鎌・騎射・水泳
等が加わると言う
本朝においては平山子竜がこれらを日本風に合わせて
武芸十八般略説を記したが、その内容は
弓・騎射・槍・鎖鎌・小薙刀・太刀長巻・居合・砲術・大弓
半弓・大薙刀・十文字鎌槍・鍵槍・投槍・棒術・柔術
等に当てている
現在一般的には
弓・馬・槍・剣・水泳・抜刀・短刀・十手・手裏剣
含み針・薙刀・砲・捕手・柔・棒・鎖鎌・錑(もじり)・忍
とされているが流派によって差異があると言う
- 4 :人間七七四年:2009/04/27(月) 21:34:22 ID:AsexerMU
- というわけで>>1乙ー
- 5 :人間七七四年:2009/04/28(火) 02:27:29 ID:JsFr5cuU
- 更に>>1乙
- 6 :人間七七四年:2009/04/28(火) 07:57:35 ID:8Ktaf1Ul
- >>1
いいよーいいよー
- 7 :空手龍 ◆xSZBqZMT.M :2009/04/28(火) 08:07:38 ID:fnGkKj36
- 俺とガチで渡り合える奴らってこの時代の剣豪くらいのものだろう。
- 8 :人間七七四年:2009/04/28(火) 12:55:24 ID:cUB9PbN5
- 前スレの流れで気になったんだけど
「矢切の太刀」って天流以外にもあったっけ?
それともあれは特殊だったのかねえ。
- 9 :人間七七四年:2009/04/28(火) 13:01:47 ID:htyd3OPP
- 特殊というか伝鬼房も防ぎきれずに死んでるしな。まあ、最期のときは片鎌槍だっけ?
でも、弟子を逃がして一人で死ぬ伝鬼房は漢。
- 10 :人間七七四年:2009/04/28(火) 15:14:37 ID:cUB9PbN5
- あれ自体伝説みたいなもんだから
他の流派でも同じ系統の技があるのか、というのが気になるなあ。
一応、最初の方は切り落とせたらしいし。
まあ、最後は包囲されての集中射撃だから
どうしようもなかったんだろうけど。
実際のところ、こういうのがあると
1 揉め事を起こしまくるけど片っ端から返り討ち
2 揉め事自体を起こさない
のだと、どっちが強いというか、
剣士として優れてるのかねえ、と少し考えるな。
- 11 :人間七七四年:2009/04/28(火) 17:54:52 ID:gDqNYMTN
- >>7
何か格闘技やってたりするの?
- 12 :空手龍 ◆xSZBqZMT.M :2009/04/28(火) 18:07:23 ID:fnGkKj36
- 空手は日本に数人しかいない赤帯を所有。
他にテコンドー、ボクシング、骨法、ブラジリアン柔術は極めたに等しい。
世界を探しても今素手で俺と1ラウンド戦ってかろうじて立っていられるのはヒョードルくらいのものだろう。
- 13 :宇宙の帝王フリーザ様 ◆LYPInvIoiQ :2009/04/28(火) 18:28:58 ID:52jZosr+
- だんだんつまらなくなりましたね、この蟻は…
- 14 :人間七七四年:2009/04/28(火) 18:59:15 ID:hlI9YNRE
- 骨法は究めなくていいだろ
- 15 :人間七七四年:2009/04/28(火) 19:31:23 ID:C6UagPIz
- 骨法は極めなくてもいいな
- 16 :人間七七四年:2009/04/28(火) 19:46:41 ID:fmH3xRg/
- しかしスレが切り替わった途端日本に数人しかいない達人や宇宙の帝王が
来るようになったな。
- 17 :人間七七四年:2009/04/28(火) 20:38:00 ID:iGca/OKt
- >>8
矢を打ち落とす技という意味なら、独狐九剣にもある。
フィクションだが。
- 18 :人間七七四年:2009/04/28(火) 23:09:38 ID:/71GKzPs
- =゚ω゚) 喧嘩ゲイ→寝技→ジャパボク
骨法は無限に進化するからキワモノめるのは不可能だ!
>>8
=゚ω゚) 流派はバラバラだが個人的に矢留めを稽古している
人なら現代でも何人か居るよ。有名どころでは中山博道とかね。
ただ流儀の形には無いと思う。ちなみにウチの宗家も遊びでやってる。
奉納形なら念流に有った気がする。
BB弾なら町井さん。
- 19 :人間七七四年:2009/04/28(火) 23:35:29 ID:fmH3xRg/
- あれ、最近来てない人だw
- 20 :人間七七四年:2009/04/29(水) 11:07:46 ID:NhK3nU7J
- 伝鬼房は派手な格好をした兵法天下一タイプの人だし、
弟子に矢を射させたのを切って見せるハッタリ半分のデモンストレーションでも
やってたのではなかろうか?
- 21 :人間七七四年:2009/04/29(水) 21:16:54 ID:oKeifHz2
- でも弓は最低限の武士の嗜みであり
しかも合戦場で矢が雨のように降るあのご時世に
弟子と申し合わせのハッタリ芸じゃだれも見向きもせんだろうなぁw
- 22 :人間七七四年:2009/04/29(水) 21:36:53 ID:IEH8oJNM
- 筑波山の麓の出身だから「さあさあ、お立会い!」的にやったんだろうかw
- 23 :人間七七四年:2009/04/30(木) 00:19:39 ID:crYgc7fx
- >21
いや、デモをバカにするヤツが居たら
立合いを所望すればいいだけなので
願ったりかなったりなのだ。
武道板だとオフコテがよくやってるテクw
- 24 :人間七七四年:2009/04/30(木) 03:39:47 ID:3nKC+d61
- 可児さんみたいなガチな人はまず居ないからな
- 25 :人間七七四年:2009/04/30(木) 10:58:42 ID:A/1N8yG0
- 塚原さんのプチ大名行列相手に可児さんみたいな人が喧嘩売ったりしたら
ちょっとした合戦だな。
- 26 :人間七七四年:2009/04/30(木) 17:01:20 ID:+7LcjoN/
- 質問です。
宮本武蔵は三千石を望んで断られた、といいますが、
では、塚原ト伝、上泉秀綱、伊藤一刀斎なら何石まで望めたでしょうか?
個人的には、ト伝、秀綱なら1万石以上、
一刀斎も1千石は固いと見ているのですが・・・
理由としては、秀綱の弟子である石舟斎の息子の柳生宗矩が1万石あるのだから、
その太祖たる秀綱や、それと同格のト伝ならそれ以下は無いでしょうし、
一刀斎も、弟子の小野忠明が600石なのですから、
少なくともその倍は出るというところです。
- 27 :人間七七四年:2009/04/30(木) 17:33:50 ID:XuRwwmP2
- 宗矩の1万は就職活動の賜物じゃね
- 28 :人間七七四年:2009/04/30(木) 17:51:08 ID:L9z3Nqyo
- 同じく宗矩は政治家としての一万石だと思う
石舟斎が家康に仕官を促された時はどのくらいの石高を約束されたんだろう
いきなり万石貰ったのかな?
まあ宮本武蔵と同じ微妙な扱いなのは一刀斎だな
塚原卜伝は塚原城の、上泉秀綱は大胡城の城主だったらしいから
おまけに将軍に上覧したり武将としても名を馳せているし
その当時、何千石かの所領を捨てて廻国修行に出た訳で
まず元の石高を調べれば再仕官時の参考になるのでは?
- 29 :人間七七四年:2009/04/30(木) 18:08:02 ID:3nKC+d61
- 五百石↓くらいだったと思う、関ヶ原後柳生の旧領復帰でプラス二千石
大目付就任でプラス一万石
剣術家としてメジャーな人で五百石くらいが相場なんじゃないかな
- 30 :人間七七四年:2009/04/30(木) 18:21:34 ID:+7LcjoN/
- 弟子より師匠の方が格上だろうということで、
つけてみたのですけど、なかなか難しいものですね。
ちなみに、武蔵の三千石というのはどうでしょうか?
当時天下一と称されていたことを考えると、
武蔵より弱いという柳生宗矩が、政治家もやって1万石なら、
その分を割り引いても、三千石くらいなら有りでは、と思うのですが。
- 31 :人間七七四年:2009/04/30(木) 18:29:38 ID:22Zi7NrZ
- というか、徳川譜代は、ほとんど数万石が多いから、別に柳生に限った事じゃないのでは?
- 32 :人間七七四年:2009/04/30(木) 18:38:17 ID:3nKC+d61
- 合戦では武蔵は散々ですし剣術は趣味の習い事とかと同じ芸物ですから
その他役職との兼ね合い上武芸だけにそんなに高禄は払われないですよ
- 33 :人間七七四年:2009/04/30(木) 18:48:54 ID:xK2SrOOj
- >>28
ttp://park1.aeonnet.ne.jp/~hitachi-castle/castle/data/kashima_c.htm
塚原城は城というか館クラスだけどね。小城主でいるよりも大名家廻りの営業していた方がよほど稼げたんじゃないかな?
名人越後も剣豪というよりは武将として一万三千石だろうし、誰にしたって剣術指南役としてのみなら
大した石高は期待できそうにはないよ。
- 34 :人間七七四年:2009/04/30(木) 19:18:02 ID:+7LcjoN/
- すると、武蔵が三千石と将軍家指南役の座を断った、というのは
やはり政治家をやることに拒否感があったということでしょうか。
まがりなりにも将軍の指南役なのですし、剣術だけでも三千石でいいようにも思えるのですが、
もし政治を引き受けていたら、武蔵も1万石以上取れたでしょうか?
というより、柳生宗矩の他に政治家になった剣士というのはいたのでしょうか?
柳生宗矩で1万石なら、それ以上になれた剣士もいると思うのですが
やはり筆頭は太祖の上泉伊勢守、またはト伝でしょうか?
- 35 :人間七七四年:2009/04/30(木) 21:28:39 ID:crYgc7fx
- 武蔵の養子の伊織は家老職だから
本人も政治家てか、軍政家になりたかったと思うよ。
まあ、ふつうの剣術師範なんて数10〜100石ぐらいだよ。
- 36 :人間七七四年:2009/04/30(木) 22:23:44 ID:W88GyPrX
- 柳生宗矩の1万石を基準に論じても始まらんだろうに。
あくまで惣目付としての1万石。
- 37 :人間七七四年:2009/04/30(木) 23:34:55 ID:crYgc7fx
- そうだな。
後の活躍を見ると柳生の1万石は家康的には安い買い物だったと思う。
ただの棒振り芸者と言うより徳川の軍師と言っていい。
- 38 :人間七七四年:2009/05/01(金) 01:24:06 ID:YafMd8XC
- 軍師と言うか、正しく高級官僚だわな。
- 39 :人間七七四年:2009/05/01(金) 02:34:21 ID:m+4kqcNT
- >>29比較しづらいが相良家に仕えた丸目さん(自身のミスで島津に大敗してリストラされた後、九州を回り新陰流を広め九州1の剣豪の名声を得た後に自家に復帰)で117石だったらしいが……その頃の相良家は小大名なので比較出来ないっちゃあ出来ないが……
- 40 :人間七七四年:2009/05/01(金) 03:57:22 ID:HBk41AAd
- 2万石くらいの中で117石っちゅうと
雇主は結構がんばってるのね。
- 41 :人間七七四年:2009/05/01(金) 04:34:41 ID:bxFcf92E
- 最高位は。
尾張徳川家の柳生利厳の五百石じゃないの?
兄と違って政治しません、といったのに貰った石高。
武勲挙げたわけでもないし。(加藤家時代の実績は多少あったが)
- 42 :人間七七四年:2009/05/01(金) 05:34:08 ID:kjwScPgI
- 小野は六、七百石貰ってた様な記憶が
- 43 :人間七七四年:2009/05/01(金) 05:46:11 ID:bxFcf92E
- >>42
小野忠明なら、最初200石。
上田七本槍といわれるような武功たてたりして600石、だから剣士としてはやっぱり半分ぐらいじゃ?
- 44 :人間七七四年:2009/05/01(金) 06:20:05 ID:kjwScPgI
- にゃるほど。
- 45 :人間七七四年:2009/05/01(金) 10:47:05 ID:HtLhB9ba
- シグルイの虎眼先生が300石っていうのは
リアルな数字だったんだね
- 46 :人間七七四年:2009/05/01(金) 11:02:06 ID:nuSUrgkm
- 実際、宗矩は剣一筋じゃない、とか言って批判されることが多いけど、
武芸者(と大流派の当主)と高級官僚/政治家を両立してるんだから
そっちの方が凄い気がするけどな。
今で言えば元警視庁長官で現国会議員だけど,
日本有数の武道団体の長でもある一流の剣士、みたいなもんか。
・・・こう書くと、どんだけチートなんだよって気がしてくるな。
無論、最強ではなかったとは思うけど、
そもそも幕臣として仕事してる宗矩より腕が下じゃ話にならんだろ>他の武芸者
宗矩が働いてる間、剣振ってるわけだし。
しかし、この辺のトータルの評価の話ができるのはいいな。
武道板だとすぐ最強厨が湧くし。
- 47 :人間七七四年:2009/05/01(金) 11:12:39 ID:iK8sZiJO
- 剣一振りだけで一万石もらった名人越後のこと、時々でいいから
- 48 :人間七七四年:2009/05/01(金) 11:24:50 ID:xm2Thwz+
- >>33に出てるよ。富田越後の大録も武功と前田家とのコネだろう。
- 49 :人間七七四年:2009/05/01(金) 11:50:14 ID:nuSUrgkm
- >>47
名人越後は「武芸者でもあった武将」ってところじゃね?
加増も基本的に武功によるものだしさ。
- 50 :人間七七四年:2009/05/01(金) 12:07:17 ID:+yPqADaW
- >>46
世が太平に向かっていたってのはあるけど
あの家康が壱万石与えるなんて凄いよね
幕政を預かるなんてまさに幕末の三舟の大先輩だね
すると足利義輝辺りは今で言うと
総理大臣で元オリンピックの射撃の代表選手だったみたいなものかなw
- 51 :人間七七四年:2009/05/01(金) 12:24:43 ID:nuSUrgkm
- 家康が与えたのは最初が200石で
関が原後に元の所領の2000石+1000石で3000石。
秀忠は加増がなしで、家光の時代に+3000石、+4000石、+2500石加増で
合計1万2500石だったはず。
つか、家康も、まさかここまで出世するとは
思ってなかっただろうな。
>義輝
そういやそうだね
家康もタイプ的には近いのかも。
- 52 :人間七七四年:2009/05/01(金) 12:42:06 ID:xm2Thwz+
- 敵軍に包囲された部屋の畳に家伝のライフルを何本も突き立てて、とっかえひっかえ射撃する姿が
あの人の最期ですか?
- 53 :人間七七四年:2009/05/01(金) 13:01:11 ID:+yPqADaW
- >>51
家光の時代の加増だったのかやはり大目付としては少なくとも
大名じゃないと目を光らせられないからね
>>52
あの人はもうマスコミ・野党・党内の反総裁派と言う
売国三人衆のみぞうゆうの(なぜか変換ry
襲撃は耐え抜いて支持率回復しだしているので
義輝の無念を晴らしてくれるでしょうw
- 54 :人間七七四年:2009/05/01(金) 13:12:39 ID:FZoi9IpL
- 色々やってた東郷重位で400石
薬丸兼成は戦でめちゃがんばってたのに27〜100〜
- 55 :人間七七四年:2009/05/01(金) 13:20:08 ID:FZoi9IpL
- 昔やってた“三匹が斬る”
の千石はとんでもない勘違い野郎だったんだな
- 56 :人間七七四年:2009/05/01(金) 13:33:24 ID:VTDQT4iq
- オチが三匹が着るかよ
- 57 :人間七七四年:2009/05/01(金) 13:59:42 ID:cwRJjnik
- 東郷重位に関しては、当初は家久が1000石与えるって言ったのを兄の500石より多く貰う訳にはいかない、
殿の為になる者を300石ずつで2人雇われなされと言って辞退したというのは創作?
- 58 :人間七七四年:2009/05/01(金) 14:14:43 ID:nuSUrgkm
- >>53
大目付は旗本の役職な。
でも旗本の最高職だから今で言えば省庁の事務次官とか警視庁長官クラス。
- 59 :人間七七四年:2009/05/01(金) 18:41:54 ID:6zoL3GLO
- 石高以外の評価要素ってあるかな?
例えば特殊な礼遇与えられたとか。
官位進呈されたとかの。
- 60 :人間七七四年:2009/05/01(金) 19:49:09 ID:nuSUrgkm
- 官位持ちは、従四位下武蔵守の上泉が筆頭で、
次が従五位下但馬守の宗矩、同じく従五位下越後守の名人越後、
あと、斉藤伝鬼坊が判官(左衛門尉)で一応六位相当だったかな。
他だと、中条長秀あたりも鎌倉幕府の評定衆で、
出羽守の名乗りをしてるから官位持ってるかも。
特殊な待遇といえば、兵庫助と連也が制外者扱いで、
武芸指南以外の一切の役目を免除されたってのがあるな。
あと、武蔵も藩主の客分で侍大将格の待遇だったってのとか。
それ以外だと、あとは指南役として召抱えられたとか、
流派が御留流になってるとか、そんなもんか。
- 61 :人間七七四年:2009/05/01(金) 20:32:31 ID:xsXkjoxx
- かなり後だけど男谷精一郎はどうだろう
従五位下だし最初低いとはいえ最終的には三千石
宗矩と違って政治より剣で加増と思うんだがどうだろう。
>>51
家光の加増は友矩の影響もでかい気が・・・
- 62 :人間七七四年:2009/05/02(土) 00:02:46 ID:I01QY2to
- ??ウチの資料だと柳生宗矩は
慶長5年 関ヶ原の功賞で旧領3000石知行。
慶長6年 秀忠の誓紙を受け兵法師範。+1000石加増。
大坂陣で軍功あり。
元和7年 家光の兵法師範。
寛永6年 従五位下但馬守。
寛永9年 幕府初の大監察4人の中に選出。+3000石加増。
寛永13年 さらに+3000石加増。大和1万石の大名となる。
寛永16年 さらに+2500石加増。となる。
- 63 :人間七七四年:2009/05/02(土) 00:11:02 ID:I01QY2to
- 当時の幕府の政治方針と言うのは軍事政権だけあって
基本秘密主義だった。
つまり諸大名は幕府の方針を把握しきれていなかったわけだ。
だから旗本を仲介人として幕政の情報収集や外交をしていた。
このような気安い旗本衆の筆頭だったのが柳生宗矩だったのが
当時の資料からもうかがえる。
特に外様の宗矩人気は高かった。
- 64 :人間七七四年:2009/05/02(土) 00:14:10 ID:flprj37E
- 講武所奉行としてだから一応幕府の役職手当てなんだよね
剣術というより軍隊の近代化という政治的意図で設けられた物で
旧態の武芸指南としての役料というにはちと違うかなって気はする。
- 65 :人間七七四年:2009/05/02(土) 00:48:46 ID:v8xoYZRd
- 鍋島勝茂とか、その一族も柳生の門下だっけか。
- 66 :人間七七四年:2009/05/02(土) 01:29:23 ID:2H1X6mWW
- >>64
むむむっ確かに純粋剣士ではないかもねえ・・・
逆にただ己の剣一筋、出世欲とか自流を広め伝えようとか無しの
剣術馬鹿一代みたいな奴。
一刀斎に平山行蔵とかいいね。
- 67 :人間七七四年:2009/05/02(土) 01:56:54 ID:flprj37E
- 戦国期ならバンバン敵を倒して加増ってのがあったから
剣術馬鹿一代でもそこそこ行けそうだけど
平和時で武芸指南だけでは増やしようが無いからねぇ
道場開けば謝礼取れるからその分石高に換算すると実質は
結構いってるんじゃないかにい
- 68 :人間七七四年:2009/05/02(土) 07:39:38 ID:PimZ1hKE
- 柳生は元々が領主で柳生の庄の回復が悲願だったんだから、
そこら辺りも斟酌しての1万石。比較は出来ない。
同様に男谷も幕閣に参画しての三千石であって、棒振りだけ
ではないから。
- 69 :人間七七四年:2009/05/02(土) 07:53:05 ID:mMsxHlR/
- k
- 70 :人間七七四年:2009/05/02(土) 09:29:08 ID:CQaulv8y
- o
- 71 :人間七七四年:2009/05/02(土) 12:45:10 ID:owKP/CcU
- >>18
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/bbm_kakutsu/article/36
ジャパボクなんてもう時代遅れ。今の骨法はナイフ術です。
換骨術十九世宗家・換骨拳四十世宗家・骨法司家第五十二世の堀辺一夢氏の指導する
本物の刃物術です。
- 72 :人間七七四年:2009/05/02(土) 17:25:24 ID:I01QY2to
- =゚ω゚) ガーン!そ、そうだったのかーっ!!
大伴直刀術だけじゃなかったんだな。
すごいなあ骨法(棒読
- 73 :人間七七四年:2009/05/02(土) 17:44:40 ID:v8xoYZRd
- アホか。剣は実際に戦ってナンボ。斬り覚えるのさ、うちの先生もそうだった。
畳の上の水練乙w(by小野の次郎ちゃん忠明君)
- 74 :人間七七四年:2009/05/02(土) 19:05:19 ID:x+m5b+Nh
- ひどい・・・
次郎ちゃんだって畳の上の水練も経験してるのに・・・
経験者面してさ・・・
- 75 :人間七七四年:2009/05/05(火) 13:32:31 ID:gkSJPgEP
- まあ神子上の「戦場で切り覚えろ」は宗矩の息子に対して言った言葉だからな。
ただの教育論だよ。
戦場経験なら宗矩兄弟も豊富だから単なるハッタリだろう。
- 76 :人間七七四年:2009/05/05(火) 22:43:03 ID:G6eCtEee
- あれは秀忠が、オレ新しい剣思いついたんだけど、といったときの発言じゃなかった?
あるいは小姓相手に軍談ぶってたときの。
- 77 :人間七七四年:2009/05/05(火) 23:14:52 ID:BuNRzfZn
- まさに剣キチ
- 78 :人間七七四年:2009/05/07(木) 00:58:00 ID:yhD3VC0R
- 林崎甚助の長束の刀ってのはいわゆる長巻なの?
- 79 :人間七七四年:2009/05/07(木) 10:54:41 ID:GwB8YNQ+
- >>76
逸話で、秀忠が一つ思いついたのを忠明に尋ねたら、
「剣は戦場で切り覚えるもので、机上で論じた剣など、畳の上の水練と同じです」っていったやつか。
・・・将軍が戦場で切り覚えるような状況になっちゃ逆にマズいような。
>>78
居合だから長巻は無理じゃね?
- 80 :人間七七四年:2009/05/07(木) 12:08:59 ID:OFYK4RyS
- 忠明さんよく首にならなかったもんだな
シバいたり説教したり
- 81 :人間七七四年:2009/05/07(木) 12:14:53 ID:70g6462p
- 林崎は抜刀しやすさのため長柄の刀を工夫したということが、人の口を経るうちに長い柄の刀と言えば長巻だから
林崎は長巻を用いた抜刀術だった、というように連想ゲーム的に変えられてしまったのかも。
風太郎の『忍法剣士伝』では長巻を背負って居合を行うキャラだった。片山伯耆守との居合対決の結末が
お約束通りで面白かった。
- 82 :人間七七四年:2009/05/07(木) 12:16:22 ID:70g6462p
- わかりにくい文章だなw
抜刀しやすくするため、柄を長くしたということね。
- 83 :人間七七四年:2009/05/07(木) 12:55:15 ID:GwB8YNQ+
- >>80
あの逸話自体、どこまで本当かわかんないしな。
同僚と揉め事起こして閉門は食らってるけど。
- 84 :人間七七四年:2009/05/07(木) 19:21:39 ID:B8mTH1PQ
- 長い柄に8寸の利あり、だっけ
林崎は抜刀術で、居合とは似て非なる。
- 85 :人間七七四年:2009/05/07(木) 20:06:04 ID:qulH6LFX
- 確か長柄を考案したのは田宮重正じゃないかな?
それにしても狷介な人間の多い武芸者の中でも
上位に占めそうな忠明っちが良く一刀斎に仕えていられたね
逸話だけ見てると師匠殺しそうな感じさえする。
- 86 :人間七七四年:2009/05/07(木) 20:08:01 ID:mhMOHtsT
- 柄8寸は新当流だね。
まあ、林崎は塚原の弟子という説も有るけど。
>>78
林崎は打刀だよ。
長巻は林崎家伝の武芸の方。
これの操作法が長柄の利、卍の元になったとか。
- 87 :人間七七四年:2009/05/07(木) 20:08:30 ID:nr7T/8nY
- 漫画雑誌の乱で林崎が長巻持ってるのはそーいうことか
- 88 :人間七七四年:2009/05/07(木) 20:17:53 ID:mhMOHtsT
- >>85
窪田本に
「勝吉(甚助のこと)。長塚の刀を帯する事を始め、田宮成政に伝う」
とあるから田宮流でも林崎が先だったという認識だったと思われ。
- 89 :人間七七四年:2009/05/07(木) 22:21:01 ID:qulH6LFX
- >>88
なるほど。
一般的には長柄は田宮みたいな印象あるけど
少し見てみたらおっしゃる通り林崎が先っぽいね
それを更に研究して広めたのが田宮みたいに思える。
- 90 :人間七七四年:2009/05/08(金) 07:09:40 ID:LPTS8KcU
- 窪田本一度読んでみたい。
何が一番簡単に読めるでしょうか。
国会図書館?
- 91 :人間七七四年:2009/05/08(金) 18:30:48 ID:l2T0W+4S
- http://metro.tokyo.opac.jp/
国会図書館でもいいけど、東京都民ならこれを使うといい。
著者「窪田清音」で検索するといくつかの区と都立図書館でヒットしたよ。
- 92 :人間七七四年:2009/05/08(金) 22:12:35 ID:sHa+So40
- >>91
ありがとうありがとうありがとう
- 93 :人間七七四年:2009/05/08(金) 23:54:21 ID:PCE2oyEN
- >>85
善鬼と典膳が仕合をしたといわれる土地には
勝った典膳がそのあと一刀斎も斬ってしまった
という伝承があるとかなんとか・・・
- 94 :人間七七四年:2009/05/09(土) 15:39:27 ID:93BaGdCC
- >>8
伝鬼房と同じく塚原卜伝からの流れである津軽藩の卜伝流の
『卜伝流剣術目録別伝』に「矢止」なるものがあったぞ。ただし手元にあるのは現代語訳のみ
「矢止 敵が弓や鉄砲で射かける時は、羽織りか袴を刀の鞘の先につけてかざせば、
矢玉はこれで受けられる」
…がっかりした?
- 95 :人間七七四年:2009/05/09(土) 17:44:28 ID:sdp5PZnb
- 上州馬庭念流にも矢止めの術なるものがあったそうな
基本どこにでもあるんじゃない?
- 96 :人間七七四年:2009/05/09(土) 18:44:58 ID:NdF/76TH
- 忍術っぽいな。そういや火縄銃の弾丸は椎の実型じゃないから布でも防げたんだっけ?
うろ覚え。
- 97 :人間七七四年:2009/05/09(土) 21:53:37 ID:3GsSKdlO
-
/ ̄ ̄\
/ _ノ \
| ( ●)(●)
. | (__人__) 鎧の鉄板も貫通するのに
| ` ⌒´ノ 布で防げるわけないだろ常識的に考えて・・・
. | }
. ヽ }
ヽ ノ \
/ く \ \
| \ \ \
| |ヽ、二⌒)、 \
- 98 :人間七七四年:2009/05/09(土) 22:23:53 ID:shslmM56
- 布と言うか、母衣に骨を入れて膨らませて、傾斜装甲みたいにしてたって話じゃなかったかな。
- 99 :人間七七四年:2009/05/09(土) 22:46:26 ID:mmpv5h2A
- 念流の矢止めはオシャレすぎてがっかりするぜ
- 100 :人間七七四年:2009/05/10(日) 00:08:46 ID:UFP35d8m
- >>94
=゚ω゚) それ、わりと使われちょりました。
田宮流居合や捕手とかにも有りますな。
チャンバラ博、津軽ト伝流は一羽流小熊伝っすね。
宗冬兵法物語では「矢を止むる事ならぬものなれど
持ちたる道具を矢の先、鉄砲口へ掛けろ」とありまつ。
- 101 :人間七七四年:2009/05/10(日) 00:15:39 ID:F8c1ifZH
- >238 名前:名無しさん@5周年:05/01/02 16:04:57 ID:3yNWz/WF
>>>230
>裸なら貫通する可能性はあるけど、丸い弾丸って布が打ち抜けないのな。
>昔の火縄銃なんかも厚手の布で防げたらしい。
何やらそういう説はあるようだな。
- 102 :人間七七四年:2009/05/10(日) 00:25:04 ID:UFP35d8m
- >>97
=゚ω゚) 革や厚布、綿は意外と矢を止めたみたいだよ
まあ、厚さや間合にもよるだろうけど。
逆に鉄板は矢は貫通するけど弾丸は兆弾しますな。
- 103 :人間七七四年:2009/05/10(日) 14:12:54 ID:sp/c5d18
- 母衣の存在目的や機能を知らないようなやつが戦国板に来るわけないだろ。
あんたら、釣られすぎ。
- 104 :人間七七四年:2009/05/10(日) 17:18:17 ID:bXp+d4bW
- 体を大きく見せて相手を驚かすためだろ、常識じゃん
- 105 :人間七七四年:2009/05/10(日) 18:23:35 ID:rxU9WbiI
- え? 母衣ってほんとうは武羅って書くってしらないの?
あれは「俺らは親衛隊だぞかかってこいやゴルァ!!」っていう武人の証なんだよ。
銃弾なんか分身して避けちゃうよ。
- 106 :人間七七四年:2009/05/10(日) 19:23:58 ID:+as19bvA
- 今よりもずっと戦国時代が身近に感じられた江戸時代の軍学者が、母衣は馬に乗るとき
頭から被るものだとしている。つまりあれは馬に乗るときに前が見えないようにするための
ものなんだよ。
- 107 :人間七七四年:2009/05/11(月) 10:17:19 ID:QaJFj5Km
- キーワード【 卜伝 加増 宗矩 林崎 一刀斎 骨法 柳生 】
なんで一つ変な言葉が混じってるんだよw
- 108 :人間七七四年:2009/05/11(月) 18:35:29 ID:W2f9WtWw
- =゚ω゚) 知らん。
- 109 :人間七七四年:2009/05/11(月) 19:13:05 ID:5C1Svxxp
- 詳しくは>>12からの流れを見てね☆
- 110 :人間七七四年:2009/05/11(月) 19:27:31 ID:QaJFj5Km
- 今じゃナイフ術なのかw
ただでさえ摺り蹴りで武器持ちにも対抗できるのに
ナイフなんか持たせたらもう剣術じゃ手に負えないね(棒読み)
- 111 :人間七七四年:2009/05/11(月) 19:55:33 ID:W2f9WtWw
- マンガの喧嘩芸では 「鎌ヌンチャク」 相手に勝ってたからなぁw
もう手に負えません。
- 112 :人間七七四年:2009/05/11(月) 21:24:04 ID:ycz4Hzzp
- 鎧を来た敵が何人束になろうとも秘術の「徹し」で即殺だしなw
- 113 :人間七七四年:2009/05/11(月) 22:04:55 ID:5C1Svxxp
- せんごくじだいのけんごうもはだしでにげるほどのおそろしさですね
- 114 :人間七七四年:2009/05/11(月) 22:58:14 ID:AsftWv0e
- コッぽうの話しはやめようよ。
ナイフとかなら短刀(竹ノ内流)とか中条流、富田流とかさ。
小太刀半七なんて詳しく知ってる人いる?
- 115 :人間七七四年:2009/05/12(火) 00:32:41 ID:JYwIGDeH
- 「なんでそんなにつよいの」
「ちょうたのしいの」
の人ですね。
誰なんだよ
- 116 :人間七七四年:2009/05/12(火) 09:22:40 ID:o84ZYuNC
- 時代劇の女がやるような短刀逆手持ちの流派はありますか?
- 117 :人間七七四年:2009/05/12(火) 11:29:13 ID:D0Te0rAP
- 有るよ。どちらかというと柔術系に多いかな?
記憶だが合気道の打ち太刀なんかも短刀逆手想定があったと思う。
ただ、剣術の小太刀では時代劇みたいな使い方はあまりしないけどね。
あと西洋剣のダガーとかナイフ術も逆手スイッチング遣いが有る。
- 118 :人間七七四年:2009/05/12(火) 12:30:27 ID:m8jhBxNW
- 水練に関して、合理的で優れた訓練法が開発された流派を5つ挙げるとすれば?
- 119 :人間七七四年:2009/05/12(火) 13:16:47 ID:eRXuCGLh
- 日本古流水術(古式泳法)スレッド
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/swim/1091153333/
- 120 :人間七七四年:2009/05/12(火) 17:57:36 ID:niZF6aMM
- 吉川英治氏の名作のせいで、かませ扱いが多い京の吉岡流って史実ではどうだったんですか?
現在まで続いている?
- 121 :人間七七四年:2009/05/12(火) 18:06:05 ID:cbb89fez
- >>120
染物の方は今まで続いてる。
- 122 :人間七七四年:2009/05/12(火) 20:54:12 ID:SPWHXdAE
- ttp://www.google.co.jp/search?q=%E6%86%B2%E6%B3%95%E6%9F%93&hl=ja&rlz=1T4SUNA_jaJP310JP310&start=0&sa=N
憲法染でぐぐってみた。
ある意味歴史的には勝ち組だな、吉岡憲法。
- 123 :人間七七四年:2009/05/12(火) 21:15:04 ID:IeECr33m
- 京八流か・・・謎が多いよね
- 124 :人間七七四年:2009/05/13(水) 09:04:26 ID:NKEavfsF
- http://www.geocities.jp/sinmyouki/s115.htmlの可休と十郎兵衛のところ
>もう一人は十郎兵衛といつて土地の富豪であつた、身の丈五尺八寸、力が強く
吉岡流に達していつも新刀の下坂三尺ばかりのを帯びてゐた
これが事実なら元禄ごろまでは吉岡流の使い手がいたことになるな。
まあ、この話で一番カッコいいのは府河の孫右衛門。
- 125 :人間七七四年:2009/05/15(金) 16:03:04 ID:SNkuHk6Z
- ト伝の新当流と伊勢守の新陰流なんだけど、
ト伝の弟子は、割と自流派を名乗ることが多いけど、
伊勢守の弟子は、新陰流のままが多いよね。
なにか違いでもあったのかな。
- 126 :人間七七四年:2009/05/15(金) 17:15:57 ID:Yt24FaAx
- 卜伝は流儀名に無頓着で、聞かれたら「当流」と名乗ったなんて話もあるな。
- 127 :人間七七四年:2009/05/15(金) 22:52:25 ID:piRNxOh2
- 全国展開の大手フランチャイズレストランのオーナーとラーメン屋の大将の違いみたいなもんか。
- 128 :人間七七四年:2009/05/16(土) 10:40:39 ID:B5Nke/Yt
- >>125
新当流は、ポイントと実戦のコツだけ押さえれば、
あとはわりと自己流に自由に工夫する流派って感じだな。
即席実戦重視。
上泉はト伝以上に禅思想が強く師の思想や勢法を正しく継ぐ
つまり師の衣鉢を継ぐ「道統印可」の修行が第一。
そして工夫せよみたいに変わってきた感じじゃまいか?
- 129 :人間七七四年:2009/05/17(日) 14:12:22 ID:xx9ABXK4
- 同意也よ。
上泉は戦場で散々殺し合い、
将の立場まで捨てて剣の道を求めた求道者と言う印象。
元々理想を求める芸術家肌なのだろう・・戦国時代では珍しいタイプだね。
- 130 :人間七七四年:2009/05/17(日) 20:01:47 ID:PVps7TRh
- >■ おすすめ2ちゃんねる 開発中。。。 by FOX ★
>このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20)
>炎神戦隊ゴーオンジャー アンチスレGP06 [特撮!]
なぜ?今年はシンケンジャーってのやってるんだよね。このスレ的には
どうなのだろう?見てる人教えて。
- 131 :人間七七四年:2009/05/17(日) 22:32:24 ID:ujAXpWCQ
- シンケンブラウンは軽く噴いた
- 132 :人間七七四年:2009/05/18(月) 00:18:26 ID:DWx+TGX1
- このスレ的にはシンケンジャー1話で
「じい」が弓を逆に張っていた事が問題だろうな。
- 133 :人間七七四年:2009/05/18(月) 09:06:00 ID:eUODOX1r
- >>130
アクションは「チャンバラ」を意識したものなので
武術的な技法・考証は期待しない方がいい
ストーリーは笑いあり、涙ありの「活劇」を意識した特撮番組なので
萬屋錦之介の子連れ狼みたいなハードな時代劇が好きな人や
侍=武士道=葉隱じゃないとヤダヤダって言う人にはオヌヌメできない
逆に三匹が斬る的なノリを受け入れられる人には良いかも
- 134 :人間七七四年:2009/05/19(火) 17:54:30 ID:Hu2V3VuN
- そういやデカレンジャーのボスは銀河一刀流の免許皆伝だけど
その師匠はボクデン星人なんだよなw
厳密さとか求めたってしょうがないw
- 135 :人間七七四年:2009/05/19(火) 21:50:32 ID:SyLGaEm0
- 一つの太刀で倒すから銀河一刀流なんだろうか?
個人的には倉田将軍の電光剣幹竹割りが良かった。
- 136 :人間七七四年:2009/05/20(水) 11:11:45 ID:zy+9ZLfm
- 白馬童子の電光二刀流
- 137 :人間七七四年:2009/05/20(水) 14:31:30 ID:jkvYwTfB
- そっちのほういっちゃうの?
- 138 :人間七七四年:2009/05/20(水) 17:17:43 ID:0ih3tFYX
- 一刀流の金翅鳥王剣なんてそういうフィクションの技みたいだな。
司馬遼太郎の「北斗の人」じゃ大袈裟過ぎる名前だとか酷評されてたけどw
- 139 :人間七七四年:2009/05/20(水) 18:48:40 ID:WqKYAupx
- もっと厨っぽくすればカッコイイんじゃまいか?
「一刀流奥義っ!ガルーダウイングサンセット斬り〜!!」
・・・って、やっぱかっこ悪いな。
- 140 :人間七七四年:2009/05/21(木) 12:26:44 ID:NuBB86/V
- 史実には秘伝なんてないけどな。
前田家の富田だっけ?
「とんでもない技使っているように見えるのは見る側が下手なだけ」みたいにいって、別に特殊な技術使っているわけじゃないって述べたのは。
- 141 :人間七七四年:2009/05/21(木) 14:20:14 ID:k1c0W5Gy
- 周作先生も「地摺り晴眼?ありゃただの下段だ」とか言っちゃってるしな。
流派を守るためには、ある程度の秘密主義/ハッタリもいるってことか。
- 142 :人間七七四年:2009/05/21(木) 19:20:02 ID:goOp0MG/
- いや、テクはふつうだが使い方が敵の虚を突くから秘術と言う。
人体の構造や錯覚や幾何学を上手く利用した技法は
じっさい喰らうと「すげー!」って思うよ。
- 143 :人間七七四年:2009/05/22(金) 14:01:05 ID:FYKlVSmA
- 必殺技的なものとかはアレだけど秘伝はあるよ
聞いたら何だそんな事かって思う事だけどあるよ
だからこそ秘密にする。
- 144 :人間七七四年:2009/05/22(金) 17:34:40 ID:lfE6gbLf
- 中国拳法だと、「型はいくらでも教えるが歩法は教えない」という言葉があったな。
打ち込んだり退いたりするタイミングこそ命で、それは本来は流派継ぐぐらいの弟子にしか伝えなかったそうだ。
- 145 :人間七七四年:2009/05/22(金) 18:31:56 ID:Ft0WFXXt
- 石舟斎も最後に悟った奥義が
不意の時も一定の姿勢を保つ「西江水」だったって逸話があるもんな。
姿勢や歩方は基本中の基本だけど、それだけに秘奥にも繋がるってことか。
ところで話変わるんだが、
所謂「剣術指南役」って役職が各大名家に定着したのは
江戸時代以降って理解でよかったっけ?
- 146 :人間七七四年:2009/05/22(金) 18:50:41 ID:mNvhT/RE
- 豊臣時代が微妙かもね。定着という意味では江戸で間違いないと思うけど。
戦国期には弓の方が一般的というイメージがある。
和歌とかそんな感じの嗜みと同列みたいな。
- 147 :人間七七四年:2009/05/22(金) 18:55:43 ID:aFeqej0N
- ソースはしらんが京都の店なんかでは一回公方様からお召しがあっただけで将軍家御用達の看板が出せたという。
吉岡流の将軍家指南役なんて怪しいもんだなw
- 148 :人間七七四年:2009/05/22(金) 19:23:24 ID:wzneKw6Y
- 今の皇室御用達もそうだね
一回でも皇室からお召しがあれば名乗れるらしい
- 149 :人間七七四年:2009/05/23(土) 03:51:03 ID:qTpijcM4
- へぇ
- 150 :人間七七四年:2009/05/23(土) 12:10:04 ID:RoeO5WWd
- まぁ嘘はついてないなw (過去一回だけ)御用達、ってことだし。
- 151 :人間七七四年:2009/05/23(土) 23:00:08 ID:nvQcm5/p
- では武蔵の親父も御用達だね
- 152 :人間七七四年:2009/05/24(日) 14:59:59 ID:6GCChhGJ
- すると日下開山竹内流は飛び込みセールスの御用達か
- 153 :人間七七四年:2009/05/24(日) 18:01:29 ID:V4oYIFOj
- だいたい御用達だからって美味いとは限らんし。
将軍家指南だからって強いとは限らんのだが。
これが威光効果ってやつかねぇ?
- 154 :人間七七四年:2009/05/24(日) 19:57:09 ID:1GMDIox7
- 〜御用達とかは威光というより信用効果だな、
- 155 :人間七七四年:2009/05/24(日) 22:44:17 ID:Ubzx1nhu
- 一回でもと考えると御用達って結構あるよね
新陰、新当、吉岡、竹内、一刀、武蔵の親父、家光の上覧試合の各流派、
幕末になれば講武所の各流派・・・・その他諸々
御用達じゃない方が少ないかもね。
- 156 :人間七七四年:2009/05/24(日) 22:58:40 ID:QntcfXyv
- 斎藤伝鬼房の天流…・・・は皇室御用達なだけか。
でも『吉岡伝』には新当流や武蔵と並んで天流の剣術者が敵役として出ているところを見ると
京では結構流行ったようだな。
- 157 :人間七七四年:2009/05/24(日) 23:07:08 ID:Ubzx1nhu
- 皇室御用達最古はスクネとケハヤかのう?(剣術じゃないけど)
ところで天流って電気某だっけ?詳しく知らないんだけどどんな流派なの?
今も残ってるの?
- 158 :人間七七四年:2009/05/24(日) 23:24:34 ID:QntcfXyv
- 今は天道流という一系統が残る。剣術もあるけど薙刀で有名。小太刀二刀流なんかもある。
伝鬼房は「一刀三礼の太刀」を天覧したというが、一刀三礼には
「仏像などを彫る態度が敬虔けいけんであること。仏像を彫刻するとき、ひと彫りごとに三度礼拝する意から」
という意味があることを考えると、技というよりは一刀一刀に気合を入れたということを表したのだという説も。
『吉岡伝』の朝山三徳(笑)以外にも念流の敵役を引き受けた村上天流という人がいるし
『武芸小伝』を書いた日夏繁高も天道流。
無外流は一刀流ベース説が強いけど、一応天流→山口流→無外流という説もあるようだ。
http://www.mugairyu-hyohotan.com/budo01b.html
- 159 :人間七七四年:2009/05/24(日) 23:57:17 ID:QntcfXyv
- ところで話が変わるのだが、松本備前守は鹿島氏の宿老であり鹿島神宮の祝部、という説をよく聞くのだが
神職としての具体的な役職はなんだったのだろう?卜伝の実家吉川家は座主、松岡兵庫の松岡家は大祝部と
調べればすぐ出てくるのだが、松本家はなんか出てこないのよ。
- 160 :157:2009/05/25(月) 00:04:42 ID:kMQjk05o
- おおーありがとう興味深い。
暗夜軒とか外連味溢れた名前多いねw
でも師岡一羽って香取じゃなかった?
- 161 :人間七七四年:2009/05/25(月) 00:08:22 ID:kMQjk05o
- >>159
あーなんかで見たことある・・ちょっち待って調べてみる
- 162 :人間七七四年:2009/05/25(月) 00:37:00 ID:kMQjk05o
- >>159
ごめん勘違い、俺の方にも松本家は祝部としかなかった。
でも吉川家は大行事職だって書いてあった。
- 163 :人間七七四年:2009/05/25(月) 08:11:38 ID:R823WZIU
- 大行事職は平姓鹿島氏が継ぐ武官職だから違うよ。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kasima.html
>松本家は塚原卜伝の実家吉川氏とともに、鹿島神宮の神官であったともいうがそれを否定する説もある。
やはりはっきりしないんだな。
- 164 :人間七七四年:2009/05/25(月) 17:09:49 ID:kMQjk05o
- 詳しくは知らないけどこう記してある。
延徳元年(1489)、卜伝(幼名、朝孝)鹿島神宮大行事職の
卜部吉川家の次男として誕生した。
吉川家だが鹿島城の家老、稲荷山正等寺座主を兼ねるなど
鹿島の要職を束ねる由緒ある家柄である。
・・・・・云々と鹿島新當流第65代宗家吉川氏の写真付きで載っている。
「日本の剣術」発行「学研」より抜粋。
真偽の程は興味ある人が調べて。
- 165 :人間七七四年:2009/05/25(月) 20:27:38 ID:R823WZIU
- ああ、それは知っている。あと、『日本の古武術』(新人物往来社)という本には
「当時の吉川家は卜部と大行事職に加え、鹿島城の家老職を兼ねており、また鹿島神宮関係の
寺を支配する稲荷山正等寺の座主職をも兼ね、鹿島氏における重職についていた」
と書かれている。
それが気になって、大行事は平姓鹿島氏の世襲である総(惣)大行事の簡略化ではなく
別職なのか確かめようと『鹿島神宮文書』を当ってみたが(『大宮司中臣定景鹿島大神宮諸神官補任之記』)、
「惣大行事ハ行事職也」という鹿嶋三郎政幹に始まる惣大行事はあるが、やはり「大行事」はない。
『鹿嶋神領割符写』にも惣大行事はあっても大行事はない。
http://kotobank.jp/word/鹿島幹寛
http://kotobank.jp/word/鹿島幹重
http://kotobank.jp/word/鹿島憲幹
↑のように惣大行事職を大行事と表記している例はたくさんあるので、やはり大行事=鹿島氏と解すべきだと思う。
他にも行事職、行事禰宜というのもあるが、行事禰宜には卜伝の時代より少し後の天正四年には
大中臣興長という大中臣姓の人物が任ぜられている(吉川家は卜部姓なので同家の人間ではない)。
気になるとすれば詳細のよくわからない中行事、少行事という職が『鹿島神宮儀式帳』等に現れることかな?
松本備前守の祝部もそうだけど、要はこういう文書での裏づけがあれば。
- 166 :人間七七四年:2009/05/25(月) 20:31:03 ID:R823WZIU
- 『日本の古武術』(新人物往来社)→『日本の古武道』(日本武道館)に訂正。
- 167 :人間七七四年:2009/05/25(月) 21:31:34 ID:kMQjk05o
- むむむ・・神社の雰囲気や巫女さんは大好きだが
正直神職について俺はちんぷんかんぷん。
貴兄詳しいね、スレ違いだし程々にするけど最後に。
大行事職って複数いてはダメなの?
もしダメなら出版社が勘違いもしくは捏造したと言う事?
- 168 :人間七七四年:2009/05/25(月) 21:51:48 ID:R823WZIU
- >大行事職って複数いてはダメなの?
惣大行事は何人かいる「大行事」を束ねているように思えるが、大行事は他にいないようだ。
>もしダメなら出版社が勘違いもしくは捏造したと言う事?
『日本の剣術』の出版は2005年5月だから2000年12月に出た『日本の古武道』を
参考にした可能性はあると思う。元々は吉川家の記録にあるんじゃないかな?
ただ、新当流以外の吉川家の記録は『吉川座主家文書』としてまとまっているみたいだ。
http://www.city.kashima.ibaraki.jp/info/detail.php?no=3388
鹿嶋市の方でも吉川座主家としているね。
もうさすがにスレ違いなのでほどほどにするわ。そのうち鹿嶋市の図書館にでも行って調べてくる。
一番の目当ては松本備前守の情報だけどね。
- 169 :人間七七四年:2009/05/25(月) 22:07:39 ID:kMQjk05o
- おーなるほどー了解。ありがと。
調査頑張ってね。
- 170 :人間七七四年:2009/05/25(月) 22:32:22 ID:oaaKilqU
- 結局、“松本”備前守でFAなの
- 171 :人間七七四年:2009/05/25(月) 22:45:41 ID:R823WZIU
- 杉本さんは直心影流の伝書にしかないし。あれだと杉本備前守紀正元だっけ?
鹿島で紀姓は考えにくいような。
気になるのは直心の伝書には新陰直心流→直心正当流とあるところが
http://busino-ikuji.hp.infoseek.co.jp/keizu.htm
┗神谷伝心斎頼春(真心流)
│ ┗高橋弾正左衛門重治(真心正当流)
となっている伝書があるらしいんだ(ここ以外でもこの表記を見たことがある)。これは全く自信ないんだけど、
もしかすると、「真」心影流だったりしないかな?いや、こんなことは普通の流派じゃ絶対ありえないけど、
杉本さんの件もあるし。
- 172 :人間七七四年:2009/05/26(火) 00:19:04 ID:2rWUaJOj
- =゚ω゚) 心影流つーと土屋伝?
山田ジロ吉伝の直心影流ではふつうに松本備前守っすね。
山田ジロ吉も鹿島で松本備前の位牌ハケンしたそうだし
期待してまっせ。
NHK歴史への招待での記事でもやはり吉川家の仕事は
卜占と神領内の治安維持にあたる大行事職総領とあるね。
武道体系には吉川家は鹿島大掾家の家老で、
神宮祝部4家(吉川、松本、額賀、小神野)のひとつとあるから
額賀、小神野などから詰めてくのもひょっとしたらとアリかと思う。
ちなみに新当流兵法伝脈では
松本備前−鹿嶋左衛門治時−額賀丹波藤原幹武
L塚原ト伝−松岡彦十郎則方(延喜式定職大祝)−兵庫介時備−吉川善衛門
L小神野越前守幹通(不染斎)
- 173 :人間七七四年:2009/05/26(火) 09:20:10 ID:TS3b9uKd
- じろきっちゃんがてきとうこいたせい
- 174 :人間七七四年:2009/05/26(火) 23:19:30 ID:moQmwX6L
- レスがついたのでもう少し自由研究の発表をw
>NHK歴史への招待での記事でも
やっぱり武術関係の専門家は畑違いのところはどうも弱いようで、全幅の信頼は置けないんだよな。
たとえば綿谷雪の『考証武芸者列伝』に「吉川加賀入道覚賢こと卜部呼常は、鹿島神宮の神官中では
もっとも高い座主の地位にあり」となっているが、鹿島神宮は大宮司、当禰宜、惣大行事の三支配とされるので
これは明らかにウソ。大宮司の下にも上級神職として大禰宜と大祝がいる。多くの剣豪本の元ネタにされる
氏の著作にさえこんな間違いがある(この程度の間違いで価値が下がるような業績ではないけど)。
『増補改訂武芸小伝』の方で「鹿島明神祝部の”主座”吉川左京(卜部覚賢)」とあるから氏は座主を
卜部の本家のように取ってしまったのかもしれない。
惣大行事以外にも警察職はあり、それらは行事職とも呼ばれるというので調べたが、惣追捕使は最初大掾鹿島氏が
勤めたあと、鹿島氏が惣大行事となってからは大中臣姓木滝氏が、押領使も同じく木滝氏が、検非違使は
大中臣姓栗林氏が就いている。吉川氏が大行事と呼ばれたとすれば、鹿島大宮司に任ぜられた神職ではないが、
”惣”大行事配下の武家である四宿老家を通称として大行事としたのだろうかねえ。あるいは
第六十五代吉川常隆氏(手元にコピーだけあってタイトルを控えてない…。P98〜P99が「鹿島新当流剣術」の本)は
「鹿島神宮大行事・大鹿島命の後裔・国摩真人が」としているから、更に先祖筋の話ということなのだろうか。
>神宮祝部4家(吉川、松本、額賀、小神野)のひとつとあるから
『天真正伝新当流兵法伝脈』には額賀丹波守藤原幹武とあるから額賀氏は藤原姓であるようだ。
四祝家とされる家はかならずしも卜部や大中臣ではないのかもしれない。ただ、この辺は
姓氏事典等ではっきりさせたい。確かに、そっちから詰めるのは面白そうというかむしろ正道かも。
神宮文書しか見ていなかったが、武家鹿島氏の記録も機会があれば見ておこうと思う。
- 175 :人間七七四年:2009/05/26(火) 23:23:34 ID:moQmwX6L
- >山田ジロ吉も鹿島で松本備前の位牌ハケンしたそうだし
期待してまっせ。
でもそこまでやるつもりないからw
というか先達がいるよ。
岡田一男『剣豪史談』によると、氏は山田ジロキチ先生の業績に辻褄が合わないところがあると感じて
鹿島の松本家を訪ね、過去帳を見せてもらったそうだ。
「松本家の過去帳は「松本彦左衛門政信、延宝八年庚申(一六八〇)五月七日」にはじまって、
それ以前の記述はない。恐らく、これは二冊目で、それ以前の第一冊は散逸したのであろう。
九ページに問題の
松本平右衛門政元
教覚了意信士
天文三年戊午五月十二日
がある」
しかし実はここに天文とあるのは前後の年号から考えて元文の間違い。つまり>>173の言うとおり、
ジロキチさんは粗忽、としている。ただ綿谷雪はおそらく『常陸国志』の説だろうと思うが、
松本政元(右馬允)を弟としている。『関八州古戦録』では右馬允は子息、ただしここでは
松本備前守”尚勝”だしな。『新当流兵法伝脈』では子息は右馬允康幹。…正直、こうやって
名前を挙げていくとかえって混乱していくだけだな。
ちなみに『剣豪史談』によると松本家は先代当主のときに住居の大改築を行い、古文書等は
その過去帳以外は焼却したんだとw
- 176 :人間七七四年:2009/05/26(火) 23:32:58 ID:yn7oU9G3
- ま〜た焼けたのか
- 177 :人間七七四年:2009/05/26(火) 23:39:48 ID:moQmwX6L
- 焼けたではなく自ら焼却処分。脱力感を倍増させるよ。
- 178 :人間七七四年:2009/05/27(水) 00:58:00 ID:lC8k+4f0
- わかっとるよ
そういう話はいっぱいあるでよ
あほくさいよなwww
- 179 :人間七七四年:2009/05/27(水) 07:53:08 ID:LaTisx49
- =゚ω゚) へえ、すごいねぇ。
んーちょっと記憶書きだが当時鹿島の藤原家が悪党を使って紛争したり
していたので、たとえば「幕府と朝廷」のように儀礼指導者と武力支配者
に分かれていたのではなかろうか。
パワーバランス的には神宮は象徴的支配者っつーか。
まあイメージだけどね。
>、検非違使は大中臣姓栗林氏が就いている。
=゚ω゚) これは岡見の栗林義長とかもこの一族?
異類婚が鎌足っぽい。
- 180 :人間七七四年:2009/05/27(水) 09:13:37 ID:5CvZaCdT
- おもすれぇ
- 181 :人間七七四年:2009/05/27(水) 21:54:04 ID:3DMjBRw1
- >武力支配者
そういうのはまさに大掾鹿島氏だね。頼朝が神宮への狼藉防止のために鹿島氏を惣追捕使に任じて後は
社領を奪ったり、謀略で神職になろうとするなど祭祀のことにも介入したりと自ら積極的に狼藉を働いているよ。
>岡見の栗林義長とかもこの一族
鹿島の栗林氏は鹿島の宮中(地名)に栗林・栗林前という字があるので、ここに土着した大中臣氏
ということだと思う。『三代実録』に鹿島の栗の樹に関する記録があるのでそれで植林された所なのかもしれない。
http://21coe.kokugakuin.ac.jp/db/jinja/200101.html
>造レ宮材木多用二栗樹一。此樹易レ栽。亦復早長。宮辺閑地。且栽二栗樹五千七百樹。
>榲樹卅四株一。望請。付二神宮司一。令二加殖兼斎守一。太政官処分。並依レ請。
あちらのは岡見の氏族でやはり地名(若栗)に関係があるみたいだ。
http://www.ushiq.net/~ushikujyou/togoku_senki.pdf
のP96参照。
ただし、鹿島の栗林から程近い同じ宮中の東山というところが、栗林義長伝説を伝える神社とまったく同名の
女化稲荷神社を鎮守とする集落(『鹿島市誌 地誌編』)というのは、果たして単なる偶然なのだろうか?
とか、それらしく〆てみる。
- 182 :人間七七四年:2009/05/27(水) 21:59:14 ID:3DMjBRw1
- 忘れてた。
http://www.ushiq.net/~ushikujyou/main041.htm
>岡見頼勝
>松本備前守政信の男の松本右馬允某より天真正流の剣術を受得たりと云う。
こういう点ではまんざら鹿島と関係がないというわけではなさそう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ノート:直心影流剣術
それにしてもここまで水面下で論じられているのに、一向に松本備前守の項目が
作られないのがすごいw
できたらできたで編集合戦なんだろうな。
- 183 :人間七七四年:2009/05/27(水) 22:44:40 ID:D5O1KK1X
- そこの編集合戦はやっぱ流派の人たちでやってんのカナ
- 184 :人間七七四年:2009/05/27(水) 23:14:56 ID:LaTisx49
- =゚ω゚) おーっ!これは東国戦記じゃあーりませんか。
今まで探してたんだけど見つからなかったのだ。ありがdd。
これは「推測」じゃが異類婚など伝奇物の類は中国の古典を和訳した
場合が多いから神官僧侶などの教養人が関わったのではないかと思う。
>四祝家とされる家はかならずしも卜部や大中臣ではないのかもしれない。
=゚ω゚) 綿谷氏の本ではイワイベ家は世襲制だったとあるがどうなんだろ。
もし松本尚勝の一字が将軍義尚から貰ったのが本当だとしたら
それなりの家だったと思うが・・・?
>wikiノート:直心影流剣術
=゚ω゚) はっはっはっは、おもしろいね。よく調べてるなぁw
でも石垣先生は「杉本」を主張してるけどまだ発見していないからな。
あと、別の流派の人が現在も調査しているという話も有りますな。
ついでに小神野の伝系はこういうのが有るね。
松本備前守−松本右馬允−小神野越前守−真壁久幹道無(暗夜軒氏幹の父)
現代では杖術で有名な夢想ゴンノスケの系統だね。
- 185 :人間七七四年:2009/05/28(木) 17:36:06 ID:4YcgXuk6
- 【居合・剣術総合スレ】 剣術居合すぽチャン槍 武芸交流オフ
袋竹刀等を用いての仕合や技術交流などを目的としたオフです
※有志による道具等の貸し出しもあります
場所:新宿コズミックスポーツセンター 1階 第二武道場(個人利用)
ttp://www.regasu-shinjuku.or.jp/
日時:5月30日(土) 15:40〜 18:40 22:00まで延長可能
参加費:施設使用料のみ
自作武器大歓迎
素人さん大歓迎
剣道経験者どんとこーい
古流経験者大歓迎
武板コテ参加者(予定):目ん玉特捜隊氏 不浄氏 M男氏
【伝統文化?】居合・剣術総合スレ【実戦?】
(p)http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/budou/1238123176
- 186 :人間七七四年:2009/05/29(金) 04:24:06 ID:Lo00YGRc
- 中国武術だと、戦闘法と一緒に医術が伝えられているけど。
日本の武芸にもそういう要素はあるのかな?
- 187 :手に職を!:2009/05/29(金) 07:09:16 ID:FwY8VueG
- 骨法整体
- 188 :人間七七四年:2009/05/29(金) 08:31:58 ID:nBB6fUsg
- http://homepage2.nifty.com/aiki-rentai/sinbun-koukoku31.jpg
大東流では武道医術も教えている。
- 189 :人間七七四年:2009/05/29(金) 12:37:10 ID:Pcd/r2+/
- 協会会長の堀辺一夢先生は、源家古武術秘伝、換骨術四十世宗家として、骨格や関節、ツボ研究家等の専門家の間に有名な先生であるが
「換骨術と同じく源家相伝といわれる大東流を、名人佐川幸義宗範の御指導を得て、
正しい形で知ることができるのは、今迄合気道修行者にとって熱望されていたことです。
換骨術を母胎とした古武道医術も同時に教えるので、技の面でも新境地を開くことができるでしょう。」
と協会の特色を語っていました。
堀辺一夢って骨法(笑)じゃんww
- 190 :人間七七四年:2009/05/29(金) 13:26:23 ID:nBB6fUsg
- いや、大東流の堀辺一夢先生は換骨術十九世宗家だ。四十世というのはおそらく1977年4月29日に
換骨”拳”を初めて公開した換骨拳四十世宗家・堀部一夢氏と混同しているのだろうか?
- 191 :人間七七四年:2009/05/29(金) 18:37:37 ID:4rLnxBYo
- >185
=゚ω゚) そんな誘導にひっかかる私ではない!
当日はいちおう薙刀と杖も持っていきますけどね。
- 192 :人間七七四年:2009/05/29(金) 19:01:04 ID:4rLnxBYo
- >>186
=゚ω゚) ふつうに有るよ。まあ、現代だと薬事法にひっかかるけどね。
野口さんの本だと活法はそれなりに効くらしい。(活法つっても骨法とは違うぞ)
たとえば現在でも剣道着の藍染めは擦り傷などの毒消しにもなる。生活の知恵だね。
民間療法の詰め合わせや呪術なので、どう考えても怪しい治療法も有るがw
修験道系は特に多いかもね。
幕末の剣道場とかでもふつうに自家製薬作ってたし柔は整骨やってた。
上泉信綱も言継卿に愛州の薬学とか伝えたらしい・・・が?
- 193 :人間七七四年:2009/05/29(金) 20:32:25 ID:pnPu6jb3
- >>183
同流の山田次朗吉系と野見テイ次郎系が争っているのかと思いきや、実際には無手塾という色々飛ばしまくった主張をしたり
スパムみたいに自分のところのサイトにリンクを貼る陰流の団体が、直心の祖が他の新陰と違って杉本さんであるのが気に入らないのか、
石垣氏の著作から自分の都合のいいところだけ抜き書きして直心を貶めているせいで妙にこじれているみたいだ。
http://wkp.fresheye.com/wikipedia/利用者‐会話:Bellcricket
- 194 :人間七七四年:2009/05/29(金) 20:33:28 ID:pnPu6jb3
- >>184
綿谷氏もイワイって書いてたけどハフリ。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E7%A5%9D&dtype=0&stype=0&dname=0na&ref=1&index=17396615028000
で、多少整理してみた。
『兵法伝脈』『鹿島新当流剣術正統略伝』あと小神野系の伝書(『新当流天魔秘法』だったかな?)
では松本備前守政信。うち『兵法伝脈』では子息右馬允康幹。
高天原合戦から間もない大永五年に書かれた『鹿島治乱記』では松本備前。関係は不明だが松本右馬という人物も登場。
『甲陽軍鑑結要本』では松本備前守。
『関八州古戦録』では松本備前守尚勝、子息右馬允。
で直心影流伝書では杉本備前守紀政元。過去帳では平右衛門政元(天文三年戊午五月十二日)幼名尚勝、ただし
岡田一男氏が元文三年だという異議を唱えている。確かに調べてみると天文三年は甲午で元文三年は戊午。
実物を見ていないから確定はできないが、原文通りならば前後の順番も含めて岡田氏が正しそうだ。
あとはそのうち徳川光圀時代の『常陸国志』を当たろうと思う。
なんとなく傾向を見ると、新当流の伝書では今のところ一貫して松本備前守政信。『関八州古戦録』と
次朗吉センセイの仕事が話をややこしくしている気がする。
>ついでに小神野の伝系はこういうのが有るね。
>松本備前守−松本右馬允−小神野越前守−真壁久幹道無(暗夜軒氏幹の父)
よろしければこちらに備前守と右馬允の名前が記されていたら教えて欲しい。あと、どなたか有馬流など、
松本備前守からの分かれの新当流系の伝書なんかもあれば備前守の名前をお願いしたいな。
- 195 :人間七七四年:2009/05/29(金) 23:48:16 ID:4rLnxBYo
- =゚ω゚) ああ、小神野の伝系の抜粋は綿谷さんの「図説古武道史」なので
伝書ではござらん。ごめんね。
ちなみにその本では松本備前守政信、右馬允政元だったわよ。
個人的には伝脈の「幹」の字がひっかかるのだが
常陸平氏の「幹」かな?
松本右馬允幹康。小神野越前守幹通。額賀丹波守藤原幹武。
塚原土佐守安幹。有馬大和守幹信。真壁安芸守久幹。
主要キャラクターには「幹」が付く。吉川家にはたぶん無い。
ただ平氏以外にも武闘派の大宮司に中臣幹則(鎌倉時代だが)とか居たらしいので
鹿島家から通字だけもらっていたのかもしれないけど。
>『関八州古戦録』と次朗吉センセイの仕事が話をややこしくしている気がする。
=゚ω゚) うむ、古戦録だと鹿伏兎刑部少輔は飯篠長威の師匠だが
伝脈では甲頭刑部少輔はト伝・松岡の弟子になる。時代が全く合わない。
こいつは河童もジロ吉もびっくりだ。
- 196 :人間七七四年:2009/06/02(火) 14:14:46 ID:Wa3CgLEZ
- 話変わるけど、3尺以上の太刀を使ってた剣豪って、
戦国以降だと佐々木巌流の他に誰がいたっけ?
- 197 :人間七七四年:2009/06/02(火) 18:55:38 ID:JipJGGsy
- 田宮流
- 198 :人間七七四年:2009/06/02(火) 23:42:53 ID:JipJGGsy
- 野口、平山、相馬、大石あたりか。
まあ居合と野太刀流はふつうに長いな。
- 199 :人間七七四年:2009/06/03(水) 01:09:29 ID:KpIijeo8
- 田宮も長いし野太刀示現なんてのもあるよねー
剣豪に入るか分らないけど「真柄某」なんて戦国武士も有名だよね。
支那だと苗刀なんて日本刀を模した刀も結構長い。
基本長いのが有利なのになんで長太刀の流派って余りないんだろうね・・・
- 200 :人間七七四年:2009/06/03(水) 02:16:04 ID:xqWj1yBV
- とさのひとがながいかたなもってたんだけどおもいからすぐつかれちゃったんだよね
- 201 :人間七七四年:2009/06/03(水) 02:18:26 ID:xqWj1yBV
- 平山行蔵は暴漢に襲われた時刀が長すぎて抜けなかった。
- 202 :人間七七四年:2009/06/03(水) 10:42:52 ID:BbC/EO4t
- >>199
戦場なら槍があるからなあ。
刀はサブウェポンだから長いと邪魔だし。
あと江戸時代だと定寸以上の刀を持つのは原則禁止じゃなかったっけ?
室町以前だと、大太刀が結構使われてたっぽいけど、
その時の剣術ってどんな感じだったのかね。
- 203 :人間七七四年:2009/06/03(水) 21:42:58 ID:LRfu7VSc
- >>201
仕方なく2尺5寸の「脇差」を抜いて戦ったそうだなw
- 204 :人間七七四年:2009/06/03(水) 23:51:56 ID:XqxMxH1e
- >江戸時代だと定寸以上の刀を持つのは原則禁止じゃなかったっけ?
たぶん城内じゃなければおk。
それに国ごとに長さの規定は違うしね。
戦場では槍とか相手にせんといかんから刀も長い方が有利だよ。
>>200
それは勤皇刀だな。土佐は大石影流が盛んだったからな。
突き専用の直刀だからあまり実戦向きじゃなかったらすい。
- 205 :人間七七四年:2009/06/04(木) 10:26:40 ID:gnSR4IGi
- >>204
武士なら自分も槍を持つから刀を長くしなくてもいいんじゃね?
3尺以上の太刀だと腰に差したら動くのに邪魔になるんじゃないかな。
- 206 :人間七七四年:2009/06/04(木) 13:31:17 ID:d2UqIIXd
- 状況に応じて弓、槍、鉄砲、棒、刀と使い分けたんだよ。
従者に持たせた。
槍は槍で弱点も多いからな。
- 207 :人間七七四年:2009/06/04(木) 13:59:38 ID:vECLIfUW
- でもこれ戦国時代の話…
「宣祖修正実録」
「天兵(明兵)短剣騎馬にして火器なく、道険しく、泥深くして馳テイする能はず。
賊(日本軍)長刀を奮ひて左右に突闘し鋭鋒敵なし。」
「懲秘録」
賊(日本軍)は歩兵で、打ち振る刀は、三、四尺におよび、鋭利無比のものであった。
賊はその鋭い刀を左右にはげしく打ちふるい、人馬の区別なく斬り伏せた。
全くその勢いには抗すべき道がなかった。
戚継光 「紀効新書・長刀解」
此は日本の武士が中国に攻めてきた時初めてわかったことである。
彼らは舞うような歩法を用い、前方への突進力は光が閃くようで我ら明の兵は気を奪われるのみだった。
日本人はよく躍動し、一度動き出せば丈あまり、刀の長さは五尺なので一丈五尺の間合でも攻撃される。
我が兵の剣では近づき難く、槍では遅すぎ、遭遇すればみな両断されて殺される。
これは彼らの武器が鋭利であり、さらに両手で振れるため強力で重い刀を自在に用いているためである。
こちらもただやられてばかりではない。
武士には遠くからの鳥銃が有効である。
だが武士は全く臆せず攻めたり刺したりできる至近まで突っ込んでくる
兼ねてよりこの銃手が弾を込める間に時間を取られて接近を許すことが多い
その勢いを止められない
武士の刀捌きは軽くて長く
接近を許した後の我が軍の銃手の動きは鈍重すぎる。
われわれの剣は銃を捨てて即座に対応するための有効な武器ではないのだ。
それゆえ我々も日本式の長い刀を備えるべきだ。
長い太刀使ってるっぽい…
- 208 :人間七七四年:2009/06/04(木) 14:36:24 ID:gnSR4IGi
- >>206
あ、なるほど。
一人だけの状態を想定してた。
そういや戦場ならそうだね。
武芸者も結構従者というか小者を連れてるもんなのかな?
そこそこ腕が上がってきたら弟子もいるだろうけど、
ぺーぺーの駆け出しだと一人で行動することも多そうだ。
- 209 :人間七七四年:2009/06/04(木) 17:55:47 ID:U6qZfZzs
- 知行扶持を貰う武士なら出陣の際には
知行高ごとにその家の出動人員数や軍馬、
荷駄の台数まで規定されていたのでござるよ。
馬上なら徒歩や道具持ちは必ず付いたろうね。
さらに道具持ちや弓、鉄砲足軽とか下級武士、雑兵は
弾を撃ち尽くしたら(あるいは雨など)刀で戦う他は無かった
からのう。
- 210 :人間七七四年:2009/06/04(木) 18:14:19 ID:gnSR4IGi
- すると、小者のいない牢人の武芸者だと、やっぱり刀メインってことか。
問題は接近戦が始まる前に戦が終わらないかどうかかな。
戦場での死傷者の死因割合で、刀傷は殆どない、っていう話はあるけど
実際、どうだったんだろうね。
- 211 :人間七七四年:2009/06/04(木) 23:40:11 ID:SMn4UL8t
- 中条流や冨田流みたいな小太刀の流派って好きだな
現代にはもう伝わって無いのかのう・・・・
それにしても乱世の時代にわざわざ小太刀主体の流派なんて
余程の天の邪鬼さんだね。
- 212 :人間七七四年:2009/06/05(金) 04:31:04 ID:MM8LHRBy
- >210
牢人でもふつう槍だろ。
ただ槍は戦場では万能兵器じゃないけどね。
火器主体の現代戦でも銃剣やナイフが希に使われるように
軍記や合戦絵巻だとやたら刀を使ってる。
もっとも「軍忠状に刀の死傷者が居ないから戦場で刀は使われなかった」と
言い張る某歴史家は居るみたいだが。
>211
中条流はもともと総合武術じゃね?
- 213 :人間七七四年:2009/06/05(金) 05:27:06 ID:bruHXAea
- 馬に乗ってみると解るけど、片手で手綱を握って刀を振り降ろすのは難しい
突く動作だけでいい槍は馬上の戦いに向いてる
逆に徒歩での戦いとなると小回りの利く刀が有利(修練を積んだ武士や場数を踏んだ足軽に限ってだが)
戦も中盤以降の乱戦とか山岳戦とか馬に乗れない場合は、槍より刀をメインに使う事も多かっただろう
刀がメインウェポンとなると、やはりある程度の長さが欲しいので槍がメインで刀がサブの時より刀が長くなるのは道理
槍と刀をあまり画一的に考えるより、実際はもっとケースバイケースで使ってたんじゃないかな
刀傷の死体が少ないのは、甲冑を着た人間に刀で致命傷を負わせるのはよほど修練を積んだ者でないと無理だが、腕や足を斬り落とすだけでも相手の戦闘力を奪うことにはなるので、実際の戦場で刀があまり使われなかった理由にはならないと思う
- 214 :人間七七四年:2009/06/05(金) 07:24:57 ID:XNXGf+Pn
- まぁ普通は使い分けるよね
- 215 :人間七七四年:2009/06/05(金) 10:43:38 ID:N5XSY/+g
- 「使われなかった」っていうのは流石に極論だよな。
だったらなんでみんな刀持ってるんだよ、って話だし。
ケースバイケースが妥当よなあ。
- 216 :人間七七四年:2009/06/05(金) 11:42:21 ID:Nhoa10Lf
- 合戦って普通、弓・鉄砲の打ち合いから始まるようなもんだよな?
そこで士気が低かったり、被害が大きければ一旦退いたりするんじゃない?
退けばもう一度矢弾を浴びせるだろうし、無理に突撃すれば被弾率が上がるから矢弾による負傷率が高いのは当たり前のことだと思うんだよね。
世の中が奇襲戦ばっかだったら刀傷が大半を占めると思うのだけど
- 217 :人間七七四年:2009/06/05(金) 13:56:26 ID:HEJ52D2B
- >>215
なんと言う正論w
- 218 :人間七七四年:2009/06/05(金) 18:10:30 ID:5hm5cIgN
- だいたいいつの間に刀は槍に勝てないことになったんだか?
分が悪いということと勝てないではまったく違う。
- 219 :人間七七四年:2009/06/05(金) 18:47:48 ID:MM8LHRBy
- >合戦って普通、弓・鉄砲の打ち合いから始まるようなもんだよな?
そうとは限らないと思うが。
それは城攻めや陣形が整っている場合の話だろう。
関ヶ原は鉄砲から始まるが霧の中でどこまで有効だったやら?
むしろ家康によって野戦に引き込まれたのではないか?
- 220 :人間七七四年:2009/06/06(土) 02:02:53 ID:seK66aaz
- 一刀斎ってほんとに大島から三島まで泳いだの?
- 221 :入鹿@18859石【筆頭家老】:2009/06/06(土) 02:22:25 ID:KVO93jDF
- 関ヶ原での鉄砲の打ち合いは野戦って言わないの?
野戦って刀槍での戦いを指すのですか?
篭城戦や攻城戦以外の陸上における戦いは野戦って思ってた。
- 222 :人間七七四年:2009/06/10(水) 14:21:28 ID:v/EP8quI
- 別々の流派の当主、あるいは高弟同士が仕合をしたのって史実でどれくらいあるの?
伊勢守→石舟斎、一刀斎→小野忠明みたいにそのまま後継者になってしまうのは別として。
- 223 :人間七七四年:2009/06/10(水) 17:37:41 ID:pSfORfLW
- 寛永御前試合とか小野と柳生がやったなんて言われてるけど
殺し合いになっちゃうから殆ど無かったんじゃない?
- 224 :人間七七四年:2009/06/10(水) 17:42:37 ID:pSfORfLW
- ああそうそう東郷重位がタイ捨流の師範とやった御前試合そうかね
- 225 :人間七七四年:2009/06/10(水) 21:20:19 ID:t6HyBwZC
- 武蔵の事跡が実話ならば吉岡流や巌流の宗家と仕合っていることになるな。
あと、一刀流の伝書が本当なら一刀斎が卜伝や上泉に勝っている。年齢差考えず創作したんだろうけどw
東新之承は丸目の高弟、なのかな?指南役となるくらいだから決して弱いわけはないが。
- 226 :人間七七四年:2009/06/10(水) 23:26:27 ID:6YiPzwKP
- >>225
東新之承は高弟の息子みたいだね、世襲的に指南になったんじゃ!?
東郷が戦った相手で最強が東新之承ならインパクトが弱いな〜
- 227 :人間七七四年:2009/06/11(木) 02:25:01 ID:tDaDEyxs
- 「剣豪将軍足利義輝」読んでたら、上泉と卜伝の扱いが神の如くで吹いたw
- 228 :人間七七四年:2009/06/11(木) 04:31:17 ID:aKEljTLS
- 小説とは言え度が過ぎると萎えるんだよね
フィクションは隠し味程度にしないと・・・
戸部新十郎や池波正太郎位が丁度良い。
- 229 :人間七七四年:2009/06/11(木) 12:21:28 ID:E3HE5ifR
- 柳生とか結構他の流派とやってるよな。
それで大抵負けてるからあんまり強い印象がないんだよな。
- 230 :人間七七四年:2009/06/11(木) 12:37:57 ID:lvvQ833W
- >>229
同感!石舟斎とか上泉の弟子の中じゃ5〜6番手くらいだったって話だし、宗矩とか他流の強い奴との試合は逃げてばっかりだろ〜
とにかく柳生一族で最強といわれる兵庫でも剣豪といえるレベルだとは思えないね!
- 231 :人間七七四年:2009/06/11(木) 13:54:06 ID:tIGaLpQZ
- >>228
いやでも好きだなあの小説は
実際無刀取りなんてあんくらいの境地にならんと挑む気すら起きんだろ
- 232 :人間七七四年:2009/06/11(木) 13:57:35 ID:E3HE5ifR
- だよな。
色々言われるけど、やっぱり最強は武蔵だと俺は信じてるよ。
- 233 :人間七七四年:2009/06/11(木) 14:59:06 ID:Tu54hroU
- えっ
- 234 :人間七七四年:2009/06/11(木) 15:12:12 ID:6mCRokm8
- えっえっ?
- 235 :人間七七四年:2009/06/11(木) 15:30:53 ID:E3HE5ifR
- そういう反応があるのは覚悟していたけど
「最強」と言われて、すぐに名前が出る時点で、
それなりの下地はあったと思うんだ>武蔵
柳生ならともかく、一浪人に過ぎない武蔵を引き合いに出して
武蔵と引き分けたから強いんだ、みたいな逸話が結構あるだろ?
ああいうのがあること自体、武蔵の強さが天下に広く認められていた証拠だと思うんだが。
俺が柳生を強く感じない、と書いたのは「負けた」話が多いことなんだな。
武蔵はせいぜい「引き分け」なのにさ。
そういう噂を立てられて放置しておくというのは、
やはりその程度の実力だったと思われても仕方ないと思う。
ナメられたら終わりだろ、武芸者は。
- 236 :人間七七四年:2009/06/11(木) 16:22:58 ID:go+XbHLi
- 武蔵は夢想権之助には二回目の戦いで敗れている。神道夢想流の伝承によればね。
- 237 :人間七七四年:2009/06/11(木) 16:27:09 ID:go+XbHLi
- >俺が柳生を強く感じない、と書いたのは「負けた」話が多いことなんだな。
負けた話が多いのは有名税もあるだろうよ。あと、出典とともに柳生が負けた逸話をリストアップしてもらえるかな?
一刀流の伝書の逸話は正直当てにならんと思うよ。
- 238 :人間七七四年:2009/06/11(木) 16:27:38 ID:6mCRokm8
- 別に弱いとは思ってないよ武蔵
それと同じに柳生も弱いと思ってない
たとえ負けても闘ってる経験が多い流派や人は間違いなく強いと思う・・・
ただ最強なんて事も全く思ってない。最強とかは荒れるからやめれ。
あとナメられた方が武術的には良いと思うよ。
- 239 :人間七七四年:2009/06/11(木) 17:39:34 ID:tMAiZuWF
- >>230
石舟斎とか上泉の弟子の中じゃ5〜6番手くらいだったって話は
何の文献にのってるの?
まさか小説のたぐいじゃないよね。
- 240 :人間七七四年:2009/06/11(木) 17:57:59 ID:E3HE5ifR
- >>236
それって1回目は武蔵の勝ちで、2回目は引き分けじゃなかったか?
それで武蔵が権之助を褒めたっていう。
>>237
武蔵の他、小野派一刀流、示現流、あと柳生でも尾張柳生が、
それぞれの流派の逸話で江戸柳生に勝ったことを伝えているな。
タイ捨流と冨田流も戦う前に仕合を断ってきたから流石というところか。
どの剣豪逸話集でも、柳生が負けた話が載ってないのはないと思うから、
それを見てくれれば。
確かに、流派の逸話が身贔屓になるのは仕方ないとは思うけど、
いくらなんでも根拠無しに書くほど恥知らずじゃないだろうし、
それなりの信憑性はあると考えていいと思う。
>>238
>あとナメられた方が武術的には良いと思うよ。
これがわからないんだよな。
武芸者って戦って強くてナンボだと思うんだが。
たとえば負けた逸話が多いと、>>230も言うようにバカにされるわけだよ。
単に相手の油断を誘う、ということなら、その場で弱そうにしてればいいだけで、
何も後世にまで負けた話を残さなくてもいいと思うんだが。
色々思うところはあるけど最強話が荒れるのはその通りなので自重する。
すまん。
- 241 :人間七七四年:2009/06/11(木) 18:26:35 ID:6mCRokm8
- 君は仮定の上での論拠が多いね、その逸話は検証済みの資料なの?
その仮定に乗るとしても
「実戦で勝てばどうでもいいや」
と思ってた奴が柳生に多かったんじゃない?
宣伝や商売にするなら負けたなんて風評は困るけど。
第一将軍家指南役だろ?他流試合良いの?
ただの金持ち喧嘩せず(余計なと言う意味)だと思うけどのう・・・
- 242 :人間七七四年:2009/06/11(木) 22:41:45 ID:1/ea++fS
- 示現流に但馬守の高弟が負けて弟子入りしたって話?調べたらそんな名前の高弟は柳生にはいないとかのオチだったよな。
- 243 :人間七七四年:2009/06/11(木) 23:26:36 ID:wdZ3aDYJ
- >>240
江戸柳生?尾張柳生にはこういう例もあるよ。
此の時分は天下に兵法修行者甚多くて仕合あるきし(柳生)兵庫の許へも
大勢来りしが誰が来ても三之丞立合いて勝し故兵庫が立合れし事は無りよし。
或る時帯刀といふ遣ひ手来り。 [略] 帯刀は木刀、三之丞小品柄(小竹刀)なり。
三之丞は小竹刀を竪に持ちて出しが、するすると仕掛け、
「おいとしほや」と云うより早く眉間を打ちしに、切り出す事も成らずして負ける。
二本目するすると仕込むと小太刀を捨て捕りて投げし。
帯刀、殊の外信服して直ちに弟子入望する。
瑞竜院様早速(柳生)兵助を召被江戸へ下し、此時兵助十八の由。
[略] 只今到着仕候申上ると否哉、召為被、先仕合いを(柳生へ)仰せ付け被。
柳生流、一刀流の遣い手三十余人罷出、何れも二三本づつ打合いしに
悉く兵助丈夫に勝し之に依り一同に雌伏しぬ。
他流試合むちゃくちゃ強いじゃん。柳生。
- 244 :人間七七四年:2009/06/11(木) 23:36:10 ID:1/ea++fS
- >>230
>兵庫でも剣豪といえるレベルだとは思えないね!
但馬守の実力について色々言うのは多いけど、兵庫助をここまで言う人は初めてだな。
>>240
http://ja.wikipedia.org/wiki/神道夢想流杖術
>当流の口伝では、後日に権之助が宝満山の竈門神社で祈願し杖術の研究を重ね、再び武蔵と立会い、
>ついに破った後に開いたと伝える。
- 245 :人間七七四年:2009/06/12(金) 07:49:00 ID:/eizWqDX
- 無双権の助に負けたり、高田又兵衛に勝ちを譲られた武蔵が最強なんですか?
- 246 :人間七七四年:2009/06/12(金) 10:12:29 ID:Llsdo01i
- >>243
剣豪といえるレベルではない人の息子相手にこうだから、江戸柳生や一刀流は随分弱かったんだな。
- 247 :人間七七四年:2009/06/12(金) 10:45:14 ID:7XtKlJ2k
- >>246
「剣豪といえるレベルでない」は、>>230の話だからな。
特に根拠があるわけでもなさそうだし、
「俺はこう思うよ」以上のものじゃないじゃね?
そんなのを元に弱かった云々言われてもな。
というか、>>243で出た柳生の遣い手って尾張柳生の方だろ。
尾張藩の家臣だろうし。
- 248 :人間七七四年:2009/06/12(金) 11:10:35 ID:Bn3Sjtyg
- 兵庫は修行の旅で疋田とか新当流の棒庵入道から習ったから一族の中でアドバンテージがあったんじゃ!?
いずれにしろ時代的に武芸者だよね。合戦経験豊富な武将剣豪らとはちょっと違うみたいな・・・
一揆の鎮圧ぐらいはしたみたいだけどね。
- 249 :人間七七四年:2009/06/12(金) 11:31:08 ID:hXxwtext
- 世代的に大坂の陣に従軍するチャンスはあったけど、加藤家を辞して尾張家に使えるまで
ずっと武者修行してたのかな?
- 250 :人間七七四年:2009/06/12(金) 11:45:39 ID:UFZANo5e
- 就活人生だった宗矩かわいそうです
- 251 :人間七七四年:2009/06/12(金) 12:22:39 ID:7XtKlJ2k
- 家督を継いで大名にもなったし、
実力はともかく公的には武芸者の頂点(将軍家指南役)にも立ったし、
別段かわいそうってほどでもないんじゃないの>宗矩
今やってるやる夫の柳生一族を見てると、別の意味で気の毒になってくるがw
- 252 :人間七七四年:2009/06/12(金) 16:50:57 ID:bwPSg7bF
- 柳生の場合、幕末での実戦の逸話が無いのも影響してると思う。
示現流とかも幕末での実戦での異様な逸話が無ければ捏造乙で終わっていた流派だと思う。
- 253 :人間七七四年:2009/06/12(金) 17:02:43 ID:eOqHYZZK
- 別に幕末じゃなくても…
- 254 :人間七七四年:2009/06/13(土) 00:01:36 ID:gVqRfKVR
- 示現流は小説などで脚色されてる部分もありそうだな。
薩摩は外国との戦争経験や最新武器での戦闘力が高かったのが大きい。
高杉、桂、桃井春蔵は柳生流経験者だし
さらに坂本竜馬の小栗流流祖も石舟斎の弟子だから
柳生に連なる名のある剣客は居たろうね。
- 255 :人間七七四年:2009/06/13(土) 07:55:54 ID:bcg2iM7Q
- >http://www.rivo.mediatti.net/~hiken/index.html
>幕末の京。新選組がただひとつ恐怖した剣があった。
>裂帛の叫び声とともに下から抜き打たれる太刀。その剣が鞘走るや血煙を上げて倒れざる敵はなかった。
>千年鍛え上げられた技と魂、無敵の剣「薬丸自顕流」である。
近藤勇は薩摩っぽとやるときは初太刀を外せ、と注意はしたが別に恐れていたわけではない。
政治的に薩摩藩を刺激しないために薩摩藩士と事を構えることは避けただろうけど。
- 256 :人間七七四年:2009/06/13(土) 22:22:39 ID:KVFPnX1o
- そりゃ斬った敵の数より粛清して斬った仲間の方が多い人達だもん
- 257 :人間七七四年:2009/06/13(土) 23:05:07 ID:gVqRfKVR
- 新撰組はわりと証言が残ってるけど
他の見廻組とかはもっとダーティな仕事をしていそうだな。
- 258 :人間七七四年:2009/06/13(土) 23:36:31 ID:W114eGSj
- 見廻り組は新撰組に比べてよくも悪くも評価が定まってない感があるな。
佐々木唯三郎を司馬遼太郎みたいに清川以下のヘタレに描く人もいるかと思えば
凄腕の殺し屋とする評価する人もいる。
- 259 :人間七七四年:2009/06/14(日) 00:55:16 ID:c5bVNdwW
- たしか山内一豊も放し討ちの名手だったとかいう伝承もあるね。
秀吉の刺客か?
まあ、その手の行為は主将直接の指示だからな。
- 260 :人間七七四年:2009/06/15(月) 15:04:04 ID:s6baFnKG
- >>249
みたいだね。
新陰流の正統を相伝したのも加藤家を出た後だし、
その後は新当流(穴沢流)の阿多棒庵に師事して、長刀・槍の印可を貰ってる。
10年以上修行してたってことだな。
- 261 :人間七七四年:2009/06/15(月) 20:04:23 ID:GiPjCUOI
- >>260
疋田に教わったのはいつなの?
なんか疋田系と柳生系は仲悪そうなイメージがあるが
このころにはそんな流派の垣根なんてなかったんだろうな。
- 262 :人間七七四年:2009/06/15(月) 20:52:46 ID:WSxIREZ8
- >>261
兵庫は加藤家を出て武者修行している時に疋田に小笠原流軍配兵法を学んでいるらしい。
兵庫はカテゴリー的には剣豪っていうより武芸者かな・・・
- 263 :人間七七四年:2009/06/15(月) 21:10:41 ID:mXBAKfZQ
- 疋田の没年を考えると最晩年(か、もしくは時代がギリギリ合わない)だな。
そんなときに自分の弟弟子の孫が訪ねてくるなんてどんな気分なんだろう?
どんな師弟関係だったんだろう。興味は尽きないな。
- 264 :人間七七四年:2009/06/16(火) 10:30:33 ID:ESF1VPf6
- >>261
兵庫助の加藤家退転が慶長九年で、
その年のうちには一旦柳生庄に戻っていて、
それに対し、疋田は慶長十年に大坂で亡くなってるから、
可能性としては、慶長八年から九年頃の九州で、というのが一番妥当かなあ。
同流派の大先輩だから挨拶には行ってそうだし。
でも、兵庫助の親父の厳勝が文禄五年に疋田から印可貰ってるから、
九州とは別に、柳生庄でも会っていた可能性はあるかも。
この辺りを見ると、伊勢守の直弟子同士の仲は別段悪くなかったんじゃね?
むしろ宗矩が出世して、柳生と他の間に差がついたことで
ぎくしゃくしだすようになったんじゃないかな。
- 265 :人間七七四年:2009/06/16(火) 19:53:13 ID:gXPoZ4bS
- 疋田は細川だったか?
まあ主家細川と良好という感じでも無いし
九州から全国区へというのは当時年齢的にも難しかったかもね。
他は寺沢とかだし。
- 266 :人間七七四年:2009/06/17(水) 10:39:30 ID:5tcVWBPC
- 平上さんの本に新陰流の奥山系は流祖が松本備前守となっているとあったけど、そうまで言い切ってしまっていいのかね?
直心影流はもちろん知っているし、この本には神谷伝心斎から分かれた直心影流と別系統の伝書で
確かにそう書かれているのが示されてはいるが、まだサンプルが少なすぎないか?
- 267 :人間七七四年:2009/06/17(水) 19:20:51 ID:VniuD6/i
- 平上さんは研究熱心だが強引な結論を出すところがあるね。
研究者というより作家かな。
同じ直心影流系の鹿島神流も流祖松本備前守だな。
杉本じゃねえんだな(ry
- 268 :人間七七四年:2009/06/18(木) 11:44:05 ID:/VWETK8Z
- 武道の伝書ってどこまで信じていいのかわかりづらいんだよな
一刀流みたいにあからさまな嘘載せてるのもあるし
ああいうのの検証ってどうやったらいいんだ?
- 269 :人間七七四年:2009/06/18(木) 13:47:40 ID:RjWBu86w
- やっと規制から解放された(;´Д`)
確かに検証しづらいね・・・
変な武勇伝とかならある程度武術やってれば直ぐ嘘だと分かるけど
系譜とかとなると難しいよね
少しでも習えばその師の系列と言えなくもないし・・・
それに真面目に術を極めようとする人程系列なんてそんなに気にしないから
結構そう言うのは無頓着だしね(一族でやってるのとかは別ね)
当時はもっとその傾向が強かったんじゃないかのう・・・ふう、長分失礼。
- 270 :人間七七四年:2009/06/18(木) 17:37:56 ID:0sPnG6iH
- といっても荒唐無稽な武勇伝の類も、近代だとルーデルやらヘイヘやら、
近代で詳細な記録が残っていなければ信じられないようなものが実際に居た訳だしなあ
- 271 :人間七七四年:2009/06/18(木) 18:09:38 ID:iw+5MCbz
- >>267
ゴメン、平上さんは松本と言っているけど、伝書を見るとちゃんと杉本と書いてある。
確かに松と杉は似ているんだが、神谷伝心斎の次の代に松岡某がいるので
同一人物の字で松と杉を見比べてしっかり杉だと確認できる。つまり神谷伝心斎の代には
すでに杉本と伝えられていた可能性大だね。
ちなみに『対談秘伝剣術極意刀術』って本。倭寇の刀術や明軍の倭刀操法に興味があったんだが
鹿島大神の剣術を復元する、とか本格的にどうでもいい部分も多い。
あと、顔の右側に刀を持ってくる構えは示現流では「逆蜻蛉」ではなく基本の蜻蛉だよね平上さん?
- 272 :人間七七四年:2009/06/18(木) 18:11:56 ID:iw+5MCbz
- >>268
出典を明らかにしない剣豪豆知識本の類は要注意だよね。どの伝書にどう書いてある、とあれば
別に厄介でもないし、少なくともこの流派にはこう伝えられていたという史料として扱える。
- 273 :人間七七四年:2009/06/18(木) 21:02:37 ID:dsNpQTDm
- まあ剣豪豆知識本の元ネタはだいたいわかるけどな。
- 274 :人間七七四年:2009/06/19(金) 14:11:19 ID:OFO0ZC4L
- >>268
その「一刀流のあからさまな嘘」はどういうことを言うんだい?
ちゃんと具体的に書いてみてくれないか?
勿論ソース付きでねw
あんまり無責任なことを言うもんじゃないよw
- 275 :人間七七四年:2009/06/19(金) 17:18:16 ID:MaPqCvBc
- http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1613.html
この辺かな?『一刀流極意』には一刀斎が60〜70歳年上の塚原卜伝や50〜60歳年上の上泉伊勢守に勝った話もあるそうな。
すさまじい老人虐待剣豪だな。
- 276 :人間七七四年:2009/06/19(金) 18:00:33 ID:aWKYBK/q
- 一刀斎ならやってもおかしくないとこがミソ
- 277 :人間七七四年:2009/06/19(金) 18:39:11 ID:MaPqCvBc
- 83歳で没する卜伝を倒すためには一刀斎は23歳になるまでに戦わなければならないな。
一刀斎は14歳のときに三島に流れ着いて富田一放を倒したという逸話を参考にすると、
一刀斎は74〜83歳の卜伝と立ち会ったわけか。
- 278 :人間七七四年:2009/06/19(金) 18:42:17 ID:1Ipx8j9H
- 一刀斎という屋号を称した、別世代の人物による話を混同したとか。
師匠とされる鐘撒自斎が一刀斎を自称した時期があることから、
弟子の伊東一刀斎の事跡とごっちゃになっている部分があるんじゃないかと疑っているのだが。
さらに、同一人物説まで飛び出す原因になっていると思われる。
- 279 :人間七七四年:2009/06/19(金) 18:45:49 ID:1Ipx8j9H
- あ、俺は、自斎が塚原卜伝や上泉信綱と勝負したと信じているわけじゃないよ
- 280 :人間七七四年:2009/06/19(金) 20:17:01 ID:k+u9U2Uq
- 一刀斎の逸話はどの程度信じていいの?詳しい人誰か教えて。
- 281 :人間七七四年:2009/06/19(金) 21:00:51 ID:aWKYBK/q
- 信じたいものを信じなさい
- 282 :人間七七四年:2009/06/19(金) 21:05:25 ID:MaPqCvBc
- 塚原卜伝が83歳で生涯を終えたのも一刀斎の仕業で、上泉伊勢守の最後がよくわからないのも
一刀斎の仕業だと信じるも可。
- 283 :人間七七四年:2009/06/19(金) 23:46:17 ID:7/CAzszr
- おれが無職なのも一刀斎の仕業
- 284 :人間七七四年:2009/06/19(金) 23:56:46 ID:A+JMilOw
- それはゴルゴムの仕業だな。
- 285 :人間七七四年:2009/06/20(土) 00:36:01 ID:fLsv9RdI
- >>280
資料と言っても武芸小伝と笹森さんの書いた一刀流極意という現代本ぐらいしかないし
伝書や古い流派由来書にもまともな記載が無い。
一刀斎と言う達人が居たのは確かだと思うが。
>>282
石舟斎の師匠が戸田一刀斎だからいがいと顔見知りだったかもな。
鹿島で修行したらしい。
- 286 :人間七七四年:2009/06/20(土) 03:26:00 ID:q+cgvRj7
- んだね・・一刀流は謎が多い、だが確かなものを持っていて
現代の剣道にまで影響を与えている流派でもある。
面白い。
- 287 :人間七七四年:2009/06/20(土) 07:59:08 ID:ZpJkn8tb
- 一刀斎ってジゲン坊とか東軍坊みたいに流派名に合わせて後世の人間がつけた呼び名じゃないのかな?
流祖自身は自称したんだろうか?
- 288 :人間七七四年:2009/06/20(土) 08:57:22 ID:fLsv9RdI
- 古藤田本では「一刀斎一代は外他流と号す」と有るから「外他流」だったらしい。
小野の相伝書では「自流」と書いてるが「一刀一流の験効を顕さんが也」の表記も
有るのでこの頃から使い始めたのかもな。
多少後付けっぽいけど、まあ一刀斎の剣を継いだんだからふつうに一刀流だわな。
- 289 :人間七七四年:2009/06/21(日) 00:09:55 ID:ggHhamCX
- ほかほか流ですね。
- 290 :人間七七四年:2009/06/21(日) 00:38:45 ID:lGgEWWPG
- カーチャーン!
J( 'ー`)し みてみてーほかほか流免許皆伝だよー!
. ( ) □ヽ('∀`)ノ
| | (_ _)
- 291 :人間七七四年:2009/06/21(日) 00:43:12 ID:w96HdgUi
- わけわからんw
- 292 :人間七七四年:2009/06/21(日) 12:10:56 ID:Y1rrLAbs
- トダセイゲンって何人もいるの?綿谷氏の本には戸田清玄なる人物が卜伝実父の門人になっているし、
確か上泉の門人としてトダセイゲンを書いているのも見たことがある。
- 293 :人間七七四年:2009/06/21(日) 12:30:12 ID:sWIuJsFb
- よく知ってるなあ。綿谷本にはこうある。
吉川左京覚賢−吉川朝孝
L戸田清源則意
つまりト伝の兄弟弟子という事になる。
新当流の外物(剣、短剣、捕縄術)は越前の戸田流を取り入れたらしい。
鹿島で修行した戸田一刀斎ってこれかな?
- 294 :人間七七四年:2009/06/21(日) 12:41:54 ID:Y1rrLAbs
- あ、それそれ。早いなw
>>285の石舟斎の師という戸田一刀斎について当方はまったく知らないんだが
上泉以前の石舟斎の流儀を神取新十郎の新当流とするのとは別に中条流とする説もあるから、
こっちを教えた人なんだろうか?
- 295 :人間七七四年:2009/06/21(日) 19:04:50 ID:sWIuJsFb
- 柳生では「一刀斎は山崎盛玄門人」とあるので富田越後(山崎姓)系統が濃厚。
他にも綿谷説でトダセイゲンは
・戸田越後守信正星眼(戸田弥六左衛門・山本八郎衛門)
戸田流柔術流祖。前田家家臣。
戸田次郎右衛門頼母[水橋流柔術]、富田牛生[富田流槍術]に学ぶ。
(綿谷説)戸田越後守−疋田文五郎−−−[気楽流]
・戸田越後守綱義清元(戸田新八郎一利)−−[戸田無敵流]−[兼相流]
戸田星眼の息子。 2代目戸田セイゲン。
長谷川宗喜[長谷川流]、疋田文五郎[疋田影流]に学ぶ。
・戸田清元吉方(初代戸田セイゲンの事か?)
武州八王子の人で北条氏政に仕える。
戸田清元−戸田越後守綱義[戸田無敵流]−[気楽流][兼相流]
L林田左門−高柳定政[高柳派]
L北条氏邦[戸田武甲流]
たくさん居やがるなあw 頭痛くなったきた・・・=+ω+)
- 296 :人間七七四年:2009/06/21(日) 19:25:36 ID:6h8Mmk00
- 乙。卜伝の兄弟弟子かと思えば疋田に影流を習ったり、色々な流派を開いたり
セイゲンの人気に嫉妬。
- 297 :人間七七四年:2009/06/21(日) 20:19:06 ID:sWIuJsFb
- うむ気楽流などの柔術的には疋田は戸田の弟子と言う事になるから
小太刀、捕手などではかなりの達人だったのは間違いないと思う。
よくわからんがト伝流柔術などもこの流れなんじゃろうか?
戸田一刀流などの中に神道流柔などの元ネタを持ってきたヤツが
いるのではないかと思うのだが。
まあ推測だけどね。
- 298 :人間七七四年:2009/06/21(日) 22:44:52 ID:XWc010ge
- なんかスゴイ本格的になってきた!!
- 299 :人間七七四年:2009/06/23(火) 22:08:28 ID:yZUoWtuc
-
'.;´ :´, ;´, '.;´,.´, '.;´.
'.;.', ' .;´,. '.;´ '.;´ .;´;´ ,".
'.;´,.,'. ゙'.;´, ´ .` .;´,".
, ; .'´ `. ゙ ; ,ハ,,ハ `'.;´,"
,.'.;´," :´.,´'( ゚ω゚ ) . ゙'.;´," .;´,"
,.'.;´," :', .ノ^ yヽ .," :´, '
'.;´," : ヽ,,ノ==l ノ. .,.,. ゙'.;´,'
.,,.,.,,,.,.,,,.,.,,,., / l |.,,,.,.,,.,.,,,.,.,,.,.,,,..
スゴイ本格的を身に付けたいたいのなら
我等がほかほか流道場に来られるがよい
- 300 :人間七七四年:2009/06/24(水) 18:10:11 ID:xaT+O+X5
- =゚ω゚)ノ 入会金と月謝は幾らっすか?
- 301 :人間七七四年:2009/06/24(水) 23:07:23 ID:agpPrx7x
-
'.;´ :´, ;´, '.;´,.´, '.;´.
'.;.', ' .;´,. '.;´ '.;´ .;´;´ ,".
'.;´,.,'. ゙'.;´, ´ .` .;´,".
, ; .'´ `. ゙ ; ,ハ,,ハ `'.;´,"
,.'.;´," :´.,´'( ゚ω゚ ) . ゙'.;´," .;´,"
,.'.;´," :', .ノ^ yヽ .," :´, '
'.;´," : ヽ,,ノ==l ノ. .,.,. ゙'.;´,'
.,,.,.,,,.,.,,,.,.,,,., / l |.,,,.,.,,.,.,,,.,.,,.,.,,,..
ふふっ・・無粋な金子など無用、貴殿がほかほかならそれでよい。
- 302 :人間七七四年:2009/06/25(木) 10:26:02 ID:DlwAFeIN
- ほかほか万歳
- 303 :人間七七四年:2009/06/25(木) 12:41:03 ID:oVzdPPbq
- ほっともっとじゃだめでござるか?
- 304 :人間七七四年:2009/06/25(木) 19:55:22 ID:1OY2ZucB
- >金子など無用、貴殿がほかほかならそれでよい。
=゚ω゚)ノ こっ・・・これが彼我一体の禅境なのかっ!!
山岡鉄太郎に通じる無住心。
すごい道場が有ったもんだ。
- 305 :人間七七四年:2009/06/25(木) 23:56:32 ID:ntVQUK4m
- スレ違いだけど山岡鉄舟もいいよね
一刀流の正統継承者なんでしょ?
- 306 :人間七七四年:2009/06/26(金) 12:13:28 ID:tZBH1pvV
- 一刀流は正統云々を言うには分派(中西派→北辰)がメジャーすぎるんだよな。
「北辰一刀流は知ってるけど、一刀流って何?」みたいな奴とか普通にいるし。
小野派一刀流も途中で津軽家に正統が移ったりして
かなり微妙なところがあるしな。
- 307 :人間七七四年:2009/06/27(土) 14:26:34 ID:kCZayMHS
- 千葉家家伝の北辰夢想流が気になるんだよな。北辰一刀流の技術に
果たして反映されているのかねえ?
- 308 :人間七七四年:2009/06/27(土) 16:05:38 ID:oJJcJLdJ
- うーんどうだろねぇ個人的には殆ど一刀流の様な気が・・・
一刀流って元々長刀あった?無いなら北辰夢想流って長刀術とか・・・
- 309 :人間七七四年:2009/06/27(土) 18:11:30 ID:qIcl9iXT
- 無住心剣流て、途絶してるの?
- 310 :人間七七四年:2009/06/27(土) 18:38:20 ID:j2qXETO8
- うん
- 311 :人間七七四年:2009/06/27(土) 18:58:13 ID:qGwMw+zi
- 畜生の業から昇華させたのに
孫弟子が畜生の剣極めて滅んでしまったと言う悲劇の流派
- 312 :人間七七四年:2009/06/27(土) 19:27:01 ID:kCZayMHS
- >>308
名前からすると林崎系にも思えるんだが、特に抜刀に力入れている様子もないしね。
薙刀という指摘は面白いな。
>>309
空鈍流で調べて。
- 313 :人間七七四年:2009/06/27(土) 19:28:24 ID:kCZayMHS
- あとは神道流系の弘流と混ざっているけど雲弘流もある。
- 314 :人間七七四年:2009/06/29(月) 00:08:44 ID:sDnkkYYc
- ウンコー流
- 315 :人間七七四年:2009/06/29(月) 12:55:52 ID:S6S/CWrO
- なんか藤沢周平作品によく出てるイメージのある流派だな。
弘流が東北の流派だからかな?
- 316 :人間七七四年:2009/06/30(火) 12:36:11 ID:S79TtT+R
- 中条流というか、冨田流って今も残ってたっけ?
明治までは残ってたらしいんけど、それ以降はよく知らないんだ。
- 317 :人間七七四年:2009/06/30(火) 12:57:10 ID:bYvDON7B
- 道統は断絶したが中条家の血筋は残っているという微妙な状況だったと思う。
だけど中条流の遺伝子が入っていない流派はないからな。念流、神道流はもちろんだし、中条流の「猿飛」という技名を考えれば
陰流も然りだと思う。
義経流というのも元々中条判官の判官流だったのがいつしか九郎判官と誤認されて生まれたものだろうし、さらにそこから世界観が
広がっていって京流伝説も生まれたんじゃないかな?憶測でスマンが。
- 318 :人間七七四年:2009/06/30(火) 14:26:49 ID:s2RB1cVo
- 一刀流なら、もろに富田流の子孫で、直系子孫と言ってもいいでしょ
- 319 :人間七七四年:2009/06/30(火) 16:04:35 ID:cp1VYdb9
- 當田流と武甲流と気楽流
- 320 :人間七七四年:2009/06/30(火) 16:12:06 ID:bYvDON7B
- >>318
一番肝心なところ忘れてたわ(汗
- 321 :人間七七四年:2009/06/30(火) 16:14:34 ID:bYvDON7B
- 書き込んだときの気持ちを今思い出したが、よく三大源流とは言われるが
中条流のエッセンスを取り入れていない流派はない、と言いたかったんだと思う。
- 322 :人間七七四年:2009/06/30(火) 18:36:00 ID:S79TtT+R
- あ、すまん。
一刀流が冨田流の系譜なのは知ってるけど、
そっちじゃなくて、名人越後こと冨田重政に連なる系譜ってことな。
>>319の書いてくれた
>當田流と武甲流と気楽流
でおk?
- 323 :人間七七四年:2009/06/30(火) 22:17:21 ID:cp1VYdb9
- 戸田的な名前が関係してるしね
技術的なことは知らんが
- 324 :人間七七四年:2009/07/01(水) 00:59:49 ID:HZzelyui
- 中条家流の兵法という意味では八田家伝となる。
気楽流は疋田系の戸田流を名乗ってなかったかな?
新陰流と一刀流ちゃんぽんの会津一刀流は誰か知らんか?
- 325 :人間七七四年:2009/07/01(水) 14:49:18 ID:Ce+8+kGj
- 会津一刀流?知らないのう・・・
会津に残ってる溝口派一刀流の事?
- 326 :人間七七四年:2009/07/02(木) 00:04:54 ID:uLvPz3Je
- 上泉主水の兵法だよ。
玉心流柔術とかの元になってるから
小太刀、小具足系の技だと思うのだが・・・
- 327 :人間七七四年:2009/07/03(金) 22:52:20 ID:Kex0aUO7
- 検索したら結構でるな
ちょっと前まで会津一刀流でググると
変なBL小説しかヒットしなかったんだが・・・。
日進月歩だね
- 328 :人間七七四年:2009/07/04(土) 00:17:05 ID:RG0RN4/1
- 鹿島新当流の「一の太刀」は一体どんな技だったんだろう?
奥義というくらいだから凄い技なのを想像しちゃうけど、
実際は基礎中の基礎をこなすだけの技だったりして。
- 329 :人間七七四年:2009/07/04(土) 01:31:56 ID:gZKTFsS4
- 一の太刀って言う位だから示現流みたいな初太刀に懸けるか
切り落としみたいな迎撃技かな・・・・今もまだ残ってるの?
- 330 :人間七七四年:2009/07/04(土) 03:05:30 ID:NuPRrG2O
- 残ってないから「幻の技」>>329
でも、基本にこそ奥義があるっていうのはよくあるからな。
- 331 :人間七七四年:2009/07/04(土) 15:16:57 ID:6YQcrvbj
- 失伝してんじゃなかったかな
最高のタイミング(天)、最高の勝負場(地)、最高の自分(人)
が揃った時に放てる必勝不敗の奥義だかなんだか言うのを本で見たことはあるけど
人事を尽くして必勝する状況を作れってことかね
- 332 :人間七七四年:2009/07/04(土) 15:58:38 ID:IpTYGPlb
- >>329
新当流は打たせて勝つ技が多いから、後者の可能性もありそうだね。
- 333 :人間七七四年:2009/07/04(土) 16:54:21 ID:RG0RN4/1
- >>331
ようするに常に体調管理をしていつでも実践に出られるようにしておけという
現代のスポーツマンにも当てはまるようなことだね。
やっぱり基本にこそ奥義があるんだな。
- 334 :人間七七四年:2009/07/04(土) 17:58:24 ID:IwCfeBZ5
- http://www.youtube.com/watch?v=6PvEegZ1XAE
この中に一つの太刀が隠されているかも知れんな。
- 335 :人間七七四年:2009/07/04(土) 20:12:30 ID:6YQcrvbj
- >>333
あとやっぱ生き死にかかるから、勝負をするなら絶対に勝てる要因を用意しとけとか、そういう感じじゃね
- 336 :人間七七四年:2009/07/04(土) 21:13:50 ID:YBWf9Wp4
- 策略使ってでも勝ちに行くのが卜伝だろ。
- 337 :人間七七四年:2009/07/05(日) 01:21:26 ID:cFHdhQO8
- 幕中に謀をめぐらすのはあらゆる兵法の基本だよ。
敵のそういう謀略、不意打ちをことごとくはねのけたのも
ト伝という戦国兵法家の凄まじさだな。
これには山本勘介も脱帽したことだろう。
- 338 :人間七七四年:2009/07/05(日) 07:23:41 ID:UyuTKoUR
- はねのけたは知らんが勝つために策略も使っているよ。
戦国時代なんだから別段卑怯なことでもない。
- 339 :人間七七四年:2009/07/05(日) 15:55:18 ID:oWW3iDRd
- そうだよねぇ今で言う所の軍隊戦闘術みたいな物なんだろうし
不意討ち闇討ち当たり前だよね
やはり江戸時代辺りかな「イザ尋常に勝負!」なんてのは。
- 340 :人間七七四年:2009/07/05(日) 19:02:46 ID:qQbtn+7x
- むしろ昭和かね
- 341 :人間七七四年:2009/07/05(日) 19:05:01 ID:g4MWs2+F
- 現在一般的にイメージする死ぬことと見つけたりの武士道が成立してからだろうね。
戦国の武士はもっと図太く汚い。よく言えばたくましい。
まあ、卜伝の故国鹿島も佐竹の汚い謀略で潰されましたわ。
- 342 :人間七七四年:2009/07/06(月) 00:02:21 ID:o0iOewoZ
- まあ、酒を振舞われ引き上げる途中に
屏風の陰から斬り付けられ、塚原城主が殺されたらただの暗殺だわな。
「勝負の遺恨だった」で軽く済ませば相手に貸しもできるし
周囲はさすがト伝と名も上がり、ますます手出しできなくなる。
- 343 :人間七七四年:2009/07/06(月) 16:59:53 ID:pCv02zML
- 実際、当時の武芸者が剣豪小説みたく
剣だけにこだわってたかというと、全然違うわけだしな。
基本的に「兵法」だし。
でも、剣豪小説準拠で実際の剣豪の話をする人って消えないんだよなあ・・・。
- 344 :人間七七四年:2009/07/06(月) 17:33:14 ID:teeAYqmp
- 武蔵のデビュー戦は確かパワーボムで殺したんだっけ?
- 345 :人間七七四年:2009/07/06(月) 17:34:49 ID:yNxsKort
- いえ、あれはツームストンパイルドライバーです。危険すぎて相手レスラーが嫌がったので
以降は封印しました。
- 346 :人間七七四年:2009/07/07(火) 02:14:03 ID:faA+iOgx
- 真新陰流の小笠原長治はいかがでしょうか?
- 347 :人間七七四年:2009/07/07(火) 03:19:54 ID:zswaCTV9
- そういえば玄信斎の「八寸の延金」も幻の技なんだよな。
中西派の白井亨が自得したって言うけど、そっちも残ってないのかね。
- 348 :人間七七四年:2009/07/07(火) 16:11:32 ID:S6epJ/IE
- 「八寸の延金」か・・・
中国武術からヒントを得たなんて説も聞いた事があるのう
- 349 :人間七七四年:2009/07/07(火) 16:15:11 ID:a0A49dQm
- 聞いたことがある、というけどそれが主流だろ。
- 350 :人間七七四年:2009/07/07(火) 17:52:41 ID:6gwTQrjo
- 石垣安造先生の書いた『直心影流極意伝開』には槍をしごくように柄尻の方を持った
左手を右手に寄せることで刀を長く使う方法のように書いてあるね。
ただ、これとは別に
http://www.kashima-shinryu.jp/historical_fact.html
>寛政年間に書かれた赤石郡司兵衛孚祐(アカイシ グンジベエ タカスケ)の著「斑龍軒覚書」に存在する。
>この伝承記述には「小笠原源信が八寸の延矩(ノビガネ)左右より打込むとき、上にて四寸、下にて四寸づつ八寸開く事、
>又敵より打込むかしらへ右の如く開いて摺り込む事、跡足より引事も右の如し、或は左右を一足づつ
>がくがくとはづしながら引く事(ワザ)もあり、 何れも上へ下たにて八寸の矩を用ゆ」とある。
というのもある。
- 351 :人間七七四年:2009/07/07(火) 18:40:20 ID:/sdwOewt
- んー・・・正直言って石垣先生の本は良く書けてるけど
ちょっと解釈が手前味噌で問題が有る気もする。
まあ頑なに鹿嶋神人杉本備前を主張されてる人だからな。
- 352 :人間七七四年:2009/07/07(火) 18:56:10 ID:FwZnTptV
- ハイビジョン時代劇シネマ 国士無双 1986年・日本
BShi 7月26日(日) 午後1:00〜午後2:46
伊丹万作の作品を中井貴一主演でリメイクしたナンセンス時代劇。浪人たちの悪巧みにより、
剣豪、伊勢伊勢守と名乗ることになった男。偽の伊勢守を連れて豪遊する浪人たちだったが、
すぐにけんかをして偽者を裏切ることに。そして偽の伊勢守の前に、本物の伊勢守が現れ、
戦いを挑まれることに・・・。
http://www.nhk.or.jp/bs/genre/movie_7later.html
- 353 :人間七七四年:2009/07/07(火) 20:18:14 ID:6gwTQrjo
- >>351
まあ、伝書の上では一貫して杉本だからね。そこに固執する理由には山田次朗吉への敵愾心が強く現れているとしても
一応理屈として間違ってはいない。ただ、耳でスギモトと伝えられてきたはずだから絶対に間違いないという説は疑問だがね。
山田が現在の一橋大学の剣道師範になって発言力を持ったことに比べると、野見系は野に埋もれてしまったから
色々と一方的な発言をされて忸怩たる物があったはず。その辺を考えると俺も手前味噌だとは思うんだが嫌いになれない本なんだよね。
- 354 :人間七七四年:2009/07/07(火) 23:09:48 ID:/sdwOewt
- どうだろうね、たとえば石垣説だと
「戦国乱世に上泉が伊勢の地まで愛州影流を学びに行くとは考えられない」とか
「年齢的に無理」とかの決め付けっぷりはちょっと強引な人だなって感じもするけどね。
まあその辺が彼の作家的な魅力になってるのも面白いけどね。
- 355 :人間七七四年:2009/07/07(火) 23:21:21 ID:H8iv3jCD
- まあ、どっちかっつーと愛洲さんが関東にくるんだけどねw
そういや愛洲移香斎だか、せがれの元香斎だかが鹿島にいたとき伊勢守が習ったなんて説を
出典を明記せずに出している本もあったが、ああいうのはやめてほしいなあ。
ただ、伊勢守の神道流習得に関しては鹿島神宮文書に上泉の本家大胡氏からの手紙がいくつか収録されていて
交流が確認できるから、そうした折の使者について行ってご当地で学んだのかもしれない。舟で行くと案外早いようだし。
- 356 :人間七七四年:2009/07/08(水) 13:54:41 ID:QPgfV5fH
- 松林蝙也斎には、これといった師匠がいたという記述を見かけないのだけど、
やはりほとんど我流だったんですかね?
あのアクロバティックな技には、他流との類似性が見られないとなると、
その点からも独自形成ぽいのですが。
- 357 :人間七七四年:2009/07/08(水) 15:57:56 ID:NQyl3z73
- 蝙也斎の「願立」って現存しているの?
- 358 :人間七七四年:2009/07/08(水) 18:06:56 ID:34zzd7QO
- >>355
その愛洲さんが関東にくる説も石垣さんは否定していたような?
年齢的におかしいとか書いてたな
まあ影流は全否定だったと思う。
>>356
夢想権之助では?
- 359 :人間七七四年:2009/07/08(水) 19:11:04 ID:QPgfV5fH
- え?
権之助に何かを習ったという話があるんすか?
初耳でした
- 360 :人間七七四年:2009/07/08(水) 19:44:48 ID:oU3VtNxn
- 鹿島の人という説もあるし、神道流系なのか?
- 361 :人間七七四年:2009/07/09(木) 02:49:07 ID:XJ/ZUr7/
- http://www.geocities.jp/mtbxcjp/kenheya.htm
>@新陰流
>愛州移香斎久忠が開いた「陰流」を学んだ上泉伊勢守信綱が塚原卜伝の新当流等の
>それまでの剣術のように力とスピードの剣、いわゆる必殺技を鍛えて倒す剣でなく、
>相手の動きに対応する「理」を伴った刀法として確立したもの。
通説じゃこんな感じに言われているけど、これとか見ると新当流って相手の動きに対応する剣術のように思えるんだが。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7036731
- 362 :人間七七四年:2009/07/09(木) 11:19:26 ID:/ls8cJsF
- 振りかぶりと受け流しを同時にやる動きを何度も繰り返すんだな。
1分8秒の動きなんて相手の斬撃を防ぐのと裏小手を斬る動きが一体だ。
- 363 :人間七七四年:2009/07/09(木) 20:00:27 ID:5izbEGQm
- >>312
空鈍流で調べたら、「蝉しぐれ」の主人公がその流派を習っているらしい。
この映画を録画したやつが積みっぱなしになってるけど、
見たいスイッチが入りました。
- 364 :人間七七四年:2009/07/09(木) 20:11:42 ID:z9XPbG63
- >>361
そりゃ通説じゃなくて主観だべ。
新陰流にも実戦技として新当流が多数入っている。
九箇、七太刀は新当流や念流。燕飛六箇は影流。
そして攻撃してくる打太刀は一の太刀や魔の太刀など新当流の必殺太刀だ。
- 365 :人間七七四年:2009/07/10(金) 12:36:44 ID:6XA7B7Mq
- 九箇の「必勝」という左太刀の技が塚原卜伝の得意太刀だという。でもこれが「一つの太刀」というわけでは
ないだろうな。
ただ、斬釘截鉄の打太刀が「一つの太刀」という説もどうなんだろう?
- 366 :人間七七四年:2009/07/11(土) 01:12:14 ID:OKl744QZ
- >>364
だべ?鹿島にも詳しそうだし貴殿茨城の者だな。
- 367 :人間七七四年:2009/07/11(土) 07:55:09 ID:GwmAmaPS
- 「だべ」なんてごじゃっぺだっぺよ。
「だっぺ」のほうがいがっぺよ。
- 368 :人間七七四年:2009/07/11(土) 18:11:36 ID:EdyFUP85
- =゚ω゚) んだべ。
>>765
=゚ω゚) 厳長師範の本では九箇の左太刀は結城シン斎の技と言う事になる。
新当流の二刀遣いは有馬の発明だし当時の新当流一門は自由に
個々さまざまな実戦技を工夫して付け加えていったんじゃろうのう。
- 369 :人間七七四年:2009/07/11(土) 19:08:02 ID:RhLxFgsp
- こりゃまたかなりのロングパスだな
- 370 :人間七七四年:2009/07/11(土) 19:12:22 ID:GwmAmaPS
- このデレスケ!
- 371 :人間七七四年:2009/07/11(土) 19:17:08 ID:GwmAmaPS
- それはともかく、結城進斎は三好家の家臣か。
http://d.hatena.ne.jp/shionoki/20080711
確か卜伝百首の序か何かには、卜伝は三好家に
身を寄せていたと書かれていたっけ。
- 372 :人間七七四年:2009/07/11(土) 19:21:34 ID:GwmAmaPS
- 流し読みしたら間違った。息子が三好の家臣か。まあ、松永の家臣ってことは一応ある時期までは
三好配下ってことで。
- 373 :人間七七四年:2009/07/11(土) 20:33:39 ID:RhLxFgsp
- 謎の技といえば
心の一方も
- 374 :人間七七四年:2009/07/11(土) 23:16:45 ID:CrhyLpe2
- 上のほうで一の太刀予想でてるけど、
そうすっと義輝公はその奥義を活かせなかったんだな……
個人の刀剣戦闘だと歴史上でも最高近い活躍だとは思うけど
- 375 :人間七七四年:2009/07/12(日) 00:10:36 ID:KMASGI1t
- =゚ω゚) へえキリシタン結城進斎は初耳じゃった。大和の人なのね。
するってーと戸部さん本の陰流書の必勝には
「りゅうぎのしんさいにはしゅじしゆりけんとつかう也」って書いてあるが
こりゃ結城の進斎の誤植かな?
ちくらっぽだなや。
- 376 :人間七七四年:2009/07/12(日) 11:37:47 ID:zsc2j1Dj
- >>358
>その愛洲さんが関東にくる説も石垣さんは否定していたような?
愛洲小七郎が常陸に来て佐竹の家臣になったのは史実なのにムチャだなw
>まあ影流は全否定だったと思う。
でも直心と同じ奥山・小笠原系の無住心剣流も自流が陰流系ではないと考えているようだよ。
その辺は史実や他流の伝承とはすり合わせていない独自の伝承ってことでいいと思う。
『夕雲流剣術書』
・鹿島の生れに上泉伊勢と云ふ者有て、兵法中興の名人なり。
・上泉は世間に勝れて所作も上手にて、道理も向上なるに依て、諸人信仰す。初は神刀流なれども、所得の事ありて
神陰と流の名を改めて
・さて神刀流より上泉伊勢といふ者も、抜け出て名誉をあらはし、流の名を改て神陰流とて世間に弘む。
- 377 :人間七七四年:2009/07/12(日) 14:56:43 ID:nBFlgFZ2
- >>374
1対軍勢じゃ一之太刀とかそういう次元じゃないじゃね?
暗殺者が数名程度とかなら切り抜けられたかもしれんが。
- 378 :人間七七四年:2009/07/12(日) 15:09:33 ID:0cMMkd1K
- まあ相手は弓槍だろうしな・・本当に刀のみで戦ったのか疑問ではある
- 379 :人間七七四年:2009/07/12(日) 15:11:37 ID:zsc2j1Dj
- 『信長公記』には義輝は自害とあるのも気になるな。
- 380 :人間七七四年:2009/07/13(月) 00:34:23 ID:cjgAd3Yy
- 死に様は自害・敵陣中央で切られまくる・戻った所を物陰から足切られてふすま刺しの三種類だな
戦いぶりは刀と、長刀から刀
- 381 :人間七七四年:2009/07/13(月) 00:35:45 ID:cjgAd3Yy
- 書き忘れた
>>377
いや、一の太刀の概要を
「必勝の機会を作る(用意する)」って風に見たときに、そういう場面に追い込まれること自体が、って意味
- 382 :人間七七四年:2009/07/13(月) 19:59:24 ID:rHZywRBq
- http://www.lib.ehime-u.ac.jp/saijo/thumbnail/No.03/036.html
松本備前守の謎は二重三重に深い。この松本兵部のことが書いてあった姓氏事典には
武田氏に仕えたとあって、もうよくわからん。それだと高天原の戦いで討ち死にできなさそう。
ちなみに松本兵部は源姓。この説だと政信(尚勝)の代に鹿島氏に仕えたことになっており
祝部説とは対立する。
http://74.125.153.132/search?q=cache:GpS2bMEG5GcJ:www.geocities.jp/sinmyouki/s109.html+%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%82%99%E5%89%8D%E3%80%80%E7%99%BD%E7%95%91&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox
武田と備前守は他にも因縁ありそうだが
http://74.125.153.132/search?q=cache:OlH-Bn1VLpMJ:www.geocities.jp/sinmyouki/s203.html+%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%82%99%E5%89%8D%E3%80%80%E7%99%BD%E7%95%91&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox
こっちだと深島の松本備前守とあって別人か?
ちなみに『古今類聚常陸国誌』には「一刀」という秘技が飯篠長意に編み出されて卜伝に伝わったことが記されていたんだが
他に一つの太刀長威斎起源説はあったかな?
- 383 :人間七七四年:2009/07/13(月) 21:29:01 ID:GNa/UPxx
- =゚ω゚) 武田と松本備前守(?)の記述なら甲陽軍鑑にこういうのが有るだっぺ。
品第47 志村金助〜事に信虎公の時代に
「鹿島の松平備前守」の外威腹の若侍に白畑助之丞という
剛の者が居たという話が有るが松本備前守の一族じゃろうか?
まあ、白畑は中間に斬られてあっさり死んだがね。
もっとも本当に鹿島に松平備前さんという人が居たのならこの限りではない。
- 384 :人間七七四年:2009/07/13(月) 21:43:48 ID:GNa/UPxx
- =゚ω゚) あ、ごめんごめんすでに神妙記に甲陽軍鑑出てたのね。
なぜかオイラの甲陽軍鑑と記述が逆だけど
どっちが正しいのじゃろう?
- 385 :人間七七四年:2009/07/13(月) 22:12:44 ID:rHZywRBq
- さっそく不審人物往来社の『改訂甲陽軍鑑』で確認させてもらったが、「右の白畑が若党、ふか島の松本備前守が外戚腹の孫也と聞」とあったでよ。
で、志村有弘『姓氏家系歴史伝説大事典』から「松本」の備前守に関する部分を
要約してみた。
清和源氏伊那氏族の松本氏が、永享のころ松本兵部承元実の代に上杉家の配下となり
上野の碓氷郡に移動。その元実の孫が備前守政信で、鹿島氏に仕え、四宿老の一人にまで出世。
上洛して将軍義尚に奥義「ひとつの太刀」を授け、尚勝の名を与えられた。
その後、信玄に招かれて先祖の旧地松本に戻り、信玄の姪婿となり越後攻めに参加。
政信五代の子孫である松本幸成は、三河の刈屋藩主土井氏に仕えて移り住み、松本流剣術と
甲州流軍学をもって家業とした。
↑正直、他の伝承と違いすぎてにわかには信じがたい部分も。というか信玄三歳くらいのときに鹿島高天原で死んだ備前守が
信玄の姪婿と結婚するのはかなり難しいと言わざるを得ないw
信玄の代ではないにせよ、一時的に武田家中に入り陣場稼ぎをして、最後は鹿島で迎えたのだろうか?『軍鑑』の信虎の代に孫がいるのは
時代的に矛盾していないし。そして、武田家中にいたときの子孫は鹿島へ来ず、やがて三河に移り住んだということなのだろうか?
年代以外にはよくあるパターンだけど、鹿島氏が神主とか、常陸の香取郡飯篠村とかの事実誤認があるのも気になった
- 386 :人間七七四年:2009/07/13(月) 22:39:56 ID:GNa/UPxx
- =゚ω゚) よくわからんがこうかな?
「右の白畑が若党ふ(わかとふ)、か島(鹿島)の松本備前守が外戚腹の孫也と聞」
白畑配下の若党の方が松本備前守の孫と言う事でいいのかな?
まあ飯篠盛繁の「新当流兵法書」にも
「若狭国住人飯篠長威、奥山自恩−秘術伝」
とか長威斎が若狭国の人になっちょったりする。・・・けっこう適当つーか。
- 387 :人間七七四年:2009/07/13(月) 22:53:17 ID:rHZywRBq
- 卜伝百首奥書に卜伝は讃岐の人とw
あと、土佐の卜伝ってのもいるな。
飯篠家も子孫が若狭守を名乗ったことからだろうし、卜伝も養父が塚原土佐守だから
四国の人と思われたのかな?
- 388 :人間七七四年:2009/07/13(月) 22:57:20 ID:GNa/UPxx
- >>363
=゚ω゚) NHK版の方がお勧め。
香取の両刀術と笹隠れが見れてお徳だ。
- 389 :人間七七四年:2009/07/15(水) 15:44:52 ID:XZd+P0k5
- 戦国当時、武芸者ってどのくらいいたのでしょうか?
剣豪だけじゃなくて、弱いのも含めてだと、それなりの数がいたのでしょうか?
強い武芸者なら指南をしたりして食べていけたのでしょうけど、弱い武芸者はどうやっていたのでしょうか?
- 390 :人間七七四年:2009/07/15(水) 15:50:23 ID:pgBrhe6i
- そんなん訊かれても困る。
この人までは武芸者で、この人からは武芸者じゃないという明確な線引きなんてできない。
特定の一人の人物に関しても、産まれついての武芸者なんていず、
ある時期からの生活ぶりから武芸者と呼ぶことになり、ある時期には武芸者を辞めていることもあり得る。
- 391 :人間七七四年:2009/07/15(水) 18:34:49 ID:x4j+TvyR
- >弱い武芸者はどうやっていたのでしょうか?
向いてない職業に見切りをつけたか、あるいは殺されたか片輪になったかのいずれかだろう。
- 392 :人間七七四年:2009/07/15(水) 22:48:25 ID:Vel+yfRb
- >>389
数はわからないけど、武芸者がどういう風に食っていたかはここで推察してるな。
http://yaruokansatu.blog44.fc2.com/blog-entry-675.html#more
-やる夫で学ぶ柳生一族 外伝その2「慶長年代の剣と武芸者」
ここによれば雑兵として参戦していたんじゃないかという話があるな。
で、戦場で腕を上げて生き残った奴が武芸者を名乗ったんじゃないの。
- 393 :人間七七四年:2009/07/16(木) 01:06:47 ID:Xx2WTWRs
- またそれか
- 394 :人間七七四年:2009/07/16(木) 10:36:12 ID:ssmbZeVo
- そもそも「武芸者」の定義が曖昧だからな。
単に武芸の達者というだけなら、義輝や家康だって範疇に入るだろうし。
それとも、浪人か低禄の奴限定なのか?
どっちにしても人数なんか掴みようがねーぞ。
職にしたところで、皆が武芸者だけで食ってるわけでもないからな。
ト伝や伊勢守、柳生、名人越後は所領持ちだし、吉岡は染物やってるしさ。
- 395 :人間七七四年:2009/07/16(木) 10:53:23 ID:x7Z/F35t
- >>392
ちょっと見たけど、戦場で剣が役に立たないとか書いちゃってますね。
鈴木説もそろそろ潮時だぞw
- 396 :人間七七四年:2009/07/16(木) 11:34:18 ID:ssmbZeVo
- >>395
俺も読んだけど、
「戦場で剣は役に立たないといわれているけど、
だったらなんでみんな剣を持っていたのか」って話だったぞ。
首切り用説も除けてたし、逆じゃねえか?
- 397 :人間七七四年:2009/07/16(木) 16:28:34 ID:6EziJYHA
- >>395
・サブウェポン
・屋内用
とかそういう推察出してるぞ。
本当にちょっと見ただけだな、お前。
- 398 :人間七七四年:2009/07/16(木) 17:13:06 ID:rqHg5eOD
- 卜伝が連れていたというプチ大名行列は陣借りするときの郎党ってことはないか?
39度も鹿島で合戦があったとは思えん。
- 399 :人間七七四年:2009/07/16(木) 18:16:36 ID:ssmbZeVo
- >>398
面白いな。
すると、ト伝は一種の傭兵団みたいなものだったってことになるのかな。
だからこそ戦での実績が上がって、新当流がより受け入れられるようになったとか。
- 400 :人間七七四年:2009/07/16(木) 23:22:29 ID:BlITh++Z
- 風太郎の『室町お伽草紙』では卜伝は配下の鹿島衆というのを連れていたっけ。
- 401 :人間七七四年:2009/07/17(金) 12:48:18 ID:s02t0l/O
- 長巻が好きなんですが、有名な長巻名人っていませんか?
- 402 :人間七七四年:2009/07/17(金) 18:24:12 ID:JvtzRhe9
- >>399
まあプチ大名行列陣借り説は別として、陣場稼ぎという発想自体は綿谷雪氏もしてるんだけどね。
卜伝百首奥書の「室町家に候して、三好家に親しむこと深し」から、三好長慶の乱に出た可能性は
考えてもいいかもしれない、と。
で、そのプチ大名行列に加えて「唯授一人」が公方様や伊勢国司、細川幽斎はじめいっぱいいる件でも
卜伝は商売上手と言われるけど、『剣道五百年史』には方波見正秀という著者富永氏曰く
「どういう経歴をもった人か分からぬ」という剣術者が野堂喜六というこれまた「どういう経歴をもった人か分からぬ」
弟子に唯授一人の伝書を出した例が引かれているのよ(諏訪流の方波見備前守とは別人)。伝系としては
長威斎の弟子で、伝書に記された年は永禄十二年。
こういう例を見てしまうと、唯授一人というのは元々は単に神道流(新当流)における免許皆伝の意味に
過ぎず、商売上手は言い過ぎではないか、という気もしてくる。
それと、伝書で一つの太刀を記している例がないかと探したんだが、『日本武道全集2』の
松岡氏旧蔵『新当流太刀切紙(+その他)』に『一太刀の事』があったので紹介するわ。
「たとい弓箭にて懸かるとも利を失わしむるの秘術なり」
「諸軍神通、我力通風、悪敵消滅、皆令得利、深秘これに在り、千金を積むとも是を許すべからず。
仍唯授一人と云々」
うーん、なんかやっぱりこの人たち商売上手かなw
- 403 :人間七七四年:2009/07/17(金) 21:24:06 ID:liKgTETe
- 今週のバガボンドの一刀斎と石舟斎の会見は本当にあったんだろうか?
一刀斎と石舟斎の格に関わる話だけに真剣な答えをくれ。
- 404 :人間七七四年:2009/07/17(金) 21:35:52 ID:kLpKxqSJ
- 漫画の話は漫画板で
- 405 :人間七七四年:2009/07/17(金) 22:23:05 ID:HFRubVoM
- 板違い。
現実と漫画を一緒にするな、としか。
- 406 :人間七七四年:2009/07/18(土) 00:39:57 ID:wJ5uij6E
- =゚ω゚) 諏訪流か。さすが渋いね。
甲陽軍鑑だと兵法家には「兵法使い」「兵法者」「兵法仁」と3つ有る。
「兵法使い」は単に武芸師範のようなもの
「兵法者」は前原筑前のような紙縒りを撓いで切り落とし兜を砕く特異な達人。
「兵法仁」は勘助、波合備前のようにいかなる戦場でも手柄をたて
いかなる強敵も退ける剛強な者を言うそうな。
ト伝のようにプチ大名行列諸将から軽輩にまで畏敬される存在の芸者は
「名人」と言うらしい。
プチ大名行列も甲陽軍鑑的には「伊達者」の部類に入るだろね。
武道に通じ常在戦場の戦いの中でも馬具、武具を新しくし
華のある武将を伊達者というそうな。
逆にゴージャスに華やいでるだけで口先だけの役立たずを「えち者」と言う。
(甲陽軍鑑品40)
- 407 :人間七七四年:2009/07/21(火) 23:21:49 ID:B2Ik1cdn
- 江戸初期の頃の将軍家武芸指南役には、
柳生と小野以外の指南役っていたのでしょうか?
- 408 :人間七七四年:2009/07/22(水) 12:31:17 ID:aVTZv9qN
- 世襲なら小笠原流弓馬とか指南役じゃないかな?
直参かどうかはわからないけど吉宗とか慶喜の稽古量はすごそうだ。
- 409 :人間七七四年:2009/07/22(水) 13:51:12 ID:GH4Wq08N
- あと砲術に稲富流じゃなかったか?
槍術指南は誰だっけ?
- 410 :人間七七四年:2009/07/22(水) 14:18:46 ID:aVTZv9qN
- 稲富は将軍直参じゃなく家康の指南じゃなかったかな?
奥山、有馬と同じ扱い。
- 411 :人間七七四年:2009/07/22(水) 15:45:14 ID:VIKoEyIb
- 将軍家剣術指南という役目はどの時代までまともに機能していたのかな?
綱吉あたりはもう剣術なんてほとんどやってなさそうなイメージだが。
- 412 :人間七七四年:2009/07/22(水) 20:06:11 ID:h6zDaAUP
- そもそも指南役が世襲ってさぁ
絶対上手くいかんだろ
- 413 :人間七七四年:2009/07/22(水) 20:52:16 ID:O4cYT890
- そうか?
指南や家中での作法やら何やらはその方が手っ取り早そうだぞ
- 414 :人間七七四年:2009/07/23(木) 02:14:24 ID:oQOvFyud
- 家元なんて飾りでもいいので組織的に門人たち伝承者を
キープすることを考えれば手っ取り早いと思われ。
まあ舞踊や工芸もほとんど世襲のお家芸だしね。
そっちの方がうまくいくと思う。
- 415 :人間七七四年:2009/07/23(木) 13:56:43 ID:gohpqlrQ
- まあ確かにそうかもねー・・・・・
個人的には心形刀流の様な継ぎ方が良いとは思うけど
- 416 :人間七七四年:2009/07/23(木) 18:10:38 ID:oQOvFyud
- 影流平沢家や千葉家のように病気などで
伝承しきれない場合も当然出てくるから
失伝しそうになった流派はいろいろ工夫した。
たとえば竹内藤一郎家と藤十郎家のようにダブル家元とか。
尾張柳生だと柳生と徳川が交互に宗家となり免許出してたらしいが
その他に長岡家など一門の達人が補佐家として任命されていた。
- 417 :人間七七四年:2009/07/23(木) 18:39:04 ID:hn331Twp
- 平沢家なんて家は現在まで存続しているのに、古文書発見するまで陰流愛洲家だと
自分のところでも知らなかったのがすごい。
- 418 :人間七七四年:2009/07/23(木) 19:22:23 ID:oQOvFyud
- 伝書は引き揚げのさい紛失しちゃったらしいけど。
- 419 :人間七七四年:2009/07/23(木) 19:48:49 ID:hn331Twp
- 平沢家の伝書なら大森宣昌『武術伝書の研究』に載ってるのを見たよ。
移香斎の手によるものらしい『陰流のひそか』も全文あった。
- 420 :人間七七四年:2009/07/23(木) 20:41:50 ID:oQOvFyud
- 「陰流私」以外は残ってないのかな?
- 421 :人間七七四年:2009/07/23(木) 23:33:02 ID:+rowdJaY
- ゴメン、『陰流之私』は元香斎。移香のは『摩利支天之ししゃの事』。
『武術伝書の研究』は伝書の内容から従来とは逆に上泉の方が元香斎に影響を与えた可能性があると
考察しているのが面白い。
元香斎は修験者に秘術を授けられて陰流を猿飛陰流としたようだが
その秘術を授けたのが上泉?とか妄想したくなるな。
- 422 :人間七七四年:2009/07/23(木) 23:34:08 ID:+rowdJaY
- なんかID変わったな。>>419です。
- 423 :人間七七四年:2009/07/23(木) 23:47:07 ID:CAc+qG0Y
- 他人に教えるのだから、単純に強ければ良いって訳じゃないよな。
体が大きかったり、運動神経が抜群に良くても他人には伝えられないしね。
それなら、体系化された技術を小さい頃から叩き込まれている人間の方が向いてる。
- 424 :人間七七四年:2009/07/23(木) 23:48:32 ID:p2NU71x5
- 支那の苗刀術って刀術があるのだけど
それって陰流を元に造られたなんて聞くけど
どの程度信憑性あるの?
- 425 :人間七七四年:2009/07/24(金) 00:09:05 ID:nO116InJ
- >>424
http://ja.wikipedia.org/wiki/愛洲久忠
独自研究タグついてるけど、まだ残ってるんだな。
さすがに移香斎が渡明して御林軍云々は電波だけど倭寇からの分捕り品である陰流伝書が
与えた影響はあるでしょ。
陰流伝書と倭刀術については『秘伝剣術極意刀術 日本剣術と中国刀剣術』に考察があったはず。
まあ、この本も少し電波がきつくて途中から飛ばし読みしちゃったけど。
- 426 :人間七七四年:2009/07/24(金) 00:30:47 ID:OCG+2ZC9
- >>425
そうなんですかどうもありがとうございます。
自分苗刀をやってるのですが
自分のやっている物のルーツ位知りたくなりまして・・・
陰流の影響を少なからず受けてるのは間違いない様ですね。
- 427 :人間七七四年:2009/07/24(金) 07:52:14 ID:U6mGpbbc
- http://blog.donews.com/Omer/archive/2006/01/02/680310.aspx
>以上見る限り、“新影流目録”と中国に伝わる“単刀法選”、この両者に極めて強い類似性があることは否定できない。
>しかしながら直ちにこれが親戚関係であることを結論することはできない。
>当時の日本側の資料ははなはだ乏しいが、いづれにせよ以上のような技術は特に陰流特有というよりは、
>日本刀法には比較的普遍的に見られるものだからである。
陰流伝書を通して日本剣術のエッセンスが伝わったということかも。
- 428 :人間七七四年:2009/07/24(金) 08:01:30 ID:U6mGpbbc
- http://kageryu.easy-magic.com/user/
>戦場長太刀術の世界 唐傳影流長太刀術
>余りにも超絶的なる幻の戦場長太刀術の世界。それは大陸沿岸を荒し回り、中国武術軍団を蹴散らしてしまった恐怖の海賊、倭寇軍兵士たちが用いた最強剣術の遺法である。
>日本傳剣術の正に源脈であり、江戸期剣術とはその迫力も威力も全く桁外れと言える驚くべき必殺技術傳なのである。
それにしても陰流はいいように利用されまくってるなw
- 429 :人間七七四年:2009/07/24(金) 11:20:18 ID:Z4uJdV2A
- >陰流伝書を通して日本剣術のエッセンスが伝わったということかも。
成程そう考える方が自然な気がします。
それにしても428は怪しげですね
北斗神拳みたいなものもありなすし(苦笑)。
- 430 :人間七七四年:2009/07/24(金) 19:39:41 ID:BDLyq6qf
- もしやと思ったが平上さんのところか
そんなことになっているとは
- 431 :人間七七四年:2009/07/24(金) 20:09:31 ID:U6mGpbbc
- 本と連動した企画なのかねえ。
こっちはもう飽きちゃったのかな。
http://www.geocities.jp/ksskk546/page148.html
- 432 :人間七七四年:2009/07/25(土) 17:57:18 ID:XRA8UhDF
- 相変わらず手広く商売してるね平上さん。
>>431
一応、英信流伝書の活殺図を使ってるからリンクしてるんだろう。
まあ、伝書だけでは活殺術は再現できないから中武の当身を取り入れた
という感じかな?
- 433 :人間七七四年:2009/07/25(土) 19:22:28 ID:N8r2N5jD
- ごたごたしてきたからもういっそまとめちゃえばいいのにね
- 434 :人間七七四年:2009/07/25(土) 19:38:07 ID:1a7vnQxu
- >●最新のお知らせ@
>平成十八年4月9日(日)14時〜17時に埼玉祖
>父江道場で「秘傳大東流合氣柔術[秘傳極め
>業]」の講習会を予定してみました。
最新で三年前ってことは天然理心流は本が思ったより売れず、人も集まらずで幽霊状態なのかな。
二刀流もやっぱり大河ドラマ需要を見込んでかね?その他同系サイトとやらも同じ人が作ったと一目でわかる
ドギツい感じでどれも見てて疲れるわ。
- 435 :人間七七四年:2009/07/25(土) 20:20:03 ID:1a7vnQxu
- ただ、『単刀法選』の復元は中々いい目の付け所だと思う。
他所から文句は来ないし、ライバルもいないし。
>江戸期剣術とはその迫力も威力も全く桁外れと言える驚くべき必殺技術傳なのである。
これは二刀流や天然理心流がうまくいかなかった当てつけかなw
- 436 :人間七七四年:2009/07/25(土) 23:44:33 ID:W6wGp1fI
- 復元も何も、単刀法選=中国苗刀術じゃないの?
- 437 :人間七七四年:2009/07/26(日) 00:05:50 ID:3gd5PGZ3
- いや、平上さんの著書によると日本刀の操法なのは初期だけで、段々中国的な動きになっていったそうだよ。
- 438 :人間七七四年:2009/07/26(日) 00:50:04 ID:Z4T3iYop
- 何だかややこしいのね、野太刀術をやりたいと言う事かのう・・・
今残ってるのって野太刀自顕流くらいかねえ。
- 439 :人間七七四年:2009/07/26(日) 02:48:35 ID:IYUPDAzR
- 心眼流の大太刀術みてもそんな面白いもんじゃないし
陰流の図見ても
最近流行の感じではないよねぇ
- 440 :人間七七四年:2009/07/26(日) 10:19:37 ID:VphGSyzD
- 心眼流って江戸時代の流派だよな。
大太刀とかマジに有るの?
それともs津さんあたりの創作?
- 441 :人間七七四年:2009/07/26(日) 13:10:21 ID:Z4T3iYop
- 甲冑兵法だから大太刀が伝わっていても不思議では無いけど
時代的にどうなんだろうね。戦国時代には廃れて来たんでしょ大太刀。
- 442 :人間七七四年:2009/07/26(日) 14:15:52 ID:YihOmEAf
- 大太刀使うくらいなら扱いやすい長巻の方がいいでしょう。
大太刀も完全に廃れた訳ではなさそうだけど。
- 443 :人間七七四年:2009/07/27(月) 00:44:07 ID:z+KLRqJD
- 姉川とか大坂陣でも大太刀使ってるヤツが居るから
実戦で全く使えなかったわけではない。
使用人口がやや減少したと言う事だろうな。
居合では田宮、長野、片山など戦国、江戸時代でもふつうに
3尺超えて居たしね。
- 444 :人間七七四年:2009/07/28(火) 12:03:26 ID:Gpv/f5rw
- >江戸後期に到りて幕臣平山子龍が戦場剣法を再興せんと図ったが、これも幕府の陰謀によって阻止された。
陰謀って何があったんですか?
- 445 :人間七七四年:2009/07/28(火) 12:19:06 ID:hdj6Beco
- >>444
いや、その引用元が何なのか知らんが、
平山に私設道場の閉鎖命令が下された理由は、幕府にうるさく進言したからだとされる。
北東アジアにロシアが進出し、いずれは日本の隣りにまでやってくると憂いた平山は、
蝦夷地に囚人を移送して屯田兵とし、対露防備にあたらせろと、かなり無茶な要求をし続けた。
予算的にも苦しい幕府は要求を受け入れられず、
却下しても尚噛み付いてくる平山を懲らしめるため、彼の道場を閉鎖させた。
別に、彼の剣法が実戦的だったことが理由ではない。
- 446 :人間七七四年:2009/07/28(火) 12:54:23 ID:Gpv/f5rw
- ありがとうございます。ここからです↓
http://kageryu.easy-magic.com/user/
- 447 :人間七七四年:2009/07/28(火) 13:24:09 ID:fBQ/QKJm
- うぁ・・・そこかよw
- 448 :人間七七四年:2009/07/28(火) 13:34:38 ID:MsEcjuim
- 平山子龍の場合は相馬事件とのからみも有るかもしれんが
まあ当時海外事情を研究する事自体が危険思想とみなされたからな。
平山の武芸自体は運チュウ流として存続したから柳生あたりが
手を回してくれたのかもしれん。
- 449 :人間七七四年:2009/07/28(火) 14:10:10 ID:00j+i87W
- 運チュウ流?俺は初耳だな
真貫流か講武実用流なら知っているけど・・
- 450 :人間七七四年:2009/07/29(水) 02:59:53 ID:ZG9DIStv
- =゚ω゚) 正式には運籌流だな。
江戸柳生の高弟や預かりの剣士が名乗っている。
師匠の山田が運籌流3代目。
平山子竜は運籌流4代目で運籌真人と名乗ってた。
- 451 :人間七七四年:2009/07/29(水) 14:44:59 ID:G5wt/dKg
- へー知らなかった、勉強になったよありがとう。
少し調べてみたけど柳生流と運籌流って
中条流と冨田流みたいな関係だったのかな。
- 452 :人間七七四年:2009/07/29(水) 19:38:14 ID:48/DAnSg
- 絶妙剣、独妙剣、金翔鳥……まるで一刀流みたいだけど、文禄二年の香取神道流の目録にある技名。
今とは全然違う流派だったんだろうか?
- 453 :人間七七四年:2009/07/29(水) 23:54:55 ID:ZG9DIStv
- =゚ω゚) 名前が同じで中身が変わっちゃってるのはよくあるよ。
剣術流派だったはずが、なぜか柔術になってたり。
二刀神道流だったと言われる山口流も一刀流系になってるし。
がんばって調査して何かわかったらぜひ教えてくさい。
>>451
=゚ω゚) もとは柳生流の隠し名だったとか言われるね。
木村や松右衛門も初めは柳生流を憚って名乗ってなかったみたいだし。
真貫流との関連は不明だが、新陰つながりだけとも思えない気もするが。
語源は史記の運籌帷幄之中、決勝千里之外かな?
- 454 :人間七七四年:2009/07/30(木) 12:30:03 ID:3vg3jXke
- ここの住人は詳しい人が多そうだから知ってたらご教授おながいします。
撃剣草談の源徳修を源徳修斎と書いてる文献ってあるんですかね?
あ、直心影やら剣術のwikipediaで変な主張してる人関連で聞いてるのですが。
ただ聞くのもなんですから、知ってること一つ。
一年以上前に平上さんに天然理心流の会見学させてーと頼んだら、
「だいぶ前から会員を募集してません」
って断られましたw
せっかく本出したのにそれはないだろw
- 455 :人間七七四年:2009/07/30(木) 13:25:18 ID:QlbW/Jbr
- 「橋本菊月斎」といい、何でも「斎」をつけたい人たちなのかなw
http://ja.wikipedia.org/wiki/直心影流剣術
>他の新陰流系の伝書では「杉本備前守」や「松本備前守」等の名は記録されていない。
天然理心流の件はワラタw
で、その平上さんの『秘伝剣術極意刀術』に直心以外で松本(杉本)備前守を初代とする伝書が載っています。
ナントカ塾の人たちは撃剣叢談を盾にあれこれ言っているみたいだけど、出典がハッキリしているから
ここは書き直しても大丈夫じゃないかな?
- 456 :人間七七四年:2009/07/30(木) 14:06:17 ID:QlbW/Jbr
- 「”」をつけて"源徳修斎"で完全一致検索をすると、見事に彼らが書いた文章しか出ないわw
- 457 :人間七七四年:2009/07/30(木) 14:54:37 ID:EggQuZEe
- >>453
>運籌帷幄之中、決勝千里之外
ほほう張良ですか、カッコいい流派名だね。
- 458 :人間七七四年:2009/07/30(木) 18:22:04 ID:W+xpk9uZ
- =゚ω゚) 江戸柳生の新陰流目録の最後に
「運策於帷幄中」「決勝於千里外」と有る。
兵法家伝書では「策を帷幄の中に運して」になってる。
この場合運籌は単純に策謀と見るより兵法と心理の根源と見るべきだろうね・・・たぶん。
真実を内に隠し外に謀事を成すも、ついに真実の道に引入る時は、
偽り(方便)皆真実に成る也。 (兵法家伝書 表裏の事)
=゚ω゚) 深いねぃ。
- 459 :454:2009/08/04(火) 12:20:05 ID:fFh1Df18
- >>456
撃剣草談の作者が源徳修と違う説があるから修正したら、源徳修斎にもどされたw
議論中です、だそうで。
撃剣草談については議論してないよ…
- 460 :人間七七四年:2009/08/04(火) 12:38:22 ID:c4rxEe7+
- https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/4088/1/jinbunkagakukiyo_45_121.pdf
>『武術叢書』『剣道集義』 ともに,源 徳修(確 斎)を 天保頃の岡山藩士で剣術師範役 としている
源徳修の斎号は「確斎」であって「徳修斎」ではないようですw
議論の余地ないよ。
- 461 :人間七七四年:2009/08/05(水) 07:25:12 ID:6YMSgf91
- 自分もその論文読みましたw
あのム手塾とか影流の会ってのはなんなんですかねー。
素人勘違い史学趣味のおっさんがつくった会ですかね?
剣術教えてくれるなら近いし見てこようかとおもったのに別に剣術はやってないみたいだしw
>>運チュウ流
直心影流の山田一風斎が直心正統流に入門する前に三代目を継いでるみたいですね。
- 462 :人間七七四年:2009/08/05(水) 12:24:52 ID:jy7OvzA4
- http://island.geocities.jp/kageryuuaisuikousai/rink_renrakusaki.htm
>事務局 〒300-4424 茨城県桜川市真壁町源法寺
無手塾って真壁なんだw
だったら真壁暗夜軒顕彰会の方がいいのに。
桜川市に彼らの典拠とする橋本菊月斎先生の著書があるのかな、と思って調べようとしたけど、
桜川市図書館はネット検索できないんだね。茨城県の横断検索でも東京都横断検索でも見つからないし、
一方的に飯篠長威斎は架空の人物であったと明らかにしたとか言われても困るんだよ。
- 463 :人間七七四年:2009/08/05(水) 12:34:27 ID:jy7OvzA4
- >別に剣術はやってないみたいだしw
彼らのサイトを見ても剣術に対する強い想いは感じられないし、一体何がやりたいんでしょうね?
- 464 :人間七七四年:2009/08/05(水) 12:41:05 ID:jy7OvzA4
- http://kageryuu.web.fc2.com/sub1.html
思いが感じられないと思ったのはコレ。韓国起源説に反論せず、なぜか彼らの矛先が向くのは
全日本剣道連盟のほうw
しかも鈴木眞哉の説を大した疑いも考察もせずに素直に受け入れているし。
剣術に思いも愛着もなく、何か自分たちの目的(売名?)を遂げるために利用しているようにしか見えない。
- 465 :人間七七四年:2009/08/05(水) 13:09:37 ID:uE09QMrU
- 荒らすな。
おバカを糾弾したいならそう言うスレへ池・・・・。
- 466 :人間七七四年:2009/08/05(水) 13:46:48 ID:cWc/sFVg
- どういうスレがあるんだろう…
- 467 :人間七七四年:2009/08/05(水) 13:54:38 ID:vW86qpEj
- 上泉と卜伝、二人の剣聖の師・松本備前こそ最強
- 468 :人間七七四年:2009/08/05(水) 13:55:10 ID:uE09QMrU
- 知らん、探せ。
少なくとも此処では無い。
- 469 :人間七七四年:2009/08/05(水) 15:16:35 ID:8dig+ck9
- >>462
真壁暗夜軒顕彰会いいねwww
棒に鉄の鋲はめて振り回すおっさん達イカス
- 470 :人間七七四年:2009/08/05(水) 17:00:51 ID:cWc/sFVg
- 〉〉468
なんだそりゃ?
まあ、お節介かもしれんが気に入らないカキコならばまず一言注意してやれよ
それなしに一方的な荒らし認定するほうが余程スレの空気が悪くなる
- 471 :人間七七四年:2009/08/05(水) 18:09:32 ID:uE09QMrU
- スレ違いの挙句逆切れか・・・実際こうやって荒れてる
まあ好きにしろお前等が飽きるまで消えるだけだ・・・
- 472 :人間七七四年:2009/08/05(水) 18:37:35 ID:19nLovC+
- 一人で荒らし呼ばわりしたあと一人で荒れてるとか被害妄想垂れて
勝利宣言して逃げるとか夏厨すぎるだろ・・・
剣禅一如
- 473 :人間七七四年:2009/08/05(水) 19:14:01 ID:jy7OvzA4
- 帰ってきたらなんかひどいことに。
俺のせいで荒れたみたいでごめんなさい。
- 474 :人間七七四年:2009/08/05(水) 19:42:28 ID:z0U2dpX+
- =゚ω゚) 荒れてこそ2ちゃんじゃよ。気にするこたーない。
>>461
=゚ω゚) 手元資料だと
運籌流3代目は平山の師匠の山田茂平(心抜流)だね。
ただ綿谷さんの本によると山田一風斎説も有るらしい。
まあ時代が合わないけど。
- 475 :人間七七四年:2009/08/06(木) 01:29:22 ID:PPa1efNY
- おお荒れてるのう
どっちも分らんではないが携帯使ってまでとゆうのはどうだろう
> =゚ω゚) 荒れてこそ2ちゃんじゃよ
それも一理有るし一興、基本的には同感。
ならば元々数人しか書き込んでないだろうしsageやめて
荒れるなら荒れても良いと言う事でageて行くのはどうだろう?
- 476 :人間七七四年:2009/08/07(金) 20:48:10 ID:Hy7yWMfD
- 但馬守「ヲラッ! 一本も打ち込めんのか、たわけ!」
又十郎「いやだって父上…、もっと長い木刀を持てば、おいらだってもうちょっとイケルはずだよ」
但馬守「(ピクッ) ほう、なら思うとおりにやってみよ」
又十郎、一回り長い木刀で再戦する…
…が、やはり歯が立たない
又十郎「あれっ、おかしいな…」
但馬守「バッカモーン! 柳生の男ともあろう者が、得物の長短で勝ちを得られると思っていたのか!
その性根を叩き直してやる!」
又十郎「ひえぇぇぇ」
柳生宗冬、剣豪になり損ねた微妙な剣士の若き日であった
- 477 :人間七七四年:2009/08/08(土) 00:39:37 ID:cPuJKBGR
- 5、6年前柳生の庄へ行ったのだよ
俺は面白かったけど何も無いが有る所だった
石舟斎が天狗と闘い切ったとされる一刀石って少し萎えた・・・
まあ柳生街道を歩いたら昔の人は足腰強過ぎとも思ったけど。
- 478 :人間七七四年:2009/08/08(土) 11:20:33 ID:xdJER5dV
- =゚ω゚) 十べえが言うには、石舟斎の身勢は冬の山路で作られたと言うねぃ。
- 479 :人間七七四年:2009/08/08(土) 13:04:15 ID:WC8k7uJx
- 田舎もん最強
- 480 :人間七七四年:2009/08/10(月) 14:08:55 ID:d9X5Ft9o
- 吉岡が普通に強い段階に留まり、最強には至らなかったのは
都会育ちだからか?
- 481 :人間七七四年:2009/08/10(月) 14:35:27 ID:1cHB7XLd
- 積極的に対外試合とかに出なかったからじゃまいか?
- 482 :人間七七四年:2009/08/10(月) 22:42:19 ID:k+8QOrNe
- 金持ち喧嘩せず
- 483 :人間七七四年:2009/08/11(火) 00:36:27 ID:a2b6hWBU
- 特に名声を上げる為に外と試合するほど困ってたわけでもなかろうしな
- 484 :人間七七四年:2009/08/11(火) 01:11:06 ID:pCXvul/L
- つか御所の乱闘で名声を下げたつーかw
数人を切り伏せ薙刀で仕留められたくらいだから
強かったみたいだけどね。
無二とは試合したみたいだが引き分けだったか?
- 485 :人間七七四年:2009/08/11(火) 19:08:04 ID:z2Dnwcfn
- 三本の内の二本取ってムニムニが勝ったとは聞いた事はあるけど
刀対十手でしょ?事実なら凄い腕だねぇ。
- 486 :人間七七四年:2009/08/12(水) 21:16:50 ID:65+yNo2l
- >454
がんばれよ。
无手塾(無○塾)がウィキペディア荒らしているの、
本当は橋本○○斎が一人でやってんじゃね。
どう見ても複数のアカウントを使い分けているだろ。
管理人に訴えて出入禁止にする方法ないのかな。
> 464
http://kageryuu.web.fc2.com/sub1.html
見た。日本人の恥だな。
平気で他流派のことをけなすし、嘘はつくし。
- 487 :人間七七四年:2009/08/13(木) 01:38:22 ID:tipoYTGg
- 今更ながら「刀と首取り」を読んだけど、
どうもこう「チャンバラ幻想」を壊すぞ、という気持ちが暴走してる感じだな。
ここまで調べたなら、もっとバランスの取れた論にする事だってできただろうに。
- 488 :人間七七四年:2009/08/13(木) 21:11:57 ID:ZNN9RB+6
- 鈴木はどうみても先に結論ありきで
資料を自説に都合のいいように使ってる
- 489 :人間七七四年:2009/08/13(木) 21:35:28 ID:KrgtBy8e
- 良い事書いてあったりもするんだけどね。
通説を打ち砕くのが自分の持ち味だから、と気負い過ぎるのか
ただ単純にむきになる性格なのかは分からんが、
どうにも読み手に不快感を与えるな。
- 490 :人間七七四年:2009/08/13(木) 22:09:42 ID:YwJkmNrC
- 個別の資料だけなら参考になるんだがなあ。
恣意的な載せ方をしている可能性もあるけど、
使い方次第と言えなくもない。
というか、今のところ戦国時代の戦場での剣術論について、
フォーマットと言えそうな論ってあるか?
- 491 :人間七七四年:2009/08/14(金) 19:56:54 ID:AZ1kOVOm
- ・サブウェポン
・屋内・乱戦用
こんなところじゃねえの?
- 492 :人間七七四年:2009/08/14(金) 21:15:39 ID:wi8OGzj2
- 集団戦を前提にした剣術があったかってことじゃねえの?
剣技としてはともかく、兵法としてはありそうだよな。
「戦場では味方と背と背を合わせて死角をなくせ」とか
「一人が上から斬ったら、すかさずもう一人は下から斬れ」とか。
- 493 :人間七七四年:2009/08/15(土) 00:31:34 ID:BGEoRVL1
- 蒲生流系細々と教えてるおっさん東京にいるでしょ
mixiでちょっと紹介見ただけだけど
伝書とか面白いの書いてありそうだけどね
- 494 :人間七七四年:2009/08/15(土) 19:53:51 ID:WC6+eWWK
- >>492
=゚ω゚) 手元資料だと集団戦用の刀術なら田宮流資料に有る。
ただ、あくまで徴用された百姓、牢人用の即戦的な技なので
剣術としてはたいしたテクではない。
まあ集団戦では剣豪の剣術テクより
より多くの雑兵を指揮する能力や状況把握力を付けた方が
はるかに楽だけどね。
そしてそういう状況を切りぬけるのが剣豪だね。
- 495 :人間七七四年:2009/08/16(日) 03:10:00 ID:SjXArF8A
- >>494
あ、やっぱりあるんだ。
ありがとう。
でも、やっぱり集団戦だと、どうしても指揮や統率が重要になるよなあ…。
リーチ上、敵味方入り乱れての乱戦になりがちな剣術よりも、
ある程度距離が保てて統率のしやすい槍や弓、鉄砲なんかの方が
集団戦用の術として重視されてた、ってことかな。
そういう意味では、戦場用の集団剣術と
武芸者の扱った剣術は、似て非なるものだったのかも。
- 496 :人間七七四年:2009/08/16(日) 09:07:50 ID:eBGGUeiz
- =゚ω゚) いや、伝書に集団刀剣運用法が有るわけでなく後世の
窪田清音の資料に長柄刀の集団運用法が有るのだな。
たぶん北条記が元ネタ。
ひょっとしたら口伝ぐらいは有ったのかもしれんが。
集団戦は槍、弓、鉄砲の方が広大な陣形を
とらなきゃならんだけ指揮系統が難しいと思う。
刀剣なら陣形や技術は関係無いからね。
むしろ陣が崩れた場合に長槍や鉄砲がどこまで有効だったのか?だな。
- 497 :人間七七四年:2009/08/17(月) 01:54:16 ID:h/11e0Hb
- その辺は難しいよね。
一度陣が崩れた場合、そこから立て直せないと
戦の趨勢はかなり厳しくなりそうだし…でもそれはお互い様なのか。
「指揮の届く戦闘→乱戦→指揮回復」って流れで、
乱戦から回復段階に持ち込むための優勢を稼ぐ場面で、
刀剣、及び剣術が威力を発揮する場面があったのでは、とか…。
うーん、乱戦中でも通じる指示の出し方みたいなのがあったかどうか、
その辺も気になるなあ。
- 498 :人間七七四年:2009/08/17(月) 18:09:12 ID:2C1MRbd+
- =゚ω゚) 脇から棘は出せねぇべいよ。
- 499 :人間七七四年:2009/08/17(月) 22:20:55 ID:uw10ASet
- >>492
薬丸自顕流のトンボに構える→猿叫をあげながら前進→横木に木刀を振り下ろす、って基本練習の一連の流れは
抜刀突撃の際の動きをそのまま型にしたように思える。
集団戦の時味方を傷つける恐れのある横に剣を薙ぐ動作はない流派だし。
- 500 :人間七七四年:2009/08/18(火) 00:20:38 ID:O8tyG8bW
- 合戦、つーか戦争で一定の戦果を挙げたらしい西南戦争の警視庁抜刀隊はどんな戦法だったんかね
- 501 :人間七七四年:2009/08/18(火) 00:55:20 ID:yw0tbPzZ
- >>492
集団剣法といえば天然理心流の草攻剣や山攻撃破剣などもある。
多対一前提だから戦で使うのとはまた違うが。
- 502 :人間七七四年:2009/08/18(火) 06:37:16 ID:OFqoUIQ9
- >>501
その技は瀧上さんたちの捏造…
- 503 :人間七七四年:2009/08/18(火) 12:57:05 ID:q940+tPb
- >>502
マジ?
捏造と言うとアレだが、新撰組時代に使われていない後に作られた技ってこと?
- 504 : [―{}@{}@{}-] 人間七七四年:2009/08/18(火) 13:14:58 ID:OFqoUIQ9
- 瀧上さんの天然理心流自体が瀧上さんのグループで伝書と夢想神伝流とかから作ったもんで師匠なんかいませんがな。
当然技も形も全部瀧上さんらの創作だよ。なので昭和後期の創作技です。
加藤伊助系やら心武館も限り無く怪しいけど、こっちは集団戦法みたいな事はやってないよ。
なんでこちらも怪しいかと言うと、どっちの組太刀の手順も、江戸時代の組太刀覚え書きや佐藤彦五郎の覚え書き(大体みんな手順は一緒)とかなり違うから。
そもそも近藤勇五郎は竹刀稽古専門で組太刀は全然やらなかったそうで、天然理心流の目録も段の変わりにだしてたそうです。(弟子の家に伝わる話)
- 505 :人間七七四年:2009/08/20(木) 04:11:00 ID:Df6EtwSF
- 上泉、ト伝なんかの元々領主クラスはともかく、
一刀斎あたりの特定の主君に仕えなかった武芸者って、
普段、どうやって路銀を稼いでいたんだろ?
陣借りでどうにかできたんだろうか?
それとも、辻説法ならぬ辻教授や道場破りでどうにかしたんだろうか?
- 506 :人間七七四年:2009/08/20(木) 08:50:20 ID:yMx3fPi3
- 「富田・戸田」とか「一刀斎」は当時すでにブランド名だったんじゃまいか?
新当流にも名前が出てるくらいだから中条流一刀斎を名乗れば
どの城に行っても客としてもてなされ、旅立つさいには紹介状が出されたと思うが。
- 507 :人間七七四年:2009/08/20(木) 11:47:31 ID:mRgm1Ob8
- 当時の武芸者は、武士と言うより
芸人のカテゴリで捉えた方が理解しやすいんじゃないか。
旅先の有力者のところに滞在し、その芸を披露し、
頃合となったら紹介状と路銀を貰って、また次のところへ向かう・・・。
そんなところじゃないだろうか。
無論、仕官も目指している場合は、
滞在中に戦があれば、陣借りをすることもあったんだろうが。
- 508 :人間七七四年:2009/08/20(木) 19:00:30 ID:ernm4/x8
- 旦那さんの相手だけならともかく郎党や
若衆の血の気の多いヤツも相手にしないとならんから
芸だけじゃ無理だろ。
昔の百姓や漁師なんてハンパなく荒いしな
コネの無いよそ者が金を得るのは大変だったと思うよ。
逆に西行のように高名で有職故実に通じていれば
領主から弓馬の師として扱われたと思うが。
- 509 :人間七七四年:2009/08/21(金) 00:52:53 ID:x+mKN+/u
- そういう連中を相手にできるくらいの力量がなければ
その技は芸とも呼べないし、芸人とはいえないんじゃないんだろうか。
芸だけで世を渡ろうとすると大変だろうというのは同感だが。
そういう風に血の気の多い連中に負かされて
廃業した武芸者なんかもいたのかもな。
- 510 :人間七七四年:2009/08/21(金) 02:58:14 ID:jc8auP0D
- そりゃいたんじゃね。
13歳の武蔵に負けたと言われる有馬喜兵衛とか。
- 511 :人間七七四年:2009/08/22(土) 21:30:57 ID:2NXJKq5F
- =゚ω゚) 新当流の有馬なら、二刀遣いの有馬大和の一族かな?
当時の試合は負けても他の土地で出世する場合も多いから
地力の有る人なら負けたり逃げても問題無いと思う。
- 512 :人間七七四年:2009/08/23(日) 22:38:38 ID:ebNw4Hjf
- >>356-360
ロングパスで恐縮だが
夢想権之助&松林蝙也斎の師弟説は
松代藩士鎌原桐山の著書『朝陽館漫筆』で紹介されているとのこと。
松林蝙也斎は松代近郊の出身で、廻国修行で信濃へやってきた
夢想権之助に入門したことになっている。
単純に考えたら蝙也斎が夢想流と名乗ったことからの連想かもしれない。
林崎甚助の神夢想流抜刀術とごっちゃにされた可能性もなきにしもあらず。
ただビジュアル系武芸者夢想権之助とアクロバティック武芸者松林蝙也斎の
師弟コンビは組み合わせとして惹かれるものがある。
剣豪小説なんかで見てみたい。
- 513 :人間七七四年:2009/08/23(日) 23:53:36 ID:hrdTW+iB
- まあ夢想、無双の単語はあちこちで使われてるからな。
一刀流にも夢想剣とか有るし。
- 514 :人間七七四年:2009/08/24(月) 02:53:28 ID:QVb/RDzd
- 杖術師夢幻帖ってのがあるが
>師弟
- 515 :人間七七四年:2009/08/24(月) 08:49:07 ID:A80iICIm
- >ただビジュアル系武芸者夢想権之助とアクロバティック武芸者松林蝙也斎の
>師弟コンビ
冷静に考えたらものすごいイロモノな師弟だな。
- 516 :人間七七四年:2009/08/25(火) 11:25:35 ID:uqeOOMIT
- 峰隆一郎(隆慶一郎じゃないよw)の『剣鬼・松林蝙也斎』にも
ちょっとだけ夢想が出ていた。
だいたい蝙也斎がフィクションで扱われる絶対量からして少なくて
メジャーなのは『カムイ伝』くらいしか思い浮かばない。
隠れキリシタン説なんて面白いと思うんだけれど。
- 517 :人間七七四年:2009/08/25(火) 22:45:30 ID:Xzq7QQ0P
- マイナー剣豪物を書いても、ふつう編集部が許可しないべ。
ただメジャー作家がマイナー剣豪書くのは可。
作家の名前で有る程度客が呼べるから。
- 518 :人間七七四年:2009/08/26(水) 03:33:38 ID:rDN2hYUk
- よっぽど面白く掘り下げられそうなら許可もあるかもな。
現にへうげものとかあるわけだし。
(剣豪じゃないけど)
要は剣士として以外にも名を残した人物ならいいのかもしれん。
剣を除外しても面白ければ、意外性もあって受けるかも。
- 519 :人間七七四年:2009/08/26(水) 18:34:59 ID:0ifol8aI
- 宮本武蔵と抱き合わせにしたらいいんでない?
松林蝙也斎
・夢想権之助弟子
・超スピード移動
・ジャンプ力抜群
・手裏剣名人
・飛んでいる蝿の頭を居合いで切断
・落下中の木の枝を居合いで十三分割
・隠れキリシタン
・愛称コウモリくん
夢想権之助
・宮本武蔵ライバル兼友人
・弟子を九人くらい連れて出歩いている
・宮本武蔵と戦ってあっさり負けた
・その再修業して最強の杖術使いになった
・真っ白い羽織にきんきらきんの飾り文字「日本開山兵法天下一」
宮本武蔵
・特技二刀流
・裏技で手裏剣あり
・風呂嫌い、臭い、垢だらけ
・髪もろくに洗ってない
・目つき悪い
・外見的にはバケモノ
なんてイロモノすぎる三人組
- 520 :人間七七四年:2009/08/26(水) 21:34:14 ID:+Qq++a+d
- >>519
だからそれは杖術師夢幻帖
- 521 :人間七七四年:2009/08/27(木) 00:21:55 ID:um6Ed7iC
- =゚ω゚) 願立手裏剣と呼ばれるのはじっさいには
弟子の上遠野流の投げ針だったかな?
武蔵の手裏剣は短刀だね。
まあこのレベルの人だと何を投げても刺さるだろうけど。
- 522 :なまえないよぉ〜:2009/08/27(木) 09:38:47 ID:HIAnZG4d
- >>519
武蔵追加
・とても外見からは想像できないお絵かき名人
・筆まめ
・戦闘時のかけひきをやたら細かく指導する
・相手を油断させるためなら仮病も辞さない
・養子癖有り、美少年大歓迎
- 523 :人間七七四年:2009/08/27(木) 19:52:00 ID:um6Ed7iC
- =゚ω゚) そういやムニムニが自分のガキに火箸を投げつけ
弁ノ助がそれをぱっと避けるEPが有った気がす。
まあ二刀に手裏剣はつきものだが。
- 524 :人間七七四年:2009/08/27(木) 21:42:14 ID:gzIRScrr
- 火箸だったか…
小刀と聞いていた。木工だかなんだかの作業中のことということで、
武器じゃなくて生産道具としての小刀だろうと思ってた
- 525 :人間七七四年:2009/09/02(水) 04:44:24 ID:qYJIfYQW
- ムニムニはおっかない父ーちゃんだったんだろうなあ・・・
そりゃ変な子に育つわ・・・・
- 526 :人間七七四年:2009/09/02(水) 18:12:46 ID:5w8lCDaa
- キティ親子
- 527 :人間七七四年:2009/09/03(木) 23:36:49 ID:nsxZuC1Q
- 剣豪や流派には色々逸話があるけど、
伝書や武功話集なんかに載ってる逸話は
信憑性としてはどの程度なのかな?
あるいはどの程度まで書いてあったら
信憑性があるって言えると思う?
- 528 :人間七七四年:2009/09/04(金) 00:29:27 ID:oGMHBq3a
- あーむずかしいよねー自分もそれは思う
今の感覚で語れないけど人間の能力的にはそんなに変わらないし・・・
結構脚色も入ってる逸話も多いと思うよ死んだ人には敵わない。
個人的には一刀斎の三島まで泳いだとマス大山の牛殺しは怪しい
- 529 :人間七七四年:2009/09/04(金) 01:34:43 ID:MbOy2+Ib
- 立ち合いとか功績とかの逸話は
他の史料と比較して矛盾がないってのが基本じゃね?
「小野忠明は柳生但馬守に勝って徳川家に推挙された」みたいに
すぐバレる嘘もあるわけだし。
- 530 :人間七七四年:2009/09/04(金) 15:43:55 ID:Cf7H1gum
- 上陸地点は伊東でしょう。
そこから徒歩で三島へ向かったかと。
- 531 :人間七七四年:2009/09/05(土) 07:03:32 ID:qeZMiiT4
- 上泉信綱
http://4619.web.fc2.com/hero3.html
- 532 :人間七七四年:2009/09/05(土) 23:26:59 ID:tpHY/9el
- >>529
でも負けた方はかならず「実はウチが勝ってた!」って言う話を残すから
最終的に武蔵と吉岡みたいにどっちが勝ったんだかわけわかんなくなるぞ
- 533 :人間七七四年:2009/09/06(日) 02:59:24 ID:61P/iL5G
- >>532
この場合、相互の伝書や逸話以外の記録を参照してってことだな。
例に挙がってる一刀流の逸話の場合、
小野忠明の方が柳生宗矩より先に仕官してるわけだから
宗矩に勝って仕官という話自体が成り立たないわけだし。
でもまあ、こういう風に検証できる方が珍しいのか。
伝書にしか載ってない逸話とかの方が多いしな。
- 534 :人間七七四年:2009/09/06(日) 13:23:18 ID:qLycSpks
- >>532
その辺考えると勝負に負けたけど勝負相手と友達になりました。なんて逸話が残ってる夢想権之助は変わってんだな。
- 535 :人間七七四年:2009/09/06(日) 14:09:13 ID:vpnqwkqH
- ゴン之助は狷介な人間が多い武芸者の中では
おおらかな良い奴だったんだろうなあ
- 536 :人間七七四年:2009/09/06(日) 18:10:40 ID:OEu+046F
- あれ?ゴンちゃんも伝書では丸木で水月突いて武蔵に勝ちましたとか書いてなかったか?
- 537 :人間七七四年:2009/09/06(日) 18:55:16 ID:PN4iCb2g
- 最初の試合では武蔵に負けたことを認めた上で、
後年の再試合では勝ったと主張してる
武蔵側の記録では単に権之助と戦って勝ったという記録しかなく、
まるで一度しか対戦しなかったかのような書き方
この場合は双方の記録に食い違いがあるという類ではなく、
武蔵が都合のいい部分だけを書き、都合の悪い部分を書かなかったと思われる
- 538 :人間七七四年:2009/09/06(日) 20:26:40 ID:VWRqBRCZ
- ならばゴンゴンが都合良く創作したという可能性もあるよ
歴史に主観を入れるのはいくない。
- 539 :人間七七四年:2009/09/07(月) 10:53:47 ID:WmP5rbHi
- まあムサムサにしてみれば婆さんに頼まれて再戦した試合稽古の一つにすぎないし
ゴンにしてみれば極意開眼の重要な一戦だからな。
食い違うのも当然か。
- 540 :人間七七四年:2009/09/07(月) 11:57:52 ID:0I8epnPh
- 待て、それは吉川英治版『宮本武蔵』のシチュだぞw
再戦説や友達説の真偽は分からんけれども
神道夢想流系統の一角流の折り畳み式隠し武器「まほろし」が
まんま当流流(武蔵のオヤジの流派)の変形十手だったりして
巷説に伝わっている以上に武蔵とゴンの関係は深かったように思える。
でも吉川武蔵がドラマ化やマンガ化された場合
ゴンはおそろしくヘタレに描かれるんだよなあ。原作と違って。
逆におそろしくかっこよく描かれるのが鎖鎌の宍戸梅軒。原作と違って。
- 541 :人間七七四年:2009/09/07(月) 11:59:39 ID:0I8epnPh
- ×当流流
○当理流
当理流の十手は
槍の先っぽに鉤が十字状についているようなアレね。
- 542 :人間七七四年:2009/09/07(月) 13:22:39 ID:WmP5rbHi
- ゴン流は刀と杖。一心は鎌だから、そっちつながりじゃないかな。
もともと別流派が併用されたという事だろな。
捕り手ではわりとよくある組み合わせだしね。
- 543 :人間七七四年:2009/09/07(月) 17:27:01 ID:oYBXtDHz
- 伝書じゃなくて、その当時の世間での武芸者達の評判を記した書物ってあったっけ?
当時の武芸者が世間からどう評価されていたか、いまひとつ掴めないんだよね・・・。
剣豪小説みたいに、放浪の剣豪が、れっきとした武士からも尊敬されたりすることってあったのかな?
- 544 :人間七七四年:2009/09/07(月) 23:57:54 ID:MCnoJZSv
- その当時ではないが、
逸話だと武芸者が荒武者の戦場剣法に
打ち負かされる話はいくつかある。
野口一成とか馬場信春とか。
むしろ芸人扱いで軽んじられていたのではないかな。
伊勢守やト伝は元々地方領主/武将だから
単純に武芸者と言い切るには難しいものがある。
しかし確かに伝書以外だとなかなかないな。
言継卿記くらいか。
- 545 :人間七七四年:2009/09/08(火) 00:34:54 ID:1RlOCt9u
- >>543
そらまあ名声次第じゃねえかなあ
多分槍働きしない武芸者は軽視されてたんじゃね
- 546 :人間七七四年:2009/09/08(火) 00:44:16 ID:eFRckj4U
- 「記録に残すほどではない」と思われていたというイヤな可能性も…
- 547 :人間七七四年:2009/09/08(火) 00:49:35 ID:zpuDDI7Y
- 戦国時代ならともかく、豊臣・徳川の時世でそんな事やってたら
良くて格闘家、悪けりゃチンビラだろ。
- 548 :人間七七四年:2009/09/08(火) 12:35:28 ID:A4dwTp1D
- 仕官中のれっきとした武士である古藤田俊直が、
放浪の武芸者である伊東一刀斎を師匠と仰いだような話?
- 549 :人間七七四年:2009/09/11(金) 03:54:05 ID:4q6Mjwa5
- 武蔵も水野家、本多家、小笠原家に出入りしてるな。
あれは記録が残っていたはず。
- 550 :人間七七四年:2009/09/12(土) 05:28:48 ID:RObO+lQQ
- 質問です。
浪人の武芸者が大名家の指南役に挑むシチュエーションは
逸話では結構ありますが、本当にあったのでしょうか?
- 551 :人間七七四年:2009/09/12(土) 16:05:51 ID:CFyc4nA+
- 直接立ち会う事はあまり無いんじゃね?
兵庫助の場合はだいたい高弟の三之丞の「おいとわしや」一発で片付いたようだ。
- 552 :人間七七四年:2009/09/12(土) 20:07:21 ID:3+KspeCe
- 向こうも生活掛かってるからねえ。
- 553 :人間七七四年:2009/09/12(土) 20:17:42 ID:RjGcEn8j
-
留「俺の親類の者が少し訳を知っててそれから聞いたんだ。何でもあの人の親父(おとっ)さんという者が、国
で御指南番をしていたんだ」
藤「ヘエー、シテ見ると大した腕前なんだな」
留「ウム、ところがよくある奴だが、新規御抱えへの何某(なにがし)という剣士の腕試しのため、アノ人の親
父(おとっ)さんと御前試合をしたんだ」
藤「成程」
留「スルとあの人の親父(おとっ)さんの方が勝(すぐ)れているけれども、新参の者に花を持たせようという
んで、相打ちという事にして、首尾よく双方御前を退(さが)った」
藤「ウム」
留「ところが妙なもので、商売忌み敵(がたき)といって…」
藤「変な所へ商売忌み敵が出たな」
留「だッてお前、何方(どっち)も剣術で御奉公をするんだから、後から来た奴が、あの人の親父(おとっ)さ
んが邪魔になっていかねえ。御酒(ごしゅ)下されがあって、夜(よ)に入(い)っていい心持ちに御城下
外(はず)れまで帰って来ると、黒木綿の頬被り、目ばかり出した奴が尻を高らかに端折(はしょ)り、手
槍を持った奴もあれば、刀を持った奴もあり、大勢隠れていて、ソレッと言うと突然中で腕の利いた奴が飛
び出して、ズブリ脇腹へ竹槍を突っ込んだ。可哀想に年を老(と)ってるし、酒の気もあり、したたかに急
所をやられたから堪(たま)らない。それでも刀の柄(つか)に手を掛けて、無礼者と一言言ったが、その
ままバッタリ倒れる、大勢ドカ/\と出て来て滅茶苦茶にカクヤの香物(こうこう)見たように切り苛 (さ
いな)んでしまった」
藤「ヤレ/\可哀想に」
留「刀の柄に手を掛けていただけに、家は潰(つぶ)れなかったが、その子が元高(もとだか)を貰う訳にいか
ない。それから親の敵(かたき)を討とうというので、充分に修業をして、モウこれならば敵討ちが出来る
というまでの腕前になったので、いよいよ敵討ちの免状を貰って、江戸へ出て来て、敵を尋ねているんだ」
- 554 :人間七七四年:2009/09/13(日) 11:32:38 ID:qOo7aKgO
- 井上伝兵衛…じゃないよな…
- 555 :人間七七四年:2009/09/13(日) 18:57:47 ID:qOo7aKgO
- 寛永九年の上覧試合
吉田一刀斎(遠州浜松出身)が遅刻。大久保彦左衛門に頼み込んで、なんとか出場させて貰う。
試合では羽我(羽我井?)一心斎と対戦し、引き分けとなる。
この対戦相手の羽我(井)一心斎って、
上泉信綱の弟子ということになっている羽賀井一心斎と同一人物という可能性はないですかね?
- 556 :人間七七四年:2009/09/14(月) 13:41:02 ID:PsZTeSsZ
- ”寛永御前試合”のWiki情報によると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%B0%B8%E5%BE%A1%E5%89%8D%E8%A9%A6%E5%90%88
複数の記録から割り出して、羽賀井(芳賀)一心斎が出場していたことは間違いなさそう。
ただ、その遅刻したという、吉田を名乗る出場者のことは判らないなあ。
この情報では最終試合(?)に羽賀井の試合があって(遅刻者の試合を組むなら、最終試合に回すのは当然と思われる)、
しかも結果は引き分けとなっていて、符号が一致すると言えないこともない。
しかし情報にある対戦相手の難波一刀斎(一藤斎とも)は隻腕(左手喪失)の小太刀遣いというインパクトある剣客だし、
出身は同じ遠州とは言えども三倉(現・周智郡森町)であって、浜松の吉田一刀斎なる人物との混同は考えにくい。
- 557 :人間七七四年:2009/09/15(火) 02:19:07 ID:1XIgdQir
- 寛永御前試合かー浪漫だねー
昔は皆技関係なく強くて流派はただの癖程度だったんだろうねえ
勿論それが重要だったんだろうけど。
- 558 :人間七七四年:2009/09/15(火) 12:51:16 ID:UI0Qa5jM
- まあ元祖の手癖と書いてるくらいだから江戸時代の話しだろうな。
- 559 :人間七七四年:2009/09/15(火) 16:04:14 ID:pH1QhNqE
- >>556
伊達政宗が寛永御前試合に出てるって、まじ?
眉唾だなあ。
- 560 :人間七七四年:2009/09/16(水) 02:24:02 ID:fCIHsDCy
- >しかし情報にある対戦相手の難波一刀斎(一藤斎とも)は隻腕(左手喪失)
の小太刀遣いというインパクトある剣客だし、
凄く興味あるなあどんな人?ググったけど出無かった・・・
隻腕の剣士って他にもいたのかなあ。
- 561 :人間七七四年:2009/09/16(水) 07:46:59 ID:YcmXJ57w
- 難波一刀斎というと難波一甫斎の息子(?)で小具足捕手、剣術、薙刀の流派の難波一甫流から難波一刀流を作った人かいな?
隻腕だったかは知らん。江戸初期の中国地方の人だな。
- 562 :人間七七四年:2009/09/16(水) 07:50:34 ID:YcmXJ57w
- 隻腕じゃないけど、無住心剣の夕雲は落馬して後半生左腕が不自由だったらしい。
それで片手上段から打ち落とす技中心の無住心剣を開眼したとか。
- 563 :人間七七四年:2009/09/16(水) 18:24:25 ID:8hEOhout
- >難波一刀斎(一藤斎とも)は隻腕(左手喪失)の小太刀遣い
=゚ω゚) 面白いね難波一甫斎は竹内流だから小具足かな?
それとも戸田流のような小太刀も遣ったんかな?
>>524
=゚ω゚) そうだったのか。
吉岡無二斎だったりして ←ウソ
- 564 :人間七七四年:2009/09/16(水) 21:51:48 ID:YcmXJ57w
- 竹内流には小具足以外にも普通サイズの小太刀技もあるみたいだし、さらに難波一刀流は剣術みたいだから小太刀だったんじゃまいか。
体術的な技だったかもしれないけどね。
本物かわかんないけど宮本無二藤原勝真って人が伝えた伝書の中身は二刀とほぼ竹内流まんまの小具足捕手らしい。十手は無いみたい。別人か後世の贋作かね?
- 565 :人間七七四年:2009/09/19(土) 00:00:09 ID:tH6IJIXV
- ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ ムニムニ!ムニムニ!
- 566 :人間七七四年:2009/09/19(土) 09:25:38 ID:iti+SjN0
- =゚ω゚) 小具足術じたいは外物として、わりとどの流派にも
取り入れられてるね。
たしか天流とかにも有ったはず。
無二や宮本武蔵守やら新免弁助(信盛)とか
後世にもまぎらわしい名乗りしてるヤツがけっこういたらしい。
>>365
=゚ω゚) 主な登場人物。
ムニムニ、ムサムサ、ゴン、ホリエモン(骨法)
- 567 :人間七七四年:2009/09/20(日) 00:59:00 ID:c0taHsd1
- コッポウか・・歌は評価できる也
http://www.youtube.com/watch?v=coDVM2cvQoM
- 568 :人間七七四年:2009/09/21(月) 23:01:46 ID:8kgDp8iD
- 池波正太郎の「ト伝最後の旅」ってのが読みたいんだけど、全然売ってねえんだよなー。図書館探すか
ト伝が愛弟子義輝に会いに行く話らしいんだけど
- 569 :人間七七四年:2009/09/22(火) 01:09:30 ID:KHaKp23Q
- 本当かい?自分もまだ読んでないけど3、4ヵ月前に本屋にあったよ
千葉県の本屋だけど・・・・・
- 570 :人間七七四年:2009/09/24(木) 15:13:35 ID:p5Kldrv8
- 各流派の事を知るのに、「これ!」というオススメ本はありますか?
例えば、新陰流ならこれ、一刀流ならこれ、という風に・・・。
- 571 :人間七七四年:2009/09/24(木) 15:56:13 ID:EJvKW0vE
- まあ普通は道場に行って習うんじゃない
- 572 :人間七七四年:2009/09/24(木) 19:54:07 ID:FpsvOvM8
- 習いたい訳では無いのでは
- 573 :人間七七四年:2009/09/24(木) 21:46:46 ID:p5Kldrv8
- すいません。>>570です。
今まで剣豪の一覧本とか、そういう本は読んでいたのですが、
個別の剣豪や流派についても詳しく知りたくなったので、
いい本があればと思ったのです。
- 574 :人間七七四年:2009/09/24(木) 23:29:27 ID:u2ERi/pu
- そりゃーやはり各流儀の師範が書いた教習本を
一つ一つ読むしかないよ。
流史から逸話まで詳しく出ている(もちろん手前味噌だけど)
ただ、技法に関しては門外漢が読んでもほとんどわからんと思うが。
- 575 :人間七七四年:2009/09/25(金) 00:12:08 ID:Rl+tgkB9
- 歴史書とかでなくても良いなら
大東流合気柔術の「透明な力 木村達雄 著」
と言うのは最近読んだけどまあ面白かったよ(勿論手前味噌の部分有り)
それにしてもこう言う本って結構高いんだよねぇ・・・
- 576 :人間七七四年:2009/09/25(金) 03:55:38 ID:lME/qWFZ
- >>573
先に話が出てたけど、流派の師範や宗家が書いた本を読むのがいいと思うな。
例に挙げてたうちなら、新陰流なら柳生厳長「正傳新陰流」、
一刀流なら笹森順造「一刀流極意」なんかがある。
あるいは、柳生宗矩の「兵法家伝書」や山岡鉄舟の「剣禅話」みたいに
実際に本人が書いたものを読むのもいいかもしれん。
「五輪書」は本人著かというと若干微妙なところもあるけど、
まず読んでみるというのならアリかも。
ただ、みんな書いてるけど、我が仏尊しで書いてる部分はあるから
それはバランスよく読むことで偏らないようにするしかないね。
- 577 :人間七七四年:2009/09/25(金) 08:05:11 ID:tQIsQiC6
- ただの興味、でも金を出せるなら日本武道館の日本の古武道シリーズDVDを日本武道館からレンタルすればいい。
一本レンタル2000円だけどw
- 578 :人間七七四年:2009/09/25(金) 10:52:28 ID:VjqPlX+X
- >>576
両方5000円がamazon最低価格か>正伝新陰流、一刀流極意
絶対額としては若干高く感じるかもしれんな
首都圏に住んでるなら国会図書館とかいいぞ
朝から入って閉館まで粘ればかなり読める
- 579 :人間七七四年:2009/09/25(金) 23:50:03 ID:u9rVTIyq
- 国会図書館かー盲点だったよ、高い本読むには最適かもね
行ったこと無いし今度行ってみよっと。
- 580 :人間七七四年:2009/09/26(土) 20:45:54 ID:q388am2w
- このスレでは最強の剣豪が誰かって話はタブーなの?
絶対盛り上がると思うんだけど
- 581 :人間七七四年:2009/09/26(土) 20:56:38 ID:DHcmdsuP
- 最強論なら最強を決めるスレとかでやってくれ
誰それやら何々流派にはこんな逸話があるとか、
そういった細かい情報や薀蓄に浸かるスレとして機能しているところを
荒らすべきではない
- 582 :人間七七四年:2009/09/27(日) 01:54:02 ID:TZpVYlne
- 誰か誰より強いとかいう話をすると馬鹿が湧いて荒れるんだよ・・・。
昔、武道板に最強スレがあったけど、あそこも荒れ放題だったしな。
どうしてもしたかったら、こっち↓の方が適当だから移ってくれ。
(■■戦国最強十傑■■) http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1233235288/l50
- 583 :人間七七四年:2009/09/27(日) 02:25:23 ID:ysrEtSq1
- だね、同感。
ここは冷静に客観的に武術の歴史を語るスレでいてほしいかな・・・。
- 584 :人間七七四年:2009/09/27(日) 09:52:48 ID:GOPm2cIN
- 歴史板の幕末剣豪スレもひどかったな。
最悪なのが甲野、高岡理論を持ち出してくる秘伝厨。
言ってる事がもう武道じゃなくてオカルトなんだよなw
議論どころかまともな雑談もできない雰囲気だったよ。
- 585 :人間七七四年:2009/09/28(月) 02:27:44 ID:+qtyEYAs
- とりあえず、議論が出来ない奴が湧くってのが最悪だよな>最強話
破綻した逸話を引っ提げて得々としてるから、
反証の史料を提示したら「史料は絶対ではない」とか言い出すし。
挙句、「俺がこう信じてるからこうなの!」とか何考えてんだか。
- 586 :人間七七四年:2009/09/29(火) 15:18:11 ID:+cAVQuvD
- 剣聖
愛洲忠久
松本備前守
塚原卜伝
上泉伊勢守
- 587 :人間七七四年:2009/09/29(火) 15:58:19 ID:iUQcaOF4
- 異議なし
- 588 :人間七七四年:2009/09/29(火) 18:36:47 ID:lC4Dx0Sz
- 義輝は剣豪の位置かな……斬り死にしちゃったし
- 589 :人間七七四年:2009/09/29(火) 19:24:21 ID:CAR1NJDX
- 一刀斎・・・
- 590 :人間七七四年:2009/09/29(火) 19:38:38 ID:lZ/fe+Lm
- 人柄や品格を加味すると、
いくら強くても剣聖とは呼びたくない人物もいるということ
- 591 :人間七七四年:2009/09/29(火) 22:11:17 ID:oTAc6FPB
- 剣聖とか最強論争と変わらんぞ。
やめとけ。
- 592 :人間七七四年:2009/09/29(火) 22:46:04 ID:iIOa2XaP
- >>590
塚原卜伝・宮本武蔵・千葉周作あたりは信者だけでなくアンチも多そうだしな
逆に上泉伊勢守とかは隙が無い
- 593 :人間七七四年:2009/09/30(水) 07:59:56 ID:IJPjhk81
- 兵法家なんて史料少ないのが普通で、逸話や伝説、後世の捏造ばっかなんだからなんとでも言えるんだよな。
だから最強とか剣聖とかも酒のさかな程度の意味しかないっしょ。
わかってて話す分には楽しいけどね
- 594 :人間七七四年:2009/09/30(水) 18:05:36 ID:mJ2Ad9GJ
- >>560
これ、中里介山という、剣豪小説を書いた作家が収集したネタにあります。
・難波一藤斎の父は一甫斎という
・左手を失っていたが、剣術の達人だった
・寛永九年、剣術上覧で、対戦相手の金井半兵衛に勝った
・金井の同門・吉田初右衛門が憤慨
・大久保彦左衛門がその状況を見て、一藤斎に、吉田ともう一試合をしないかと提案
・一藤斎、承諾して吉田と対戦
・一藤斎は超人的な体捌きで吉田の後ろに回り込み、背を打つ
・吉田は負けを認めず、一藤斎の刀を打ち落とす
・審判の大久保彦左衛門、柳生但馬守、小野治郎右衛門らが協議し、一藤斎の勝ちと判定
中里先生が取材した当時からして既に怪しい伝聞なため、
必ずしも事実だったとは限らないけどね。
- 595 :人間七七四年:2009/09/30(水) 18:22:18 ID:kUS4bkD8
- これかな?
http://www.geocities.jp/sinmyouki/
- 596 :人間七七四年:2009/10/01(木) 01:13:12 ID:qX2pA7u7
- そういえば中山先生もランキングやってるな。
やっぱり番付とか好きなのかね、みんな。
> さてまたこれ等~妙の名人上手の實力に就ての品評は古來よく下馬評にのぼり、
>爐邊話題に供せらるゝものであるが、それはなかなか難しいもので
>時代を異にし流派を異にする超人間の人々の技量手腕に
>上下段階を附して見るといふことは殆んど不可能のことだが、
>併し離れて大觀すれば自ら相當の標準が無いではない、
>著者はいつか閑があつたらば戯れにその番附を拵へて見たいと思つてゐるが、
>まづ初期に於て一例を云へば、
>大家 上泉伊勢守
> 柳生但馬守
>名人 塚原卜傳
>上手 小野次郎右衛門
> 宮本武藏
>と謂つたやうな順位は動かないものと思はれる。
- 597 :人間七七四年:2009/10/01(木) 01:22:33 ID:kiny8x6m
- といっても、流派を大成させた上泉や柳生但馬、剣技だけでなく全ての面に於いて
「名人」であった塚原、単純に個人としての強さが著名だった小野や宮本。
こういった分類は比較的多くの人間の同意を得られるだろうな。
- 598 :人間七七四年:2009/10/01(木) 03:20:34 ID:qH3eu3bR
- わかったからほかでやれ
- 599 :人間七七四年:2009/10/01(木) 07:49:21 ID:bu1FlEc5
- >>594
江戸時代の実録物って大概創作だからなあw
柳生と小野が相談して勝敗を決めたあたり創作くさいよな。
- 600 :人間七七四年:2009/10/01(木) 11:41:39 ID:e9FujOUU
- 大久保が主審で、柳生と小野が副審じゃないか
主審の鶴の一声で審議すると言えば合議が採られるのは
ちっともおかしくない
- 601 :人間七七四年:2009/10/01(木) 13:03:51 ID:5dSHP2IP
- 柳生なら厳包の方が…
- 602 :人間七七四年:2009/10/01(木) 13:08:45 ID:NO03ijge
- 寛永御前試合ってそもそも創作だろ?
荒木又右衛門と宮本伊織とか、無茶な組み合わせが多いし。
- 603 :人間七七四年:2009/10/01(木) 14:14:57 ID:e9FujOUU
- 寛永年間に上覧試合があったこと自体をフィクションだとしているのか、
それとも後世の人間が、贔屓の剣客を出場したことにしたことを言っているのか
- 604 :人間七七四年:2009/10/04(日) 00:29:17 ID:zUcylGr5
- 兵法上覧で演武とかはふつうにどの藩でもやってたと思うけど
これだけ大規模な大会だとさすがに他にも記録が残るような気もするが。
- 605 :人間七七四年:2009/10/04(日) 08:01:03 ID:sag+IMDn
- >>601
調べてみたら柳生厳包(連也斎)って柳生利厳と島左近の娘の息子なんだな。
柳生石舟斎の曾孫で島左近の孫とはなんと言うサラブレッド。
- 606 :人間七七四年:2009/10/04(日) 16:28:51 ID:hKHLTtBa
- 流石は名流と言う所だね
剣一本で世に出ようとする剣客に血筋が良い人は少ないんだろうか
小笠原長治が思い浮かぶけど他に誰かいたっけ?
- 607 :人間七七四年:2009/10/04(日) 17:24:14 ID:PU0S4fsl
- 奥平孫二郎(奥山休賀斎)
三河の国人豪族・奥平氏の出自というだけでも良血だろうけど、
奥平氏自体が播磨赤松氏の流れだという
宮本武蔵
これも播磨赤松氏の系譜
- 608 :人間七七四年:2009/10/04(日) 17:32:42 ID:PU0S4fsl
- 樋口又七郎
木曾義仲配下の四天王の一人・樋口兼光の子孫
年代的に近い同族の兼続とは”はとこ”の関係か?
兼続は直江家の婿養子に行き、大河ドラマの主人公にもなった
- 609 :人間七七四年:2009/10/04(日) 18:20:42 ID:hKHLTtBa
- へえ樋口又七郎もそうなんだ
ジオンの念流が記録に残ってる最古の流派でいいのかな
なんか浪漫だよね
- 610 :人間七七四年:2009/10/04(日) 18:39:24 ID:sag+IMDn
- 関口流の関口柔心も今川一族で一族の関口瀬名は徳川家康の正室になってるね。
因みに、先に出てる奥山休賀斎(奥平氏)の本家筋に家康の娘の亀が嫁いでる。
- 611 :人間七七四年:2009/10/04(日) 18:56:49 ID:PU0S4fsl
- 亀姫の婿は、休賀斎の(おそらく一番)弟子だわな。
元は奥平氏の分家なんだけど、本家の方は武田と一緒に衰えたから、
婿こと信昌の系譜が早くから徳川に帰参したことで重用され、こっちが大身に成長した。
- 612 :人間七七四年:2009/10/05(月) 10:25:40 ID:4iLn8Lrr
- 足利氏、今川氏、北畠氏、上泉氏、柳生氏、塚原氏、鍋島氏、神子上氏…などなど
剣術流派の流祖や習った人物(室町後期〜戦国時代)の中でも、将軍や大名や国人領主がやっぱり多い。
丸目長恵も相良一門だし。
- 613 :人間七七四年:2009/10/06(火) 21:47:08 ID:wokti0uJ
- へ
- 614 :人間七七四年:2009/10/06(火) 23:57:00 ID:7NhNZ20q
- 五輪書は武蔵の著作ではないと言う説があるけど、あれは信憑性があるの?
- 615 :人間七七四年:2009/10/07(水) 06:56:51 ID:BhkCjQGO
- >>612
足利氏、今川氏、北畠氏、上泉氏、柳生氏、塚原氏、鍋島氏、神子上氏…などなど
丸目長恵も相良一門だし。
足利義輝(将軍)、今川氏真(大名)、北畠具教(国司)、上泉信綱(領主)、柳生石舟斎(領主)、塚原卜伝(領主)、鍋島勝茂(大名)、神子上典膳(祖父が領主)
出身が不明なの伊東一刀斎くらいかな?
- 616 :人間七七四年:2009/10/07(水) 08:14:09 ID:Eu35Zor7
- 五輪書は宮本武蔵の書だよ。武蔵の書じゃない説は写本の誤字脱字から生じた伝承みたい。
武蔵の弟子はたくさんいるけど、時期によって授けてる伝書が違うんだわ。そのへんから後世の孫弟子ひ孫弟子あたりになると色々と誤解が生じたみたい。
魚住さんの宮本武蔵本に結構詳しく書いてある。
- 617 :人間七七四年:2009/10/07(水) 08:19:02 ID:Eu35Zor7
- ちなみに鳥取に伝わった宮本武蔵政名が伝えた事になってる武蔵圓明流は武蔵にあやかった後世の伝承捏造流派。名乗ったやつが強かったから鳥取藩に採用されたw
さらにウィキペディアやらホームページみると、今武蔵圓明流を伝えてる人も、技法やら漏れ聞こえる話やら聞くと、昭和の捏造くさいなw
- 618 :人間七七四年:2009/10/08(木) 22:02:11 ID:Bnhh6USW
- 穀蔵院一刀流て前田慶次の流派らしいけどこれ実在した流派なん?
- 619 :人間七七四年:2009/10/09(金) 03:54:02 ID:2NYxz6KW
- どうだろうね
戦国武士でイケイケの人は割と剣術とか軽んじてたきらいはあるみたいだし
特に慶次の場合は馬鹿にして冗談で名乗ってた気がする・・・・
- 620 :人間七七四年:2009/10/10(土) 19:42:59 ID:KVJPRxu7
- >>619
剣術の術理ってのは使い手が冷静であることが大前提ってのが結構あるからなあ、
その辺に胡散臭さを感じる人も多かったんだろうねえ
- 621 :人間七七四年:2009/10/11(日) 19:16:10 ID:Jfv8xUOp
- >>592
塚原卜伝アンチというと五味康佑がそうだった。
剣豪小説家同士の対談で曰く「卜伝なんて逃げるのがうまいだけ」だそうだ。
「無手勝流」のエピソードをそういう風に解釈していたそうだけど、
細部をよく覚えていなくて南條範夫に注意されていた。
なんというか貶し方が嫌いなプロ野球選手を貶すオッサンみたいな
レベルでちょっとがっかりした。作品は結構好きだっただけにね。
- 622 :人間七七四年:2009/10/12(月) 12:23:51 ID:5Foi65W3
- 戦さの方法が
戦国中期まで:石つぶて⇒弓⇒槍+野太刀
戦国後期から:鉄砲+弓⇒槍⇒抜刀隊(打ち太刀)
(追い返す戦から殲滅させる戦)というように変化してきたため、
野太刀より軽く身を守るのにも有利な打ち太刀の技能が重要視されるようになった。
それで、剣豪(兵法指南)を各大名は抱えるようになった。
前田慶次奉納の太刀が伊勢神宮にあることから、慶次が刀を軽んじていたとは考えられない。
「穀蔵院一刀流」というのは「虱の家紋」と同じで、彼一流のしゃれっ気。
- 623 :人間七七四年:2009/10/13(火) 14:57:06 ID:LZDlxM/4
- 質問です
漫画「あずみ」で、小野忠明があずみの剣をみて
「こやつの師は誰だ?まさか・・・まさか・・・」
というシーンがあったけど、まさかの後に続くのは誰だろう?
自分の師である一刀斎かなとも思ったんだけど。
- 624 :人間七七四年:2009/10/13(火) 15:05:55 ID:ojzQfAfL
- キミ一刀斎の弟子なの!?
- 625 :人間七七四年:2009/10/13(火) 15:27:55 ID:Vx2+ngId
- こちらへどうぞ
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/comic/1250604404/
- 626 :人間七七四年:2009/10/13(火) 16:23:33 ID:nV/zGTDQ
- 創作作品の話を持ち込むのは勘弁してくれ。
ここがバガボンドスレみたいになったら悪夢だ。
- 627 :人間七七四年:2009/10/13(火) 19:31:31 ID:OMylxD6h
- >623
=゚ω゚) わかった!小幡カンベエの正体は・・・
- 628 :人間七七四年:2009/10/13(火) 19:34:28 ID:SaCLwSB5
- >>619
そういえば剣術を学んだとかいった逸話のある武将ってあんまりいないよな。
- 629 :人間七七四年:2009/10/13(火) 20:36:36 ID:nV/zGTDQ
- >>628
ぱっと上がるのは家康、細川幽斎、北畠具教、義輝公かなあ。
武将となると、ト伝、伊勢守、石舟斎、丸目蔵人、名人越後、真壁暗夜軒なんかの
剣豪の名前の方が有名なのを除くと、あとは奥山休賀の主家の人とか、
槍だけど可児才蔵あたりか。
他にもいるだろうから補足頼む
- 630 :人間七七四年:2009/10/13(火) 21:32:02 ID:XXsPFSlQ
- >>621
作家とはいえスポーツ選手とか見るのと感覚が一緒なんだなw
塚原卜伝の大成した組太刀がずっと後世まで影響を与えてるのを見れば、強さはもちろん、指導力、構成力もあった頭のいい人ってわかるのにねえ…
面之太刀、霞之太刀、間之太刀の三段階の組太刀そのまんま採用してる流派だけでもやたらたくさんあるし、なんせ新陰流もかなり新當流の影響が強いもんな。
- 631 :人間七七四年:2009/10/13(火) 23:35:14 ID:OMylxD6h
- >>628
=゚ω゚) 剣を学ぶのは牛若丸の時代から有るからふつう学んでたと思うよ。
ヤマトタケルは誰に剣を習ったんじゃろ?
思いつきで書けば名門では新当流の今川義元
剣では無いが竹内は関白の師匠だったとか。
あとタイ捨流立花宗茂。小田原の古藤田や田宮。
足利将軍指南の中条長秀、その弟子が小田応変流の小田
小田の分家が安芸の宍戸シセンだな・・・漢字で書けんよ(泣
- 632 :人間七七四年:2009/10/13(火) 23:58:46 ID:2lsZY90s
- 喧嘩剣法と道場剣法はどちらが強いかって
おなじみの話になりそうね
- 633 :人間七七四年:2009/10/14(水) 00:10:32 ID:R/QVUnXz
- >>622
自分もそう言う意味を言いたかったのです。
ただ戦国期の前線の猛者は基本からじっくり剣術を習える
余裕も無かったと思えるので
切り覚えだったのでは無いかなと・・・・
大事な武器を馬鹿にしてると言う意味ではありません。
- 634 :人間七七四年:2009/10/14(水) 01:13:18 ID:KtX0FjMk
- 親父や爺さんから武芸を習ってるのに
わざわざ他人から教わるなんて何かムカツク!
一流シェフの料理より我が家の家庭の味のほうが美味しいもん!
- 635 :人間七七四年:2009/10/14(水) 01:21:46 ID:3Xsay7Ps
- というより、他にも色々やる必要があるから、
いちいちシェフの真似事とかやってられん、というところかも。
- 636 :人間七七四年:2009/10/14(水) 18:48:53 ID:otBHcXK9
- 剣なんかどうでもいい。
馬、水練、走りの方が重要だ、とか言ってたのって誰だっけ?
- 637 :人間七七四年:2009/10/14(水) 21:30:40 ID:v4goIgCR
- >>636
徳川家康。
でも、剣術の腕前もかなりのものだったらしい。
- 638 :人間七七四年:2009/10/14(水) 23:27:34 ID:nXT21qnO
- 有馬大膳に新当流、奥山急賀に新陰流を習って、
有馬派の新当流に至っては、一時期宗家になってたくらいだしな。
その上、銃も使えるし・・・。
戦国大名の中でも、個人の強さでかなり上位に入ってそう。
そんな家康でも、大将に必要なのは何よりも生き残る事だ、と
断言していた(馬術、水練、走法もそのためのもの)わけだし、徹底してるよ。
- 639 :人間七七四年:2009/10/15(木) 12:34:42 ID:12JujRpv
- そういや家康は槍だけを特別に習ったという話は聞かないね。
まあ、新当流も新陰流も総合武術というか槍術を含んでいたからかな?
- 640 :人間七七四年:2009/10/15(木) 13:07:32 ID:CwoqAa16
- 駿府でヒマだったんでしょ
- 641 :人間七七四年:2009/10/15(木) 13:50:42 ID:w/ptpOZp
- すくなくとも家康が休賀斎に師事したのは、
今川勢駆逐の仕上げ期〜武田信玄との対立前半期にかけてだ。
駿府を手にした時期じゃない。
ついでに奥平宗家は武田側になびいていた頃だった。
休賀斎の立場が微妙だったんじゃないかと疑う余地はあるが、
家康の休賀斎個人に対する信頼は、実家の状況よりも厚かったのかもしれない。
- 642 :人間七七四年:2009/10/15(木) 14:50:51 ID:xrq270V3
- 人質時代の話だろ
むろん史実には残らないわけだが
- 643 :人間七七四年:2009/10/16(金) 16:37:20 ID:7nY3shC9
- 当スレで小笠原源信斎と書くところを玄信斎にしているのがしばしばあって、
宮本武蔵の晩年の号である玄信を登録した上で手抜き使用しているのかと思っていたが…
信長の野望オンラインの登場武将が小笠原玄信斎になっていた…orz
- 644 :人間七七四年:2009/10/16(金) 19:16:13 ID:yS31ZyBz
- 宮本武蔵守義軽みたいなもんか
- 645 :人間七七四年:2009/10/16(金) 19:16:35 ID:IkkKRhFq
- 小田切一雲の『剣法夕雲先生相伝』見たら小笠原玄信になっていた…orz
- 646 :人間七七四年:2009/10/16(金) 21:22:11 ID:n2Z+qUY9
- 小田切一雲も手抜き使用か
- 647 :人間七七四年:2009/10/17(土) 12:41:54 ID:/IPHuioG
- 古の日本では悪とかと一緒で玄って
強いとか勢いのあるとかそんな意味が含まれてるんじゃなかったっけ?
- 648 :人間七七四年:2009/10/17(土) 12:45:13 ID:D7w9u29a
- >>643
玄信斎でも正しいですけど。
- 649 :人間七七四年:2009/10/17(土) 13:08:02 ID:j7sgspL1
- 源信って坊さんいたよね
- 650 :人間七七四年:2009/10/17(土) 17:57:11 ID:1qid+CKp
- 一雲の師匠自体が文盲だったから玄信でも源信でもいい気がするが。
- 651 :人間七七四年:2009/10/17(土) 18:03:56 ID:k4jeqyPG
- 文盲といえば、一刀斎って自身は伝書残してなかったんだっけ。
一刀流の伝書だと一刀流三祖伝記か一刀斎先生剣法書あたりが最古?
小野忠明が残した伝書ってあった?
- 652 :人間七七四年:2009/10/17(土) 21:24:40 ID:ash6QA8l
- 外也一刀斎道宗が神子上某に出した伝書ならありますが。
- 653 :人間七七四年:2009/10/17(土) 22:25:46 ID:TxJWxHU0
- 大名クラスでも音が合ってりゃ漢字は何でもOK的なところがあった時代でしょw
(正式な文書はともかく。)
- 654 :人間七七四年:2009/10/17(土) 23:20:54 ID:2625jg5B
- >>651
一刀斎や忠明の頃の伝書や誓紙は火事で焼けて残っていない。
- 655 :人間七七四年:2009/10/17(土) 23:45:06 ID:/9klOA29
- 墓碑で「新免武蔵玄信二天居士」なんてのもあるから、てっきり
武蔵が通称で玄信が諱で二天が号かと思ってた
- 656 :人間七七四年:2009/10/18(日) 11:15:29 ID:OI1XLF3u
- >>647
「玄」はもともと色を染め重ねて出来た赤黒い色の事
その微妙な色調から転じて、奥深く分かりにくいものを表すようになった
剣客の号に使われる「玄」は、
人間の感覚や思考を超越した根源的なものを表しているのじゃないかな
- 657 :人間七七四年:2009/10/18(日) 13:25:25 ID:GwjH02FT
- 幕末あたりの人だったか
武芸の記録を再整理した上で、伝承のいい加減さを嘆いていたのがいた
特に「シンカゲ」流と呼称するものについて様々な当て字があることに文句を言ったいたような
後の時代の習得者が新流派を名乗るのに別の字を使った「シンカゲ」があってもいいと俺は思うのだが、
流祖上泉伊勢守が「神影流を興した」とかの誤伝があって、そのことに関して文句を言っていたのかもしれない
表記のいい加減さについては、疋田豊五郎を文五郎と書くが如し、と比喩してたんで
この人が文献を検討した上で豊五郎と表記するのが正しいと判ると共に、
読みは「ブンゴロウ」であることが判る(ホウゴロウでもなくて)
源信斎の少し後の世代に、宮本玄信という有名になった剣客が現れたから、
発音を耳で聞いていただけで字を正確に伝えられていなかった世代の者が
誤表記してしまったのは仕方ない
源信斎の道統を継いだ弟子(こちらは識字者)の方は源信斎と伝えているから、
この字が正しいことは明らかだが、
誤伝で玄信斎と表記される場合もあることをわきまえていればよい
- 658 :人間七七四年:2009/10/18(日) 14:34:37 ID:nDGsylN9
- 誤伝というか当人が表記に無頓着だったり好んで別に書く場合あるからね。
新撰組の山南敬助なんかは当人が「三南」表記を愛用したおかげで
読みが「さんなん」だとわかるくらいだし。
玄信斎は併記すべきレベルのもので、誤伝とは言いがたいと思うけど。
- 659 :人間七七四年:2009/10/18(日) 18:03:21 ID:16d8j267
- 徳川家もトクセン家とか呼ばれるね。
- 660 :人間七七四年:2009/10/19(月) 15:01:56 ID:7BzdneQP
- >>644
「宮本武蔵を守る義経」かとオモタ
- 661 :人間七七四年:2009/10/19(月) 16:56:08 ID:Mt6yRiW1
- 戦国武将は将軍や主君から一字もらって名前変えたり、朝廷から官位貰って〜守とか名乗ったりしてるからね。後は号を名乗ったり。
山本長恵
丸目長恵
丸目蔵人
丸目徹斎
藤原長恵
↑
どれも間違ってはいないし。
- 662 :人間七七四年:2009/10/19(月) 17:20:12 ID:53DayIvB
- そんな話じゃないのだが…
- 663 :人間七七四年:2009/10/19(月) 17:56:22 ID:Mt6yRiW1
- >>662
丸目蔵人の師匠の上泉信綱も『言継卿日記』には多胡武蔵守とか、他にも金刺秀綱とか同一人物とは思えない記録のされ方されてるし、
武田信玄の一字を貰って信綱にも疑問の向きも有るよ。
名前の読みだけで無くて漢字すら違う場合が有るから。
- 664 :人間七七四年:2009/10/19(月) 18:03:40 ID:53DayIvB
- いや、そんな話じゃない
- 665 :人間七七四年:2009/10/19(月) 19:41:09 ID:hANZ0IKL
- 前のレスを読まずにカキコするスレなのかな?
- 666 :人間七七四年:2009/10/19(月) 19:42:34 ID:53DayIvB
- 特定の名乗りに何通りかの表記が伝わっていて、異なる表記の間の真偽がどうこうという話の流れだった。
ある一個人が複数の名乗りを持っていることが話題になっていたわけじゃないから、
そんな話じゃないと指摘しておいた。
これまでの流れとは全く無関係に、
名乗りが複数ある剣客の話題を新たに振ったつもりであったのなら、
失礼した。
- 667 :人間七七四年:2009/10/19(月) 19:53:54 ID:53DayIvB
- しいて喩えれば、そうだな…
お題:丸目鉄斎、哲斎、徹斎、迭斎、撤斎、姪斎、綴斎etc.
いろいろな書き方が伝わってるけど、正しいのは一つじゃないですか?
A「どれでも合ってるんじゃないの」
B「いや、姪斎はないだろー」
C「徹斎だと思う」
とまあ、こんな流れだったということで、
丸目さんの本姓がどうとか通称がどうとかいう流れとは違いまんな。
- 668 :人間七七四年:2009/10/19(月) 20:43:42 ID:Mt6yRiW1
- >>666
新しい話題で書いたんだけど、別にスルーで良いよ。
ノシんじゃ
- 669 :人間七七四年:2009/10/20(火) 23:11:07 ID:EGkVXKpJ
- >>660
=゚ω゚) 義経を守るのが武蔵坊弁慶=弁之助かな?
つか、さすがに義軽は誤字だったんじゃねーかと思うのだが・・・居たんだな。
- 670 :人間七七四年:2009/10/21(水) 16:21:43 ID:Owbg9JwV
- >>661はどう読んでも新しい話題の振り方ではないけど。
素直に間違えたと書けばいいのに。
- 671 :人間七七四年:2009/10/21(水) 20:10:54 ID:Mnh7U2Ri
- 小笠原金左衛門が家康の権勢下で不遇をかこっていたかのような前提は、
どこかの小説での設定が流布したのだろうか?
その小説では、小笠原一門が高天神城を守りきれずに武田に降伏したことに原因を求めているのだろうか。
高天神城陥落の件なら、むしろ家康が見捨てたとも言えて(信長の意向もあったが)、
家康にとっての負い目になっていそうなのだが。
- 672 :人間七七四年:2009/10/22(木) 08:10:35 ID:Sx3OVgCb
- 誤字とか言われそうだが、綿谷雪の増補した『武芸小伝』には
(源心斎)とも併記してあったよ。
- 673 :人間七七四年:2009/10/22(木) 22:13:12 ID:Q5wDwWiA
- 小笠原玄信斎ってこういう剣豪談義ではマイナーメジャーってところ?
人気があるのかないのか、評価が高いか低いかよくわからん。
- 674 :人間七七四年:2009/10/23(金) 01:57:11 ID:z3sOiAK8
- 剣豪談義ができるくらいの場であれば、
メジャーとまでは言わないけど、そこそこの知名度はあるんじゃないかな。
評価の方も、明国帰りの八寸の延金の使い手で、真新陰流の宗家だし、
後を辿れば、直心影流にもなるわけだから、
確実に一定以上の評価はされる剣士の一人だと思うけど。
- 675 :人間七七四年:2009/10/23(金) 11:02:58 ID:aOzkA9J/
- 大河ドラマでもやればすぐ武蔵並の知名度になるさ・・・
- 676 :人間七七四年:2009/10/23(金) 11:39:14 ID:tSx0gTZU
- ・奥山休賀斎の指導を受けたという点において、徳川家康の弟弟子ともいえる
・でありながら、家康とは直接の接点がない(生き方そのものがまるで異なる)
・柳生宗矩と同年代。宗矩は指南役に抜擢されたが、長治は無視された(別に就任活動をしてたわけじゃないが)
・幕府お膝元となったばかりの江戸に道場を開設。大人気の道場となって繁栄した
剣豪談義の場で小笠原源信斎を知らなければモグリとされても仕方ないほど、
著名剣豪であるための要件は揃っている
剣豪に関する造詣がない一般人にはあまり知られていないというギャップも面白い
- 677 :人間七七四年:2009/10/23(金) 11:57:56 ID:k2gqeIaL
- 弟子に超えられているという点で、最強論争でもトップに上がることがないな。
優秀な弟子や孫弟子が生まれているし、後の直心影流に繋がることを考えれば
指導者としてかなり素晴らしいんだろうが。
- 678 :人間七七四年:2009/10/23(金) 13:01:30 ID:k2gqeIaL
- >柳生宗矩と同年代。宗矩は指南役に抜擢されたが、長治は無視された(別に就任活動をしてたわけじゃないが)
そういや「真」新陰流と付けたのは、柳生などに対して、自分こそが真の新陰流の継承者だとの自負だという
説もあったっけ。誰が言い出したことか知らんが。
- 679 :人間七七四年:2009/10/23(金) 14:29:45 ID:aOzkA9J/
- 丸目っちも宗矩に噛みついたそうだし
自分のとこが上泉信綱の正統を受け継いでるみたいな物があったのかもねえ
その点
疋田文五郎の「え〜そんなのどうでも良いよ」的な生き方に魅力を感じる
- 680 :人間七七四年:2009/10/23(金) 15:47:50 ID:YjWB75K+
- 当の上泉本人が
「正統継承者は石舟斎で」って言っちゃってるもんなあ
- 681 :人間七七四年:2009/10/23(金) 16:12:24 ID:3HPLb6n0
- >正統継承者
そんなの書いてたっけ?
一国一人は昔の国(大和とか播磨とか)だから、新陰流の正統はたくさんいるって認識でいいと思うけど。
丸目や奥山、疋田文五郎なんかは古い新陰流で柳生やその近辺の人たちは晩年の新陰流、って認識でいいんじゃない?
実際古い人と新しい人で伝えてる目録内容もちょっと違うし。
- 682 :人間七七四年:2009/10/23(金) 16:26:30 ID:RilVMHKe
- 毎度思うんだが、
なんで新陰流の正統争いの逸話で引き合いに出されるのが宗矩なんだろう。
正統を継いだのは兵庫助なんだから、そっちに行けばいいのに。
- 683 :人間七七四年:2009/10/23(金) 16:57:41 ID:tSx0gTZU
- 正統争いなんてあったのかいな
- 684 :人間七七四年:2009/10/23(金) 18:03:34 ID:3HPLb6n0
- 心理的なもの以外は正統争いなんか無かったと思うぞ
新陰流の正統、というより将軍家指南役のほうが名誉だったみたいだしね。
そもそも武術で正統、とか言っても負けたり技術を見せられなきゃ終わりだから江戸時代は家系的な家元的な意味しかなかったと思う。
示現流の東郷や尾張の柳生、柔術の竹内や渋川なんか家元の所でも技術レベルが低下して存亡の危機があったし。一刀流の小野家なんかは実質的な家元の立場を弟子の中西家にとられちゃってるしw
18世紀末からはいろんな藩で指南役流派の入れ替わりが起こりはじめてて、幕末の講武所の教授陣なんか実力主義の撃剣流派ばっか。
- 685 :人間七七四年:2009/10/23(金) 19:56:10 ID:RilVMHKe
- でも尾張柳生の方が柳生の正統なわけだろ?
嫡流だし、正統の証の柳生の大太刀と伊勢守の影目録も譲られたわけだし。
格としては尾張の方が上じゃねえの?
- 686 :人間七七四年:2009/10/23(金) 20:30:15 ID:3HPLb6n0
- 柳生家の正当は江戸(だって柳生藩主だし)で、新陰流の正当は尾張、っていう風に石舟斎がしたんじゃないの?
戦国の人たちは一族で敵味方に分かれて生き残りを図るのが普通だし、すべて(家、流派とか)を一つにまとめると危険じゃん。
リスクマネジメントじゃねーのかな。
- 687 :人間七七四年:2009/10/23(金) 21:32:29 ID:JypSoTq3
- >>684
>18世紀末からはいろんな藩で指南役流派の入れ替わりが起こりはじめてて
その頃の江戸柳生なんて年に何度か将軍の前で型を演じるだけの名目上の
指南役だったそうだけど、尾張はどうだったんだろう?
- 688 : [―{}@{}@{}-] 人間七七四年:2009/10/23(金) 22:10:28 ID:3HPLb6n0
- 長岡さんが試合勢法とか作ってるからねえ。弟子にも撃剣はじめるやつがいたんじゃないかな?
大体大藩ほど撃剣中心の新流派を採用するのが遅い傾向があったと言われてるから、現役だったんじゃないかな?
小さな藩でも防具竹刀打は城下より農村のが早く広まってるし。
尾張に詳しい人頼む
- 689 :人間七七四年:2009/10/24(土) 13:12:34 ID:rOcZB/ew
- ”柳生家”の宗家も尾張の方
江戸柳生が担ったのは将軍家指南役という大任
- 690 :人間七七四年:2009/10/24(土) 19:34:33 ID:YtFe2V/1
- >>689
それを言うなら嫡家じゃねえの?
柳生本家の家督も所領も継いでないんだから、
”柳生家”として見た場合、尾張は宗家とは言わんだろ。
徳川家(秀康と秀忠)と同じようなもんだ。
- 691 :人間七七四年:2009/10/24(土) 19:48:57 ID:3By+hweD
- 尾張柳生宗家で新陰流習ってる俺が通りますよ
- 692 :人間七七四年:2009/10/24(土) 19:50:11 ID:rOcZB/ew
- 本家の家督は継いでるし、
所領は宗家であることとは関係ないw
- 693 :人間七七四年:2009/10/24(土) 19:53:37 ID:3By+hweD
- 尾張柳生は柳生新陰流としては
柳生石舟斎→柳生利厳
新陰流としては
上泉信綱→柳生石舟斎→柳生利厳
で尾張柳生が新陰流の正統で有ると共に柳生新陰流の正統でもアルでよ。
- 694 :人間七七四年:2009/10/24(土) 19:54:46 ID:3By+hweD
- と現宗家から聞きました。
- 695 :人間七七四年:2009/10/24(土) 20:16:20 ID:fB74L59U
- 柳生新陰流ってのが微妙な言い方だ。
http://yagyu-shinkage-ryu.jp/
>当流は創始以来「新陰流兵法」を正式な名称としており、現在も変わっておりません。
現宗家も使いたくはないが通称を認めざるを得ない、というようなスタンスだな。
- 696 :人間七七四年:2009/10/24(土) 20:29:56 ID:YtFe2V/1
- その尾張家の言う”本家”の定義がなんなのか、という話なんだがな。
「嫡流=本家」というのは先に上げた徳川家の例の通り、
当てはまらん訳だし。
そうなると、残るのは代々の所領を継いだかどうかと、
一族郎党の統括権がどちらにあるかという話くらいなんだが、
これは両方宗矩の方にあるわけで、
世間的にも江戸の方が本家として認められていたと思うがな。
というか当時、当の尾張家以外に
尾張が本家だって認めてたところってあったのか?
- 697 :人間七七四年:2009/10/24(土) 20:39:08 ID:YtFe2V/1
- あと、まだ話を進めるなら続きは柳生スレでどうだろう。
返事しておいてなんだが、柳生家の本家/分家問題は話は剣と少し違うしな。
■熱く語ろうや柳生一族 ■
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1173690703/l50
- 698 :人間七七四年:2009/10/24(土) 20:39:19 ID:fB74L59U
- 確かにこういうときって尾張側の言い分ばかりが取り上げられるね。
江戸柳生はどう認識していたのか?
- 699 :人間七七四年:2009/10/24(土) 20:39:50 ID:MfLfVq8s
- 周りがどう思うかよりも
江戸や牛の威令で家中がどれだけ従うかじゃないの
- 700 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:28:52 ID:3By+hweD
- 上泉信綱よりの伝書が
上泉信綱→柳生石舟斎→柳生利厳
尾張柳生ルートで伝わってて新陰流の宗家は尾張柳生なんだよ。
柳生と付けると江戸との絡みで、ややこしくなるのかもしれないが、丸目、疋田、神後、奥山という上泉信綱から連なる新陰流の中での正統後継流派という位置付け。
- 701 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:41:52 ID:3By+hweD
- 簡単に言うと、新陰流の開祖の上泉信綱にお前が正統後継者だと言って渡された伝書を
柳生石舟斎がお前が正統後継者だと言って柳生利厳に伝書を渡した訳ね(伝書を渡したって事は後継者だと認めた証)。
剣術流派の宗家は前宗家から証たる伝書を渡された事が重要なの。
この場合、開祖(信綱)→宗家(石舟斎)→宗家(尾張利厳)→…となってるから尾張柳生を(柳生)新陰流の宗家と言う事になる。
- 702 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:43:28 ID:YtFe2V/1
- 別スレに誘導を書いておいてここで書くのもなんだが、
流派の道統と家の家督は別物だぞ。
江戸時代以降、芸道の家元化が進んだから、
家の血筋と芸の道統が一体化しただけで、
少なくとも戦国末期の時点で、新陰流の正統を継いだ事は、
柳生本家の家督を継いだ事の証明にはならんのだが。
大体、尾張柳生家自身、新陰流の道統を
尾張徳川家と交代しながら繋いでるんだし。
- 703 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:50:55 ID:3By+hweD
- >>702
剣術と家督は別なのは分かってるよ。
自分が説明してる宗家は、あくまで剣術流派新陰流の宗家だから。
- 704 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:53:37 ID:YtFe2V/1
- というか、もういっこ書くと、
当の兵庫助自身が、利方と厳包に家督と道統を分けて継がせてるんだが、
その辺どうよ?
- 705 :人間七七四年:2009/10/24(土) 21:57:37 ID:fB74L59U
- >(伝書を渡したって事は後継者だと認めた証)。
>>701
伝書というくくりのものだったら、当然他の弟子たちも授かってますが。『影目録』のこと言ってるの?
- 706 :人間七七四年:2009/10/24(土) 22:03:53 ID:SV50SHkh
- >簡単に言うと、新陰流の開祖の上泉信綱にお前が正統後継者だと言って渡された伝書を
この伝書に上泉から印可を与えられた他の弟子達じゃなくて
石舟斎に道統を譲ったと書いてある訳か
でもそうすると上泉が石舟斎に道統を譲った後に
まだ上泉に弟子がいるのは何故なんだぜ?
- 707 :人間七七四年:2009/10/24(土) 22:06:43 ID:CREkSgIO
- 新陰流の伝書なら他の上泉の弟子も貰ってるよな。他の直弟子達は自分で書き直して自分の弟子に発行してて、自分宛の伝書をそのまま譲ったりしてないみたいだけど。
疋田も奥山も神後もたくさん弟子がいて免許持ちはみんな正統って認識だったんじゃまいか。
ほかには肥後じゃ疋田系が新陰流を名乗ってて、柳生系は柳生流と書かれとるから、少なくとも肥後の人間にとっては新陰流の正統は疋田という認識だったんじゃないか?
- 708 :人間七七四年:2009/10/24(土) 22:26:55 ID:YtFe2V/1
- >>703
あ、すまん。
>>692と間違えた。
確かにID違うな。
- 709 :人間七七四年:2009/10/24(土) 22:51:37 ID:fB74L59U
- >>707
>少なくとも肥後の人間にとっては
熊本藩ではなく肥後というくくりならば人吉藩というところでは、というような細かいことはいいよねw
タイ捨の人たちも新陰流を受け継いでいるという意識のようだよ。
なんで尾張柳生の人たちは自分のところだけが正統、というところに固執するかな?
- 710 :人間七七四年:2009/10/24(土) 22:55:47 ID:PUvVBYQM
- 身分の低い連中が売名行為のために剣術するのはわかるんだが
比較的身分のある剣聖とか北畠とか義輝が剣術したのはなんでだろう
- 711 :人間七七四年:2009/10/25(日) 00:12:36 ID:+WmBwRP0
- お茶やお花みたいに芸事や嗜みとしてじゃない?
あと何と言ってもただ単に好きだからだと思う。
- 712 :人間七七四年:2009/10/25(日) 00:53:14 ID:CNgF67O0
- 太刀は元々上級の武士である騎馬武者が扱う物で、
時代が下って刀になっても身分の低い人間の使う物だという認識は無かっただろ。
それに、身分が高ければ前線で必要になる槍の訓練なんかはあまり必要無いだろうが、
平時・戦時共に自らの身を守る刀の訓練は必要だろう。
- 713 :人間七七四年:2009/10/25(日) 01:31:41 ID:hQkyc6Db
- 士分でもない足軽も刀使ってるんだけど
ソースは雑兵物語
- 714 :人間七七四年:2009/10/25(日) 01:43:51 ID:LoK0unJd
- 712は「元々」って書いてあるみたいだけど
刀って結構な専門的兵器だぜ。素人には作れん
例えば、室町中期の惣の連中が全員持ってたとは思えんな
足軽連中は戦乱に乗じてパクッて来るのが普通
ソースは俺脳
- 715 :人間七七四年:2009/10/25(日) 01:51:12 ID:LoK0unJd
- あれだ
明智光秀は来栖野の夜盗に竹槍で刺されて非業の最期を遂げました
藤吉郎は父親の形見の刀を野武士の蜂六に獲られそうになりました
ってやつだ。
だいたい今の車レベルの持ち物かな。自転車レベルではないな。
- 716 :人間七七四年:2009/10/25(日) 02:45:34 ID:hQkyc6Db
- >>714
御貸具足と同様に武器も貸し与えられるんだよ
- 717 :人間七七四年:2009/10/25(日) 02:53:00 ID:Q82Foxid
- 刀にも名品と数打ちがあるからなー。
名品はそりゃちゃんとした刀匠が打つわけだが、
数打ちのになると、鉄の棒に刃をつけただけみたいなもんだぞ。
「奈良刀」とも言うな。
『奈良刀:室町時代以来、奈良付近で大量に造られた粗悪な刀。後に鈍刀にいう。奈良物』(広辞苑)
昼に頼んで夕方にはできてるとかいう話が残ってるくらいだから、
雑兵や農民が持ってたようなのはこういうのだろ。
中国にも大量に輸出されたって言うしな。
でもまあ、形は同じだから、同じ剣術で扱えなくもない、ってことだろうな。
車にも軽と高級車があるようなもんだろ。
- 718 :人間七七四年:2009/10/25(日) 02:55:36 ID:hQkyc6Db
- 侍の刀と違って切れ味が悪いから左手を添えて突き刺して使うと雑兵物語にある。
- 719 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:13:27 ID:LoK0unJd
- >>切れ味が悪いから左手を添えて突き刺して
ひとかどの兵法を身に付けた者では逆に扱えない危険な代物だな
- 720 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:18:05 ID:hQkyc6Db
- >ひとかどの兵法を身に付けた者では逆に扱えない危険な代物だな
???
むしろ斬撃での使い道がないからこの様な使い方になるんだろう
- 721 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:21:55 ID:LoK0unJd
- いやようするに普通の刀の使い方じゃないってことよ
あんな刃の方が長い代物を槍みたいに使うんだったら
普通に竹槍かむしろただの棒の方がましでしょ
- 722 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:23:38 ID:hQkyc6Db
- 竹槍よりは刺し易いし棒よりは携帯性が高いわな
- 723 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:24:56 ID:LoK0unJd
- そうなの?まあそれでもいいですよ
- 724 :人間七七四年:2009/10/25(日) 03:31:08 ID:hQkyc6Db
- 刀の代わりに木刀や鎌やナタを持ってくる足軽も居たそうだからまあそういうことでしょう。
- 725 :人間七七四年:2009/10/25(日) 04:25:09 ID:wOsfDYyq
- 伊勢守はなまくら刀と木刀と竹槍と棒と鎌とナタと徒手だったらどれをとるだろうな
- 726 :人間七七四年:2009/10/25(日) 04:39:42 ID:mwyx23yx
- 自分が使い易い物を時と場合に応じて選ぶだけさ
- 727 :人間七七四年:2009/10/25(日) 07:21:30 ID:zRy1dVV7
- >>709
丸目長恵は元々新陰流を名乗ってたけどタイ捨流にしたんだよね。
柳生に対して心中どうだったんだろう?
- 728 :人間七七四年:2009/10/25(日) 08:29:17 ID:CNgF67O0
- >>713
わざわざ太刀と刀(打刀)とか「時代が下って」って書いてんだけど、何で雑兵物語なんて出てくんだよw
- 729 :人間七七四年:2009/10/25(日) 09:14:04 ID:1gj6jkRI
- >>727
実力じゃ丸目蔵人の方が柳生宗厳より格上。
だから息子の宗矩が徳川の剣術師範になった時に文句言いに行ってる所見るとやはり面白くなかっただろうね。
清水寺とかに挑戦者募集の高札も柳生に対するけん制の意味もあったかも。
柳生が宗家みたいになってるのは師匠のお世話をいっぱいしたからその流れでしょう。丸目は遠く九州に居るし。
柳生にとって丸目は目の上のタンコブだったろうね。
- 730 :人間七七四年:2009/10/25(日) 09:59:07 ID:0l1ogakB
- 丸目が柳生に文句言ったのって後の作り話でしょw
丸目が新陰タイ捨流、と名乗ったからには新陰流をより良い物にしたって矜持があったと思うんだけど。
- 731 :人間七七四年:2009/10/25(日) 10:42:58 ID:g/hZk8wG
- >>710
むしろ身分の高い人間以外は、日々食べていくだけで精一杯で
剣術なんてやってる暇は無かったんじゃないか?
- 732 :人間七七四年:2009/10/25(日) 10:54:01 ID:1gj6jkRI
- >>730
作り話とも限らないよ「丸目徹斎」って伝書に載ってるみたいだし。
訪問対話の真相はおそらく裏柳生がやってた公儀隠密の仕事を分けてもらうためだったんじゃないかな。
丸目はその頃謹慎中だし、実際に丸目が組織した隠密が密貿易の取り締まりをやってたって話もあるくらいだから。
表向きの訪問理由は試合として、真相は裏取引。
- 733 :人間七七四年:2009/10/25(日) 10:58:25 ID:Pn4y/fVY
- 裏柳生ですかそうですか
裏柳生ならば仕方がないなwwww
- 734 :人間七七四年:2009/10/25(日) 11:12:04 ID:zRy1dVV7
- >>732
人吉に丸目長恵が帰ってきてから忍者を指揮して、島津とかからの忍者を撃退したとかの逸話だよね?
- 735 :人間七七四年:2009/10/25(日) 11:21:02 ID:YJFKJtqa
- >>733
シベリア柳生もあるでよ
- 736 :人間七七四年:2009/10/25(日) 11:27:14 ID:1gj6jkRI
- >>734
逸話じゃないと思うよ、藩での平素の仕事は‘隠密狩り’で17人斬ったとか。
薩摩城内のソテツの樹に短刀が刺されてて、将軍から言われるまで気づかなかったって話があるけど、実行者はおそらく公儀隠密としての丸目の相良忍軍の忍者だったんじゃないかな。
これは俺の推測だから断言する気は無いけどね。
- 737 :人間七七四年:2009/10/25(日) 11:35:08 ID:zRy1dVV7
- >>736
確か丸目長恵は大和柳生に逗留してた時が有ったらしいから、
あそこら辺の忍者を見繕って借りて人吉に連れて行ったとか?
(´・ω・`)y ̄~何か小説のネタになりそうな。
- 738 :人間七七四年:2009/10/25(日) 12:34:41 ID:banL97YQ
- >>729
毎度思うんだが江戸柳生相手の話ってテンプレでもあるのか?
「実力では(適当に流派名入る)の方が上だから、江戸柳生は脅威に思っていた」とか
なんか山ほどいる「家康が最も恐れた男」みたいだな。
この手の話の論拠として出てくるのは、
自流派に伝わる伝書とか逸話ってのが殆どなんだが、
「ウチにはこう伝わってるからこれが真実。
証拠?ウチの伝書にそう書いてある」って普通証明にはならんのだがなあ。
- 739 :人間七七四年:2009/10/25(日) 12:39:38 ID:zRy1dVV7
- >>738
言継日記みたいな、第三者が丸目と柳生のやりとりの場に居た公家が書いた
第一級歴史資料が有れば良いの?
- 740 :人間七七四年:2009/10/25(日) 15:24:35 ID:hQkyc6Db
- >>728
打ち刀が登場するのは戦国後期だけど?
時代が下ってというのが江戸期を差すのなら尚更足軽身分(最下級藩士)でも帯刀してる。
- 741 :人間七七四年:2009/10/25(日) 15:37:04 ID:Pn4y/fVY
- 刀狩りの成果でわかるように農村にもごっそり置いてあるほどの武器ですけど。
- 742 :人間七七四年:2009/10/25(日) 15:53:13 ID:hQkyc6Db
- まっ、時代が下って刀になっても身分の低い人間の使う物だという認識は無かったってことはない。
- 743 :人間七七四年:2009/10/25(日) 16:27:08 ID:qm8Ucndl
- >>740
打ち刀の登場が戦国後期?
ごめん、ちょっと意味が分からない
- 744 :人間七七四年:2009/10/25(日) 16:33:29 ID:hQkyc6Db
- >>743
打ち物佩きで打ち刀が多く使われるようになったのはこの頃らしいけど。
- 745 :人間七七四年:2009/10/25(日) 18:39:25 ID:banL97YQ
- >>739
別に第一級史料とは言わんが、
特に根拠もなく裏柳生とか書いてる話を信じろって方が無茶だ。
当事者の話以外に検証に使える史料がないと、
「○○はそう主張している」以上の話にはならんだろ。
自分はそう信じる、というだけなら別にいいんだが、
事実であると言うのなら、それなりに証明がいると思うんだが。
- 746 :人間七七四年:2009/10/25(日) 19:12:08 ID:zRy1dVV7
- >>745
確かに資料とか無くて信じろってのは無理だと思う。
自分も本で丸目長恵が実力は上泉門下で疋田、神後、柳生、奥山と比べて自分が一番強いのに小藩人吉二万石の剣術指南役に対して実力的には三番〜四番くらいの柳生石舟斎の更に息子が将軍家剣術指南役なのが納得いかず、
柳生宗矩にどちらが天下一か勝負しろと迫ったら、
宗矩が西半分は長恵殿が天下一で東半分は某が天下一ではどうか?
で長恵が納得して帰った。
九州に帰る途中で大和柳生に逗留して柳生門下生に稽古をつけた。
とまぁ、こんな話しを出典は知らないけど読んだ記憶が有るよ。
- 747 :人間七七四年:2009/10/25(日) 19:50:34 ID:1Yx455EQ
- わざわざありがとう。
その話自体がフィクションだと納得できたわ。
- 748 :人間七七四年:2009/10/25(日) 20:10:09 ID:oYp1Yf59
- >>747
簡単に納得するんだな〜w
- 749 :人間七七四年:2009/10/25(日) 22:31:15 ID:Pn4y/fVY
- うちの先祖は裏丸目でした、とか言えば簡単に納得してくれるかなー。
- 750 :人間七七四年:2009/10/25(日) 23:46:38 ID:MRUjb1Mc
- >>744
おいおい、打刀で最古の物は菱作打刀で、南北朝以前の物だぞ。
本格的に隆盛するのは室町後期だけどな。
つーか、太刀は平安時代から存在していて、この頃は騎乗した上級武士の武器。
時代が下って徒の下級武士が打刀を使用するようになり、
更に戦術の変化によって上級武士の近接戦闘用武器も打刀へ変化するが、
そもそも「刀」という物は上級武士の武器だった訳で、
身分の低い者の為の武器だという認識なんか無かっただろって言ってんだけど。
- 751 :人間七七四年:2009/10/26(月) 00:30:51 ID:Ktd4BWbj
- おそらく彼は触っちゃいけない人だよ
- 752 :人間七七四年:2009/10/26(月) 01:52:58 ID:8dV3YMjB
- てかまあ、石舟斎が疋田たちに完敗したのは新陰流修める前の話であって、
師事の後はどうだったかなんて解らないと思うのだけどね。新陰流継承まで8年の空きがあるし。
- 753 :人間七七四年:2009/10/26(月) 02:21:46 ID:nmiVxGFQ
- =゚ω゚) まあ記紀神話の時代から剣や太刀は使われてた。
源平合戦とかもね。
雑兵物語でも騎馬武者から百姓兵まで皆刀を使っている。
>薩摩城内のソテツの樹に短刀が刺されてて、将軍から言われるまで気づかなかった
=゚ω゚) そりゃ公儀隠密の間宮林蔵だっぺ。
>裏柳生
=゚ω゚) 浦柳生なら連也の事だが・・・
- 754 :人間七七四年:2009/10/26(月) 02:52:11 ID:8xlfsXBp
- >>746
その逸話は「球磨群誌」が出典らしい。
球磨群は蔵人の住んでいたところだから、
タイ捨流の逸話がそっちに載ったのかもしれん。
興味はあるけど高いんだよな。
球磨群誌(18,998円)
http://www.amazon.co.jp/dp/B000J8DUSM
国会図書館に行く機会があったら確認してみたい。
- 755 :人間七七四年:2009/10/26(月) 02:55:01 ID:e6VD6s9t
- >>753
> 記紀神話の時代から剣や太刀は使われてた。
「太刀」と呼ばれる鎬造の彎刀が現れるのが平安時代後期。
それまでは「剣」「大刀」「横刀」等と呼ばれる切刃造の直刀。
> 源平合戦とかもね。
当たり前。
> 雑兵物語でも騎馬武者から百姓兵まで皆刀を使っている。
それは>>750でも説明したんだけど。
一体何が言いたいんだ?
- 756 :人間七七四年:2009/10/26(月) 03:47:43 ID:Gjdf6CmN
- >>750
平安後期の徒歩武者も太刀は装備してるぞw
- 757 :人間七七四年:2009/10/26(月) 08:33:00 ID:wcoyj7Dp
- 平安期の徒立の下級武士の主要武器は手鉾や長刀。
接近戦用に刺刀なんかは使ってたけど、通常太刀は使わない。
反りが深く腰にぶら下げて佩くのは馬上で抜き易くするためで、
先が細く重心が手元に近くなっているのも片手で扱い易くする為の物。
鎌倉期以降に対騎馬用なんかに太刀の中程から紐で巻いた
「中巻野太刀」を徒歩武者が使ってたりはしたけどね。
- 758 :人間七七四年:2009/10/26(月) 08:53:50 ID:JwLcZGHS
- 丸目さんはいっべん首になって後は悠々自的の開墾生活でしょ?
若い時はともかく、いちいち余所の事に口出ししたりしなさそうだけど。
そもそも丸目は宗矩よりだいふ年上じゃね?九州一円に弟子がいた老名人がそんな事言うかね?
- 759 :人間七七四年:2009/10/26(月) 14:55:48 ID:4bIIz2s4
- あくまで想像の話だが俺は可能性は結構高いと思うなあ・・
武術家は狷介な人物多いし兄弟弟子が多ければ意識をするのは今も昔も同じ
公に口には出さずとも周りの弟子達には酒席でつい本音がポロリ・・・
なんて事が逸話に繋がったとは考えられないかのう。
火のない所に煙は立たないとも言うし。
- 760 :人間七七四年:2009/10/26(月) 15:39:01 ID:b4H+mpZU
- オレの実力が流派ナンバーワンだという自負があったという話と、
わざわざ目下の流派習得者の所へいちゃもんつけに行って裏取引に応じたという話とでは
十万光年からの違いがあるということだ
- 761 :人間七七四年:2009/10/26(月) 16:12:30 ID:4bIIz2s4
- 脊椎反射をせずに
まずじっくりと書いてある文の意味を読み取ろうとする努力をおすすめする
- 762 :人間七七四年:2009/10/26(月) 16:37:40 ID:JwLcZGHS
- 首になったのと隠居がごっちゃになってたorz
宗矩が将軍家指南役と言えるのは1603年以降だから丸目はすでに63歳。いつ隠居したかわからんけど、たぶんそんな話は宗矩とかも亡くなった後に孫弟子とかが作った話じゃないか?武蔵とか小野さんとか有名所の人には大抵そんな話あるし
- 763 :人間七七四年:2009/10/26(月) 17:50:57 ID:v4t1cG34
- 事実なら相良公にとっては心臓バクバクモノだったんじゃないかな?
丸目長恵にしてみたら、昔一緒に釜の飯食った兄弟弟子の息子にガツンと言ってやったくらいだけど
柳生宗矩は将軍家剣術指南役and大目付
で下手すりゃ、とり潰されかねないし。
逸話の通り事無きを得たなら柳生宗矩は寛大な気がする。
- 764 :人間七七四年:2009/10/26(月) 18:41:58 ID:pOJz9/Q1
- もし本当だとすれば、剣豪譚としては痛快だが、
家臣としては主家を危機に陥れかねない大愚行だったわけか。
- 765 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:04:06 ID:v4t1cG34
- >>764
京の清水寺に『兵法天下一』(師匠を越えたんかい(笑))という高札を出して挑戦者を募ったりして師匠の上泉信綱が印可を出したり、
薩摩大口城で島津家久の策に引っ掛かって相良氏の勢力を衰退させて、島津の属国化を推進させて相良義陽から蟄居させられたり
まぁ、その事実なら柳生宗矩との天下一を東西で分けようという話しをしかねない性格と、
主家を前にも危機に晒したりしてる人なんですよ丸目長恵殿は。
- 766 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:17:13 ID:pOJz9/Q1
- そうすると、柳生宗矩の取った手って一番丸く収まる手だったのかもな。
直談判なら外に漏れないから将軍家や相良家を巻き込まずに済むし、
丸目爺さんは面子が立って満足して帰れるし、
柳生家も面倒が減るし・・・さすがに上手いな。
でも、今に残ってるってことは爺さん喋っちゃったんかな。
「わしゃー柳生の小僧に頭を下げさせたんじゃー」とか。
- 767 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:23:13 ID:x2a9PdKA
- まあ、公になったところでやっかいな大先輩をうまくあしらった但馬の株が上がるだけだな。
- 768 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:31:13 ID:JwLcZGHS
- なぜ事実前提w
宗矩にいちゃもんつけた、て話が出て来る一番古い史料はなんなんだろ?それにいちゃもんつけたのは何年の話になってんだろな。
- 769 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:36:41 ID:kuOeSD+i
- このスレは柳生たたきの話になると反論が尋常じゃないなw
半分はやるやら柳生スレだなw
- 770 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:40:04 ID:4bIIz2s4
- 確かにw
丸目爺様の愛すべきキャラと
宗矩の金持ち喧嘩せずの余裕を感じられる逸話ではあるよね
- 771 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:53:23 ID:v4t1cG34
- >>770
個人的には、師匠の伊勢守の幼児を人質に立て籠った相手に僧侶の恰好して握り飯を
食えや(´・ω・`)ノ⌒ョ
って放り投げて相手が握り飯に気をとられた隙に取り押さえた逸話が好き。
- 772 :人間七七四年:2009/10/26(月) 19:57:06 ID:JwLcZGHS
- 柳生叩きってなーにー?
宗矩といえば兵法家伝書。切られて取るべし、と実戦的。対して変態武芸者戸田流林田左門の伝書とかもおもろいぞ。無刀はすらすらと近付いて取るのがよろしい、とか無茶書いてるw
- 773 :人間七七四年:2009/10/26(月) 20:04:57 ID:PtgsI8KT
- みなさんが取得されてる剣道の免許はどこの流派なんですか
- 774 :人間七七四年:2009/10/26(月) 20:23:34 ID:4bIIz2s4
- >>771
俺もそう言うトンチ系の逸話結構好きだな
名人越後の主君を騙して取り上げる無刀取りとか
卜伝の船で絡んできた浪人者を
浮島に残して(´・ω・`)ノシ さいなら〜とか
- 775 :人間七七四年:2009/10/26(月) 20:59:33 ID:mjLB/lQb
- >757
中巻野太刀が対騎馬用だったとは驚きだなw
薙刀っちゅう物があるのにw で、誰の説なの?
それと、時代が下ってってのはいつごろを差してるわけ?
- 776 :人間七七四年:2009/10/26(月) 22:21:13 ID:vQdyITnU
- >>761の言うとおり!
>>732で言ってることは、通説は>>746だが実際はこうなんじゃないかって。
なのに柳生ファンのヒステリックな反応の数々には驚きを超えて呆れるねWw
- 777 :人間七七四年:2009/10/26(月) 23:02:45 ID:8xlfsXBp
- >>776
通説に対して「実際はこうなのでは?」という意見なら、
それこそ論拠があるかどうか聞くのは別におかしなことでもないだろう?
それをヒステリックとか言われてもな。
- 778 :人間七七四年:2009/10/26(月) 23:22:58 ID:4bIIz2s4
- う〜ん俺は内心でライバル心や嫉妬心はあったのでは?と言っただけで
裏柳生や裏取引説と一緒にされてもなあ・・・真相とか言っちゃってるし
- 779 :人間七七四年:2009/10/26(月) 23:38:54 ID:VHwrRQ0o
- 柳生ファンってのもピンとこないわ。
- 780 :人間七七四年:2009/10/27(火) 00:02:39 ID:vn++0BKq
- 相手を理論でなく好き嫌いの輩に設定して見下すのは勝手だが、それで自説の説得力が増すわけでも無いだろ
- 781 :人間七七四年:2009/10/27(火) 07:25:56 ID:S4g4J6DL
- 説得力っていったら、裏柳生って単語が入っているだけで説得力激減だろw
- 782 :人間七七四年:2009/10/27(火) 07:41:30 ID:1jIR1C91
- 裏柳生とか小説から出てきた話だもんな。武蔵が独学くらいの根拠が無い説だわw
- 783 :人間七七四年:2009/10/27(火) 07:45:23 ID:1jIR1C91
- 丸目さんの弟子は流名にシンカゲと付けてる例が少ないし(安倍立剣道とか信抜流とか)、丸目自信が新陰タイ捨流から新陰を外してタイ捨流としてるから、晩年には新陰に拘りは無かった気がするな。個人的な意見を言えばw
- 784 :人間七七四年:2009/10/27(火) 12:42:12 ID:NHxa8//8
- こういう剣豪談義の場で真面目に裏柳生とか出してくる人間を初めて
見たかもしれない。
- 785 :人間七七四年:2009/10/27(火) 12:52:25 ID:RlGnw8hu
- 柳生宗矩が大名を監視する大目付の任に付いてたのと、
弟子達のネットワーク網(藩剣術指南役や在野)が有ったのが
後世裏柳生として小説とかのネタになったのかな?
- 786 :人間七七四年:2009/10/27(火) 13:41:30 ID:1jIR1C91
- 藩の剣術指南役どころか大名にも弟子がいたもんな。
江戸初期は交友関係の広さがそのまま力になったから、宗矩なんか凄い力持ってたんだろーね。
- 787 :人間七七四年:2009/10/27(火) 14:09:08 ID:RlGnw8hu
- >>786
鍋島勝茂とか弟子だよね。
タイ捨流も立花宗茂が弟子。
- 788 :人間七七四年:2009/10/27(火) 14:14:37 ID:RlGnw8hu
- >>787
長男の鍋島元茂が有名かな。
- 789 :人間七七四年:2009/10/27(火) 14:36:05 ID:a8eFtrdt
- 細川家も忠利が宗矩の弟子だったはず。
あと酒井忠勝も。
というか将軍家からして弟子だもんな。
- 790 :人間七七四年:2009/10/27(火) 14:54:54 ID:CBi0PtsS
- そういう点だけ見れば同じ将軍家指南役である
一刀流の小野っちとは格差が激しすぎるな
- 791 :人間七七四年:2009/10/27(火) 16:18:38 ID:1jIR1C91
- 小野さんは一応、弘前藩の津軽家って弟子がいるけど、だいぶ後の話だよな。
- 792 :人間七七四年:2009/10/27(火) 16:25:02 ID:a8eFtrdt
- でも津軽家は信寿公が小野派の正統を継ぐほどの腕前になってるからなあ。
それだけの弟子を持てたというのは、やはり大したもんだと思う。
そういえば、柳生家も小野家も、
血統の上では宗矩や忠明の直系は絶えてるんだよな。
忠明の場合は忠也がいるわけだけど、
あっちは今も直系の方がおられるのかな?
- 793 :人間七七四年:2009/10/27(火) 20:49:02 ID:L6jeOBXj
- 上泉伊勢守の裏太刀って何で誰に伝授されたの?
- 794 :人間七七四年:2009/10/27(火) 22:04:55 ID:1jIR1C91
- 裏太刀ってなに?
聞いたことも無いぞ。
- 795 :人間七七四年:2009/10/27(火) 23:26:23 ID:bfzZNa6/
- 裏骨法みたいなもんかな?
どこかで上泉の裏太刀を伝承していると称する流派があるの?
- 796 :人間七七四年:2009/10/27(火) 23:56:29 ID:L42Mlx5X
- >>790
同じ剣術指南役なのに、というより
剣術指南役であること以外、ほとんど共通点ないんじゃね?>柳生と小野
- 797 :人間七七四年:2009/10/28(水) 00:51:45 ID:fnsG/ieN
- 柳生宗矩に似てるのはだれかな?
捕手柔術系なら竹内久盛が城主→没落→武芸者で、息子を指南役に(二代目久勝以降、竹内流の継承者は在野のままだけど)のルートが石舟斎に似てるかな。むしろ上泉に似てるか?
- 798 :人間七七四年:2009/10/28(水) 01:18:34 ID:lADDFe9x
- >>797
立場的な面で言えば、時代は違うが山岡鉄舟が一番近いんじゃないか?
当時の剣士の代表格で、政治的にも活躍したり、
国のトップ(家光・明治天皇)の教育係的な立ち位置に立って慕われたり、
剣術が使われない時代を迎えて、剣禅一如を説いたりとか。
でも人間的はかなり違う感じがするな。
鉄舟は破格の人の印象があるけど、
宗矩は良くも悪くも常識的な印象がある。
- 799 :人間七七四年:2009/10/28(水) 01:38:35 ID:fnsG/ieN
- 幕末から明治の人物なら空手の松村宗棍て人がいるよ。
幕藩時代に薩摩で示現流、中国で中国武術を学んで、中国では日本剣術で負け無し、琉球王家三代に近侍した文武芸能万能の近代空手の祖。
宗矩は能にはまったらしいけど松村宗棍は楽器から踊りまでなんでもこなせたとか。昔話の登場人物にまでなってる。
- 800 :人間七七四年:2009/10/28(水) 01:46:55 ID:C1slFjAu
- 後半同感、幕末で言うなら鉄舟より斉藤弥九郎でないかい?
鉄舟は政治的な事は出来無さそうと言うかやりたく無さそう
- 801 :人間七七四年:2009/10/28(水) 02:08:50 ID:AXRYcPCP
- >>775
大太刀の中程から紐なんかで巻いたのが中巻野太刀だけど、
それが後に長巻になったって事は知ってる?
薙刀よりも「斬る」「払う」事に重点が置かれた武器。
戦場では主に徒立の武者が人馬の足を払うのに多く用いられ、
上杉では「馬の御払い」という呼称があったんだよ。
- 802 :人間七七四年:2009/10/28(水) 02:10:48 ID:lADDFe9x
- >>800
鉄舟は西郷隆盛との談判もこなしてるし、
徳川家の駿府移転直前に大目付になって、移転後は海舟と並んで幹事役になってる。
その後は政府に請われて茨城県知事や伊万里県権令を歴任してるよ。
性格的に政治向きの人間じゃなかっただろうとは思うけど
能力は十分あったんじゃないかな。
- 803 :人間七七四年:2009/10/28(水) 03:51:43 ID:sJBJIn/E
- >>801
>上杉では「馬の御払い」という呼称があったんだよ。
それは長巻のことだろw 大太刀から発展したといっても長巻は薙刀に近い。
長大な大太刀は打ち物戦の増加によって普及した物で騎乗身分の武者も使ってるし
身分の低い徒歩武者のための馬の脚薙ぎ用に発展普及した物ではないんだけどな。
それなら最初から薙刀っちゅう物があるだろうがw
しかも大太刀の刀身を半分ほどにしたというのは刀身長のリーチを犠牲にして取り回し
やすさに特化した改良だったということだろ。
後に普及する長巻は刀身が厚いなど一振りの破壊力と取り回しやすさを兼ね備えている。
で、時代が下ってってのはいつごろを差してるわけ?
- 804 :人間七七四年:2009/10/28(水) 07:12:23 ID:5wiPKUKt
- >>793
裏太刀=忍術
伝授されたのは丸目蔵人と柳生宗厳の二人だけ。
丸目は忍者組織を持っていたので柳生も組織していたと考えられる。
- 805 :人間七七四年:2009/10/28(水) 07:27:40 ID:fnsG/ieN
- 丸目が忍者組織とかなんの文献に出てくるんだw
史料伝書等から真面目に考えれば上泉信綱は軍学と兵法(剣術や槍)は教えてた。
古来忍は軍学の一部だけど、それは斥候、情報収集、工作に関する知識レベルの話。武士が敵陣の物見に行く際の心得とかどういう場面で斥候を出すとか、松明の種類や使い方、火攻め夜討ちの方法とかそういう話で職業忍者はほとんど関係無い。
忍びを裏太刀というなら裏太刀はただの軍学だぞw
- 806 :人間七七四年:2009/10/28(水) 07:48:03 ID:jWLT85i0
- >>803
wikipediaとか新紀元社の本とかで得た中途半端な知識を
得意げに書き込んでいるだけヤツだろ。
裏柳生のヤツもそうだけど、厨が増えたな。
- 807 :人間七七四年:2009/10/28(水) 07:55:07 ID:Xnfdr15c
- >>803
上杉家と言えば
上泉信綱━上泉秀胤━上泉泰綱
上泉泰綱(伊勢守の息子秀胤の子)が仕官してたんだね。
関ヶ原の時に上杉家で戦い戦死してる。
(´っω;`)剣聖の孫が浪人の末戦死なんて現代から見たらカワイソスだよ(子孫は家臣になってるけど)
- 808 :人間七七四年:2009/10/28(水) 10:17:40 ID:S4scN1+Y
- >>803
中巻野太刀は大太刀から長巻への発展過程のものなんだけど。
ひょっとして全く別物だと思ってる?
薙刀は手鉾から、長巻は大太刀から発展した物で、
中巻野太刀や長巻は扱いの難しい大太刀の柄を長くする事で扱いやすくした物。
大太刀を騎乗身分の武者が使ってるのは当たり前だよね。本来その為の物なんだから。
時代が下ってっていうのは>>750でも書いたんだけどね。
打刀の初見は「菱作打刀」で南北朝以前からの物。
本格的に隆盛するのは室町後期。原型となった「刺刀」は鎌倉期からあるけどね。
- 809 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:17:43 ID:MGNPLFAW
- これはいいウィキペディアンですね
- 810 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:25:29 ID:S4scN1+Y
- 自分の知識がウィキと2chだからと言って他人もそうだとは思わない方が良いよ。
- 811 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:35:49 ID:MGNPLFAW
- では出典は?
- 812 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:48:37 ID:S4scN1+Y
- 何の出典だよ?
- 813 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:52:21 ID:MGNPLFAW
- あなたが書き込んでいる情報の出典ですよ。
- 814 :人間七七四年:2009/10/28(水) 11:53:58 ID:S4scN1+Y
- だから俺が書き込んだ内容のどの部分に対する出典だって言ってんだよ。
- 815 :人間七七四年:2009/10/28(水) 12:17:18 ID:+QxEdekO
- >>802
知ってるよん、貴方も書いている通り性格的と言う意味。
上泉泰綱は好きだなあ・・まさに剣聖の孫と言う肩書に恥じぬ最後。
- 816 :人間七七四年:2009/10/28(水) 17:29:32 ID:Xnfdr15c
- >>815
兄弟の上泉秀信は尾張藩に民弥流という居合い流派を伝える。
しかも、秀信の居合いの師匠の長野無楽斎ってアノ長野業正の一族だから、
祖父の主君の血筋の者から武術を習い、弟子筋で秀信から見て祖父が創始した剣術流派を看板にした流派が同僚だった訳だけど、
内心どうだったんだろうね?
- 817 :人間七七四年:2009/10/28(水) 18:55:41 ID:fnsG/ieN
- 尾張柳生は秀信から新陰流の燕飛之太刀の手直し受けてるから、仲良くやったんじゃないの?
- 818 :人間七七四年:2009/10/28(水) 20:17:30 ID:zr667q6K
- 直江兼続のヘボ采配のせいで上泉主水が死ぬ羽目になったから
米沢の上泉家の子孫は兼続に対してあまりいい感情を持ってないとか
何かで読んだっけ。
- 819 :人間七七四年:2009/10/28(水) 21:13:42 ID:5wiPKUKt
- 柳生好きの皆さん、宗厳(家康に無刀取り披露以外で)と宗矩(7人斬りの逸話以外で)の剣豪と納得できる話を教えて下さい。
戦場での武功とか名のある剣士との対戦とか。マジ知らないもんで・・・
俺は何の出典だとか言いませんから。
- 820 :人間七七四年:2009/10/28(水) 21:32:28 ID:fBuMbui5
- みなさんはどこの流派をメインにしていらっしゃるんですか
最近では途中から他流に乗り換えるのもいい修行になるのでしょうか
- 821 :人間七七四年:2009/10/28(水) 21:44:11 ID:Xnfdr15c
- >>819
柳生宗厳(石舟斎)と言えば太閤検地で隠し田が見つかって没収された話しが印象深い。
>>820
(´・ω・`)ノいや、剣術やってないっす。
- 822 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:03:56 ID:5wiPKUKt
- >>821
ありがとう。
じゃあ宗矩の強かったぞって話をヨロシクおねがい
- 823 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:08:11 ID:Xnfdr15c
- >>822
柳生宗矩の煙草好きや能好きを沢庵から叱られていた話しぐらいかなぁ…他の方よろしく。
- 824 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:17:20 ID:5wiPKUKt
- どなたか柳生は強いんだって話をお願いします・・・
- 825 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:36:08 ID:SZ0qVicP
- 石舟斎だと、湯治中、刺客に襲われた話かな。
片手に鷹を止まらせてるところに、後ろから刺客が切りかけてきたけど、
振り向きもせず脇差を抜いて返り討ちにした上、鷹は驚きもせず、腕に止まったままだったという話。
宗矩だと宗冬との仕合。
仕合った後、獲物が長ければ勝てるのにと愚痴った宗冬に
希望通り長い木刀に変えさせて再試合した直後、一撃で気絶させて、
「柳生家の者が、獲物が長ければ勝てたのに、などと言うのは不覚悟千万」と戒めた話。
それにしても石舟斎はともかく、宗矩は逸話を見返しても
剣豪って感じの逸話が少ないな・・・。
- 826 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:47:31 ID:SZ0qVicP
- まあ、剣豪らしい逸話は十兵衛とか尾張柳生が担当してるからいいんじゃないの。
宗矩は割としょーもない逸話も多いから、俺はそっちの方が好きだな。
タバコの逸話とか、お前は子供かって感じだし。
剣関係ねえ。
あと書いてて思い出したが、
宗矩って60越えて若い妾貰って子供作ってるんだよな・・・。
- 827 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:48:18 ID:OcfSIogc
- >俺は何の出典だとか言いませんから。
そりゃ言わないだろうよw
裏柳生が出てくる史料があるんなら教えてほしいわw
- 828 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:49:43 ID:Xnfdr15c
- >>825
宗矩は坂崎立て籠り事件を交渉で解決したり、政治家としての側面が大きいから。
伊達とか藤堂とかとも徳川家康の意向で交渉したりしてるし、
前述の沢庵赦免の件ではかなり幕府内で工作をしたと言われている。
- 829 :人間七七四年:2009/10/28(水) 23:01:18 ID:+LQBIEWL
- 皆優しいなあ・・明らかにスレ違いの変な奴に真面目に答えて
- 830 :人間七七四年:2009/10/29(木) 00:52:26 ID:o7rSimqx
- いや・・「仁の心を持て」と、師の教えでございましてな。ハハお恥ずかしい限り。
- 831 :人間七七四年:2009/10/31(土) 10:56:15 ID:N+hWgfOJ
- 宗矩は勝海舟にも絶賛されてるよね
- 832 :人間七七四年:2009/10/31(土) 13:20:26 ID:0R14zGAM
- 中西派一刀流、天心一刀流の達人である白井亨が針ヶ谷夕雲を絶賛していたりして、
しばしば腸捻転がある
- 833 :人間七七四年:2009/10/31(土) 19:02:22 ID:+yINu7p0
- >>831
人物的にえらく優れていたのは間違い無かろうしな
- 834 : [―{}@{}@{}-] 人間七七四年:2009/10/31(土) 19:40:08 ID:b0YdzXLq
- 腸捻転????
- 835 :人間七七四年:2009/11/01(日) 10:55:25 ID:aNQ/ZpWS
- 宗矩が大名になったのは、剣術指南役よりも政治家としての手腕が大だろう。
- 836 :人間七七四年:2009/11/02(月) 00:01:11 ID:QHzYxEpC
- >>831
勝が柳生の何かを知っていたとは思えぬ
- 837 :人間七七四年:2009/11/02(月) 01:04:49 ID:djtO0GuA
- 今の俺らが誉めたり貶したりするようなもんだろ
- 838 :人間七七四年:2009/11/02(月) 11:59:32 ID:UXA/k3WW
- というか個人的武芸で大名になれる方がおかしいだろ。
大名は平時は所領の統治者で、戦時は一軍の指揮官なわけで、
武芸の腕前がいくら高くても大して関係ないわけだし。
実際、個人の腕前とか武功なら可児才蔵の方が
その辺の武芸者よりよっぽど上だけど、それでも1000石だからな。
- 839 :人間七七四年:2009/11/02(月) 12:04:10 ID:JnmDF3vY
- 将軍権力が絶大な時に、その将軍と長い時間一緒に居て
指導する立場にあれば将軍から尊敬され、高い地位を与えられても不思議じゃないわな。
政治力ってよりもコミュニケーション能力だろ。
- 840 :人間七七四年:2009/11/02(月) 13:15:05 ID:UXA/k3WW
- >>839
だな。
実際、あの家光のそばでやっていこうと思ったらコミュ力は必須だろ。
本来の教育役の青山忠俊はその行き違いで追い出されたわけだし。
秀忠もその辺りを見込んで家光に宗矩をつけたのかもしれんな。
- 841 :人間七七四年:2009/11/02(月) 18:23:22 ID:8nGRF3/J
- それにくらべて小野さんったら・・・
- 842 :人間七七四年:2009/11/02(月) 20:20:57 ID:bUzr4tK1
- 小野さんも神子上氏で名家出身なんだけどね…
- 843 :人間七七四年:2009/11/03(火) 08:40:47 ID:02OkubrM
- 神子上氏は元々大和の領主十市氏で柳生氏と共に名を列ねていた。
- 844 :人間七七四年:2009/11/04(水) 10:31:11 ID:IdG+oPgK
- 神子上氏と十市氏は別物だぞ。
神子上氏は代々安房国に住んだ豪族丸氏の一族。
ただ、典膳自身と十市氏には関係があって、典膳の父親は十市氏の人間。
嫁(神子上氏の小野家の娘)を娶った後、姓を神子上に変えたとある。
だから血筋としては父方だと十市氏、母方なら神子上氏になる。
- 845 :人間七七四年:2009/11/05(木) 16:51:34 ID:ZoO+dBrF
- >>844
典膳の父親が神子上氏に婿養子で入って息子が
神子上典膳
↓
小野忠明
って名乗った訳だ。
でも、不思議なのは父親の十市氏を再興させようとか思わなかったのかな?
忠明の弟は師の伊藤(伊東)姓を名乗ってるし。
- 846 : [―{}@{}@{}-] 人間七七四年:2009/11/05(木) 17:07:49 ID:JvPVnhOX
- 忠也が伊藤姓名乗ったのは一刀斎と親族関係があったからじゃないの?小野家のだれだったかが、一刀斎を差して祖父とか書いてるし。
- 847 :人間七七四年:2009/11/05(木) 20:01:02 ID:JTKy6TlO
- >>822
宗矩が居なかったら剣術なんて残らなかったかもしれないね
極端に言えば剣を救った男とも言えるかも
- 848 :人間七七四年:2009/11/05(木) 20:15:44 ID:8mgQYxhO
- >>847
それまでの剣術は殺しの術でしか無かったから平和の中でも生きる剣を提唱したのはデカかったかもな
宗矩って傑物だっただろうに現代では悪役ばっかで不憫だよなぁ
こんなに悪役ばかりに描かれる剣豪も珍しい
- 849 :人間七七四年:2009/11/05(木) 21:26:53 ID:oqCa3tcI
- >>845
忠也は忠明の次男説もあるんだよな。
で、三男が忠常。
長男は喧嘩がきっかけで切腹したとかそんな話があったはず。
- 850 :人間七七四年:2009/11/05(木) 23:17:44 ID:ZoO+dBrF
- 善鬼との対決とか改名して神子上典膳→小野忠明とか息子の件とか謎が多いですよね。
- 851 :人間七七四年:2009/11/05(木) 23:43:46 ID:n0PF6HCa
- 何年か前に出た『鬼武者』の結城秀康が主人公のヤツではなぜか宗矩は
秀吉(このゲームの悪玉)の配下にされてまで悪役扱いでしたw
- 852 :人間七七四年:2009/11/06(金) 00:34:34 ID:nVhVqFnc
- 「あずみ」なんかでも宗矩は悪だよ
作者が小野厨って事も有って
宗矩=悪は魔界転生辺りから定着してる
実際は剣の道を太平の世でも生きれるよう救った英雄と言われてもおかしくない人物なのに
不憫どころの話ではないな
小野みたいな頭悪いDQNが持て囃されてる世の中
- 853 :人間七七四年:2009/11/06(金) 00:52:23 ID:5xjM+Ibu
- いや俺らも小野さんと会った訳でも無いしなw
でも宗矩さんは色々ワリ喰ってるよな。悪宗矩の初出ってなんなんだろ
- 854 :人間七七四年:2009/11/06(金) 10:50:21 ID:RaBkgxFZ
- 尾張柳生とか一刀流の逸話あたりが初出じゃないか?>悪宗矩
日頃比較されて鬱屈溜まってた双璧だろうし。
- 855 :人間七七四年:2009/11/06(金) 10:57:12 ID:RaBkgxFZ
- あと、悪役の話ばかり出ているが、
山岡荘八は宗矩を稀代の剣聖として描いてるぞ。
その脚本で大河ドラマの主役張ったこともあるし。
それに、悪役といっても柳生武芸帳や柳生一族の陰謀、
魔界転生あたりの宗矩は貫禄たっぷりの大物として描かれてるし、
ああいうのなら悪くないと思うがな。
宗矩が上に出てるようなやられ役的な悪役になったのは、
やっぱり隆慶一郎の影響がでかいと思う。
- 856 :人間七七四年:2009/11/06(金) 11:02:56 ID:qTY/mqUR
- 日本人は判官贔屓だし小野と比べて宗矩は権力の中枢にいたからねぇ
どうしても悪役になり易い印象があるかもね・・・
所でこの前、小金原に行ってきたんよん
団地と住宅地になってたけど昔ながらの史跡もあって落ち着いた場所だった
ここで典膳と善鬼が・・・と思うと感慨深かった。
- 857 :人間七七四年:2009/11/07(土) 20:09:18 ID:PXPU3nY6
- >宗矩
魔界転生だと剣の腕に関して兵庫と遜色ないような実力者として描かれていた。
途中で兵庫との決着なんてどうでもよくなっていくけどw
後年のフィクションに登場する宗矩とは比べ物にならない厚遇だと思うよ。
- 858 :人間七七四年:2009/11/08(日) 07:52:08 ID:Np/voLhk
- 俺が宗矩をイメージする時は竹脇無我になる
- 859 :人間七七四年:2009/11/08(日) 10:58:02 ID:C+OFqUnK
- 宗矩の剣の逸話ってほとんどないのな
大坂の陣で秀忠の本陣前を護っていた時、豊臣方の兵が突如現れた。
宗矩が一撃で一人を仕留めると残りは恐れをなし逃げて行った。
・・・・というのがあった。
- 860 :人間七七四年:2009/11/08(日) 11:59:18 ID:XSerPQFd
- 剣の逸話はないけど、剣術等に関する書物をいくつも残してるから、おれらみたいに古流やってる人間にはありがたい方です。
南無ー
- 861 :人間七七四年:2009/11/08(日) 13:30:44 ID:C+OFqUnK
- 兵庫はものすごく短気だったって話は既出??
- 862 :人間七七四年:2009/11/08(日) 17:52:27 ID:LUnKBaaE
- >>860
島原の乱の時に家光に宗矩が板倉殿は小藩の大名にて抑えが効かず、功に焦って戦死してしまうでしょうと進言したり、
剣豪と言うより軍師ポジションだね。
実際板倉は小藩出身で大藩を抑えるべく功に焦り無理な攻撃して戦死してるし。
- 863 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:49:08 ID:4owDTH9s
- 軍師で思い出したけど、竹中半兵衛や片倉小十郎が香取神道流を修行していたというのは
本当なの?
- 864 :人間七七四年:2009/11/08(日) 20:30:19 ID:LUnKBaaE
- >>863
伊達政宗の剣術指南役だったらしい。
剣術もそうだけど武術全般アホじゃ無理(型を覚えたり咄嗟の判断で臨機応変に立ち回らないとならないから)
宮本武蔵や丸目長恵も書や絵などに通じてたし。
- 865 :人間七七四年:2009/11/08(日) 21:19:12 ID:4owDTH9s
- なんか噛み合ってないなw
- 866 :人間七七四年:2009/11/09(月) 01:03:29 ID:rM3YFnUL
- 言いたい事は解るけど確かに864は石田三成っぽいなw
俺も話しは聞くけど確定かは知らないなー・・・
- 867 :人間七七四年:2009/11/09(月) 17:00:50 ID:Ky9wCoYq
- ところでWikipediaによれば疋田は上泉の姉の子で甥に当たるそうだけど上泉が上野生まれで疋田が加賀生まれなのはなんで?
上泉の姉は上野から加賀まで嫁いでいったってこと?
- 868 :人間七七四年:2009/11/10(火) 13:39:15 ID:AgybiXlb
- >>867
加賀の疋田景範に嫁いだ。その次男?
と言われている
- 869 :人間七七四年:2009/11/10(火) 21:54:09 ID:AwGPaqSA
- >>868
そうなのか
なんとなく上野から加賀までけっこう遠いから違和感を感じていた
どんな縁で嫁いだのだろうか
- 870 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:01:44 ID:ZV0mOHLx
- 門徒関係かな?
- 871 :人間七七四年:2009/11/11(水) 03:11:18 ID:tSDtCCEg
- 長威斎の熊笹の教えはもう天地と合一して黄金体と化している感じ
- 872 :人間七七四年:2009/11/11(水) 09:18:40 ID:DSRFizR6
- 俺は尊師の空中浮遊を連想する。
香取神道流は忍術も含んでいるというけどそれを用いたトリックかな?
- 873 :シベリアからのお手紙:2009/11/11(水) 17:07:57 ID:Ltf1mSfY
- 子は怪力乱神を語らずと申しますよ
- 874 :人間七七四年:2009/11/11(水) 17:34:38 ID:DSRFizR6
- 神仏から奥義を授かった武芸者達涙目w
- 875 :人間七七四年:2009/11/11(水) 21:44:10 ID:d8jDh2Qv
- 実は熊笹事態は全然関係なかった、とかいうオチだったりしてw
- 876 :人間七七四年:2009/11/11(水) 22:30:21 ID:9xBOE+gK
- 長威斎「乗っても大丈夫な熊笹をそだてるほうが剣の修業よりも大変だった」
- 877 :人間七七四年:2009/11/12(木) 18:25:37 ID:sFifWCMf
- 能の名人との隙の話しとか、
刀持った小姓と桜見に行ったら殺気を感じた話しとか、
宗矩って(´・ω・`)
- 878 :人間七七四年:2009/11/12(木) 22:19:40 ID:Evte8jlE
- 時代の空気ってのもあるのかねえ。
小野さんの場合、誰かをボコったとか、不具にしたとか、ぶっ殺したとか、
そんなのばっかりなのに。
- 879 :人間七七四年:2009/11/13(金) 08:47:50 ID:m+ZdSYPL
- ケンカで謹慎くらったりしてたからな。>小野さん
武勇伝とみなすか、ただの街のチンピラのケンカと見なすか
評価の別れるところ。
- 880 :人間七七四年:2009/11/13(金) 11:32:43 ID:9JZ9CIvw
- 直参旗本で腕は立つけどDQNとかチンピラよりタチ悪いよ>小野
遠くから見る分には話のネタ程度になるけど、身近には絶対いて欲しくない
- 881 :人間七七四年:2009/11/13(金) 14:03:50 ID:3+Dy/Dbq
- >>880
師匠の伊東一刀斎も、師匠を(*´゚∀゚`*)超えた!→金巻先生フルボッコ
とか
(´・ω・`)ノ神子上〜善鬼〜お前等闘えや!勝った方に瓶割り刀と奥義教えるよ→前もって典膳に奥義教えてた。
とか壮絶な事してる。
- 882 :人間七七四年:2009/11/13(金) 15:56:19 ID:tsCxsCLT
- もしかして善鬼って真面目で良い奴だったんじゃとか思っちゃうな・・・
気が合ったであろう一刀斎&典膳のヒャッハー!コンビが
典「師匠〜善鬼の奴真面目ぶってむかつきませんか?」
一「おー最近俺にまで小言するしよぉ・・イラつくぜぇ」
一刀斎&典膳「・・・やっちゃおうか(*´・ω・)(・ω・`*)ネー」
なんて・・・・
- 883 :人間七七四年:2009/11/13(金) 17:24:57 ID:60cM9mnz
- カネマキさんが中条流三家の印巻家の人とすると名門の人なんだけど、
他にも外也一刀斎道宗とかカネマキ自斎と同一人物かよくわからん人が古い伝書に出てくるんだよな。
新陰流と比べて一刀流はややこしい┐('〜`;)┌
一刀斎の逸話、案外二、三人の話が混ざって出来てるかも。出身地も諸説あるし。
- 884 :人間七七四年:2009/11/13(金) 17:56:47 ID:3+Dy/Dbq
- >>882
確か善鬼は素行が悪くて一刀斎を倒そうとしたりしたからってのが、予め小野忠明(神子上典膳)に奥義を教えた理由らしいけど、
忠明も十分に素行悪かったよね(´・ω・`)
- 885 :人間七七四年:2009/11/13(金) 21:07:14 ID:UzieTY56
- どちらにしろ、敗者に口無し、だなあ……
- 886 :人間七七四年:2009/11/13(金) 21:46:55 ID:SvjEr3lj
- 【おまけ】 / ̄ ̄\
/ _ノ \ ∧__T _ ,,,r -r-T‐-、
i.、'|| ( ●)(●) ─ 。r *o:*::f:::r::..l
__,-,,-、 ___ '; ' | (__人__) ::::::::*o;;;ro ot_f_ヽ丿
__/| | l |ヾ-"~ , ー| ` ⌒´ノ -v--v- '''''''"V"~~ ┴
l⌒ 二 -l ..uUU""l---- / | }
└ l ( /., - イ. ヽ }
.ト | ., - ' | ヽ、.,__ __ノ ヽ
ヽ、i / .∠ / | ヽ_ _/ ヽ 、
/ y'_/ / | "〜- ""~ ヽ、
.ゝ-+-::i⌒ヽ / | ヽ
.__/::| | i / | i
/ /:| | i / | | │
i ::| | ) │ | l i |
/i ::し// | / | ノ |
::| (( l _ノ | /=======|
真壁暗夜軒の霞流棒術
佐竹義重の配下 真壁暗夜軒は 戦場で
長さ3m 太さ30cm 無数の鉄鋲が打ち込まれた木杖を自在に操り
敵兵をことごとく粉砕したという……
- 887 :人間七七四年:2009/11/13(金) 21:58:05 ID:3+Dy/Dbq
- 新陰流奥義無刀取り
\ テーレッテー /
\ ∧_∧ /
∩ ・ω・)∩
/丶 |ノ\
/ (⌒つ^) \
上泉伊勢守信綱
- 888 :人間七七四年:2009/11/13(金) 22:10:03 ID:9JZ9CIvw
- 無刀取りって疋田新陰流、タイ捨流、奥山流にもあるのかな?
- 889 :人間七七四年:2009/11/13(金) 23:00:33 ID:or/LCybh
- 鬼真壁の異名と棒の話はよく聞くが、具体的にどの合戦で活躍したんだろうか?
- 890 :人間七七四年:2009/11/14(土) 07:45:15 ID:ZrwQ51Dv
- >長さ3m 太さ30cm 無数の鉄鋲が打ち込まれた木杖
こんなん振り回すなんてどんな化け物だよw
- 891 :人間七七四年:2009/11/14(土) 08:07:23 ID:CIY7k6l+
- >>890
(´・ω・`)y ̄~一瞬北斗の拳か花の慶次のキャラスレに迷いこんだかと思った。
- 892 :人間七七四年:2009/11/15(日) 11:24:08 ID:UqhXsaAl
- 剣豪じゃないけど最上義光も鉄の棒を武器として使ってたみたいね
長さ86・5センチ重量約1750グラムの鉄の棒
最上義光歴史館に現存してるよ
- 893 :人間七七四年:2009/11/15(日) 14:29:19 ID:AwjsO2Ny
- 鉄棒ってかなり武器として強力だよな。
「折れないし曲がらない」「打撃メインだから相手が鎧を着ていても、ダメージが期待できる」
前提として、力とスタミナに恵まれた使い手でないと効果半減というのが
主流にならなかった理由なんだろうけど、
鬼真壁みたいなのが持ってたらホント鬼だな。
- 894 :人間七七四年:2009/11/15(日) 17:52:31 ID:JxVQ3LPk
- そう言えば針ヶ谷夕雲の佩刀は刃引きしたごつい鉄棒みたいな刀で
「大名との喧嘩はこの大刀にて供の者ことごとく打ち殺し
その後に籠を潰し中の大名を脇差にて止めを刺せば良い(*゚∀゚)アヒャヒャ」
とかなんとか言ってた・・・なんて話を昔何処かで聞いたなあ。
- 895 :人間七七四年:2009/11/15(日) 23:08:46 ID:22iacnyK
- 「是(天正六年五月)ヨリサキ氏幹退老ス、然レドモ義重其耆宿ヲ以テ特ニ招テ営中ニ置キ
毎ニ諮詢スルニ計ヲ以テス」『新編常陸国誌』
鬼真壁の異名が先行しているが、義重の相談相手になれるあたり、氏幹はただの猪武者ではなさそうだ。
まあ義重の異名も鬼だし、鬼同士気が合ったのかもな。
- 896 :人間七七四年:2009/11/16(月) 12:31:24 ID:WjIxuaSI
- 鬼真壁と天流の斎藤伝鬼って一悶着あったよね
そのいざこざで斎藤は鬼真壁の家臣に殺されちゃった
- 897 :人間七七四年:2009/11/16(月) 13:59:22 ID:0cPiQRJP
- そりゃ基本過ぎw
- 898 :人間七七四年:2009/11/16(月) 15:05:56 ID:VOVU53ML
- 真壁の家来が勝手にやったこと
- 899 :人間七七四年:2009/11/16(月) 15:26:26 ID:mZA5IGCK
- 下総佐野氏の一族の佐野房綱を推すぜ。
- 900 :人間七七四年:2009/11/16(月) 15:30:26 ID:mZA5IGCK
- 下総→下野
(´・ω・`)ゞ失礼。
- 901 :人間七七四年:2009/11/16(月) 21:11:59 ID:VOVU53ML
- 何に推すと?
ネタ振りのつもりなら、話題のとっかかりくらい置いてくれ
- 902 :人間七七四年:2009/11/17(火) 00:19:14 ID:h0B+w8q5
- では、せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ。
真壁氏幹は文禄の役にも出陣してるんだよね?
- 903 :人間七七四年:2009/11/17(火) 07:18:28 ID:05lWJEMq
- >>902
剣豪にとっては、外国の武術と闘えるし気兼ねなくぶった斬れるからね。
- 904 :人間七七四年:2009/11/17(火) 08:41:55 ID:S9s4Dxwo
- 漫画の読みすぎw
氏幹は剣豪である前に武将ですよ。
- 905 :人間七七四年:2009/11/17(火) 10:10:14 ID:1/p+6h3t
- 剣豪という時点で、武士である前に剣士なのだ、みたいに捉えられがちだからな。
お話ならそれでもいいが、史実の話をする時に
それを普遍的なものとして語る奴が多いのはどうにかならんのかね。
吉川の「宮本武蔵」の悪影響なのか?
- 906 :人間七七四年:2009/11/17(火) 11:49:39 ID:sRNYvUfl
- まあ武士にあるまじきダーティな武芸も多いが。
- 907 :人間七七四年:2009/11/17(火) 11:55:30 ID:WJ1/bWst
- ダーティって、戦国時代だぞ?別の時代の武士道を基準に考えるほうがどうかしてる。
それに武芸者=武士ではない。
- 908 :人間七七四年:2009/11/17(火) 12:06:15 ID:05lWJEMq
- 多数で襲おうが寝込みを襲おうが、毒を盛ろうが、不意討ちしようが死人に口無しだから。
斎藤伝鬼坊とか武芸者として不覚と言われても仕方がない。
- 909 :人間七七四年:2009/11/17(火) 12:38:44 ID:u/T4yo13
- 可児才蔵が武芸者に試合挑まれた時に甲冑に身を固めて
銃を持たせた部下とともに出て来た逸話なんか好き
- 910 :人間七七四年:2009/11/17(火) 13:16:13 ID:Sp8oXjSj
- あの時代の剣術はあくまで兵法の一つでしか無いからねえ
どんなに剣の扱いが上手くてもと言う感じだったんだろうねえ
- 911 :人間七七四年:2009/11/17(火) 13:51:56 ID:01ddWvS9
- そういう単能化した武芸者が出てくるのは戦国も末期になってからじゃね?
- 912 :人間七七四年:2009/11/17(火) 13:59:15 ID:1/p+6h3t
- というか戦国時代の剣豪として名を上げてる人物は、
大抵は武将/武士としての武功も上げてるからな。
剣だけが肝心で手柄に興味なし、みたいな変人が出だすのは
戦自体が無くなった江戸時代以降だろ。
- 913 :人間七七四年:2009/11/17(火) 14:09:54 ID:RF11abid
- 可児才蔵も福島軍の傭兵(陣場借り)として参戦したわけで、
目的は仕官だからね。
17首を取って家康から兜をもらい、結果福島家に仕官できた(500石)
- 914 :人間七七四年:2009/11/17(火) 15:22:01 ID:Xbt3j+EE
- 忍たま乱太郎という漫画の剣術大会に出場するモブキャラは
実在剣豪の名前をもじったものということで、ピンとくるものがあったから、
埋めたくなった
引田 文六郎 … 疋田豊五郎、景兼
鎌槍 宝蔵 … 宝蔵院院主の誰か(得物である鎌槍と合成)
山羊卯 但馬守 … 柳生但馬守、宗矩
松本 備後守 … 松本備前守
塚原 都電 … 塚原ト伝、土佐守
松岡 屁尾伍 … 松岡兵庫助、則方
有馬 有馬守 … 有馬大炊頭、満盛
東郷 時限 … 東郷藤兵衛重位(流派名である示現と合成)
腹巻 自斎 … 鐘捲自斎、通家
九目 蔵人 … 丸目蔵人佐、長恵
吉岡 健康 … 吉岡憲法の誰か
斎藤 呑気坊 … 斎藤伝鬼坊、勝秀
長谷川 総喜 … 長谷川宗喜、六左衛門
伊藤 一等斎 … 伊東一刀斎、景久
富田林 一方 … 富田一放?(よくわからんが、伊東一刀斎を語る上での引立て役らしい)
諸岡 一派 … 師岡一羽、常成
中条 兵庫丞 … 中条兵庫頭、長秀(?)
富田 制限 … 富田勢源、五郎左衛門(?)
掃除音 … 念阿弥慈恩?(僧・慈恩の意か)
- 915 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:19:06 ID:cxWeVcYi
- 埋めるにはまだ早いよw
>松本 備後守 … 松本備前守
そういや鹿島の根本寺への寄進状の裏書に松本肥前守と書かれていたのを思い出した。
原文は「まつもとひせんのかみ」だから松本備前守の存在を知らなければ
そう解釈してもおかしくないんだよな。
- 916 :人間七七四年:2009/11/17(火) 22:26:36 ID:7lr2hdQC
- >>914
ギャグ漫画?名前の付け方が適当すぎるw
- 917 :人間七七四年:2009/11/17(火) 22:28:15 ID:cxWeVcYi
- そりゃギャグでしょ。でも適当さの中に作者のその方面への関心の高さが伺えるな。
上泉伊勢守がいないのが気になるが。
- 918 :人間七七四年:2009/11/18(水) 11:24:32 ID:InIuhWSe
- 上泉伊勢守秀綱をもじった上泉秀網というキャラは登場してるとのこと。
他にも胆笹腸胃斎(飯篠長威斎)、灰洲井溝(愛洲移香斎)、穴馬条件(穴沢浄見)といった名前も。
これらはモブキャラではなく、扱いが大きいため、前述のリストには入っていない。
命名自体が全く架空の駄洒落名キャラが他にもいて(真毛野押美:負け惜しみが強い奴。など)、
それらの中に混じっている。
大会に出場していないが、宮本クサシという剣客も。
モブキャラは人数合わせのため適当に命名したものだけど、
それだけに元ネタが判り易くてニヤリとできる。
- 919 :人間七七四年:2009/11/20(金) 15:48:32 ID:4qBP7J5i
- 柳生四天王と言っても、例のごとく四人を越える人数が挙がる
宗矩の高弟とされる連中
・木村助九郎
石舟斎の直弟子でもあった。後、老いた石舟斎の弟子から宗矩の弟子という立場に替わった。
元から柳生家の郎党なため、入門という概念があったかどうか怪しい。
四天王を数えるときに外されることはない。
・庄田喜左衛門
これも四天王を数えるときに外されることはない。
宮本武蔵と交流があった様子で、武蔵を騙る偽者を斬り殺したとも言う(信憑性には疑問)。
・出淵孫兵衛
・村田与三
・狭川助直
四天王に数えられることは少ないらしい。
仏僧との会談中に雀が飛び込み、助直の膝に降り立った。
助直は雀を傷つけることなく、さりげなく扇子で抑えたという逸話がある。
- 920 :人間七七四年:2009/11/20(金) 18:37:49 ID:wC0xPjY6
- 狭川は子孫も柳生家に仕えていたりするからややこしいな。
あと、村田柳生って与三の子孫で合ってるのか?
- 921 :人間七七四年:2009/11/22(日) 13:36:33 ID:7bxB39cs
- 情報が錯綜してて、紛らわしいぞ
・狭川助貞(甲斐守)
狭川新陰流開祖。上泉伊勢守の高弟の一人
・狭川助直(甲斐守)
狭川派新陰流開祖。柳生但馬守の高弟の一人
※狭川助貞が狭川派新陰流開祖としている文もある
狭川新陰流と狭川派新陰流とが別なのか同一なのか未確認
助貞と助直が同一人物である可能性も考慮すべきか
- 922 :人間七七四年:2009/11/22(日) 13:39:12 ID:7bxB39cs
- 「貞」と「直」、崩した字だと判別がつきにくい気もする
- 923 :人間七七四年:2009/11/23(月) 17:06:11 ID:jdiXmN2+
- 門弟「小野先生! 槍の柄の長さって、どうすればいいのですか?
長い方が有利って話があるけど、短めの方が敏捷に振れるんじゃないですか?」
忠明「そんなもん、使う奴の好きにすればいーよ。決まりなんて無い」
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