戦国ちょっといい話15
- 1 :人間七七四年:2009/10/28(水) 22:08:19 ID:Cq4grqAX
- 戦国のホロリとくるエピソードを挙げていこう
戦国ちょっといい話・悪い話まとめブログ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/
書き込む際にネタがかぶっていないかなどの、参考にしてください
前スレ
戦国ちょっといい話14
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1254464290/
姉妹スレ
戦国ちょっと悪い話14
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1254321432/
このスレの武将などに対する愛称等の、用語解説はこちら
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2161.html
逸話に対する過度の真贋論争、揚げ足取りなどは、無駄に荒れるもとになります。
そのような議論はこちらでお願いします
【真?】戦国逸話検証スレ【偽?】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1196778610/
- 2 :人間七七四年:2009/10/29(木) 00:54:59 ID:bXGrwnbw
- ヽ、_ _ノ,'
`-ニ(~)ニ-'´ |
{i:i:i:i:i:i:i:i:} _人__ >>1乙でがす
∠シ´●ω・)ゝ `Y´
/ミ/;;;;;;;;;)⊃l|ニニニニフ | ディテール変わったでがす
しωJ |
- 3 :人間七七四年:2009/10/29(木) 11:50:08 ID:Mx0Om/Ik
- >>1大儀であった 好きなおにぎりをとっていくがよいぞ
∧ ∧
( ´・ω・) ○
( ∪ ∪ ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 .,.⊥、
と__)__) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
梅干 高菜 大腸菌 こんぶ クロロホルム 豚インフル オプーナ
,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、
(,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
砒素 唐辛子 ちりめんじゃこ 宇宙人 柴漬 塩辛 とりかぶと
,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、
(,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
鮭 御玉杓子 鳩山弟 サリン 鳩サブレ 石見銀山 鳩山兄 鮭ハラミ
,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、 ,.-、、
(,,■) (,,■) (,,■) (,,■) (,,■)
マムシ ウラン 河豚 毛虫 唐揚げ
- 4 :人間七七四年:2009/10/29(木) 21:08:26 ID:W38oVInC
- >>1の石高を上げるついでにこのスレもage
- 5 :人間七七四年:2009/10/29(木) 23:13:03 ID:fwel1lTc
- 乙。
>>3
なんでハズレ(いや当たりか?)の方が多いんだよ。w
- 6 :人間七七四年:2009/10/29(木) 23:37:25 ID:wiS/VGvk
- 馬鹿鮭ネタは禁止でよろ
- 7 :人間七七四年:2009/10/29(木) 23:44:22 ID:QxbFhF5O
- 天正九年(1581)徳川家康が、遠江の重要拠点、高天神城をついに攻め落とした時のことである。
城兵たちの抵抗は激しく、捕虜になるようなものはおらず皆討死したそうだ。
その、首実検の時、ひとつの首に、家康を始めとするみなが驚いた。
それは、年のころは十六七であろうか、うっすらと化粧をし、目鼻立ちあくまで美しく、
皆、見とれるほどであった。
「これは、女首ではないか?」
こんなに美しい男と言う者も無いだろう。そう言う者も現れたが、いかんせん既に首になっており、
確かめようも無い。しかし女首であった場合、それを手柄とするわけにはいかない。
みなが頭を悩ませていると。家康がこう言い出した
「その首のまぶたを開いて見よ。白目ばかりになっておれば女である。
黒目が真ん中に来ておれば、それは男である。」
早速確かめてみたところ、黒目が真ん中にあり、「これは男の首である」となった。
はたして、後日その首は、高天神城の守将、栗田刑部の秘蔵の小姓、時田鶴千世の物だと
わかったそうである。
徳川家康、首だけで性別を見抜いたお話。
- 8 :人間七七四年:2009/10/30(金) 05:27:22 ID:z/3cQWSb
- ということで、鮭様ネタを頼むw
- 9 :人間七七四年:2009/10/30(金) 08:17:12 ID:y2hqLPTg
- 自演基地外の鮭ネタいらね
- 10 :人間七七四年:2009/10/30(金) 11:15:16 ID:7By91C6l
- >>7
死んだ女の目を何度も見ていないとその発想は出てこないよな。
- 11 :人間七七四年:2009/10/30(金) 13:18:45 ID:vOPnW665
- 女が白目をむいて死ぬというのは、医学的に説明が付くもんなのかなぁ?
- 12 :人間七七四年:2009/10/30(金) 14:00:02 ID:2hJyR9/7
- 女性……戦死の苦しみに耐えられず意識を失いながら息絶える(白目を向く)
男性(武士)……戦死の苦しみに耐えて敵を睨みつつ息絶える(黒目を向く)
って感じの悪く言うと偏見じゃないかなぁ
- 13 :人間七七四年:2009/10/30(金) 14:08:28 ID:UCV6e9+9
- 戦国心理学ってとこかな。「女が殺されるのは不当な暴虐によってだから、少しでも逃れようとして目が上を向く。
男は殺されて当たり前だから最期まで抵抗して眼は前を向くのだ。」
講師は徳川家康さんでした
- 14 :人間七七四年:2009/10/30(金) 15:17:25 ID:w+BIs/nz
- 三河武士の心構え的な事を当て嵌めただけのような気も・・
- 15 :人間七七四年:2009/10/30(金) 15:21:03 ID:elZfJy7e
- >>7
孕石元康どのが化粧するので待ってほしいと……
- 16 :人間七七四年:2009/10/30(金) 16:32:04 ID:FbSs2y1h
- アヘ顔です
- 17 :人間七七四年:2009/10/30(金) 18:00:36 ID:3a7h7gJh
- そういう、誰が理屈を考えたのかわからない嘘知識って、昔の記録に結構あるね
未来人が今の本見たら、同じように思われるんだろうけど
- 18 :人間七七四年:2009/10/30(金) 18:23:08 ID:1k0kBqja
- >>13
まだ築山殿と信康を失った痛手が癒えてなかったんだねT_T
- 19 :人間七七四年:2009/10/30(金) 20:21:26 ID:Zz4risCY
- >>17
うなぎと梅干し一緒に食うと腸が腐って死ぬとかそんな迷信あるよな
迷信だとわかりつつも試したことないが
- 20 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:05:34 ID:1k0kBqja
- >>19
本多S渡守「いやいや、それがしは大丈夫でしたぞ?」
- 21 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:08:42 ID:PcM/kFvS
- まあ、後世の人間から見れば、現在の血液型性格判断なんて、戦国時代のもの以上に
意味不明の迷信と写るだろうさw
- 22 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:11:05 ID:O+f1080H
- 「西瓜と天ぷら」は水と油だから食い合わせ悪いのは分かるけど
「うなぎと梅干」はわからんよな。幕の内弁当でも偶にあるしなw
- 23 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:43:04 ID:lU70N6Cz
- 逆に梅干しの酸っぱさがうなぎに良く合い過ぎて沢山食べてお腹を壊してしまうからよくないって説もあるけど
後世の人が民間伝承に無理に理由づけしようとしてこじつけ臭くなる典型な気がしてならない
- 24 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:44:49 ID:elZfJy7e
- >>23
紀伊田辺の大名と浜松の大名が仲悪かったんじゃね?
片方は安藤さんだがw
- 25 :人間七七四年:2009/10/30(金) 21:57:41 ID:PDfVu6El
- うなぎと梅干は鮮度の問題じゃなかった?
- 26 :人間七七四年:2009/10/30(金) 22:20:01 ID:Z3s+L+TI
- ハレとケの食材の混同を忌んだから
漢方の思想ではうなぎは体を熱する食べ物で梅は体を冷やす食べ物なので同時に食べると両方の作用が働きかえって体調を崩す
梅干し何て食ったら食欲がそそられるから刺激の強いうなぎをガツガツ食っちゃって体調を崩す
俺が聞いたのはこんなところだな
多分正解はない
- 27 :人間七七四年:2009/10/30(金) 22:25:22 ID:1IBm4gQL
- 俺が聞いたのは
うなぎは海のもの、梅干しは山のものだから
一緒に食べるとどっちかの鮮度が落ちてるとかいもの
- 28 :人間七七四年:2009/10/31(土) 01:48:50 ID:A/0SmmCN
- 昔テレビで検証してたけど
アルカリ性と酸性だから良くはないってコトだったよ
個人的には伝説の類いには必ず先人の経験が活かされてると思います
理由はともかくね(笑)
- 29 :人間七七四年:2009/10/31(土) 08:31:06 ID:c57IEGgd
- めんどくさい三河武士が女首なんて獲るわけないから、もっともそうなことを言って場を納めただけじゃないか。
- 30 :人間七七四年:2009/10/31(土) 14:59:16 ID:uo5PVM0X
- 女でも鎧着てたら分らんぞ
- 31 :人間七七四年:2009/10/31(土) 16:06:20 ID:xt/c9pwZ
- 男の娘か、まかせろ
天文15年、扇谷上杉・山内上杉・古川公方らを中心とする関東諸侯連合軍は
北条家の主力が今川と河東で争っている隙をついて北条領に進軍
北条屈指の猛将、北条綱成が守る河越城を落とさんと八万を超えると言われる大軍で攻めていた
ところが河越城、なかなか堅牢であり、そうやすやすとは落とせぬまま半年が過ぎようとしていた
憲政「そうは言っても北条の主力は動けないとわかりきってるので気楽なもんです」
まあ大体ダラダラやってりゃ勝てそうな状況に兵士達の士気もやや下がり気味な関東連合軍
そんなある日のことである。
パッカラパッカラパッカラパッカラ
兵士A「あれ?なにこの勇ましい馬の足音」
兵士B「まさか敵襲?……ってそれはないかぁ」
徐々に近づいてくる馬蹄の音。兵士たちがそこで見たものは……
兵士A「女の子だー!」
兵士B「ものすんごい美少女だー!」
長い黒髪と打ち掛けをはためかせ、艶やかな化粧をした美しい少女が、
馬に乗って関東連合軍のど真ん中を突っ切っていったのである
兵士A「( ゚Д゚)ポカーン」
兵士B「( ゚Д゚)ポカーン」
なんだったの今の
あまりの少女の美しさに、誰もが身動き一つ出来ずに彼女を見送ることしかできなかった
その頃河越城内では
綱成「なに?御本城様の援軍がすぐ近くまで来ているだと!」
美少女「はい、機が参りましたら奇襲をかけるとのことです」
綱成「そうかわかった。ありがたいことだ。
これでいい気になって城を囲む連中の鼻をあかせるというものよ。
しかし弁千代、お主よくぞ、この包囲網の中こうして城内に参ったものぞ。
さすがは儂の弟じゃ」
実はこの美少女、正体は“地黄八幡”北条綱成の実弟、福島弁千代であった
彼は兄の窮地を救うため、氏康に願い出てこの危険な伝令任務を受け持った
美少年として知られていた弁千代は、己の大変な美貌を武器したのだった
この後、関東連合軍は氏康率いる奇襲部隊と綱成率いる河越守備隊に散々に蹴散らされ、
関東管領の権威は完全に失墜することになる
氏康の武名を轟かせた河越夜戦で活躍した
北条の秘密兵器のお話
- 32 :人間七七四年:2009/10/31(土) 16:15:42 ID:AI8oV5DA
- やらないか
- 33 :人間七七四年:2009/10/31(土) 16:27:41 ID:ScVLhpzN
- 万が一、捕らえられたらと思うとアッー!
- 34 :人間七七四年:2009/10/31(土) 16:37:54 ID:ZQUPcZtB
- >>31
ラスボス「所で君、姉や妹はいるのかね?」
- 35 :人間七七四年:2009/10/31(土) 17:33:53 ID:8+HkA/0C
- S田N之:うちの嫁が鎧姿の美少女といえば私じゃないのかとアップを始めました。
- 36 :人間七七四年:2009/10/31(土) 17:37:12 ID:CdmvK8Dm
- 「こんな可愛い子が女の子なはずないじゃないか」なんて言い出して襲ってくる奴がいなくて良かったなw
衆道が広まってりから一人ぐらいいそうだが関東はそうでもない?
- 37 :人間七七四年:2009/10/31(土) 18:04:47 ID:xt/c9pwZ
- >>34
綱成「うちは残念だが全員男の兄弟ばかりだ」
>>36
関東はかなり盛んだと思う
まとめの鈴木大学とか参照な
ていうか福島弁千代は氏康の小姓なんで多分氏康とはそういう関係だったと思う
- 38 :人間七七四年:2009/10/31(土) 18:05:26 ID:AI8oV5DA
- すでに氏綱さまと氏康さまに掘られましたが何か?
- 39 :人間七七四年:2009/10/31(土) 18:18:23 ID:21xnXJ89
- 某スレで氏康はょぅι゙ょ萌だと思い込んでいたのでショック・・・
- 40 :人間七七四年:2009/10/31(土) 23:27:50 ID:IgP9jTPU
- 徳川家康は自分の死期を悟ったとき、息子秀忠を枕もとに呼んだ。
「わしが死んだあとの天下は泰平だろうか。それとも乱れるか」
秀忠は少し考えた。
「それは…乱れるのではないでしょうか」
「…うむ」
家康は頷いた。それは秀忠が乱に備える心構えを忘れていないからだった。
- 41 :人間七七四年:2009/10/31(土) 23:40:25 ID:khIS3A0w
- >>40
それは秀忠の読みが外れた悪い話?
- 42 :人間七七四年:2009/11/01(日) 00:09:30 ID:3t0EGwil
- 心構えとしては乱を忘れず、
実際には乱れさせなかった秀忠のいい話だな。
- 43 :人間七七四年:2009/11/01(日) 00:27:12 ID:VexJSlN4
- 津川雅彦と西田敏行で脳内再生されちまったぜw
- 44 :人間七七四年:2009/11/01(日) 00:53:03 ID:JcLn+nJk
- >>43
べつの放送回だったが、親子のお付き合いの時に、津川さん(ご高齢w)が怪我しないか心配してましたw
- 45 :人間七七四年:2009/11/01(日) 07:39:30 ID:34wror13
- >>41
「治にいて乱を忘れず」かと
- 46 :人間七七四年:2009/11/01(日) 08:27:57 ID:RmsgJdA0
- 西国はいまだ豊臣恩顧大名いたからなあ。
それに大坂陣では徳川側の指揮官もだいぶ若返りを図って不手際もあったからね。
秀忠が数々の改易による恐怖政治やったのが良かった。福島改易も幕臣たちから危惧されたが秀忠の意志だったし。
牢人が増えて家光時代の社会不安の原因になったが。
- 47 :人間七七四年:2009/11/01(日) 08:47:12 ID:2q7K4ZVS
- 改易ってスゲーよなー
大名だけじゃなくその家臣大勢までがクビになって全員無職になるとか怖すぎる
明治維新では全国規模で似たようなことをやったし、むしろ維新の時のほうが荒れたね
- 48 :人間七七四年:2009/11/01(日) 18:10:08 ID:/kPwZAKX
- 維新の時が、ってより、今でも荒れてる
ものすごく大雑把に言えば、
先日の総選挙で自民が勝った地域は薩長閥だからな
まぁ自民は地方で強いから、中四国や九州で勝つのは普通なんだが、
同じ地方でも東北や北海道で負けた
これは要するに維新政府に最後まで抵抗した地域や、
その後流された地域だからだし
- 49 :人間七七四年:2009/11/01(日) 19:16:31 ID:AXzJVsON
- そんなネタの数々にオレ様がクマ(AA略
- 50 :人間七七四年:2009/11/01(日) 22:15:18 ID:UzZQqipD
- 永禄六年の夏の事であった。
「そろそろ嫁取ろうと思うんだが、どうよ?」
長宗我部元親が、家老達を集めてそう言った。
家老達、それを聞いてたちまち歓喜の涙「とうとうその気になられましたか!!」
「まあ俺ももう、二十五だしな。そろそろ身を固めないと。」
この長宗我部家嫡男、よりにもよって二十五まで身を固めていなかったのだ。
この間の家老達の焦燥、身に詰まるではないか。
「ところで、突然嫁取りなどと言い出したからには、どなたか意中の方はがいらっしゃるのでしょうか?」
「ああいるよ!美濃の斉藤豊後守政吉の娘!」
「美濃!?」家老達、今度は吃驚してひっくり返りそうになる
「ああそうだよ?美濃の…」
「あー、ちょっと待ってください?」
老職の一人、中島大和が謹んで申し上げる
「ここは、何所ですか?はい、四国の土佐ですね?
いいですか?よく聞いてください。我が長宗我部家みたいな国人領主が嫁取りをするときはですね、
当国の土佐、もしくは近隣の阿波、讃岐、伊予、
そのあたりの大名や城主から、嫁をもらうのが当然なんですよ!
何故なら、そうしておけばもしものときに、その類縁に頼れるからなのです!
これが戦国の常識!
…なのにわざわざ、遠国から嫁をもらうというのは、こんな事を言うのもなんですが、
まさか、『あそこの娘は美人だ』なんて噂を聞いて、それで嫁にしたくなったんじゃないでしょうね!?」
「ち、ちげーよ!」
元親、老親たちの冷たい目に、慌てて言い訳を始める
「天地神明に親ってそうではない!美人だとか可愛いとかそんな噂はこれっぽっちも聞いてない!
ええとその、ほら!その昔和田義盛が、木曾義仲の愛人であった巴を嫁に迎えたという
話があったが、アレは巴の容貌に惚れたんじゃなくて、その武勇に感心したためだそうだ。
その結果二人の間には、朝夷三郎って化け物みたいな勇者が産まれたそうじゃないか!
それと同じ!
そりゃ流石に今の世に、巴御膳みたいな女はいないよ?だからその肉親の武勇を見たのだが、
彼女の父豊後守も、祖父伊予守も、武勇世間に知られた勇者ではないか?これはもう血統書つき。
サラブレットの家系と呼んでいい!そういう勇者の血を我が長宗我部に入れるためには、たとえ
遠国であっても嫌う事は無いと思うんだ!そうだろうお前達!?」
まあこんな事を言われて、なんとなく納得してしまった老親たち、美濃へと吉田左衛門佐を派遣し
婚儀を整えた。ちなみに斎藤豊後守には娘を末に三人の子供がいたが、次男は、いわずと知れた
斉藤内蔵助である。
そして元親に嫁ぎ小少将と呼ばれた娘は、信親、盛親を始めとして、元親との間に
十人の子を設けたそうだ。
長宗我部元親、品種改良みたいな理由で嫁を選ぶ。と言うお話。
- 51 :人間七七四年:2009/11/02(月) 02:10:07 ID:4b7vodLe
- 小少将って元親にしてみたら婆さんだったろ
よほど美しかったのかな
まあ、俺も家内は6つ上だが
- 52 :人間七七四年:2009/11/02(月) 02:14:18 ID:4b7vodLe
- てか、それは小少将じゃないんじゃねえか
- 53 :人間七七四年:2009/11/02(月) 02:19:48 ID:djtO0GuA
- ちなみに何て読むんだ?
しょうしょうしょう?
- 54 :人間七七四年:2009/11/02(月) 03:01:04 ID:GaD82vML
- こしょうしょう、かな。
元親は後年、別口の小少将さんも側室にしとる。http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-341.html
>50
ビバ夏草の賦
全国的にゃマイナー戦国大名だが大河にならんかねえ……龍馬なんぞより
- 55 :人間七七四年:2009/11/02(月) 03:45:24 ID:ReaNXLiE
- 戸次川以降が激鬱エンドすぎて「琉球の風」並みの
低視聴率になりそう (ノ∀`)
- 56 :人間七七四年:2009/11/02(月) 07:57:04 ID:Oie4Kj16
- 直江の関ヶ原以降=長曽我部の土佐1国へ減俸以降
秀吉に屈服しておしまい、って大河にしちゃえw
- 57 :人間七七四年:2009/11/02(月) 08:11:00 ID:qI+nsfCJ
- 「夏草の賦」は戦国に生きた男の儚さがよく描かれていて大好きな作品だよ
そんなに激鬱エンドかね?
戦国時代なんだし、あんな終わり方もいいんじゃないか
どうせ大河なら適当に脚色するだろうしw
- 58 :人間七七四年:2009/11/02(月) 10:00:11 ID:a57zd0Ld
- >>57
信親の遺体をとりかえしてくれ、頼むって家臣に手を合わせて頼むところなんか、英雄がただの人の親になっちゃう悲涙をあらわしていてすごくいいと思う。
ただ、最近の大河にそんな描写は期待できない。
- 59 :人間七七四年:2009/11/02(月) 10:22:19 ID:Ypw738oK
- 無理繰ハッピーエンドっぽい展開にするのがデフォになりつつあるから、どう頑張ってもバッドエンドにしかなりようの無い長宗我部は厳しくないかな。
一昔前のハリウッド的な手法が遅れて主流になってきてるというか、安直な物語のほうが受けがいいと判断されてるというか。
- 60 :人間七七四年:2009/11/02(月) 11:02:18 ID:skiNFZhM
- バットエンドを作るってのは世間に何か投げかけたいってコト(ハッピーエンドよりモヤモヤ感が残るので)だから
パッピーエンドが主流になってる昨今の日本の世間ってのは平和な証拠なのかも知れないよ
単に活力が失われているともいえるが
- 61 :人間七七四年:2009/11/02(月) 11:19:22 ID:Ypw738oK
- >>60
平和は平和なんだろうけど、「考えてもムダ」とか「真面目に考えるほうがバカ」って諦念が広がってる感じがする。
- 62 :人間七七四年:2009/11/02(月) 13:35:28 ID:ReaNXLiE
- 現実が暗いんだからドラマでまで暗いの見たくないですぅ的な話は
よく聞くなあ
結果しか見ないで判断する人が増えたなっていうか、こういう
ちょっといい話とかにも「でも最後は滅びたんでしょ?」って反応orz
- 63 :人間七七四年:2009/11/02(月) 14:32:31 ID:ARaSmI99
- >>62
わかる話ではある
- 64 :人間七七四年:2009/11/02(月) 14:56:00 ID:iLFDIa23
- 歴史でも何でも勝者か敗者かってだけで分けちゃって
それ以上は考えようとしないのが歴史好きな人間としちゃ辛いよな
勝者であっても決して幸福ではなかった人(晩年のラスボス)や
敗北はしたが満足な一生を送った人(某・ファンタジスタとか)もいるのが歴史の面白みなのに
- 65 :人間七七四年:2009/11/02(月) 16:55:57 ID:9uaBrWqa
- >57
嫁取りの背景(美濃情勢)とか明らかに史実に反する部分や、司馬史観入ってて今時の戦国史研究からズレている部分はアップデートしてほしいけど、
あとは余計な脚色せん方がいいと思うがなー…大河ドラマに望んでも詮無いことかね。
ま、どっちみちあんまし言うとスレ違いか。すまんね…
- 66 :人間七七四年:2009/11/02(月) 20:13:29 ID:CfK9mLso
- 映画とかドラマみたいな軽い娯楽だと最後がハッピーエンドでないと視聴率や売上で
明らかに差が出てしまうと聞くしそんなもんだろ
今の人は身内の死レベルの不幸もあまり経験したことがない人が多いから
悲しい内容の物語を見ても感情移入がし難くてただ「暗い」って感想を持ちやすいって説もあるそうだけど
- 67 :人間七七四年:2009/11/02(月) 20:21:44 ID:cQ3AKIrD
- 今は物質主義なんでしょ
誇りとか意地とか精神面の物事は軽く見られがちだもん
- 68 :人間七七四年:2009/11/02(月) 20:43:21 ID:pEXO0OJw
- 最近の大河は所謂スイーツ(笑)だからなぁw
武士の意地とかはスイーツ(笑)脳には理解できないんだろう
- 69 :人間七七四年:2009/11/02(月) 20:57:33 ID:4b7vodLe
- >54
元親にはふたりの小少将が嫁いでいたってこと?
斉藤から嫁いできた正室の名称は伝わってないと思ってたけど
- 70 :人間七七四年:2009/11/02(月) 21:18:15 ID:tJlfmDpF
- 無理やりハッピーエンド…
内ヶ島氏が上杉、姉小路の侵攻を撃退し、織田信長死後の動乱も切り抜ける地方豪族の生き様を描く。
帰雲城にて金森氏との和平成立を祝う宴を開くシーンで終了
- 71 :人間七七四年:2009/11/02(月) 21:35:04 ID:Nyd3bO3N
- 今年の大河の出来を考えると、長曾我部とかどんなことになるか。
松永や鬼武蔵でさえ、愛と正義の人になりそうな勢い。
- 72 :人間七七四年:2009/11/02(月) 21:52:40 ID:k7nrHQal
- こういっちゃなんだけど時代劇や大河を真に受けてるスイーツ層って
テレビしか見ないタイプなのかもな
本読んだりしなさそう
- 73 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:02:25 ID:Bf8aCcEX
- >>64
そうなのかなぁ。
なにわのことは、ゆめのまたゆめ
良い一生だったと思うけどな。
- 74 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:29:03 ID:skiNFZhM
- 物質主義なのは昔から男のほうって言われているんだけどね。男っていうか少年?
精神面でのハッピーエンドとかって少年ウケが悪いんだよ、明確に何か手に入れて達成感が欲しいのがウケて
女性は案外バットエンドでも主人公やらヒロインやらに感情移入して「私哀しいわ……」って浸れるそうだ
兎角、歴女とかスイーツとか言うのはちょっとマスゴミに踊らされていると思うんだけどな
- 75 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:37:56 ID:djtO0GuA
- >>71
おいおい、松永のアニキはもともと愛と性技の人だぞ
- 76 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:38:20 ID:AcnrniPB
- >70
それって・・・直後が・・・
- 77 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:47:40 ID:ReaNXLiE
- 歴史で萌えでなく燃えを語れるおなごもいたけどなあ
外見とは関係ないのが興味深い
- 78 :人間七七四年:2009/11/02(月) 22:55:31 ID:m12TrluC
- 最近の大河は観光客招致の町興しも兼ねてるからな
町興しのキャラが欲と非道の人であったり
馬買った以外特に有名エピソードがないなんて事になったら面白くないだろ
- 79 :人間七七四年:2009/11/02(月) 23:10:39 ID:UaqSJ1nA
- 黒田長政の家臣、神谷小助は、関ヶ原の前哨戦となった美濃合渡合戦において
真っ先に槍を入れ、敵兵十人ばかりを槍玉に挙げたが、自分の身にも十数か所の傷を
負ってしまった。
幸い傷はどれも浅く、一命は取りとめたものの、戸板に乗せられ後方へと引き下がる事になった。
その神谷が板に乗せられたまま、主君長政の前を通ったときの事だ。
神谷、突然大声で叫んだ
「今日の合戦で、私より先に槍を合わせた者はおりませんよ!!」
そう、実はその日の合戦、黒田の軍で神谷と共に一番槍を争ったのはなんと、
主君黒田長政その人であった。
そのため神谷は
『私が居ないのをいい事に、自分が一番槍をしたなんていうことは許しませぬぞ!』
と、念を押したのだ。
これには長政、少々苦笑いしながら
「勿論だ。そんな事は解っている。
それよりも手負いだというのに、気を張って物を言うのは傷にさわるぞ?
浅いといっても数箇所を負傷しておるのだ。戦場での治療だけでは心もとない。」
そう言って、有馬で湯治をさせるよう、手配したとのことである。
一番槍を目指す武士にとって、主君といえども競争相手なのである。
と言うか、主君の癖して競争相手になってどうするんだ、とも思うのだが、
これもきっと、長政だから仕方が無いのだ。
そんな黒田軍の、きっといつもの風景。
- 80 :人間七七四年:2009/11/02(月) 23:21:21 ID:fd8xD0L+
- >>71
各地の大河予想スレでは、もし爆弾正の大河やるなら原作は戸部版がいいという話になってるぞw
愛と正義ではないが、戦国一の忠義者という設定だw
- 81 :人間七七四年:2009/11/02(月) 23:21:58 ID:xWaP4PxI
- 目立つ兜被っているやつって結構手柄立てたがっているの多そうだな
- 82 :人間七七四年:2009/11/02(月) 23:54:04 ID:850vYSVF
- >>79
長政さんは相変わらず突撃バカで何より
そしてそんな長政さんに容赦のない家中の皆さんが大好きです
黒田家面白い
- 83 :人間七七四年:2009/11/03(火) 00:01:23 ID:klNY2fvT
- 福島正則の友人を見舞う話
伏見に滞在中、松江の城主堀尾忠晴がやってきた。
「松田の顔が見えませんがどうしたのですか」正則は訊ねた。
かねてより正則と堀尾の家臣松田重太夫は懇意にしていたのである。
「ちょっと風邪気味なので大坂に置いてきました」堀尾は答える。
その晩遅くのことである。突然松田の屋敷の門をけたたましく叩く音。
なにごとだろうかと松田が門を開けてみると伏見から一人で駈けつけた正則の姿があった。
松田は福島をもてなさなければならないと家の者に酒を買いに行かせた。
「さあ飲め」福島は松田に飲ませようとする。「病気ですので」辞退する松田だが、
福島の酒を「拒める者などいるはずもない。
「ではこの線まで」松田は酒瓶に線を引くと交互に一杯ずつ線を引いたところまで酒を飲んだ。
正則の酒をやんわりと抑える良い話。
- 84 :人間七七四年:2009/11/03(火) 00:23:38 ID:XvvgEFpm
- >>78
馬買っただけとは失礼な!
同僚の倅の手柄横取りとかもあったと思ったけど。
- 85 :人間七七四年:2009/11/03(火) 02:26:49 ID:O3PTh7qo
- >>84
スモー大会で郷士37564とかな。
- 86 :人間七七四年:2009/11/03(火) 07:33:58 ID:gTBWtaq0
- >>79>>82
一番駆けして、家臣(後藤含む)に窘められる長政って、市松クオリティなみに安心感あるな。
- 87 :人間七七四年:2009/11/03(火) 08:39:48 ID:5fkdfY23
- 後藤「なじられるまで計算づくのプレイかよこれだから長政は」
- 88 :人間七七四年:2009/11/03(火) 15:29:33 ID:eClTJxXt
- >>83
市松ww 近所迷惑な奴www
- 89 :人間七七四年:2009/11/03(火) 23:16:55 ID:NyiFZH2K
- 関ヶ原のとき、東軍各隊の物見が、「敵は十万余り」と報告する中、
一人「敵はせいぜい2,3万。何故なら戦う気があるのはそれだけだからです!」
と答え、家康から直々に『甲州(長政)の物見は巧者である』と言われた、
黒田長政家臣、家屋主水武久。その関ヶ原後の話である。
黒田長政は筑紫に入国した後、とある大身の家臣の子を主水と名乗らせようと考えた。
「主水は先に毛屋がいるが、前から、あいつにはあんまり似合わない名前だと思ってたんだよなー。
ちょうどいい、毛屋には名前を変えさせよう。なんか好みの名前があったらそれにさせてもいいし。」
そんな事をスナック感覚で思いつき、毛屋の元にさっそく使いを出した。
「何か変えたい名前あります?」
使者の問いに毛屋、答える
「糞兵衛」
「く、糞!?そ、そんな汚らしい名前、殿に報告する事もできませんよ!?」
「フン、いきなり名前を取られて、この上さらに又、名を取られる様なことになっては適わんからな。
そこで、人が絶対に付けぬ名を考えたのだ。『糞兵衛』に改名、お願いいたす。」
ほうほうの体で帰ってきた使者に、長政、「それはお前の切り出し方が悪かったのだ。
よし、わしが毛屋に名を与えてやろう」と、毛屋を呼んだ。
「毛屋、武蔵坊を知っているか?昔源義経に仕えた、高名な者だ。」
「知っております」
「さて今の世、将軍は武蔵国に御在城されておる。これも知っておるな?」
「知っております」
「それといいこれと言い、武蔵とは実に良い名称である。毛屋、これを名乗ってはどうか?」
毛屋、こう言われてなんだかいい名に思えたのか、素直にそれを頂き、その日より
『家屋武蔵武久』と、名乗ったそうである。
- 90 :人間七七四年:2009/11/03(火) 23:22:09 ID:YAWA9rjC
- おおw
途中まで長政も蹴られる話だと思ってたw
スマン長政公wwww
- 91 :人間七七四年:2009/11/03(火) 23:26:04 ID:NyiFZH2K
- ああああああ、最後の行の
『家屋武蔵武久』は、”毛屋”の間違いです。すいません。
- 92 :人間七七四年:2009/11/04(水) 00:57:15 ID:VIYQzcSt
- 糞兵衛にすればネームバリューは戦国随一になったろうに
- 93 :人間七七四年:2009/11/04(水) 01:31:47 ID:7GMPPTfP
- 長政公って我が福岡じゃ知勇兼備の大英雄なのに如水の名に隠れてかなり不当な評価受けてる気がする。
日本屈指の大大名である筑前52万石の開祖は長政公であって如水公は我が才をひけらかし過ぎて太閤に押し込められた人って言うのが地元民の正当な評価。
そんな長政公のお話をひとつ。
家康公、晩年に秀忠と土井利勝に豊臣恩顧の外様大名の評価を聞かせた。その中でも黒田長政の人物については日本一の大将と語ったそうだ。
家康公「一先ず戦国は終息したが予の死後、再び天下が乱れれば天下を取るのは黒田であろう。知勇兼備、豪勇果断、今様に奴程の武将はおるまい。如水は太閤殿下に才を恐れられたが、小手先の芸に秀で大局感がない。如水ならば赤子を捻るようなものだ。」
「長政が九州の大名を統合すれば幕府は危うかろう」
筑前武功記より
- 94 :人間七七四年:2009/11/04(水) 01:44:16 ID:dFgFTMBl
- 黒田長政は後藤又兵衛が英雄視された割を食ってると思う
- 95 :人間七七四年:2009/11/04(水) 06:23:57 ID:+maZBblz
- 家康の恐れた男のテンプレに、テンプレ男の長政も入ることになったか。
- 96 :人間七七四年:2009/11/04(水) 07:52:12 ID:h5Ks2mYg
- 筑前武功記か、いかにも幕府に阿っている感じの内容だな
- 97 :人間七七四年:2009/11/04(水) 09:45:03 ID:xlWOVoQQ
- 長政は、やたらと目立つはた迷惑な近親者のせいで実績の割りに評価の低い武将の括りではまだマシなほうじゃね。
北の伯父さんとか、信州のお兄ちゃんに比べて。
- 98 :人間七七四年:2009/11/04(水) 10:27:07 ID:sHS/gnEv
- 的確な判断で家を保ち領土を広げた英雄だというに兄たちばかりが有名で困る
父と伯父が有名すぎるために藩の基礎を築いた功績が無視されておる
そんなことより新付の家臣の妻にいい女はいないのか?
目立つ近親者をお持ちのお三方からコメントが届きました
- 99 :人間七七四年:2009/11/04(水) 10:51:37 ID:6P4sqNvO
- 高橋紹運、息子への最期の言葉。
天正十四年、九州制覇の野望を遂げるべく、島津軍が北上を開始した。
大友方の城は次々と陥落し、紹運の篭る岩屋城にも島津忠長の軍勢が迫っていた。
そうした折、岩屋城に、立花山城を守っていた宗茂からの使者が来た。
「地の利が悪い岩屋城に比べ、宝満山城は要害の地。
かの城にて篭城すれば、秀吉公の援軍が到着するまで島津軍を食い止められましょう。」
紹運は、その使者に返事を与えて城へ帰した。
「宗茂の言うところは至極最もである。
確かに宝満山城は要害であるが、地の利は人の和に如かずという。
いくら堅固な城に篭ろうとも、人の心が一つにまとまらねば意味を成さぬ。
それ以上に思うのは、我が家が今まさに滅びの時を迎えているということだ。
時の流れにつれ、全てのものに栄枯盛衰があるのが世の習いである。
滅亡の時が来たのなら、たとえ堅固な城に篭ったとしても逃れえぬであろう。
なれば、多年の居城を枕とし、節を守って死ぬことこそ勇士たる者の本意である。
ここにわしが篭れば十日は守られるであろうし、寄手の三千くらいは討ち取ってみせる。
そうなれば、続けて立花山城に攻め入ったとしても、二十日は持ちこたえられる。
三十日も稼げば、秀吉公の援軍も到着するであろうから、宗茂は生き永らえられよう。
さすれば、わしがこの地に果てようとも、
宗茂さえ無事ならば亡き道雪殿に対しても顔が立つし、宗茂の武運も開けよう。」
同年七月二十七日、紹運は自害し、岩屋城に篭った兵も全て討ち死にしたという。
- 100 :人間七七四年:2009/11/04(水) 10:52:35 ID:zUDCP1Ql
- >>98
森
伊達
豊臣
- 101 :人間七七四年:2009/11/04(水) 12:12:21 ID:pVyir6ef
- >>91
最後だけじゃなく出だしの最初四行目から“毛屋”が“家屋”になってんだがこっちはいいのか?
どういう経緯で毛が家に成り代わったのか興味はあるが、結局のところ「主水を武蔵に改めた」話でおkなの?
改名の話なのに何がどうなってんのか一読したとき?が頭の上に浮かんだYO
- 102 :人間七七四年:2009/11/04(水) 13:04:09 ID:LWQL6RJx
- >>100
三行目はTERUじゃない?
- 103 :人間七七四年:2009/11/04(水) 13:13:53 ID:zUDCP1Ql
- >>100
是正
森忠政
島津(二代目)家久
毛利輝元
こうだな
- 104 :人間七七四年:2009/11/04(水) 15:10:56 ID:9UlfxnFD
- >>99
恥ずかしいけど泣いた
紹運大好きだ
- 105 :人間七七四年:2009/11/04(水) 16:09:09 ID:HpuQSZmQ
- 「武蔵守」って幕府を憚って使わないしきたりに
なってたとか何かで見たけど、江戸初期はあったんだね
- 106 :人間七七四年:2009/11/04(水) 18:48:04 ID:sToqLK5Y
- 真ん中も輝元じゃないの
ああ、父親g
- 107 :人間七七四年:2009/11/04(水) 20:43:28 ID:5oe5ngXI
- 隆元パパのことかーーっ!
しかし、改めて思うが隆元はもっと評価されてもいいと思う
- 108 :人間七七四年:2009/11/04(水) 21:15:43 ID:kwTPzrJ7
- >>89
では甲斐と改めますと言うのかと思った。
- 109 :人間七七四年:2009/11/04(水) 21:52:59 ID:MIy7yVtU
- >>89
その武蔵に居る将軍も『糞』に縁がある。
- 110 :人間七七四年:2009/11/04(水) 21:58:33 ID:VIYQzcSt
- >>94
又兵衛を使いこなしていたら評価は数段上だったろうな
でも長政は又兵衛がいなくなったから
家来の話を聞くようになったんじゃなかろうかと思ってみたり
- 111 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:03:29 ID:z3zV7Z9K
- >>105
だから「武蔵守」ではなくて、ただの「武蔵」なわけで。
- 112 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:05:05 ID:zUOfYpFh
- しかし又兵衛とかメンドクサイ通り越して嫌味だろ、もう
使いこなせねぇって
- 113 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:06:15 ID:V6VbNumM
- というか黒田家の家臣はなんで反骨精神旺盛なんだよw
主君なんだから面子や面目潰しちゃいかんだろw
長政はそれほど無能か?
- 114 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:09:35 ID:VIYQzcSt
- >>109
違う味噌だ!
>>112
又兵衛も三河武士に混じれば普通だったのかも
個人的には徳川に又兵衛ついたらがどうなるか気になる
- 115 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:16:19 ID:h5Ks2mYg
- 現在の企業でも、創業社長には忠誠を誓えても二代目の息子には誓えないってパターンは多いでしょ
二代目が親父の地位を相続したら、古参社員に舐められないようにハッスルするけど苦々しく見られるだけって展開
- 116 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:20:37 ID:V6VbNumM
- 現代企業の世襲は健全じゃないが中世領主は世襲が当たり前なんだから意識違うんじゃね?
- 117 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:23:02 ID:z3zV7Z9K
- 黒田家の場合は、家臣の間に、官兵衛が幽閉されている間、自分達が黒田家を守った、っていう
一種の自負心があったように思う。
家康が人質にされている間に家を守り通した、徳川家臣団と似た感覚ですな。
- 118 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:24:15 ID:zUOfYpFh
- 長政「敵が放置したお酒の中に毒が入ってるかも知れないぞ!昔そういう話もあったし」
又兵衛「死んでもかまへんから酒のむわー」
反抗期だろ、ただのw
- 119 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:27:04 ID:h5Ks2mYg
- 又兵衛と長政は現在に生きてたら漫才師として上手くやっていけたろうなw
- 120 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:40:16 ID:3io0nrfB
- 又兵衛は心服させられればまさに股肱の臣なんだろけどなー。
長政とは相性悪すぎてw
お互い有能なのにそり決定的に合わない相手っているからな
- 121 :人間七七四年:2009/11/04(水) 22:45:26 ID:YU1ihEsJ
- >>113
黒田家ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
福岡城の御殿に座った殿様といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。
で、やっと殿さまにお目見えしたと思ったら、そいつが、
よーし殿さま謡曲披露しちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、謡曲なんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、先生に褒められた、だ。
お前は本当に謡をやりたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、ウンウン唸りたいだけちゃうんかと。
黒田家通の俺から言わせてもらえば今、黒田家通の間での最新流行はやっぱり、
長政叩き、これだね。
軽薄粘着イノシシ。これが通の叩き方。
粘着ってのは奉公構い多め、これ。
でそれに軽薄イノシシ(武者)。これ最強。
しかしこれをやると次から殿様にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
- 122 :人間七七四年:2009/11/05(木) 00:45:13 ID:DIeIRco3
- 黒田家と蜂須賀家って細川家と前田家みたいに仲が悪いの?
- 123 :人間七七四年:2009/11/05(木) 00:54:49 ID:nJtUrTfR
- >>113
もともと如水の部下は部下ってより小寺家の家臣団で同輩格だったのがぞろぞろいる。
親父には仕えるけど、実績のない息子のお前になんで従順に使えなきゃいけないのって感じじゃね。
- 124 :人間七七四年:2009/11/05(木) 11:00:47 ID:4G3X0I7g
- >>122
いい話スレで聞くなw
よく知らんけど数十年〜の規模で絶交してたらしいとは聞いたことある
家康の養女嫁にもらうから秀吉の養女もういらねって返されたらそりゃ怒るよね
- 125 :人間七七四年:2009/11/05(木) 17:10:11 ID:9stDo1yt
- 黒田絶交録
長政「家康公の養女をもらうのでオタクの娘さんはお返ししますね」
蜂須賀至鎮「なめんなボケ!」
長政、小倉から福岡へ転封の時
「今年の年貢全部持ってくから頑張ってね」
後に小倉に入った三歳様
「ふざけんなカス!半分置いてって後で分割返済が礼儀だろ」
黒田忠之「黒田騒動で助けてくれなかったオタクとはもう付き合わん」
鍋島勝茂「ポカーン」(゜д゜)
- 126 :人間七七四年:2009/11/05(木) 19:51:30 ID:g+otbKk0
- >>125
なんか仙台イーグルスのまーくんと仲良くなれそうだなー…
- 127 :人間七七四年:2009/11/05(木) 20:10:03 ID:witJ6kT3
- >>125
黒田家と鍋島家が不仲になった理由には諸説あるらしい。
家臣:殿、御禁制の大船の建造がバレました!
忠之:禁制じゃねーよギリギリセーフだよ
家臣:江戸じゃえらい騒ぎらしいですよ、黒田家改易もありかもとか言われてるらしいっす
忠之:大丈夫大丈夫心配しすぎだって。今江戸には勝茂ちゃんがいるだろー
家臣:はあ…
忠之:そんなやばいことになってるのに勝茂ちゃんが俺に教えてくれないとかありえないっしょ。
実際はそんな騒ぎになってないよお前ら焦りすぎ(`ー´)
※真面目に大騒ぎで大変なことになりました
※2「実際に見に行ってみたら噂ほど大きくなかった」という拍子抜けな事態でお咎めなしでした
忠之:なんで教えてくれなかったんだよ!勝茂ちゃんなんかもう絶交だヽ(`Д´)ノ
勝茂:ポカーン(゜д゜)
あるいは
勝茂:ごめん、帰りは一緒の宿に泊まろうって言ってたけど、あれダメになった
忠之:前から約束してたじゃん!勝茂ちゃんのバカッ!絶交だヽ(`Д´)ノ
勝茂:ポカーン(゜д゜)
こんな黒田家と鍋島家ですが、関ヶ原の時は黒田家が取り成してくれたというのでもとは仲が良く、
福岡城にも佐賀城にも、お互いの家中から手伝いを出して掘ったとされる堀があるのです。
…最後はいい話でしめようという努力を汲んでイイハナシダナーと言ってほしい。
- 128 :人間七七四年:2009/11/05(木) 20:49:14 ID:0s0bYqZT
- ( ;∀;)イイハナシダナー
- 129 :人間七七四年:2009/11/05(木) 21:29:16 ID:Xo76TRBe
- 「イイ!」は無しだな〜
- 130 :人間七七四年:2009/11/05(木) 21:40:49 ID:RaikqgB7
- いい話と悪い話の両方で長政ネタになってるなw
- 131 :人間七七四年:2009/11/05(木) 21:59:05 ID:0q8+vEkN
- 藤堂高虎が徳川家康、秀忠が話した時、
家康が天下泰平の時に考えるべき事はなにかと高虎に尋ねた。
「それは人です。つまり上と下の間に生じる疑心が大敵でしょう。
特に上が下を疑ってはいけません。疑われれば下も上を疑い、
やがて大きくなった疑いが天下を乱すことでしょう」
高虎の言葉を聞いた家康は
「うむ。秀忠殿、よく覚えておくように」
と言った。
- 132 :人間七七四年:2009/11/05(木) 22:07:10 ID:Xo76TRBe
- この三人がこんな話をしてると何か裏がありそうだw
- 133 :人間七七四年:2009/11/05(木) 22:12:19 ID:RaikqgB7
- >>131
それはどう読んでも悪い話だろw
- 134 :人間七七四年:2009/11/05(木) 22:15:26 ID:W0UIxQ7Y
- 藤堂高虎ってホントに現場たたき上げで、字の読み書きもろくに出来ないくらいの
人だったんだよね。それが、確かに才能もまわりの環境もあったんだろうけど、
本当に努力して、最後には政権中枢のど真ん中で働くようになった。
卑賤な例えだが、中卒の工場労働者が最後は大企業の取締役になったような感じ。
そういう部分を知っておくと、高虎の言葉って非常に心に入ってくるものが多い。
- 135 :人間七七四年:2009/11/06(金) 01:46:10 ID:gbsjoLpS
- >>127
>福岡城にも佐賀城にも、お互いの家中から手伝いを出して掘ったとされる堀があるのです。
きっと別のものを掘ったに・・・
おや、こんな時間に宅配業者が…
- 136 :人間七七四年:2009/11/06(金) 02:22:20 ID:kaR7xMBo
- 高虎の逸話は叩き上げた血と汗が感じられていいぬ
- 137 :人間七七四年:2009/11/06(金) 08:49:25 ID:hczs0qiz
- そういや黒田はこの藤堂さんや細川とも仲が悪かったなあ
仲がいい大名が市松くらいしか思い浮かばん
- 138 :人間七七四年:2009/11/06(金) 10:13:09 ID:kymNvLNA
- 黒田忠之はいかにもありがちな三代目の馬鹿殿だからなぁ。
- 139 :人間七七四年:2009/11/06(金) 13:36:07 ID:wMyCTpJr
- >>134
その例で言えば、最初と二番目のバイト先は問題起こして出奔。
三番目でようやく正社員になれるも、オーナー交代。
その新オーナーと「名ばかり店長」問題で揉めてまた出奔。
(手柄を上げて母衣衆に加えられたが、加増がなかったらしい)
10代の頃は「誰も俺の事を認めねえ!」という厨二入った脳筋ファイター。
それが晩年ではこんな事を言ってる。
高虎は漢字の読み書きが苦手だったので、人を招いて話を聞く事を好んだ。
そんな高虎が最晩年、当時一級の儒学者である如竹山人を招いた。
如竹は仕えるにあたり、高虎に条件を付けた。
「身共は田舎者で遠慮する事を知らない。
殿様とてビシビシ教えるが役目と心得ている。
それで良いか?
嫌なら身共の方から断る」
これに高虎、応えて曰く。
「貴殿のそのようなところを尊敬しておる。
媚びへつらう輩はお断りじゃ」
とまあ、最早揺るぎない地位を誇る高虎が、このように謙虚に述べている。
高虎の一番面白いところは、この成長っぷりにあると思う。
- 140 :人間七七四年:2009/11/06(金) 15:12:58 ID:Dfk9PAe4
- > 「身共は田舎者で遠慮する事を知らない。
> 殿様とてビシビシ教えるが役目と心得ている。
> それで良いか?
> 嫌なら身共の方から断る」
三河武士の儒学者verか
- 141 :人間七七四年:2009/11/06(金) 15:16:35 ID:FjaBdaIi
- 硬骨の学者にありがちなタイプよw
阿ると思われるのを嫌う
- 142 :人間七七四年:2009/11/06(金) 16:30:33 ID:08ux/uMQ
- 高虎から伊達への手紙が辿々しい感じで可愛かった
元和元年のだったけど、一文字一文字がでかいとこ見ると
もう視力が大分落ちて来てたのかな
つか内容が「遊びに来い」なのが微笑ましくて和む
招いた相手がDQN眼竜なので平和に帰ったのか否か少々気がかりだが
- 143 :人間七七四年:2009/11/06(金) 16:56:30 ID:hczs0qiz
- >>142
政宗と高虎仲がいいよな
大坂の陣の後で、切腹した古田織部の屋敷を拝領した高虎が政宗に
「古田殿の屋敷を頂きました。これで俺もいっぱしの数寄者になっちまったというわけですよ」
っていう手紙書いてたんだが
いい屋敷を貰ったのを自慢してるっていうよりも
なんか虚しさを感じさせる感じだったんで印象に残ってる
- 144 :人間七七四年:2009/11/06(金) 17:28:07 ID:p+/l+QYm
- へぇ、へうげものの屋敷は高虎に渡ったのか
屋敷を手にして喜んでいたのか、織部の死を悼んでいたのかどっちにも取れる文面だねえ
- 145 :人間七七四年:2009/11/06(金) 17:51:12 ID:0pNNjEsD
- >>137
所領が近いからもあるだろうが宗茂とも仲良いじゃないか。
その友達の酒乱と天然の諍いの間に挟まれて頑張る長政は良い長政だったぞ。
- 146 :人間七七四年:2009/11/06(金) 19:03:21 ID:rekolfVt
- >>144
確か高虎から娘婿の小堀遠州に渡ってるんだよね。
元々秀長配下だし、利休門下とも親しい仲だったのかも。
- 147 :人間七七四年:2009/11/06(金) 19:29:16 ID:08ux/uMQ
- >>143
元和元年のも屋敷拝領で「いよいよ数奇の上手になり」云々って書かれてた
茶の湯でおもてなしするよ的な意味らしい@ずんだ市博物館
細川忠興から伊達への保春院お悔やみ手紙も撮ってた昔のわしGJ
しかしなんという濃いメンツ
- 148 :人間七七四年:2009/11/06(金) 19:44:47 ID:BQL+dmij
- 萩から彦根へ、「安政の大獄」和解の市民団
http://news.biglobe.ne.jp/social/273/ym_091106_2733469158.html
いい話かな?
- 149 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:33:32 ID:2tvhUJxm
- 細川忠興の心構え
かねてより温厚で柔和な三斎公であったから、領地替え以後気まずくなった隣国筑前の黒田長政のこと、
普段気にも留めていなかった。
そんな折、長政の重臣後藤又兵衛が主人と仲違いし黒田家を辞すると忠興が聞いた。
かねがね後藤又兵衛の武勇を聞き及んでいた忠興、直ぐにも又兵衛には高録で召し抱える旨を伝えたのであった。
が、又兵衛が応えて言うには、主人であった長政、執念深い気質、追手をきっと差し向ける故
果たして国境を越せるや否や定かでない、そのように細川忠興はきかされると即座の差配であった。
後藤又兵衛、細川家の封地豊前との国境に差し掛かった折に目にしたのは、百名もの鉄砲隊を従えた甲冑姿の細川家の軍勢、
まるでこれから合戦の如き気構えでの出迎えであった。
さすがあまたの戦場を経た忠興公である、と感心しきりであった、が、又兵衛の心中、暗雲がむくむくと浮かぶのでもあった。
- 150 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:37:11 ID:zAM043bb
- 観光対策で大昔の遺恨をほじくり返すのはどうかと思うんだよなあ
なんでもかんでもねぇ
- 151 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:40:39 ID:CukRqtZt
- >>149
いい…話?w;
- 152 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:46:01 ID:iTGB/2yY
- >温厚で柔和な三斎公
……はい?
- 153 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:48:43 ID:vwtgUS8O
- >>152
そこは俺も心の中でつっこんだけどwww
- 154 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:52:21 ID:7HBXpPdl
- >>152
>>153
同じくw
- 155 :人間七七四年:2009/11/06(金) 21:56:39 ID:dnSRx7Ls
- Q. 「かねてより温厚で柔和な」という形容詞に続くにふさわしい人名を選びましょう。(複数可)
1.森長可
2.伊達政宗
3.細川忠興
4.島津忠恒
- 156 :人間七七四年:2009/11/06(金) 22:01:53 ID:CukRqtZt
- >>155
リアルで茶を吹いたじゃねーかコイツめw
- 157 :人間七七四年:2009/11/06(金) 22:06:26 ID:SX2Jp8fS
- >>155
え?正答無しだろ?
- 158 :人間七七四年:2009/11/06(金) 22:09:24 ID:08ux/uMQ
- 無茶振りすぎるw
- 159 :人間七七四年:2009/11/06(金) 22:10:44 ID:Uoo8BXIY
- >>155
QMAみたいな問いだすなよ
- 160 :人間七七四年:2009/11/07(土) 00:26:39 ID:xjJlQvaE
- え〜と・・・1です!
- 161 :人間七七四年:2009/11/07(土) 00:39:35 ID:pGVrFeWK
- >>155
答えは福島正則だろ
- 162 :人間七七四年:2009/11/07(土) 00:51:57 ID:LMzi4+aF
- ト、豊臣秀吉様デアルト回答イタシマス
- 163 :人間七七四年:2009/11/07(土) 02:19:41 ID:a01eWbMV
- 彼方越前より富田長繁さまがお越しのようで・・・ >>155
- 164 :人間七七四年:2009/11/07(土) 06:24:09 ID:MNzN/KSN
- まとめるか。
Q. 「かねてより温厚で柔和な」という形容詞に続くにふさわしい人名を選びましょう。(複数可)
1.森長可
2.伊達政宗
3.細川忠興
4.島津忠恒
5.福島正則
6.豊臣秀吉
7.富田長繁
8.三河武士一同
- 165 :人間七七四年:2009/11/07(土) 08:24:10 ID:r9gPtfmf
- でも後世に伝わるのはどうしても派手な話が多いから
実際の人格はどうなのかわからんな。そのときの世相も影響あるだろうし。
>>164にあがってる人も実際につきあってみればいい人なのかもしれない。
- 166 :人間七七四年:2009/11/07(土) 08:59:07 ID:j6w7X+i+
- >164
家康だろう。狸の皮から言って。
- 167 :人間七七四年:2009/11/07(土) 09:05:41 ID:3J1oaGgG
- >>164
つ第六天の魔王
- 168 :人間七七四年:2009/11/07(土) 09:09:25 ID:ZcAwnvq9
- 信長さんは、イライラしてない時は普通にイイ人だわな
- 169 :人間七七四年:2009/11/07(土) 09:15:51 ID:83wK4IzC
- 勝手な印象だが忠興は逆鱗に触れなければ大丈夫そう
政宗は気まぐれ、忠恒は陰険、長可は常時臨界状態
- 170 :人間七七四年:2009/11/07(土) 09:18:20 ID:4dhpskJb
- 宇喜多直家「俺も俺も。数年来の友になれるって」
- 171 :人間七七四年:2009/11/07(土) 10:37:15 ID:AxoQ/H2s
- その数年後にはきっと草葉の陰にいるな
- 172 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:04:50 ID:JaAU3qN4
- 大量規制に遭ってもこのスレだけはいつも通りで嬉しいな。
んでもっていつもながらまとめサイトの管理人殿の仕事ぶりには頭が下がる。
生ける司馬遷と言った所か。
- 173 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:44:46 ID:ZcAwnvq9
- >>172
>生ける司馬遷
そんな事書くと、まじめに歴史好きな人がキレるぞ。
管理人さん頑張ってるしすごいと思うけど、さすがにその例えは古人への冒涜だ。
- 174 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:46:49 ID:oDR7O8KT
- 規制中は流石にここも投稿減ってたなあ。
それでも1日に1つ2つ逸話が投下されてたのもすごいがw
- 175 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:47:02 ID:4dhpskJb
- 歴史好きの笠に被ってるだけでキレてんのはお前だろ
何マジになってんの?
- 176 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:50:18 ID:4dhpskJb
- 規制中に代投して貰ったけど長文だと分割して投稿しなくちゃならなかったからメチャクチャ面倒だった
俺は未だに規制中だがしばらく投稿は無理だな
- 177 :人間七七四年:2009/11/07(土) 14:53:51 ID:Qw42t5F3
- 生ける司馬遷、死せる孔明を走らす。
あれ?
- 178 :人間七七四年:2009/11/07(土) 15:07:24 ID:oDR7O8KT
- 関ヶ原の敗北により、島津義弘が逃走していたときの事である。
島津主従、伊賀山中において道に迷い、ついに進退窮まった。
ところが、ここで一人の老人が現れ、義弘らに道を教えた。このおかげで彼らは無事、
伊賀を抜けることが出来た。
義弘は老人に大変に感謝をし、彼に、十文字の紋の付いた猩々緋の羽織を与え、
「我らが無事に帰国したと聞いたら、これを持って薩摩に下ると良い。きっと褒美を取らすであろう。」
と、言い含めた。
さて、このような事があって義弘は薩摩に無事帰国したが、いつまでたっても
あの老人が薩摩に現れる事はなかった。
義弘と共に逃げ帰った者たちからも、だんだんとその事が忘れられた頃、
かねてから島津家の信仰の厚い、大隈の八幡宮の祭礼があり、そのため普段厳重に閉められている
宮の扉が開けられた。その社殿の中に、
あの時義弘が老人に与えた、羽織が置かれてあった。
これを見た人々皆、奇異の思いに打たれたと、伝わる。
- 179 :人間七七四年:2009/11/07(土) 15:24:15 ID:y3lSEvBj
- http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2328.html
↑の別バージョンか
どっちのオチも昔話っぽいな
個人的には義弘らしいと感じるけど
- 180 :人間七七四年:2009/11/07(土) 15:28:47 ID:4dhpskJb
- 狐に地蔵に八幡か
やたら神様に愛される気質だな義弘w
- 181 :人間七七四年:2009/11/07(土) 21:36:10 ID:b7VJhgcZ
- では義弘の話をもう一つ。
義弘が隠居後に近習と出掛けたとき、加治木の城下ではお祭りをしていた。
義弘の父、貴久に由来する鈴懸祭りという大層賑やかなお祭りである。
お殿様のお出掛けと聞いて、町の者達は一旦踊りや囃子を止めてお通ししようとしたが
義弘は「よいよい、そのまま続けよ」と町人達の踊りの中を馬で通り過ぎようとした。
だが、先導の者の馬が太鼓の音にビクついたのか前に進もうとしない。
これを見た義弘は苦笑して「先導のものは若輩ゆえ馬の扱いに馴れて居るまい。誰か手本を見せてやれ」
左右を省みて年配の者達に先導を代わるよう命じた。
ところが年配の者達も馬を思うように扱えず、どうしても踊りの中を通る事が出来ない。
誰一人として馬を満足に扱えないのを見かねた義弘、ついに「もう良い!わしがやる!」と言い出した。
これには近習たちも驚き「殿ももはや80近く。そのお年ではどんな怪我をするか分かりません。どうかお止めください。」
と懇願したが「そこで見ておれ、わしが手本を見せてやる!」と言うが早いか先導の馬に乗り、
まるで無人の野を行くが如く踊りの中を通り過ぎてしまった。
これには町人も拍手喝采、近習たちも自分の主君に対する尊敬の念を新たにした。
だが義弘はこのことを誇るでもなく
「敵味方が喚きあい、矢唸りに鉄砲が鳴り響く戦場を往来するは武士として当然のことである。
『治において乱を忘れず』じゃ。お前達も常々馬術や武芸の稽古に励むように」
と訓戒した。
このとき以降、加治木では馬術を競い合う「馬責め祭り」なる行事が行われるようになったとか。
- 182 :人間七七四年:2009/11/07(土) 22:37:33 ID:VA4mkiHs
- 立花宗茂も島原の乱の時に、
今時の武士は平和ボケになってるみたいなこと言ってるから、
戦国を知る歴戦の猛者から見たら、
江戸初期の武士はたるんでるように見えたのかな
- 183 :人間七七四年:2009/11/07(土) 22:46:30 ID:y3lSEvBj
- 「責め祭り」だけ見てカナマラ祭みたいなのを妄想した俺を誰か責めてくれ…
- 184 :人間七七四年:2009/11/07(土) 23:36:02 ID:tcx4268f
- >>183
貴殿には馬より△木馬が相応しいようじゃのう
- 185 :人間七七四年:2009/11/08(日) 00:10:22 ID:Xqt4NdKH
- >>182
フィクションですが「出星前夜」読むと大変 (ノ∀`)アイター な感じ
技術の衰退がどんだけ早いのかは、今ほとんどの人が炊飯器ないと
飯を炊けないのを考えてみると近いかも?
- 186 :人間七七四年:2009/11/08(日) 03:08:40 ID:ETBkntlF
- 近代の軍隊でも技術をいくら発展させても実際に指示したり前線で戦う人間が
実践を積まないとどんどん弱体化していくそうだね
模擬戦や災害救助程度しかほとんどしない国の軍隊がいきなり戦争に投入されると
かなり悲惨なことになっちゃうことも少なくないそうだし
- 187 :人間七七四年:2009/11/08(日) 05:30:57 ID:ZYwxz0kw
- >>186
強い軍隊の維持という目的があるためなのか、アメリカやロシアはよく戦争をする。
関ヶ原→大阪の陣の教訓は、兵士にとって15年は長すぎるってこと。
日清戦争以降の日本はだいたい10年毎に戦争していたが、これもそういう理由があったのかもしれない。
- 188 :人間七七四年:2009/11/08(日) 06:20:47 ID:bSelRiWU
- でも、旧日本軍の場合槍みたいに長いライフル銃に銃剣付けて突撃が基本だからなぁ・・
- 189 :人間七七四年:2009/11/08(日) 07:32:27 ID:ORPKO9Zx
- 西南戦争なんてヨーロッパの軍事教典通りの戦い方だったな・・・
日露戦争も火力でロシアを圧倒する場面も多々あったが。勝ってからおかしくなった
戦術的には日中戦争のころでもロシアの浸透戦術をマスターしとてもテクニカルな戦い方はしてたけど
- 190 :人間七七四年:2009/11/08(日) 07:36:23 ID:ORPKO9Zx
- っていうか戦国時代って兵科別に整然とした部隊割がされてたんだよな。
みんなごっちゃになって戦ったわけじゃない。
長槍なんて槍の上げ下げまで号令で一斉にしてた。
- 191 :人間七七四年:2009/11/08(日) 08:41:38 ID:5uuyBCO8
- >兵科別に整然とした部隊割
それは戦国時代末期限定の話だろう…
基本戦国時代は、寄親寄子制で直接の主人の下知で戦ったと思われる。
というか、実際の戦場での編成の史料って、ほとんど無いんだよね。
- 192 :人間七七四年:2009/11/08(日) 10:21:24 ID:YQaOk6bN
- だいたい近隣の農民が高台に登っておにぎりを食べながら戦観戦してても安全なくらいにノホホンとしていたくらい戦の流儀通りにやってたし、敵方とすでに話がついての自作自演みたいな戦もあった。
そういや葦名義広の攻撃に敗走した片倉がパニクって高台で観戦してた農民達を敵と誤解して大量掃射しちまったなw
- 193 :人間七七四年:2009/11/08(日) 10:50:02 ID:OhGEv3i0
- >>192
ソースは?
- 194 :人間七七四年:2009/11/08(日) 12:23:38 ID:UPXZF7aI
- ここでソースの味見しても仕方ないな。
流れ悪くなるだけ。
田舎の地頭国人レベルの抗争では、実際ガチ勝負は稀で、
そこそこできり上げる大人の合戦だった、でないと双方滅亡まっしぐらだろう。
- 195 :人間七七四年:2009/11/08(日) 12:34:47 ID:OhGEv3i0
- それだと妄想でも完全創作でも何でもありになるじゃん
まぁもう半分そうなってるけど
- 196 :人間七七四年:2009/11/08(日) 12:42:32 ID:01dUalmp
- >>195
キミは何か勘違いしていると思う
- 197 :人間七七四年:2009/11/08(日) 13:06:40 ID:X9h4VHbR
- 前に日本史版で歴史は全て嘘、捏造って内容のスレあったけどね
残っている文献も遺構も現代人の創作、捏造だそうだ
- 198 :人間七七四年:2009/11/08(日) 13:24:23 ID:YQaOk6bN
- そもそもだいたいが石戦で勝敗がついたから
- 199 :人間七七四年:2009/11/08(日) 13:35:44 ID:O6n35SUP
- でもレスでさらっと嘘つくヤツとか普通にいるけどな。
いいor悪い逸話じゃないからスルー率も高いし
そのまま事実かのようにまとめスレに…w
しかし、ソースの真贋じゃなく
ソースを聞かれただけでこの反応とはw
- 200 :人間七七四年:2009/11/08(日) 13:53:00 ID:UPXZF7aI
- ソースから、そもそも歴史とは?
ヘーゲルからマルクス、フーコまで繰り出して
大議論になるなあ。。
- 201 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:01:23 ID:xNtsNfYy
- てゆうか「逸話」スレで史実議論とかスレ違いだからヨソでやってくれ
- 202 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:06:34 ID:OkRmF1fD
- >>197
世界は5分前につくられたとか、実は俺以外は全員仕掛け人とか、
誰もが一度は通る道だな
- 203 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:15:23 ID:OhGEv3i0
- ソース聞くことがタブーだとは知らなかった
じゃあ俺もほとぼり冷めた頃に完全創作の逸話とか投稿してみるかな
- 204 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:18:45 ID:01dUalmp
- >>203
真贋についてはここ
【真?】戦国逸話検証スレ【偽?】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1196778610/
創作はここでやれ
戦国ちょっと造り話
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1240454865/
これでもわからないならただの荒らしだ
- 205 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:39:40 ID:emhLv7v5
- >>203みたいな、涙目で捨て台詞を残して逃走する姿はいつ見ても無様だな。
- 206 :人間七七四年:2009/11/08(日) 14:43:17 ID:drUskMk5
- スレ違いのレスして叩かれてるのに理解出来ずに駄レスを繰り返す
挙げ句叩いてる奴らへの当て付けに自分がさっきまで忌み嫌った手段をやろうとする
mjktの眷属だろ
ここは2chであって悪意や虚偽が入り乱れる場
問いかけても真っ当な答えが返ってくるとは限らない
そんな場所の情報などに流されぬようにすべきであるし自らも積極的に悪意側に荷担しようなど持っての他だろう
メディアリテラシーを持て、他人が悪行やってても自分はやるな
- 207 :人間七七四年:2009/11/08(日) 15:55:40 ID:25YQh4KD
- 別に出典を聞いたっていいんじゃないか。
ソースって言い方がこの板に合わなかったか。
- 208 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:01:24 ID:ARwnZrfS
- ソースといっても「本からです」でかまわんだろ
- 209 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:04:53 ID:drUskMk5
- 初めのレスより195が頂けない
飛躍し過ぎ
- 210 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:13:30 ID:dRFjB4ij
- 投下する側としてはソースの質問や間違いの指摘は全然構わないよ
むしろそれがこのスレに投下する醍醐味の一つだと思うんだ
俺が知らなかった補足や違った解釈のレスが付く度に嬉しかったりするw
ただ前にもそういう人いたが、このスレでわざと捏造投下する勇気は俺には無いな……
あんまり詳しくない武将の話投下する時でさえ冷や汗ものだしね
- 211 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:26:06 ID:sPs6gzLo
- ○○という本から〜でも、○○の地で伝わる〜でも、○○というサイトで〜でも、
なんとなく記憶にあるだけでわからない、でもいいから、1回レスするだけですむ話だろうに。
まあ聞き方ってものもあるが。
>>192
この話初耳なんだけど、出典とかわかります?
- 212 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:27:42 ID:YMFEuseV
- この手の逸話って真贋気にしてちゃどうにもならんしな。
極端な話、「じっちゃんから聞いた」でもいいわけだし。
- 213 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:39:54 ID:UEk7YuFo
- ちょっと前に出た学研M文庫「片倉小十郎景綱」にはこのエピソードがあった
ただし農民の騒ぎを鎮めるためにやったことになっていたが
あとがきの後に参考文献がいくつか載っているからそのどこかから引用したのだろう
- 214 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:43:29 ID:c9TyVLD0
- 性質上後世の創作が入るのは当たり前である事
逸話がどういう性質のものなのか知りたい人が判断出来るように尋ねられたらソースを示す事
これだけきちんと踏まえていれば問題ないはず
じっちゃんから聞いたならじっちゃんから聞いた、うろ覚えならうろ覚えでいいんだよ
ただそういうやり取り超えて信憑性の論争するなら他所でやれと
- 215 :人間七七四年:2009/11/08(日) 16:53:47 ID:CC7JEdeR
- スレが終わるまでID:OhGEv3i0叩きは続きます
- 216 :人間七七四年:2009/11/08(日) 17:03:08 ID:01dUalmp
- 関ヶ原の折、石田三成の陣を壊乱させたのは黒田長政の部隊であった。
そのため、その頃関ヶ原あたりでは、女性が石臼を引く時に、
『黒田甲斐様、鳥取小鷹、石田冶部殿うずらの鳥よ、一つ蹴られて音を出さず』
と、唄ったそうだ。
黒田長政(世間の評判が)いい話
- 217 :人間七七四年:2009/11/08(日) 17:42:36 ID:yAKPOgci
- 片倉が農民に撃ち掛けた話、
わかりやすいところだと、小学館の小学館ウィークリーブック
週刊戦乱の日本史「摺上原の戦い」には、(ここから引用)
戦場近くの高台では農民たちが大勢集まって合戦を見物していた。
片倉景綱が追い払おうと鉄砲を撃つと、農民たちはわっと退去して逃げ出した。
この様子を見た葦名勢の佐瀬河内守隊、松本源兵衛隊が
味方の敗走と勘違いし、自らも敗走し始めた。
(引用ここまで)と書かれていて、葦名敗走のきっかけとして書かれてる。
風向きが変わって伊達勢が一気に攻勢に転じ、
葦名勢が乱戦の中押され始めてから起こった、と。
- 218 :人間七七四年:2009/11/08(日) 17:45:46 ID:yAKPOgci
-
>>217
退去× 大挙○
すんません・・・・・
- 219 :人間七七四年:2009/11/08(日) 18:46:51 ID:YQaOk6bN
- >>217
出たw捏造伊達中心史観
もうね、笑えるよな。
講談話大好きな庶民向けの本ってさ、伊達や毛利や島津の負け話とか絶対に書かずにマンセー歪曲して話を逆さまにしたりさ。
謙信無敵とかもそうだけど、まーそうやってマンセーしなきゃ買ってくれないんだろうね。
- 220 :人間七七四年:2009/11/08(日) 18:54:45 ID:ETBkntlF
- 真偽がどうこう言いだしちゃうと幽霊や鬼とかが出てくる逸話は明らかにありない話だから
書くべきでないみたいな面白みのない話になるし適当でいいだろ
嘘は嘘と見抜け(ry
- 221 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:11:45 ID:qFM+Ewzz
- >>216
こういうのって誰が言い出すんだろねw
- 222 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:12:21 ID:5uuyBCO8
- 幽霊が出てくるのをウソ・作り話と決め付けるのはどうかな・・・
中世の人は、現代人とは全く違う世界に生きていたことを忘れてやしないか。
幽霊が存在するのは、戦国時代の人にとって当たり前のことだった。
- 223 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:19:42 ID:dRFjB4ij
- >>222
松永「ないない」
朝比奈泰勝「ですよねー、天狗ならともかくw」
- 224 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:21:15 ID:sPs6gzLo
- >>220
それはちょっと違わないかい?
現代人が考えるところの鬼や幽霊ではなくとも、当時鬼や幽霊とよばれる存在がいたのかもしれないし。
鬼や幽霊と表現した、それ以外の何か(賊や病等)だったかもしれないし。
本当に鬼や幽霊だったかもしれないし。
現代人から見て有り得ないと思える描写が含まれても、それだけで逸話そのものの真偽をいうのはどうだろう。
- 225 :人間七七四年:2009/11/08(日) 19:51:50 ID:YQaOk6bN
- 島津の占いくじ引きとか元就と尼子の呪術合戦や、裏切り騙して敗死に追い込んだ陶の怨みを受けないように儀式やったりしてるくらいだから
少なくとも西国ではシャーマニズム的な霊験を恐れてる部分は濃い。
- 226 :人間七七四年:2009/11/08(日) 20:30:07 ID:yAKPOgci
- >>219
ちゃうちゃう。
「その方が面白いから」
片倉がテンパって農民誤射したなんてみみっちい話より
それきっかけに葦名が総崩れしてった方が面白いじゃないか
勝つなら勝つでなおドラマティックに
負けるなら負けるでなお、お涙頂戴に
マンセーとかどうでもよくただ面白けりゃよい。
そういうもんじゃないのかな。
さて捏造伊達中心史観と言いきるなら
そうでない資料もご存知なのでしょう。
歴史にはまったばかりの若輩にそういう資料をご教示願えませんか。
煽りとかじゃなくてマジに。図書館辺りにある本なら読んでみたい。
- 227 :人間七七四年:2009/11/08(日) 20:46:29 ID:NgVcd0VD
- >>226
そいつはこのスレでも有名な病人
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1247488347/
伊達や毛利や島津を叩くのが生甲斐
- 228 :人間七七四年:2009/11/08(日) 20:51:25 ID:yAKPOgci
- >>227
そうなのか・・・(´・ω・`)ガッカリ
- 229 :人間七七四年:2009/11/08(日) 21:30:18 ID:Bt51UXnA
- ま、そんなんで終わるのもシャクなんで
ソースは「会津合戦記」(蘆名家記)。江戸期に出回った作者不詳の軍記ものなんで
信憑性は薄いとだけ言っておく。
『…先陣猪苗代盛国会津の案内として三引両の旗一流ささせ二千余騎にて控へたり。
二陣は原田左馬助三千余騎、三陣は片倉小十郎四千余騎、本陣は政宗一万余騎にて
磐梯の腰八ヶ森に控へ給ふ後詰は伊達重実五百余騎にて控へたり…
…二陣の原田入替り戦ひけれども、富田(※隆実、蘆名家重臣)は今日を限と思ひ命を
惜まず一心にはげむ程に、原田が陣もこらへずしてくづれけり二陣もやぶれければ
三陣片倉入替て、追つまくつつ五六度まで戦ひけるが、三陣をもふみやぶられ片倉勢も
くずれ政宗の本陣さしてぞ引にける…(※この辺を「片倉がテンパッた」と捉えてるのかと)
…政宗これを見て「先陣富田将監は小勢を以て比類なき働き。これにつづいて会津勢
二陣三陣入替り戦ふものならば、味方大に利を失ふべし。殊に盛重が旗下勢躁がず備を
立るは、いか様なる軍法あらんも知れず。」
と暫し控へ給ふ処に、片倉小十郎鉄炮百挺計を揃へ敵をば打たず、会津方の軍見物に
出たる雑人共、ここかしこの山のはに居たりしを、ことごとく打せけり。
雑人共是を見て「あはや敵の方よりも鉄炮を打ぞ。逃よ!」とて、一度にどつと崩れけり。
盛重の勢は平田勢かけまけ落行と心得けん。又、内々心替に有るやらん、一度にどつと
崩れつつ、「ああ、佐瀬河内守・松本が勢共裏切するぞ。片時もはやく落行け。」とて
一度にどつとくずれ、一めんに引にけり。
時に何者かしたりけん、日橋を引落しける程に、つはもの共川中に馬を乗入或は飛込
水に溺れて死する程に侍七十五六騎雑兵八百人たちまちに死にけり…』
…は前・中・後略、(※)の中はオレ注。長文失礼。
という訳でこの話はここまでにして、いつもの当スレをお楽しみ下さい。
- 230 :人間七七四年:2009/11/09(月) 00:52:38 ID:KavXmEZS
- 読んでたらわくわくして来たw
- 231 :人間七七四年:2009/11/09(月) 00:59:54 ID:CcDseurv
- >>229
これってあわや本陣までってピンチを機転で救った
片倉の良い話とも取れるんじゃない?まー農民には気の毒だけど
狙ってやったのか怪我の功名なのかの判断は無理だけど
(まぁSubの自己中心史観では答えが決まってるみたいだけどw)
他の武将なら「良い話」になってもおかしくない話じゃない?
- 232 :人間七七四年:2009/11/09(月) 01:30:11 ID:J/eC/k3y
- 単にテンパッた末の誤射だったにせよ神保さん同様目障りだったにせよ片倉の鬼謀が光ったにせよ、
本当にこれが蘆名勢敗走のキッカケになったのなら間違いなく(伊達軍にとって)いい話だよな。
というか片倉は何かと咄嗟の機転の利くイメージのある男だから、「テンパッて誤射した」では
むしろこの話が浮く気がするのだが…
- 233 :人間七七四年:2009/11/09(月) 03:44:52 ID:iBaVjtBo
- >>232
> というか片倉は何かと咄嗟の機転の利くイメージのある男
前に出てた逸話で
火事の時逃げ出した奴を咄嗟に突き殺して檄飛ばしたとか
そんな話ありましたね
- 234 :人間七七四年:2009/11/09(月) 07:50:51 ID:BYEKC2Ug
- >病人Sub
鮭さまで釣れなくなったから今度は政宗かw
- 235 :人間七七四年:2009/11/09(月) 11:02:39 ID:jUq/Sm82
- 天正の初め頃のこと。ある日、遠江を巡見していた徳川家康は、磐田見附宿で休息した。
「うーむ、疲れたの。どれ、あの家で何かもらうか…これ、誰かある!ノドが乾いた、
何か飲むものをくれ。」
「はいはい、そんな時はコレをどうぞ。」
「うん?これは冷や酒か?
………ウマイ!この辺りでも、こんな旨い酒が作れるとは!お主、名は何と言う?」
「へぃ、あっしは清兵衛と申しやす。」
「よし清兵衛、この家康、これからもおまえの冷や酒、ひいきにさせてもらうぞ。」
清兵衛の冷や酒がたいそう気に入った家康は、武田領との国境を巡見した後、見附宿で
休息し、清兵衛の冷や酒で良い気分になって浜松へ帰るのが習慣になった。
ところがある日、この巡見が武田方に漏れ、家康は高天神城からの襲撃を受けた。
何とか磐田まで逃げて来た家康だったが、追っ手がついに家康の後ろまで迫って来た
その時、見附宿から火が上った。
「すわッ!徳川の伏兵か、北条の乱入か?!」
警戒した武田軍は足を止め、その間に家康は天竜川を越えて逃れることが出来た。
「助かった…それにしても、あの火の手はいったい……?」
「おお殿様、ご無事で!あっしが無い知恵しぼった甲斐がありましたな!」
「おまえは清兵衛!あの火は、おまえがやってくれたのか?」
「へぇ、あっしと親類の家を焼き払ったんでさぁ。いや、武田も見事に釣られてくれまして。」
「何と!!…すまぬ、恩に着る……」
「それより、ずっと駆けて来てノドが乾いたでしょう?こいつをどうぞ。」
「これは…いつもの冷や酒か?今日は寒い、こんな時で悪いが燗にしてくれぬか?」
「いやいや殿様、こんな時こそ、冷やでやるもんですよ?」
そういうものかと半信半疑で冷や酒を飲み干した家康だったが、清兵衛の言葉通り
あとから効いてくる冷や酒のおかげで体を汗で冷やすこと無く浜松に帰りついた。
この功により、のちに「商い御免」の朱印状が与えられた清兵衛は自慢の冷や酒を売る
造り酒屋として財を成し、「冷酒清兵衛」と呼ばれるようになったという。
戦国の侠客・冷酒清兵衛の朱印屋敷は、今も磐田に現存する。
- 236 :人間七七四年:2009/11/09(月) 11:25:02 ID:Wg/aIyqk
- >>235
> 戦国の侠客・冷酒清兵衛の朱印屋敷は、今も磐田に現存する。
これか
http://yukimura4.web.fc2.com/Toukaidou_1Shuku1Pan/28_Mitsuke/IMG_59600063.jpg
歴史が身近に息づいてて、いい感じですなー。
- 237 :人間七七四年:2009/11/09(月) 11:37:06 ID:V9BnBjmP
- >「いやいや殿様、こんな時こそ、冷やでやるもんですよ?」
そこはかとなくめんどくさい臭が漂ってるな。
マイルド仕上げなのはただの領民だからか、遠州者だからか?
- 238 :人間七七四年:2009/11/09(月) 11:45:44 ID:Ng3E+MLn
- >>237
冷で飲むものを燗したら風味が飛ぶんじゃない?
日本酒どころかアルコール一滴も飲まないんでそのへんはよく分からないが。
それに熱燗だと、下手したらアルコールと熱で汗が出て結果的に冷えるんじゃないかな。
- 239 :人間七七四年:2009/11/09(月) 11:54:26 ID:V9BnBjmP
- まあなんというか、冷酒でいくのが道理でも、普通はただの領民なら殿の仰せのままだろうし
作左なら集落一帯に火をつけて燗にするだろうし、その中間だなと思って。
- 240 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:06:02 ID:zTyYl+7A
- >>238
最近では日本酒はぬる燗が一番香りと味がいいというのが定説だよ。
ただ、この話の酒は、どぶろくだろうから、清酒と同じかどうか分からないけど。
- 241 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:07:20 ID:BYsuGNwB
- >>239
家康に仕えるひとなら、当然屁理屈言いまくり
- 242 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:14:49 ID:BYEKC2Ug
- >>235乙
>>238
鮭の身じゃないから風味はわかんないけど、科学的には
・アルコールは体内で、体温と同程度にならないと胃壁や腸壁から吸収されない
だそうなので、冷酒は時間たってから酔いが来るみたいよ?
- 243 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:16:59 ID:5rGFcqgl
- 冷や酒だと酒の匂いやクセが抑えられて飲みやすいけど、
燗をするとそれらが際立って飲みにくくなる場合もあるしね
- 244 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:20:38 ID:1Vspy64g
- 銘柄によって合う合わないあるべな。
でも…
市松なら。
市松なら関係なく飲み干して暴れてくれr
- 245 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:50:29 ID:a8Nj6PfS
- >>225
日露戦争では伊予の喜左衛門狸を総大将に四国の狸軍団が出征してロシア軍相手に大活躍したそうだし、
日中戦争でも氏神さまが助けてくれたってな話は結構あるね。
詳細は「軍隊狸」でぐぐるよろし。
まして戦国時代なら魑魅魍魎怪力乱神が出まくりんぐだろうな。
- 246 :人間七七四年:2009/11/09(月) 12:59:37 ID:6GHAtoBw
- >>231
>>232
>>233
>>234
必死な自演乙
なんで片倉が機転を利かしたとか根拠なくデタラメ書くんだよ。
明らかに混乱して農民を誤射しまくりなんだが。
だいたい蘆名敗走の決め手は風向き。
蘆名側に馬煙や鉄砲煙が蔓延して見通しがきかなくなったため。
それでも小高い丘にいた義盛(義広)は煙より上にいて戦域を見渡していて、蘆名軍が混乱撤退を始めたのを見て、伊達に突撃決断をしてる。
つうか相変わらず片倉の負けまくり弱クオリティ素晴らしいな。
毎回の戦で先陣で出てきては御約束通りに期待を裏切らず我先に敗走するから笑える。
- 247 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:02:46 ID:6GHAtoBw
- 訂正
○盛重
×義盛
- 248 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:05:57 ID:BYsuGNwB
- 農民ってシューティングゲームの的になってくれるために
居てくれているのだろう。
- 249 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:08:42 ID:D0e0+10b
- 今日はおでんで燗酒でもやろっと
- 250 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:15:21 ID:XBKYkDzq
- 農民を甘く見ちゃいけない
農民=ハゲタカ・ハイエナ
絶好の臨時収入を虎視眈々と狙って・・・
- 251 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:20:41 ID:BYEKC2Ug
- まぁスルーで
>>243
そういや友達がワンカップとか安っすい酒は
燗にすると不味くて飲めないって言ってた
- 252 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:41:35 ID:+HphD8vH
- >>248
でも実際にでてるゲームじゃ鎌投げて忍者殺してるだがな
- 253 :人間七七四年:2009/11/09(月) 13:53:42 ID:18GLh0Xh
- 鬼武蔵だったら退屈凌ぎに農民にヒャッハーしたらなぜか敵が退却したでござる。になったのにね。
- 254 :人間七七四年:2009/11/09(月) 15:07:46 ID:J/eC/k3y
- >>246
自分のレスは>>232だけなんだが…
確かに葦名が優勢の時に農民が逃げたのを見ていきなり敗走をはじめるのはヘボすぎるから
葦名が劣勢になったのは風向きが変わったからなのかもしれんけど…
例えばそれで自軍が優勢になったのを見てとった片倉が、農民への発砲で敗走を誘い総崩れへと導く策に
出たのではないかと想像させる程、普段は冷静で機転の利くイメージの男だという話だよ。
そこまで詳しいわけではないし携帯厨だから具体的にと言われてもぽんぽんは出せんが、
>>233の話とか、最近市松との話もあったじゃないか。
デタラメというか推測ではあるけど、根拠がないわけじゃないし、そもそも軽く思った事を述べただけだ。
お前こそなんでそんな必死なの?
先祖がまーくんの被害者なのか?w
- 255 :人間七七四年:2009/11/09(月) 15:09:14 ID:Wg/aIyqk
- >>254
ID:6GHAtoBwがただのキチガイなのはみんなわかってる。
スルーしましょう。
- 256 :人間七七四年:2009/11/09(月) 15:16:33 ID:BYEKC2Ug
- だからスルーしろって
政宗と言えばドラグナーに「ギルガザムネ」って究極のMAがいてな…
- 257 :人間七七四年:2009/11/09(月) 15:21:16 ID:J/eC/k3y
- ゴメンナサイ
自演扱いがこんな不愉快なもんとは思わなくてつい…
もう構ったりしない。
- 258 :人間七七四年:2009/11/09(月) 15:43:24 ID:BYEKC2Ug
- >>257
まぁ時期に慣れる。いやな話だがw
>>256の他にもザンボット3も政宗モデルらしいけど
誰か他の武将でロボットのモデルになった武将とかって知らない?
ガンダムは甲冑を来た武者(特定の武将ではない)がモデルだとかは聞いた事あるけど
個人的にはゴ―ショーグン(ゴ―フラッシャー発射時)が秀吉の馬藺後立兜に似てる気がする
実際のところまったく関係ないんだけどw
- 259 :人間七七四年:2009/11/09(月) 16:30:53 ID:bbTfcFxY
- 小十郎は確かに戦は今ひとつだね。
そんな小十郎が出世した大きな要因はやはり機転。
>>245の為に片倉小十郎の咄嗟の機転が利く逸話を集めてみた。
・人取橋で本陣が崩れ敵に囲まれている政宗を発見した時、すぐにはそこまで行けないと思った小十郎は、
咄嗟に「ひるむな小十郎!政宗ここに見てあるぞ!」と叫んで自分が政宗の振りをして敵を引きつけ、
己の身を危険にさらして政宗の危機を救った。
・秀吉に三春五万石で家臣になれと言われた時、いきなり断っては秀吉の機嫌を損ねるかもしれないと
その場は受け、後から政宗への忠義を理由にやんわりと断った。
・秀吉に小十郎の刷毛の鑓印の由来を問われ、天下一撫での刷毛であると答えると、
自分も一撫でにするのかと咎められた。
小十郎は咄嗟に刷毛を半分切り落とし、秀吉は残し天下の静謐を保とうとする心意気を示すと、逆に褒められた。
(その後もそのまま片刷毛の鑓印を使っているので、小十郎的に残したのは恐らく秀吉ではなく政宗)
・米沢城下の火事と片倉小十郎景綱・いい話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1449.html
・片倉小十郎相手に、いつもの市松。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3115.html
あとは咄嗟の話ではないが、
・幼い頃の政宗のコンプレックスだった醜く飛び出た右目を切り取って引っ込み思案を治したのも小十郎。
・家中が徹底抗戦に傾く空気の中、政宗に小田原参陣を勧め伊達家を改易から救ったのも小十郎。
局面を見極める目に優れ、その持てる智略を全て政宗に注ぎつくした揺ぎ無い忠臣、片倉小十郎景綱。
幼いころから仕えてくれたそんな大功のある忠臣を政宗がどれほど信頼し、大事にしていたかは想像に難くない。
そんな小十郎に政宗が報いた逸話がこちら
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1505.html
- 260 :人間七七四年:2009/11/09(月) 16:31:53 ID:bbTfcFxY
- 間違えた。>>245ではなく>>254
- 261 :人間七七四年:2009/11/09(月) 19:12:48 ID:B2B0+2JQ
- >>197
まじで!
- 262 :人間七七四年:2009/11/09(月) 19:17:57 ID:J/eC/k3y
- >>259
なんかありがとう
て、ちょww最後www
- 263 :人間七七四年:2009/11/09(月) 19:25:17 ID:B2B0+2JQ
- >・幼い頃の政宗のコンプレックスだった醜く飛び出た右目を切り取って引っ込み思案を治したのも小十郎。
無茶しよるで
- 264 :人間七七四年:2009/11/09(月) 19:49:38 ID:iBaVjtBo
- >>259
咄嗟の話ではないが、に
病で床に臥せっていながら
大阪冬の陣・夏の陣の展開
「一度和睦して塀を壊すか堀を埋める。
しかし必ず再戦となる」を予想して、
息子に「一戦目(冬の陣)はほどほどにして力を温存しろ」と
アドバイスした話も入れて欲しい。
- 265 :人間七七四年:2009/11/09(月) 19:57:14 ID:kiTG+uEg
- 片倉さんやっぱりパネェな
- 266 :人間七七四年:2009/11/09(月) 20:51:49 ID:NzzQhLOY
- >>258
スターウォーズのダースベイダーのヘルメットが三日月外したまーくん兜ってのを先日TVでやってた。
ジョージ・ルーカスならその辺はアリかもなあw
- 267 :人間七七四年:2009/11/09(月) 23:09:02 ID:a8k08j1L
- ダースベイダーの格好=まーくんの甲冑がモデル
ここは有名な話だから。
当時のルーカスは有名じゃなかったし
「こんなヤツらに、我らがまーくんをモデルに使わせて大丈夫だろうか?」
と、政宗博物館だかなんだかの人も不安に思ったそうな。
微妙にスレ違いだからここらで終了しとかね?
- 268 :人間七七四年:2009/11/09(月) 23:37:10 ID:WB7kna5y
- 名奉行 兼山の森さん
かの高遠城攻めも一段落した時、三の丸で暴れまくり大手柄が確定した森家の家老二人、
各務元正と林為忠は、縁側に腰掛けてサボッていた。
そこへ織田信忠の母衣衆が駆けつけて来たので、元正は為忠に声をかけた。
「あー・・・ありゃ軍監だな。しゃーない、戦るか?」
「ん。でもオレの槍って長いから、これから本丸櫓入って屋内で暴れるのはなぁ・・・」
「じゃあ、そこの縁側に槍を立てかけてみ?」
「こう?」「おりゃー!!」
元正は縁側から飛び降り、為忠の槍をへし折った。
「どう?短くなったろ!さあ行く「・・・お先」「あっ、テメェ!!」
愛槍を折られてムカついた為忠は、抜け駆けして本丸櫓に飛び込み、一番首を挙げた。
おさまらないのは、二番首を挙げた元正である。
「オレがアイツに声かけたから、アイツ動けたんスよ!?だからアイツの功は無し!」
「戦場でそんな理屈通るか!抜け駆け御免だろ!!」
大名の筆頭家老と次席家老が争う内容ではない気もするが、裁定は主君の長可に
持ち込まれた。
「二人の槍を持って来い。」「「・・・はい。」」
「見ろ、折られた為忠の槍のほうが、元正の槍より短いだろう?短いのに、先に敵へ槍が
届いたんだから、抜け駆けの分を差し引いても為忠の勝ち。よって一番首は、そのまま
為忠とする。」
「「おおぉぉお!さすが殿!!」」 こうして家老二人のケンカは決着したそうな。
- 269 :人間七七四年:2009/11/09(月) 23:57:46 ID:jMBDBEjI
- ある夜、武田信玄が側近たちに工夫と思案は同じかと尋ねた。
その問いに長坂長閑は同じですと答えたが、信玄は違うと言った。
信玄はその理由を「例えば『工夫は天地の深遠に通じるものだが
思案は仏典にある好堅樹のように地上にあるもので、まったく違う』
という意味の古語がある」と説明した。
別の夜、信玄は側近に「人には大身小身に関係なくその身をまっとう
する術がある。それはなんだ?」と言った。
しかし誰も思いつかなったので信玄は「自分のやりたいことをしないで
嫌いなことをすればよい。さすれば身分に応じて、その身をまっとう
できよう」と言った。
- 270 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:04:39 ID:cUmagg8G
- >>268
なんか二人ともかわいいなあw
- 271 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:06:23 ID:xAJDWfbh
- >>269
信玄自身は、自分のやりたいことをしないで
嫌いなことをしていた自覚があったのか。
というか、戦国大名なんて家臣や領民の利権やら突き上げやらで
がんじがらめで、好きなことなんかしてる余裕はなくて当然だな。
- 272 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:07:00 ID:awqU3z8s
- >>269
好きなこともせずに身を全うしてなんになる・・・ってのは現代人の考え方なんだろうなあ。
これを見ても、やっぱり厳しい時代だったんだと思い知らされるね。
- 273 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:07:18 ID:T3O+VuWl
- 長可:25歳
為忠:27歳
かがみん:42歳
マジ大人げねぇっす、かがみん。
しかしまぁらしい裁定だなw
- 274 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:08:27 ID:o44HgSky
- >>268
そもそもサボってたくせに抜け駆けも何もあるかw
- 275 :人間七七四年:2009/11/10(火) 00:24:34 ID:AvC0Pqdl
- 森家の話があると悪い話スレのほうだったかと勘違いしてしまう。不思議!
- 276 :人間七七四年:2009/11/10(火) 01:22:40 ID:husqC0Sk
- >>265
ぜんぶ後世の人が考えた逸話で史実じゃねぇけどな。
片倉が機転がきくなんて完全な捏造。
秀吉は堀や直江や鍋島や小早川は非常に高く評価してるが片倉なんて評価してないし。
だいたいそんなに優秀なら政宗が死を覚悟して小田原へ行くほどにおいつめられる前に時勢を読んで手を打つはずだし、
惣無事違反した諸大名が不問にされる政治外交力と比べて伊達は杜撰かつお粗末すぎる。
政宗の目をえぐるとかまったくもって有り得ないし、
そもそも政宗は衆道友達小早川秀秋の家臣と片倉の子を交換しようして「素敵なやつがいるからもう約束した。父のお前からも説得しろなんて言ってるし」
政宗と片倉は美食超肥満主従で、大坂陣では、ついに太り過ぎて片倉が自分の鎧すらも着れなくなる体たらくゆえ、代わりに息子を出陣させたに過ぎない。
- 277 :人間七七四年:2009/11/10(火) 01:24:46 ID:zXWzEM6k
- >>276
ハイハイ捏造捏造
- 278 :人間七七四年:2009/11/10(火) 01:25:59 ID:T3O+VuWl
- 触れたらさくざがしかる
- 279 :人間七七四年:2009/11/10(火) 06:53:57 ID:6Kv/42AM
- 三河の御家来衆がイラつきはじめた
- 280 :人間七七四年:2009/11/10(火) 07:27:34 ID:PZ12MDtC
- 他のスレでも妄想&虚言ばらまいてるし
よっぽど暇なんだろうなぁ
- 281 :人間七七四年:2009/11/10(火) 08:06:06 ID:2RTuaMpW
- 政宗がデブだったのだけ合ってるな
- 282 :人間七七四年:2009/11/10(火) 08:23:36 ID:q8EbqtXE
- まぁこういう風(↑)にさらっと嘘をつくヤツもいるしな
- 283 :人間七七四年:2009/11/10(火) 08:28:28 ID:xAJDWfbh
- >>282
実際肖像画デブだし。
趣味の美食で太ったという話もある。
- 284 :人間七七四年:2009/11/10(火) 08:34:35 ID:q8EbqtXE
- >>283
肖像画って何歳の頃の政宗が描かれたと思ってんだよw
- 285 :人間七七四年:2009/11/10(火) 11:44:54 ID:i0/jovQz
- 両目があるし結構若い時の肖像画ですよね!
- 286 :人間七七四年:2009/11/10(火) 12:08:02 ID:2RTuaMpW
- 腐女に人気の武将は痩せてなきゃいけない決まりでもあるのか
たとえデブでもその武将の価値は変わらんよ、むしろ太ってる方が貫禄があって良いじゃん
- 287 :人間七七四年:2009/11/10(火) 12:18:26 ID:q8EbqtXE
- ああ、なんだサブだったのか
>>285
だとすると大体4〜6歳だなw
大人びてるってレベルじゃ(ry
- 288 :人間七七四年:2009/11/10(火) 12:45:36 ID:cvaM4Gku
- 前に出た http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1451.html の話の補足を。
この時主君の腹に焼き鏝を押すよう命じられた片倉さんは考えた。
殿のお命にも関わる一大事、焼ききれないようなことがあってはならぬ!
そこで慎重な片倉さん、ひとまず焼き具合を試してみることにした。
ジュウウウゥゥゥゥゥ
( ;●Д゚)エエェェ
自分の腿で。
(#゚Д゚)「これだけ焼けるなら問題なし!殿、いきますぞ!!」
( ;●Д゚)「お、おうっやってくれ!・・!!!!!!!!!!!!ガクッ」
何でもこの時の治療、ただ焼くのではなく鉄棒で腫れ物に穴を開けて膿を出すという荒療治だったらしい。
もちろん麻酔なんてなし。そりゃ気絶もしたくなるってもんだが、
(#゚Д゚)「武家の大将がなにこの程度で気絶してるんですか!そんな子に育てた覚えはありません!
水でも飲んでシャキっとしなさい!」
たたき起こされた。
( ;●Д゚)「・・お、俺としたことがみっともなかったぜ・・」
この治療のあと政宗の傷は一月ほどで落ち着いたそうだが、景綱の傷は治るまで二月超かかり、その後も馬に乗るたび痛んだとか。
身をもって示した上に教育も忘れない、傅役の鑑の景綱さんでした。
- 289 :人間七七四年:2009/11/10(火) 14:14:44 ID:zXWzEM6k
- 片倉さんやっぱりパネェ
- 290 :人間七七四年:2009/11/10(火) 15:49:59 ID:nPWHMaYp
- DQ眼竜があんなんなっちゃったのって、やっぱり
おかんの血だけじゃなくて片倉さんの教育方針が・・・w
- 291 :人間七七四年:2009/11/10(火) 16:19:18 ID:knv+8hQ0
- オレも腫れ物が悪化して苦しんだ経験あるから痛さが蘇ってくるわ・・・
切開した上に膿を出す為にほじくり返されたよ。
麻酔しても痛くてしょうがなかったのに・・・・
- 292 :人間七七四年:2009/11/10(火) 16:31:38 ID:jU9medFe
- 政宗家臣………ヤキ入れ小十郎、新築クラッシャー成実
鬼武蔵家臣……かがみん他ヒャッハー軍団
忠恒家臣………やたら小知恵「は」回る伊勢貞昌など
えー、類は友を呼ぶと申しまして
- 293 :人間七七四年:2009/11/10(火) 18:32:31 ID:tHPdJy+M
- >>292
精神年齢三歳さんのところは家臣団の話題はあまり聞かないなぁ。
- 294 :人間七七四年:2009/11/10(火) 18:33:03 ID:egVRj4hL
- ところで、鏝をウナギと読み間違えて
「?」となったやつはオレだけではあるまい。orz
- 295 :人間七七四年:2009/11/10(火) 18:35:53 ID:JRW2rGsg
- >>293
幽斎さんの時代から、エリート集団である室町幕府奉行衆を中核とした家臣団だったせいか、
非常に都会的でスマートな家臣団って感じがする>三斎さんのとこ。
- 296 :人間七七四年:2009/11/10(火) 18:41:12 ID:T3O+VuWl
- そら家臣団までヤンデレだったら嫌だよ、そんなん
- 297 :人間七七四年:2009/11/10(火) 18:52:58 ID:giVbgekg
- 細川家臣で鉄砲名人のあのお方をお忘れですよ?
- 298 :人間七七四年:2009/11/10(火) 19:02:06 ID:v0TaOYIu
- 細川さんとこは家族が強烈だから家臣の陰も薄くなるわな
パパといい嫁といい妹といい…もちろん一番アレなのは(ry
- 299 :人間七七四年:2009/11/10(火) 20:18:25 ID:/gwDWtRv
- 嫁ラブな三斎殿や息子、旦那の仇討ちに燃える妹って夫婦仲を大事にするいい一族じゃないか
- 300 :人間七七四年:2009/11/10(火) 20:21:41 ID:JRW2rGsg
- >>299
どいつもこいつも血の臭いさえしなけりゃねえw
- 301 :人間七七四年:2009/11/10(火) 20:40:40 ID:ofGIUPuR
- >>293
細川家といえば米田監物。
細川家藤考以来、というか辛酸を父子とともになめた中。
宮津城での一色義俊の謀殺の際、細川忠興に刀を蹴って渡したのも彼。
降伏した一色家中を皆殺しにして妹を連れ戻したのも彼。
なぜか後年、忠興と大喧嘩して辞し大阪に引きこもるが、
大阪の役の際は、忠興の二男興秋とともに入城して大坂方として戦う。
落城時には逃げ延びて、興秋切腹、が米田、この時は片岡と改名、
なぜか細川家に復帰、家老に戻ってしまう。
謎の多い人物です。
三歳公が隠居していたとはいえ、何か血生臭いですなあ。
- 302 :人間七七四年:2009/11/10(火) 20:57:03 ID:ZB+TLXKr
- 大坂の陣が始まる少し前のこと。
関ヶ原の合戦の後、嫡子至鎮に家督を譲って隠居していた、蓬庵公こと蜂須賀家政が突然謎の言動を見せ始めた。
蓬庵「よーしパパ太閤様の神社を建てちゃうぞー」
至鎮「こ、この徳川の時代に何をやり出すのですかお父様(((゚Д゚;)))」
1614年、豊臣家が風前の灯と言うときに阿波国中田に豊国神社建立。
至鎮「お、お父様このようなことをしては幕府に……」
とりあえず豊国神社建立を問責はされなかった大坂の陣前夜。豊臣恩顧(笑)の諸大名に大坂方から合力の誘いが来る。
蓬庵「よーしパパ大坂城に行っちゃうぞー」
至鎮「ち、ちょ、それは本気で御家が潰れますから(((゚Д゚;)))」
蓬庵「大丈夫大丈夫、一人で行くからw」
至鎮「駄目ですってー(>_<)」
もちろんそんな話が徳川方に伝わったら大問題。改易されてもおかしくない。
至鎮「大坂に行ったらボク切腹しちゃいますからー!!(>_<)」
蓬庵「わかったわかった、じゃあ大坂やめて江戸までちょっと行って来るから」
至鎮「殺されにいくようなものじゃないですかー!!!」
蓬庵「もう決めたからw あと頑張ってねー」
1614年冬、大坂冬の陣勃発。蓬庵様は江戸にて留守居役と称して釘付け中。
至鎮「お前ら死ぬ気で戦え! 活躍しないと内通疑われて改易されるぞ!」
家臣「(((゚Д゚;)))」
かくして蜂須賀家は大坂冬の陣で家康、秀忠から七枚の感状をもらう大活躍を見せ、戦後には淡路一国を与えられて阿波淡路25万石の大大名となったのである。
蓬庵(……計算通り( ̄ー ̄))
この男、伊達政宗から「阿波の古狸」と呼ばれたという。
- 303 :人間七七四年:2009/11/10(火) 21:02:49 ID:5CTB59yb
- >>302
一人ででも大坂城に入るって騒いだ後止められて
じゃあもういいよいっそ俺を人質にすればいいさ!って江戸行っちゃったんだよな
結果だけ見たら父親を人質に差し出すっていう無二の忠誠を示したわけで
しかも逆に世間から見たら豊臣の恩を忘れてないアピールにもなる
蓬庵様は本物の策士やでー
- 304 :人間七七四年:2009/11/10(火) 21:04:21 ID:qH8ZL9CX
- >301
米田と言えば本能寺んときは明智の陣中にて話もありますなぁ・・。
- 305 :人間七七四年:2009/11/10(火) 21:49:49 ID:Xd3jPp8m
- 政宗、景綱、成実、喜多で一緒に虎哉宗乙、相田康安による教育を
受けてきたわけで、政宗(と学友たち)
の性格を形成した責任はこの教育役たちと
彼らを任命した輝宗パパにあるのではないか。
- 306 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:30:40 ID:2RTuaMpW
- 阿波国中田に豊国神社は今もあるのかな?
- 307 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:30:45 ID:xAJDWfbh
- ああいうdqnは教育でどうこうできるものじゃないだろw
生まれつきだよ。
- 308 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:50:12 ID:AkElQg+O
- >>305
片倉姉弟はやるこた凄いけどDQNじゃないだろう。
(成実は伊達の血だけあってDQN気ありだが)
でも輝パパはこの世に生み出した親である以上責任は免れられないよな。
・・・過分なほどの報いは受けたが
- 309 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:51:17 ID:fBqqvo9a
- >>306
ぐぐったら三代目の藩主のときに廃絶して、その後明治時代になってから再建されたそうな。
- 310 :人間七七四年:2009/11/10(火) 22:53:33 ID:ZB+TLXKr
- >>306
ttp://genbu.net/data/awa2/toyokuni_title.htm
- 311 :人間七七四年:2009/11/10(火) 23:56:12 ID:JOaJ3xC3
- 大坂の陣のとき、徳川秀忠は戦場の様子を見るために城の近く
までやって来た。当然城からは敵兵がバンバン鉄砲を撃ってくる。
すると側にいた酒井忠世が
「この辺りは足場が悪いです。向こうへ行きましょう」
と言うと秀忠は頷いて向こうに行った。その後、また同じ状況に
なったときは側の者が忠世ではなかった。
「ここは弾がたくさん飛んできて危険です、向こうに行きましょう!」
「いや、ここで構わぬ」
秀忠は聞く耳を持たずにずんずんと進んで見て回った。幸い秀忠に
怪我はなかったが、側の者は肝を冷やした。両者の違いを見て
誰もが忠世の巧みさに感心したのであった。
- 312 :人間七七四年:2009/11/11(水) 00:36:16 ID:bKFmIyiS
- >>311
気の強さは親父譲りなんだろうけど、
それが表面に出るところが、人質育ちの親父と違ってお坊っちゃんを感じさせるw
かっこいいけどね
- 313 :人間七七四年:2009/11/11(水) 02:15:41 ID:ieTuG4mv
- めんどくせえwww
- 314 :人間七七四年:2009/11/11(水) 03:57:34 ID:m9AfCJav
- 怜悧なイメージのある秀忠もやっぱり三河武士だったか
- 315 :人間七七四年:2009/11/11(水) 06:48:23 ID:kTMu1D3Z
- >>311
酒井?
- 316 :人間七七四年:2009/11/11(水) 07:40:08 ID:MuTz/ArE
- 大将が鉄砲に脅えたわけにはいかないから、怖くても動けないはず。
秀忠の当たり前のいい話でもあるし、側近の気の利かない話でもあるな。
- 317 :人間七七四年:2009/11/11(水) 09:08:54 ID:fkB8NRS8
- >>315
大久保忠世はもうとっくに死んでる・・・
- 318 :人間七七四年:2009/11/11(水) 09:46:12 ID:h5onptcL
- 側の者!三河気質薄いよ何やってんの!
蛮勇の主君などに仕えてられんわ!下がってくれないなら今すぐ切腹すると騒いで主君根負けさせないと!
- 319 :人間七七四年:2009/11/11(水) 14:30:15 ID:ggOleSrM
- 一方、前田利常は老臣の遠回しの説得により本陣を下げていた
- 320 :人間七七四年:2009/11/11(水) 16:14:30 ID:sQBhTxLV
- >315
雅楽頭だっけ、そういう家系の酒井さんでつよ
- 321 :人間七七四年:2009/11/11(水) 16:52:10 ID:qBqAneTO
- >>318
めんどくさすぎる
- 322 :人間七七四年:2009/11/11(水) 20:04:35 ID:/ZUgAYTn
- 誰か土井利勝を>>318へ連れてこい!
- 323 :人間七七四年:2009/11/11(水) 22:26:00 ID:NqVSgsRX
- >>318
ネイティブ三河人以外も側仕えに採用してたという
ちょっと良い話じゃないか(´・ω・)
- 324 :人間七七四年:2009/11/11(水) 23:00:57 ID:GYeg7xjc
- 作左なら「殿のおわす所が本陣だ」とか言って陣幕張らせて仮御殿造営の差配を始めて矢弾飛び交う中兵に作業をさせるだろうな。
で、殿が分かったから下がるからお願いだから作業止めてねってことになる。
- 325 :人間七七四年:2009/11/11(水) 23:21:28 ID:98mEZl3i
- そうは言うが家康公も若い頃失敗して後があるんだぜ。
家康「信玄をこのまま行かせるくらいなら刀を踏み折って武門を捨てた方がマシだ!」
↓
家臣「ウオォぉぉぉぉ!!」
↓
三河武士たちの過熱した士気はついに危険な領域へ突入する!(暴発的な意味で)
↓
信玄「いいのかいホイホイついて来ちまって」
↓
家康「アッーー!!」
- 326 :人間七七四年:2009/11/11(水) 23:26:44 ID:X10HGj31
- 焼き味噌テクニックはよそでやっとくれ
- 327 :人間七七四年:2009/11/11(水) 23:37:33 ID:98mEZl3i
- ごめん、表現方法が下品だった。
でも士気の管理って大変だよね。軍紀にも直結するし。
- 328 :人間七七四年:2009/11/11(水) 23:44:21 ID:80svrzi+
- 黒田家だったら、(バーカ)手前どもお先に!と
家来だけ帰っちゃうだろうなあ・・
- 329 :人間七七四年:2009/11/12(木) 08:46:52 ID:8pQyN4xn
- じょうし「おーし飲みに行くか!おれのオゴリだ遠慮すんな!」
ぶか「すんません自分ら用事あるんで^^;失礼しまーす」
的な悲哀を感じた
- 330 :人間七七四年:2009/11/12(木) 09:19:17 ID:JP6TFsY8
- ぶか「おい、あのあほ上司が酔って醜態さらすらしいぞ。高みの見物といこうぜ!」
黒田家の特定家臣ならこう
- 331 :人間七七四年:2009/11/12(木) 11:39:01 ID:dzoe8wWU
- パターンB
『あんた人前で酒飲んで醜態さらしたらどうすんの?もしもの時考えて行動しろよ、こんな馬鹿な奴が殿様だと思うと悲しくて涙がでてきます』
- 332 :人間七七四年:2009/11/12(木) 12:12:01 ID:O+3dj5nH
- 女の子が一人で小田原城門前で昼食をとるのに誰も一緒に参加しないとかどうなの?ぷんぷん
- 333 :人間七七四年:2009/11/12(木) 16:08:02 ID:HeliphPS
- 恥部小
- 334 :人間七七四年:2009/11/12(木) 17:04:54 ID:VRa4pw0W
- はじめてのご褒美
戦国の名物男の一人、渡辺勘兵衛了。
彼がまだ若年の頃、阿閉貞征に仕えて、謀反した荒木村重を攻撃する織田信長の軍勢の中にいた。
摂津吹田表にて戦闘があった折、阿閉軍二百は敵陣に突入し、敵将の首6つを取るという
戦果を得た。中でも渡辺勘兵衛は、真っ先に駆け入り、阿閉軍の取った六つの首の中の、
一番首を取った。
この手柄により勘兵衛は、この頃阿閉貞征が寄騎していた羽柴秀吉の黄母衣衆、
山葉文蔵と言うものに付き添って、信長の本陣へ派遣されるという栄を受けた。
さて信長、勘兵衛を御前に召し招き、
「お前の今日の働きは比類が無い。何か褒美を与えようと思うが、さて、なにがいいかな?」
と、周りをきょろきょろ
「お!これだ!」
信長が見つけたもの、それは、
『干し鮭』
勘兵衛の目の前に、間違えようも無い干し鮭が置かれた。
「これを与える!以後、ますます励むように!」
「は、はあ…」
こうして干し鮭をありがたく押し頂き、自陣に帰っていった。
渡辺勘兵衛、この時17歳。初めての御褒美は鮭であった。
勘兵衛は後年、自分の武功に対する評価に非常に過敏になるのだが、
それがこの経験のためであったかどうかは、定かではない。
- 335 :人間七七四年:2009/11/12(木) 17:06:40 ID:xfdiBb+y
- しゃ鮭・・・・ ゴクリ・・・
- 336 :人間七七四年:2009/11/12(木) 18:00:04 ID:8I7aqHTI
- >>334
何故そこにあったのだろう?
しかしなんだか可愛いご褒美だ
- 337 :人間七七四年:2009/11/12(木) 18:00:52 ID:Su+UcFzk
- 鮭って当時の価値はあったのかな?
- 338 :人間七七四年:2009/11/12(木) 19:01:50 ID:OZviHpjv
- 鯨ぐらいある鮭があったら城と交換してでも食べたいとかいったのは徳川光圀だっけ?
- 339 :人間七七四年:2009/11/12(木) 20:00:57 ID:8AiR92gt
- 時代がちょっと違うが確か徒然草に、干し鮭を宮中に献上した公家がいて、
それを周囲の公家に「そんな下卑た食べ物を殿上に差し上げるとは下品な……」
と陰口を叩かれた話があった
それで鮭を献上した公家が「鮎の干物はいいのに鮭はいかぬということがあろうか」
って反論したって話だったが、徒然草と戦国じゃちょっと時代が違いすぎるかな
- 340 :人間七七四年:2009/11/12(木) 20:03:48 ID:ymynUwsZ
- >>334
普通こういう時って脇差とかじゃねぇのかなぁ・・・
いや待てよ信長は塩っ辛い物が好きだったとも言うしな干し鮭も好物かもしれん
本当に偉いと思ったから自分の好物を与えたのかもしれん
- 341 :人間七七四年:2009/11/12(木) 20:30:27 ID:JP6TFsY8
- 信長は手近なものを与えてほい、褒美ってやっちゃうことが多いって話があったような。
>>318
>>324
三河武士シミュレータが製作される日は近い
- 342 :人間七七四年:2009/11/12(木) 20:30:34 ID:600a1UFR
- なぜか干し蛙に見えて???となったのは俺だけでいい
- 343 :人間七七四年:2009/11/12(木) 20:40:04 ID:2KQ5LXSO
- そういや、草鞋を与えたこともあったな。
しかし、後々家宝に出来る草鞋と違って、食べてお仕舞いの鮭、
しかも偶々眼についたものをあげるなんてw
- 344 :人間七七四年:2009/11/12(木) 21:26:13 ID:M32K6vhE
- 改まった贈り物に海産物を選ぶ習慣ってあるじゃん
信長もそのつもりだったんだよ!…たぶん
- 345 :人間七七四年:2009/11/12(木) 23:03:16 ID:Oekl9kgM
- 右大将源頼朝に佐々木三郎盛綱が鮭を献上してるから
武家では喜ばれそうだがな
- 346 :人間七七四年:2009/11/12(木) 23:10:15 ID:+z7jO/GL
- 義光「それを与えるなんてとんでもない!」
- 347 :人間七七四年:2009/11/12(木) 23:43:28 ID:dzoe8wWU
- あげ
- 348 :人間七七四年:2009/11/13(金) 01:13:06 ID:wdi53pWX
- >>330-331
さらに特定家臣「酒に酔わせて逸物をお救いするよい機会じゃて!」
- 349 :人間七七四年:2009/11/13(金) 11:18:57 ID:NLbDYaw8
- 誰か「この干し鮭やるから帰れよ」のAAお願い
- 350 :人間七七四年:2009/11/13(金) 12:33:31 ID:5tz7iTSv
- ∩___∩
/ ノ \ ヽ
| ● ● | なにマジになってんの?
彡 (_●_) ミ
/、 |∪| ,\ この鮭の切り身やるから帰れよ
/.| ヽノ | ヽ
,,/-―ー-、, --、 .|_,|
r-、,'''";;:;;:;::;;;;:;;::;:;:;;::;:;`'- /_,l,,__ )
|,,ノ;;:;r'" ̄ ゙̄^"`Y'-、;;;::;:;::;:;:;:;::;:|
.ヽ,′ ; `"";;;;;⌒゙')
´`゙'''''''''''‐-‐'"`‐-‐'"゛ `゙´
| .‖ /
("___|_`つ
- 351 :人間七七四年:2009/11/13(金) 13:03:22 ID:Pj9T7SYA
- 切り身かよっw
- 352 :人間七七四年:2009/11/14(土) 12:10:31 ID:M7mkB4JE
- 森忠政の人探し
かつて、森家には可児秀行という剛の者がいた。
可成の代より家臣となったこの人物は長可の代になっても変わらず森家に仕えていたが小牧・長久手の戦いで討ち死にしてしまい、可児家も断絶。
そこで今まで森家の為に粉骨砕身した可児家を復興させるべく跡を継いだ森忠政は新しい可児家の当主にふさわしい人物を探していた。
そうして調べた所、実は秀行には治郎という息子が居たが秀行の嫁の実家、坂井家に跡継ぎが居なかったので養子に出されていた為に可児家の跡継ぎがいなくなり断絶したのだと突き止めた。
忠政「そうなりゃ話は簡単だ、さっそく治郎の子供辺りを跡継ぎにしよう。正真正銘の血の繋がった孫だし。」
ただ、坂井は森家の家臣ではなく細川忠興の家臣であったので忠政も確認をとるべく忠興へと手紙を書いたのである。
こうして忠政から手紙が忠興へと届いた。
忠興(どうせ今、思い出したんだろうなぁ・・・小牧・長久手とか31年前の話じゃん。)※実はこの時、大坂夏の陣も間近に迫った1615年
でもまぁ他ならぬ親友の頼み。細川家も色々と慌しい時期ではあったが文句も言わずに治郎の次男である盛行を森家に遣わすよう手配してやるのであった。
こうして森家にやってきた盛行は可児姓を与えられ可児家は31年ぶりに復興される事となったのである。この盛行は異常なまでの長寿であり隠居して津山藩の改易(1697年)を見届けるまで生きていた。
しかしながら津山藩の改易によって息子の忠左衛門も次の就職先を探す事となり、日頃から森家と親交深い池田家が彼を雇い可児家は森家の家臣ではなくなってしまう。
- 353 :人間七七四年:2009/11/14(土) 12:11:21 ID:M7mkB4JE
- ただ、これで終わらないのが不思議な縁。
盛行には忠五郎という弟が居たが彼は「細川家→京極家→大坂方として大坂の陣に参戦→無職」という色々問題有りそうな経歴の持ち主であった。
どこに行っても長続きしない弟が哀れになったか盛行は「是非とも弟を雇ってやって欲しい!」と忠政に懇願し、忠五郎は可児姓と300石の所領を得て以後は忠節を尽くす。
この忠五郎の息子、可児正幸は津山藩から分家した津山新田藩(のち、三日月藩)の家老として起用される。
津山藩改易の際も分家の所領には手付かずであったのでこちらの可児家は森家を出る事無く、そのまま明治維新まで三日月藩に仕えたのであった。
色々、紆余曲折ありながらも復活した森家家臣可児家のお話
- 354 :人間七七四年:2009/11/14(土) 13:25:16 ID:N195qIml
- マニフェストに載ってないことを何よりも先に実行しようとする民主党を法的に訴える方法はないのかね?
選挙活動中は、外国人参政権の重大性を日本国民に問うこともなく、子供手当、高速道路無料化、年金一元化等の
国民の生活が第一で日本国民をダマしまくり、政権をとったらマニフェストに載せていない国民の生活を脅かすような安全保障にかかわる
外国人参政権を日本国民の知らぬ間に法案成立させようとするのは詐欺じゃないのか。 外国人に参政権付与など明らかに憲法15条違反
である!
【注目!】この法案が通ると、尖閣諸島、対馬、竹島、沖縄、長崎、島根、鳥取などがまず、中国、韓国に乗っ取られます! いいんですか?
▼外国人参政権が非常に危険であることが簡単に理解できるよ! →プリントアウトするとビラになります!
↓PDFファイルの方をクリック!
http://sites.google.com/site/naoki1333nochottotoorimasuyo/home/9-27gaikoku-ninjin-seiken-hantai-demo-sanka-sokushin-chirashi
▼外国人参政権反対! ゆうこりんみたいなカワイイ声の普通の女の子も立ち上がってるよ!
http://www.youtube.com/watch?v=pBcSlmdcCZU
▼永住外国人への地方参政権付与「反対」圧倒的9割超 → これが現実なのよね。日本国民の9割超が反対している法案を成立させよう
とする民主党って、どうよ?
http://www.youtube.com/watch?v=e7kCfj44L58
▼日本女性の会 そよ風 のサイトでデモのスケジュールをチェックしてね!
http://www.soyokaze2009.com/news.php
▼あなたの地区でポスティングしてみませんか?
http://www.geocities.jp/www_nagatacho/
こんな法案、成立させるのおかしいよね? 絶対。
ブログでも、2ちゃんでも、ビラ配りでも、デモ参加でも、議員にメールでも、なんでも良いです。
あなたが本法案の成立阻止に協力できることをやりましょうよ。 立ち上がれ、日本人!
▼現在生中継中!▼
http://live.nicovideo.jp/watch/lv6552804
- 355 :人間七七四年:2009/11/14(土) 14:57:54 ID:wO9RAmQV
- >>350
中の人は黒田如水さんですね。
- 356 :人間七七四年:2009/11/14(土) 16:09:54 ID:D4tsbjvi
- 武士は相身互い
北方の関ヶ原こと慶長出羽合戦。
この時、直江兼続率いる上杉軍二万の襲撃を最初に受けたのが、最上義光家臣、
江口五兵衛光清が守る畑谷(幡屋)城である。
この時江口が、義光からの、山形城への退却命令を「敵を目の前に城を捨てるのは
武士たるもの末代までの名折れ」と拒否し、兼続からの降伏勧告も無視して見事に戦い、
ついに討死した事、これは有名である。
さて、この戦いにおいて江口光清の首を取ったのは、志賀五郎右衛門と言う男であった。
志賀は元々近江の武士で、はじめ蒲生氏郷に仕え、その後氏郷の息子秀行の代になって
領地が大きく削減されると牢人となり、その後上杉景勝に仕えた。
そしてこの軍に参加、敵城主の首を取るという大手柄を立てたわけだ。
関ヶ原の決戦が終わる。
志賀は会津領主に復帰した蒲生秀行に、五百石で召し返された。
やがて蒲生家が改易されると、志賀の息子、五郎左衛門は、九千石の大旗本、
植村忠朝の与力となり、志賀も息子について、江戸へと出た。
志賀、その江戸である人物を見つける。
志賀は息子に頼み、植村忠朝にその人物を推薦、志賀家と同じく、植村忠朝に
与力として仕えることになった。
その人物とは、志賀が首を取った、江口光清の息子であった。
植村忠朝の下で相番となった志賀家と江口家は、それ以後終始、仲睦まじい付き合いをした、
とのことである。
- 357 :人間七七四年:2009/11/14(土) 18:23:08 ID:V4eOibPe
- これはいい話だなあ、本当に
- 358 :人間七七四年:2009/11/14(土) 22:28:02 ID:BGyKGwbH
- ええ話や
- 359 :人間七七四年:2009/11/15(日) 01:40:53 ID:Em/Y2GP8
- まっこと
- 360 :人間七七四年:2009/11/15(日) 08:10:44 ID:0WYMk4Hj
- そういう気遣いは無用だ
- 361 :人間七七四年:2009/11/15(日) 20:48:26 ID:qDkhbvj/
- 茶人大名・桑山左近貞晴(宗仙)は同じ茶人の古田織部と仲が悪かった。
二人の共通の友人である細川忠興はこれを憂い、自分が織部の茶会に呼ばれたのを
幸いと、貞晴を相伴に連れ出した。
「いや、オレが行って良いか織部殿に聞いてから…」「いいからいいから!」
織部邸では、主人みずから出迎えに現れた。「やあ、これはこれは………桑山殿…」
「…本日は、かたじけなく……」(き、気まずい…失敗したか?)
表情も身動きもすっかり固くなった織部は、茶室に入った後も炉を整えるのに手間取り、
見かねた忠興は声をかけた。「えーと、お、織部殿…炉は適当でいいから…」
「いや、お構い無く。」
忠興の言葉に織部はかえって落ち着きを取り戻し、心静かに炉を整えて席を立った。
炉を覗き込んだ忠興は驚嘆した。
「桑山殿、これを…!見事に仕上がっている、何も言う事は無いな!?」
「いや、ごもっとも。驚いた、織部殿はまた数寄の腕を上げたわ。事の外、見事なり…」
「クックックック……(いかがかな?それがしの腕前は……)」
(原文:織部クツ々々トフキ出シ笑候也)
「………」
「…………」
「……………」
プッ ;`;:゛;`(;゚;ж;゚; )ブフォオオオ
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
(*´д`*)「ちょ、別に笑うトコじゃないじゃん!忠興殿まで!!」
「だ、だって……オッサンなに突然、カッコつけて自慢げに笑ってんのよ……!」
一同爆笑して、和やかに茶会を終えたという。
- 362 :人間七七四年:2009/11/15(日) 22:15:36 ID:tYUz3efD
- >361
とってもへうげてるオッサン3人カワユス
- 363 :人間七七四年:2009/11/15(日) 22:54:34 ID:yommjiEg
- 徳川家康は関東に移ってすぐの頃、治安のわるさに困っていた。
奉行をおいてはいたものの、土地の事情に疎く効果はイマイチであった。
そんなとき家康は奉行に一人でいいから盗賊の頭目を捕えよと命じた。
その後、奉行は苦労してスリの大物鳶沢を捕まえ、家康の前に引き出した。
「もしお前が賊どもを江戸に近づけなれば、命を助け屋敷をやっても
よいぞ。さあ、どうする?」
「造作もないことです。俺の手下どもを屋敷に住まわせ賊の監視を
させやしょう。しかし、仕事がないと手下どもが悪さをしかねやせん。
そこでどうか俺を古着買いの元締にして下せえ」
「よしわかった。お前の言う通りにしてやる」
こうして鳶沢が働くようになると江戸の治安はすぐさま改善されたという。
そんなことがあったので鳶沢の名は富沢町という形で長く残されたのだった。
- 364 :人間七七四年:2009/11/15(日) 23:33:51 ID:iK1wvvWS
- >>361
笑いの力は強きもの。w
本人はキメているつもりでも、まわりが笑っちゃうことあるよな。
- 365 :人間七七四年:2009/11/15(日) 23:39:34 ID:mJDLftZu
- >363
こうやって風魔の残党とかが消えていったんだよな
- 366 :人間七七四年:2009/11/16(月) 03:26:39 ID:80TV4IZU
- >>363
これがイギリスだったら窃盗をする権利を認めたうえで他国に輸出されるんだなw
- 367 :人間七七四年:2009/11/16(月) 05:16:19 ID:1O/lLkeK
- >>363
いいはなしだが掏摸の鳶沢噺は既出かも。
- 368 :人間七七四年:2009/11/16(月) 10:55:27 ID:lGIqsHIm
- んじゃ、家康の別の話
ある日、徳川家康が伊達政宗を茶席に招いた。
茶釜の湯が沸く音が聞こえ始め、「そろそろか」と家康が湯を汲もうと釜の蓋に手を伸ばした
その時、湯気がシュッと立ち、家康は思わず手を引っ込め、見ていた政宗はガマン出来ずに
「( ●,_・・゚)プッ」と吹いてしまった。
それを聞きつけた家康は、ますます炉の火を起こすと、いきなり熱した釜の上部をガッと掴み、
釜の蓋を手に取ってグッと握り締めた。
「どうじゃ政宗、この家康は湯気の熱さにおびえて手を引く事など無いぞ?」
「( ;●д゚) ・・・・・・」
これにはさすがの独眼龍も何も言い返せなかったという、同じ茶室で吹く話でも>>361とは
だいぶオチの違う話。
- 369 :人間七七四年:2009/11/16(月) 12:11:31 ID:z1dHcWRZ
- 家康がそういう体をはったことをするかな?
家康なら「大将たるもの・・・云々」と屁理屈で言い負かすような気がする
てか、手は大丈夫なのかw
- 370 :人間七七四年:2009/11/16(月) 12:27:45 ID:91csl90+
- なんといっても三河武士の棟梁ですから
- 371 :人間七七四年:2009/11/16(月) 12:28:18 ID:LpbQ/xP0
- 家康も根っこはめんどくさい三河武士だったということかも知れんw
- 372 :人間七七四年:2009/11/16(月) 14:15:31 ID:GGF8NMNw
- なんか作左が熱湯風呂用意し始めてるんだけど
- 373 :人間七七四年:2009/11/16(月) 16:45:19 ID:gmDXNtiu
- 育ちが尾張や駿河ってだけでその血は完全に三河人だからなあ
生まれも育ちも三河なスーパー三河人と比べるとそうでもないだけで
よその土地に育った人と比べると結構めんどくさい性格してると思うよ
- 374 :人間七七四年:2009/11/16(月) 20:17:52 ID:ZZyeZ8VT
- >>372
信長公がアップを始めました
- 375 :人間七七四年:2009/11/16(月) 20:44:58 ID:myy6Pbeg
- 関ヶ原の時のこと。
豊前中津の黒田如水が金銀を撒いて兵を集めた事、有名であるが、これが八月上旬になって
漸く3千5,6百に及んだ。これに如水
「来月9日に出馬し、近隣の敵を攻め討つ!」
と宣言する。
が、黒田家の重臣達は慎重であった。
「せめて、内府公が上方に到着されたと言う情報を得てから、
われらも出陣すべきではないでしょうか?」
「何を言っている?内府の出馬を待てば、我らの戦略は手遅れになる。
のみならず、周囲から日和見をしているように見られては適わん。
良いからわしの了見に任せるのだ。」
それでも重臣の者達、なんとか如水に考え直してもらいたい
「しかし、月の九日は悪日と申します。これは変えたほうが良いのではないでしょうか?」
如水、思わず噴出した
「ああ、月の九日が悪日である、などと言う俗説に迷わされて、そのような事を言うのか?
おぬし達は忘れたか?我らは月の九日に出陣して、合戦に勝った事などいくらでもあるではないか?
これを悪日などと言う道理は無いだろ?それでもまだ、悪日だから恐ろしいと言うのなら、
お前達は吉日を選んで、わしより後に出陣すると良い。」
これを聞いて毛利太兵衛、目を怒らして怒鳴った
「なんと口惜しき事を言われますか!?皆、あなたを大切に思っているからこそ、
こんな事を言っていると言う事、解っているはずです!
一体この中の誰が、自分の吉凶を気にして、主君より後に出陣いたすでしょうか!?
なんとも、情けない仰せでござる!」
これに如水、何も答えず、ただ「盃をもってこい」と言い、一座の者に盃を回し、
酒を飲ませた。その上で
「太兵衛はいま一つ呑め」
と、声をかけた。これは如水から毛利太兵衛に『これで仲直りをしてくれ』という印だったそうだ。
如水流、黒田家臣団の御し方のお話。
- 376 :人間七七四年:2009/11/16(月) 21:36:06 ID:9QW4Hutj
- 黒田家って家臣ともめたらとりあえず酒飲んでないか
- 377 :人間七七四年:2009/11/16(月) 21:43:30 ID:9QW4Hutj
- 最近工場長見かけないんで工場内の話を無理やり押し込むよ。
笠井大崎での合戦の時、
秀吉は佐久間備前、同内膳の兄弟に先陣の大役を命じた。
これに我らが工場長
「 ・・・( ・`ω・´)イラッ☆ 」
何故ってこの兄弟、もともと秀吉に属していたのを氏郷に賜った侍大将だったのだ。
そこで氏郷は
「明日の戦は、神田修理、外沼信濃、岡野佐内、蒲生源左衛門が先陣せよ!
それから、佐久間兄弟は見物!」
と下知した。
先陣を命じられた6人の侍大将は、早速話し合った。
「これは佐久間兄弟の戦いぶりが悪いから我々に仰せ付けられたんだな。きっと。」
「うむ。ならば互いに討ち死に覚悟で戦うのだ!
仰せを頂いた甲斐もないようでは御大将の恥辱になる!」
「それなら、進退駆引の仕方を内ならししておいたほうが良いな・・」
そこで、先陣の軍兵を連れて早速平野へ押し出す6人。そこで見たものは!
「・・・・・・。」
「これはひどいな(;゚Д゚) 」
駆引きの訓練を5度もやり、なお調わない残念な軍兵たち。困った六人。
「明日の戦は殊に大切だからかように訓練しているのだ!
ところがお前達の進退は以ての外の不調である!よくよく魂を込めてかかれ!」
と再三くわしく申し聞かせた。
そして再び采配を取って下知すると・・・
「お、お前達!やればできるじゃないか(´;ω;`)ブワッ」
進退まことにあざやかに揃った兵たちに、これで明日の合戦は思うように戦えると喜び勇んだ。
翌日の戦では大いに敵を切りなびいて大勝。
秀吉の命令で陸奥国に来ていた浅野長政は、
「その戦の駆引きの見事さは前代未聞」と褒めたそうである。
氏郷もまた大いに喜んで、六人に感状と褒美の品を与えて賞賛した。
〜 蒲生再生工場・練兵編 完 〜
- 378 :人間七七四年:2009/11/16(月) 21:51:11 ID:LpbQ/xP0
- >>376
だからこそ太兵衛さんが名槍日本号を呑み取った
なんて武勇伝(?)が生まれたとも言える
♪これぞまことの黒田武士
- 379 :人間七七四年:2009/11/16(月) 21:59:37 ID:Fmgs1Wkx
- >>372
そういや上島の『押すな押すな』も
面倒くさい三河流かもよ。
- 380 :人間七七四年:2009/11/16(月) 23:03:40 ID:kmm31lTD
- >>368
いい話なんだけど既出ですよ
↓
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2598.html
- 381 :人間七七四年:2009/11/16(月) 23:30:28 ID:6Vqx4aCF
- うぜえな
- 382 :人間七七四年:2009/11/16(月) 23:45:30 ID:JhGyGvZm
- 東北の超弱小大名の相馬家にも一つくらいいい話とか伝わってないですか?
- 383 :人間七七四年:2009/11/17(火) 02:23:28 ID:8gMOVh7w
- 宮本武蔵が諸国を廻っていた頃のこと
大坂の夜辻を歩いていると、物も言わずに斬りかかってきた男がいた。
武蔵が即座に男の腕を押えて一喝すると、男は悲鳴をあげて詫び始めた。
その時武蔵は男の刀がなかなかの業物であることに気が付いた。
武蔵が刀のことを聞くとそれは男は自分が打ったものだという。
男は下総の縄手の住人河内守永国という者であり
自分の刀の切れ味を確かめる為に武蔵に斬りかかったと話した。
武蔵は永国を自分の宿へと連れて行き、明かりの下でその作品が凡作でないことを確かめ
その後も何かと目をかけた。
後に武蔵が熊本に落ち着くと、永国も武蔵を慕って移ってきた。
永国は武蔵の推挙によって三十人扶持で細川家に召し抱えられ
以後代々藩の刀鍛冶として高田原楠町に居住したという。
- 384 :1/2:2009/11/17(火) 02:28:31 ID:FUBLtg/f
- >>382
慶長7年(1602)5月、相馬家は佐竹家に連座して改易が決まった。相馬義胤は家臣を集め、
「このままではお家の破滅。佐竹殿から『1万石で仕えぬか』と誘われているがどうか?」
と広く問うた。義胤の嫡男、三胤が進み出た。
「私は反対です。ここは私が江戸に行って徳川殿の怒りを鎮め、少分なりとも天下人の
禄を受けられれば本望です。今、飢えを凌ごうと佐竹に仕えるなら、滅んだほうが良い。」
義胤もこの意見を容れ、三胤は14名の家臣を連れ江戸に向かった。途中、三胤のもとに
義胤に暇を出された鈴木金兵衛と志賀久内が現れた。
「お家の危機なれば推参。お許しあれば如何なる奉公でも勤め上げ、旧恩に報いまする。」
三胤はこの2名の同行を許し、さらに江戸へ急いだ。
江戸に着き、谷中瑞林寺を宿所とした三胤一行は、住職と懇意の旗本、藤野宗右衛門を
招いて相談した。
「お話は承った。して、その話を家康公に通せる要人など、ご存知かな?」
家督相続も済ませていない小大名の子の三胤に、徳川家中の知人などあろうはずも無い。
途方に暮れていると、同行の士の一人、門馬吉右衛門が突然ある事を思い出した。
- 385 :2/2:2009/11/17(火) 02:29:31 ID:FUBLtg/f
- 天正も終わり頃のこと、豊臣秀次の関白補任の儀式の際、相馬義胤も式典に参加した。
諸大名は殿中で式典を見守ったが、その従者たちは炎天下に晒されて白洲に控え、義胤の
すぐ下にいた侍も、フラフラになっていた。
見かねた義胤は、「これを笠にされよ。」と、その侍に自分が座っていた円座を貸し与えた。
「か、かたじけない。拙者、徳川家中の島田治兵衛と申しまする。」
この時、義胤の従者だった吉右衛門は、その男・島田治兵衛の名を挙げた。
「かの治兵衛殿、今や徳川家の執事に次ぐ職分とか聞きまする。ぜひ、お頼みなされ。」
「しかし関白秀次公の頃と言えば、10年以上も前の事であろう。その後、音信もない者が
覚えているものか?」
三胤は半信半疑だったが、吉右衛門の強い勧めにより治兵衛に書状を出した。
さて、島田治兵衛重次は2千石の大身旗本として伊奈忠次、次いで本多正信の下で
関東総検地を任される身であった。
(現在、心霊スポットとして有名な雄蛇ヶ池も、貯水池用に彼が造ったもの。)
書状を見た治兵衛は、「覚えておりまする。疎意あるべからず!」
と言い放ち、さっそく三胤の訴状を受け取ると、上司の正信に提出した。
かくて正信による家康への嘆願により、相馬家は旧領三郡の安堵を許された。
のちに三胤は「三成」に通じる名を蜜胤、さらに土井利勝より一字もらい利胤と改めた。
江戸行きに加わった14名はそれぞれ加増、鈴木金兵衛と志賀久内も再び召抱えられ、
瑞林寺の住職の甥を家老の一門に加えた。島田治兵衛と藤野宗右衛門は、利胤個人と
昵懇の間柄になったという。
- 386 :人間七七四年:2009/11/17(火) 02:40:50 ID:2CXzq1MA
- まさに「情けは人の為ならず」。
いい話だなあ。
- 387 :382:2009/11/17(火) 04:31:02 ID:xZBsJ9XM
- 利胤公が江戸へ直訴へ赴いたことは存じていたけれど、
その経緯と陰にこのような良い話があったことまでは知らなかった。
実にいい話です。
>>384-385さん、ありがとう。
- 388 :人間七七四年:2009/11/17(火) 06:42:37 ID:yP2TS32M
- 傘地蔵を思い出した
- 389 :人間七七四年:2009/11/17(火) 08:44:16 ID:VjFJO42X
- 江戸時代は、何をするにも縁故社会だなぁ。
でも、賄賂も無しに奔走してくれるものなんだな。
- 390 :人間七七四年:2009/11/17(火) 09:33:14 ID:u1MkOVmt
- 小早川とか大津においといて大津攻めてた連中が来てたら目先の戦闘の破壊力は桁違いだったろうな。
後ろが不安すぎてまともに戦えるか分からんがw
- 391 :人間七七四年:2009/11/17(火) 09:33:59 ID:u1MkOVmt
- 誤爆でござる、森家に仕えて参る…
- 392 :人間七七四年:2009/11/17(火) 10:11:14 ID:lZShqV6i
- 笠地蔵ツボったw
- 393 :人間七七四年:2009/11/17(火) 10:18:26 ID:bViUwO1V
- >>375
うまく受け流せる如水とマジレスで悪化させる長政
でもわはは、あの馬鹿駆け引き読めずに突進してったよ!と息子が危地に陥るの見て指差して笑う父だからなぁ。
家臣団がそういうの見てたせいという気もするし…w
- 394 :人間七七四年:2009/11/17(火) 10:55:51 ID:01ddWvS9
- >>383
これ相手が武蔵だからいい話になったけど
刀の切れ味試すために通行人に斬りかかるって相当ひどいぞwww
- 395 :人間七七四年:2009/11/17(火) 11:16:28 ID:C7oliXZF
- >>387
本多佐渡守正信に提出した訴訟の内容が、水谷式部が書いておいた福島への奇襲を前に夜間に捕捉された月夜畑での相馬戦死者150名の名簿リスト。
水谷式部が伊達と一緒に上杉領を襲うように提案したのも家康の天下になった場合の後難を恐れての言い訳アリバイ作りのため。
このリストを持たされた若い三胤(利胤)が上訴しに行ったが、このリストを披露する機会が訪れず難儀してたわけ。
そもそも水谷式部らが伊達との共闘を献策した際の義胤は、
伊達と内応してその下知を受けるのは不可だと顔色を変えるほど激怒していた。
そこでなだめて「三胤は若年なんで政宗に内通しちゃったとしても苦しくはないでしょ」なんて言うから
「あいつは若いからなぁ…まぁ兎に角もお前らにこの件の計らいは任せる。だが俺は家康に文句言われたら訴訟するから、政宗の下知なんざ絶対従わねーから!」
そこで三胤が政宗に福島攻撃を提案した。福島攻撃の際に政宗から受け取った書札は相馬改易への弁護の役にはたたなかったとか。
まーもともと政宗が盛胤義胤に「もう家康の天下だな。相馬はなんら家康に申しひらくことないよねw
いまさら我らに味方しても攻めるトコないじゃん。相馬だけで攻めて落とせる小城ないしな!後日、家康に咎められたらどうすんの?(俺の配下になれよwww)」
こういう風に言われたのが発端。
論功行賞で相馬改易確定だったから、政宗は相馬領が俺に貰えると思っていたから、かなりガッカリしたんだよな。
- 396 :人間七七四年:2009/11/17(火) 14:15:00 ID:t7uzerZj
- >>395
…で、それは義胤の何気ない親切が「情けは人の為ならず」になったという
>>384-385の話の主旨とどう関係があるの?
最近テンプレ見てるんだかどうだか「史実はこうなんだぜ」
みたいなレスが増えてゲンナリする
- 397 :人間七七四年:2009/11/17(火) 14:52:43 ID:babuHj/0
- ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1247488347/587
長文あらし君です
構うだけ疲れるからほっとけ
- 398 :人間七七四年:2009/11/17(火) 15:40:19 ID:C7oliXZF
- >>396
つかお前は文盲か?
義胤の何気ない親切が、「情けは人の為ならず」になった?
どこにそんな話が成立してんだよw
- 399 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:00:30 ID:AZMhIGqP
- 他人にいきなり「文盲か?」なんて言う人の話は誰も聞かないですよ
- 400 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:01:32 ID:2CXzq1MA
- >>399
へんな人にさわっちゃいけませんよ。スルースルー。
- 401 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:05:03 ID:C7oliXZF
- なんだ伊達厨が必死なだけかw
- 402 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:40:07 ID:AtKrPgvH
- いろんな厨がいるんだなw
- 403 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:52:39 ID:C7oliXZF
- こうやって1人のアホ厨房が
他人のレスに文句言い出す事が原因で
毎回荒れてるのに、
いまだに学習できないアホがいるんだな。
- 404 :人間七七四年:2009/11/17(火) 16:58:34 ID:kxPPlFwz
- 構ってちゃんだからほっとくべーや
根拠も脳内ソースなんだし
- 405 :人間七七四年:2009/11/17(火) 17:00:34 ID:Sp8oXjSj
- >>403
すごいねくわしいんだね
わかったから>>350のシャケもらっておかえりボクちゃん
- 406 :人間七七四年:2009/11/17(火) 19:13:11 ID:2CXzq1MA
- 織田信長の御世の事
奥州岩城より、その地の小領主、白土摂津、車、久保田という三名のもの、伊勢参拝に出かけた。
その参拝の帰り、当代の実力者、織田信長の居城を見物しようと、安土に向った。
その頃安土では、信長主催の能興行があり、当代の名の知れた能楽師が皆集まると言うので、
この見物のため大変な人手であったそうだ。
東北から来た三人、宿の主人に案内してもらい、安土城内に建設された能舞台の、
その楽屋に出入りする人々を見に行った。
「あれは○○様、今出てきたのは○○様。…あっ、あそこにいらっしゃったのが、御当家
無二の出頭人、羽柴秀吉様です!」
「ああ、あれが羽柴殿!我らのような遠国のものでも、その名は聞き及んでおります。」
だがこの時、秀吉のほうもそのすばしこい目で、彼ら三人を捉えていた
「あの見慣れぬ風情の男達、一見安土の者のようだが、あの物騒ぐ様子、さては
どこか遠国からきたものだな。」
秀吉、見物の人々を掻き分け、その三人の側に出た
「お主たち、何所から参られた?」
三人、隠すほどのことでも無いと考え、「我ら奥州は岩城の、かくかくしかじか、このような者で
あります。」とありのままに語れば秀吉、
「なるほど、たまたまここに参られたのか。いやしかしこれも何かの縁、良ければ今後、
都鄙の遠路に離れても、互いに折に触れて、音信をしていただけるとありがたい。」
秀吉、貪欲である。未だ織田政権の影響下には無い東北に、いち早く知音を作ろうとしたのであろう。
この後、岩城に帰った後、他の二人は、遠き地にいる織田家の出頭人と、音信を取ろうとは
しなかったようだが、白土摂津だけは使者を立て、駿馬一匹を秀吉の元に届けた。
時は流れる。関白秀吉による奥州仕置き。
白土のことを覚えていた秀吉は、白土に対し、岩城一郡を下し賜わった、とのことである。
袖振り合うも多生の縁、などと言いますが、一度の出会いに縁を返し、思わぬ果報が帰ってきた、
白土摂津のお話。
- 407 :人間七七四年:2009/11/17(火) 19:51:37 ID:G0M9OKaB
- 秀吉の話だと他二名のその後が心配になるよ!ふしぎ!
- 408 :人間七七四年:2009/11/17(火) 19:52:41 ID:Dmi1gklk
- >>384>>406
人との縁がいかに大切にされた時代だったか、だな
付き合い嫌いのおれなんか即滅亡だったろうな('A`)
- 409 :人間七七四年:2009/11/17(火) 20:22:39 ID:Nffg39hf
- >>406
人脈の大切さは今も昔も変わらんな。
俺も気をつけんとw
- 410 :人間七七四年:2009/11/17(火) 20:41:15 ID:bViUwO1V
- 出来る人は些細なことも忘れないんだなぁ。
秀吉の些細なことも忘れないは後年悪い方向に向くことも多いんだが
- 411 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:12:34 ID:rtHC3azh
- 秀吉らしいエピソードだねぇ
- 412 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:27:30 ID:CZeCHsAK
- >>406
秀吉の抜け目のない話ともいえるな
- 413 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:45:26 ID:ItEEcjaJ
- >>406
現代の教訓にもなる
良い話だねぇ
- 414 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:53:21 ID:dwCVJUBw
- 秀吉ほどの人ならたくさんの人に出会っただろうに
よく覚えていたな。
- 415 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:54:46 ID:k2Y7OCed
- >>406
やっぱおかしくなる前の秀吉はパネェw
- 416 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:57:09 ID:i9B3LNfv
- >>406
いい話だ。
このスレは過剰におちゃらけて、読む気を無くす悪文が多いけど、
これは文章も読みやすくて解りやすい
- 417 :人間七七四年:2009/11/17(火) 21:57:43 ID:zN42Rjgo
- でもそれで律儀に本当に東北から連絡来たらおお!と思うし結構印象深いべ?
これが近場だったら秀吉でも忘れてたかもしれない。
結局は白土さんのこまやかな心遣いの勝利だ。
- 418 :人間七七四年:2009/11/17(火) 22:00:25 ID:4adDEnYk
- >>416
下の二行いらない
- 419 :人間七七四年:2009/11/17(火) 22:40:39 ID:LP3VMpt0
- >>418
プロの2ちゃんレス批評家さまに文句を言うなど、恐れ多い…
- 420 :人間七七四年:2009/11/17(火) 22:46:20 ID:JN/eEN50
- >>418
そういいつつ見に来てしまうツンデレ心を分かってやれよ
- 421 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:02:54 ID:91T4cORr
- 金の成る木
あるとき徳川家康が皆に聞いた。「金の成る木」を知っているか、と。
誰も答えられないでいると、家康は自ら筆を取り、三本の木を描いた。
「それはな、
よろづ程のよ木 (万事ほどほどに)
じひふか木 (慈悲深き)
しやうじ木 (正直)
の三つのことじゃ。これを常に守れば、必ず富貴を得られよう」
そして久能山東照宮(家康が始めに埋葬された地)には
この逸話をイメージした”金の成る木”の実物が、現在も立っている。
お祖父さま大好き三代将軍家光が植えたものと言われている。
また後に細川三斎忠興はこの木に左右の枝を添えてはどうかと言い、
あさお木 (朝起き)
いさぎよ木 (潔き)
しんぼうつよ木 (辛抱強き)
ゆだんな木 (油断無き)
ようじょうよ木 (養生よき)
かないむつまじ木(家内むつまじき)
と、書き添えた。
左右の枝が繁盛するならば、よりいっそう富むことであろうと。
家中の皆々にもこれを写し取り、伝えるように命じたという。
- 422 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:18:07 ID:I4Gv2tN0
- >かないむつまじ木
さすが忠興さんww
- 423 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:20:05 ID:jRO3bPZ1
- 後世の「結婚生活に必要な三つの袋」スピーチの元ネタである
- 424 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:28:09 ID:bKeuNrr1
- ホントに結婚式のスピーチネタになりそうな良い話だw
- 425 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:32:58 ID:01ddWvS9
- >しんぼうつよ木
忠興さんの辛抱強さには敵わないなー憧れちゃうなー(棒
- 426 :人間七七四年:2009/11/17(火) 23:41:08 ID:Dwf5pSq4
- やねぶ木
血しぶ木
うわ木
異様の数木
- 427 :人間七七四年:2009/11/18(水) 00:07:20 ID:ivetgnbL
- >>421
ょぅι゛ょつよ木に見えた俺はどうすれば…
- 428 :人間七七四年:2009/11/18(水) 00:18:13 ID:ciy0YolS
- >>427
畠山さん、畠山さんじゃないですか!
- 429 :人間七七四年:2009/11/18(水) 00:54:05 ID:DCSzJZSh
- >>427
安心せい幼女を娶るは武士の習いじゃw
- 430 :人間七七四年:2009/11/18(水) 02:50:18 ID:9OAAh7Za
- 芥川流忍者・芥川義矩は雇主の城主に呼ばれて宴に出席していた。
その席で城主が「なにか術を見せてみろ」と言い出したのである。
承知した義矩は腰元七人を城主を囲むように座らせ、呪文を唱えだした。
するとどうしたことか、部屋中に甘い香が漂い始めた。
しかもいつの間にか家来たちは眠っており、腰元たちはもじもじしている。
城主「いったいどうしたの……お、おおぉ〜〜〜〜!」
よく見ると腰元たちは腰巻きを剥がされ、白い腿がまる見えであった。
義矩は甘いガスで腰元たちを朦朧とさせ、素早く腰巻きを剥いだのである。
しかも城主を風上に置き、家来たちを眠らせてその姿が城主にだけ見える
ようにしたのだ。これこそ義矩必殺の忍法・鬼火の術である。
- 431 :人間七七四年:2009/11/18(水) 03:15:52 ID:9OAAh7Za
- >>430
ごめん今調べたらこの人江戸時代の人でしたorz
代わりにこれ
土井利勝のもとに蒲生忠郷の使者・安達内匠がやって来た。
安達は口上を伝えていたのだが途中で話をやめてうつぶした。
利勝「いかがした。体調がすぐれぬのか?」
安達「申し訳ありません。口上を忘れました。思い出す時間をいただけませぬか」
利勝「わかりました。ゆっくり思案なされ」
安達は次の間でしばし考えて思い出すと、改めて利勝に目通りし正確に
口上を伝えた。このことから利勝は
「私を訪ねる使者は多いが、安達のような使者はいない。普通なら忘れた
ことを隠してその場の首尾に合わせてしまう」
と語って感心し、忠郷にもそのことを伝えたという。
- 432 :人間七七四年:2009/11/18(水) 06:22:54 ID:80xLLI2A
- 思い出して良かったな
「屋敷を出る折、聞かずに参った」という落ちかとw
- 433 :人間七七四年:2009/11/18(水) 09:26:05 ID:LxvMaoOD
- 殿は「口上を伝えるのを忘れておった」というオチかw
- 434 :人間七七四年:2009/11/18(水) 11:03:51 ID:a+9B+5Cm
- ん?三本の矢に続いて
毛利三つネタ資料の
人生には三つの坂がある…まさか
これもパクりだったのか?
- 435 :人間七七四年:2009/11/18(水) 13:25:40 ID:FE+WyjWu
- ビック3コント
文禄二年(1593)10月、宮中において能の上演が行われた。いわゆる「禁中能」である。
この時の禁中能で特筆されるのは、時の豊臣政権の、名実共にトップ3、
豊臣秀吉、徳川家康、前田利家の三人によって、狂言が演じられた事である。
当時の狂言とは、今で言えばコントショーである。そう、この三人が帝の前でコントを行ったのだ。
なんと重厚この上ないコントであろうか。
で、この時三人が演じた曲目は、『耳引』と言うものなのだが、この『耳引』、タイトルだけが伝わり、
内容が残っていない。この三人がどんなコントを演じたか、よく解っていないのである。
が、「これではないか?」と推測される演目がある。それは今も演じられている
『居杭(いぐい)』という曲目。『耳引』とはこの『居杭』を改編したものであろう、というのだ。
この『居杭』の内容、とある旦那に可愛がられているのはいいが、いつも戯れに頭を叩かれる
居杭と言う男が、姿を消す「隠れ頭巾」を手に入れ、いつものように頭を叩こうとする
旦那の目の前で姿を消し、これを不思議に思った旦那が易者に占わせるが、
居杭は姿が見えないのをいいことにこの二人に悪ふざけの限りを尽くし、二人を喧嘩させる。
最後に姿を現したところを、怒った二人に追いかけられ逃げ回る、と言うドタバタ喜劇である。
おそらく主人公の居杭は、秀吉が演じたのであろう。とすると、耳引と言う改編タイトルから
考えるに、頭を叩くのは恐れ多いと、旦那は居杭の耳を引っ張る設定になったのだろう。
それでは、これの耳を引っ張る旦那、そしてドタバタに巻き込まれる易者はそれぞれ、
家康と利家のどちらかと言う事になるが、さて、どちらがどちらを演じたのか?そして秀吉は
この二人に、どんなの嫌がらせを仕掛けたのか?色々と想像は膨らむばかりなのである。
そんな、日本の歴史でも、おそらく最も重厚なコントショーのお話。
- 436 :人間七七四年:2009/11/18(水) 15:48:20 ID:aY06rVey
- >>435
「耳引」でやほって見るとこんなの出るね。
ttp://www.sanriku-pub.jp/olive37.mahune.html
これは、「口真似」って狂言で、結局「居杭」かこれかのどちらからしい。
- 437 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:12:53 ID:8XF8hQm4
- >>421
武蔵の森にはそんな木はないw
- 438 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:16:01 ID:3BO81Gtj
- >>435
秀吉なんか芝居っけがありそうだし面白かったんだろうなw見てえw
- 439 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:17:18 ID:HLIXGlc6
- >>437
http://www2.ocn.ne.jp/~kitank/misa/odekake-kunouzan3.htm
これかな
- 440 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:17:46 ID:FE+WyjWu
- >>437
> 武蔵の森
・殺る木(先ずは気持ちから)
・殺木(オーラに身を固め)
・殺人木(さあ実戦です)
- 441 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:27:52 ID:/Ynn8Ghp
- >>435
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2427.html
では「口真似」に当たると思われるとあるね
これは確かに見てみたいよなあ
- 442 :人間七七四年:2009/11/18(水) 20:46:54 ID:ffVpavcZ
- どこかで聞いた話なんだが出展は忘れた
関が原で石田軍が敗走した時旧蒲生家臣は踏みとどまって討ち死にした者が多く、旧小早川家臣は逃走した者が多かった。
人々は亡き氏郷の薫陶が生きていたのだろうと誉めそやした。って話
これだけだといい話なのか悪い話なのか難しいんだけど、秀秋はともかく先代隆景の薫陶が氏郷に劣るとは思えない
そこで小早川隆景と家臣のそんな様な話があったら教えてくだされ
- 443 :人間七七四年:2009/11/18(水) 22:46:15 ID:QO+HOX11
- というか、関が原の時点で旧小早川家臣?
秀秋が継いだ後、隆景に仕えた旧小早川家臣団は隆景を慕って小早川家から離れたという話は聞いたことがあるが、
彼らが石田家に仕えたという話は聞いたことがない。
後世に秀秋を貶めるための作り話じゃね?
- 444 :人間七七四年:2009/11/18(水) 22:51:29 ID:FE+WyjWu
- つーか小早川じゃなくて秀次旧臣じゃないかね?
司馬遼が関ヶ原でそんな事を書いてたような。
どっちにせよ事実無根だけど。
- 445 :人間七七四年:2009/11/18(水) 23:04:08 ID:Z+MzZm8t
- 名将のもとに弱卒なし
って仮に元上司の教育が悪くても、それを制御できなかったら三成の責任じゃないかな
- 446 :人間七七四年:2009/11/18(水) 23:21:20 ID:ccDW416H
- 実際は秀次系家臣の方が踏ん張っている
司馬遼は秀次嫌いだから、ホラ……
- 447 :人間七七四年:2009/11/19(木) 01:47:04 ID:192CIXq9
- 400年もの間あの手この手で貶され続ける秀秋カワイソス(´・ω・)
- 448 :人間七七四年:2009/11/19(木) 02:03:59 ID:ZuGxksJu
- 子孫がいないと貶し放題になりやすい
- 449 :人間七七四年:2009/11/19(木) 06:10:59 ID:hJ+LSkLN
- 許儀後という人物がいる。
明国江西の人であったが1571年に広東で倭寇に捕まり、彼は薩摩に売られてしまう。
その後彼は島津氏の御側医師となった。
1590年、許儀後は恐るべき噂を耳にする。
日本の関白が大明に侵入しようと船5000隻を造っているというのだ。
さらに翌1591年には薩摩内にいる唐人の総点検が始まり、唐人が薩摩から出港することが禁じられる。
この時薩摩に林紹岐という商人の船があった。
島津氏はこの船の出向も差し止めようとしたのだが
許儀後が『この船は商船であり、それを停めれば交易が途絶えてしまう。』と説いた為出港の許可を出した。
1592年1月16日は林紹岐の船に薩摩を出る。
許儀後が林紹岐の船が出港できるよう働きかけたのは理由があった。
彼はこの船に明への報告書を託した朱均旺という人物を乗り込ませていたのだ。
朱均旺は許儀後と同郷の人であり、福建で商売をしていたが1577年交趾に渡った帰路倭寇に捕まってしまう。
薩摩に連れてこられた朱均旺は島津氏の菩提寺である福昌寺の僧に売られ、そこで許儀後と出会った。
許儀後は同郷の朱均旺の事が気に入り、彼を引き取って薬書の筆写などをさせていたのだ。
大明への侵入という噂を聞いて以来許儀後と朱均旺は罰せられることを覚悟した上で明への通報を試みていた。
3度に渡って平戸の明人商人経由での通報を試みたがなんの音沙汰もない。
そこで朱均旺は自ら志願し、使者となるべく林紹岐の船に乗ったのだ。
すでに薩摩に売られてから20年近くがたち、許儀後は妻帯し、子も生まれていた。
許儀後は報告書の最後に朱均旺への詩を付している。
「遙かなる異境でめぐりあってから何年もの歳月が経った。ある朝別れて君は遠くへ旅立つ。
忠君の事(日本警戒情報の提供)は君に懇ろに託したので、意を尽くして(秀吉の陰謀を)挫いてくれ。
君は本国へ帰れば蘇武のように歓迎されるのだから、どうして(薩摩に残った私が)李陵のような境遇となることを心配する必要があろうか。
霜台(弾正台)にもし日本のことを聞かれたら、ただ民草は苦しみ(それがし許儀後も)憂えているとのみと言ってくれ。」
2月28日朱均旺は無事福建省に到着、報告書を官吏へ提出し貴重な対日情報源となる。
- 450 :人間七七四年:2009/11/19(木) 08:43:10 ID:jqefHWkw
- 日本は島国だけにイギリス並みに海賊国家だったんだな
もっと海軍力あれば東南アジアの日本人町とか通して植民地も作れたろうに
- 451 :人間七七四年:2009/11/19(木) 09:24:16 ID:iXD0001X
- イスラム商人を通さずに獣肉の長期保存のための香辛料を手に入れるため大航海時代に入り、
キリスト教国にない貴重品は高く売れる→加工したら高く売れる綿花とか原材料を現地労働者をコキ使って作らせる→反乱→金を援助したりする代わりに地元軍隊を利用して鎮圧→賠償を口実に割譲や自国民保護の軍隊駐留権をもらい地域を乗っ取る。
当時は領主が支配者で収奪される側も搾取する側も国民や愛国心なんて存在しなかったからね。
日本人は四海を海に囲まれてるから何となく日本人みたいな意識はあったんじゃないかな?
まあ日本人は四足動物をあまり喰わなかったから香辛料で保存なんて必要ないし、
中国自体が「茶を代表に中国に無いものはない」の国だから輸入にしても中国文化圏で生活する分には確かに中国からの輸入で充分。
それどころかキリシタンに影響される方が怖かったから鎖国してしまったんだろね。
- 452 :人間七七四年:2009/11/19(木) 09:59:17 ID:xS6kaY8N
- >>451
ワロタ
もうちょい世界史勉強しなさい
- 453 :人間七七四年:2009/11/19(木) 12:33:47 ID:iXD0001X
- >>452
君の御高説でも聴かせてくれないかな。
- 454 :人間七七四年:2009/11/19(木) 12:52:42 ID:LPqupQ3v
- ID:iXD0001X
かっこいいIDだ
- 455 :人間七七四年:2009/11/19(木) 13:00:03 ID:CtQGbBX3
- 顔は真っ赤だろうがなw
- 456 :人間七七四年:2009/11/19(木) 13:09:41 ID:0qTId+QR
- とはいえケチだけ付けて逃げるのは卑怯な気がする……。
具体的に反論しないとただの嫌な人だと思う。
- 457 :人間七七四年:2009/11/19(木) 15:18:08 ID:dRFGDL5h
- 卑怯も糞もスレ違いだし
- 458 :人間七七四年:2009/11/19(木) 15:32:14 ID:kudLSK+1
- >>414
田中角栄も、一度言葉をかわした人間の顔と名前はずっと覚えてたらしいね。
出世に必要な才能だろうね。
- 459 :人間七七四年:2009/11/19(木) 15:46:37 ID:S/JiOFs6
- いや、しょっぱなから間違ってるだろ
肉の保存のために金と等価値レベルの香辛料を使うわけ無いだろ
- 460 :人間七七四年:2009/11/19(木) 16:36:26 ID:wXh5VNjh
- じゃ、香辛料は何のために求められたと思っているの?
そもそもそんなことを言ったら、アフリカでは塩と黄金が等価値で取引されたこともあるが、
黄金と同レベルだから肉の保存その他食用に使われなかったとでも?
- 461 :人間七七四年:2009/11/19(木) 16:42:08 ID:q2fLs0JL
- ここに行け
香辛料の歴史。。。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1078557888/
- 462 :人間七七四年:2009/11/19(木) 21:44:06 ID:jTU24m2X
- 天下人となった秀吉は、ある日故郷の尾張中村に立ち寄る機会があった
地元の英雄の凱旋帰国に村は沸き立ち大いなる歓待を受けた
なじみだった者等と昔話に花を咲かせ上機嫌であったが、突然険しい顔になり
「そういえば仁王はどうした、仁王を連れて来い!」と叫んだ
仁王とは体が大きくガキ大将でいつもいじめられていた幼馴染のあだ名である
早速同行していた福島正則に見つけ次第引っ立ててくるよう命じた
正則は秀吉の従兄弟かつ同郷なので難なく居場所を見つけ出したが
そこにいたのはかつて仁王と呼ばれた姿とは程遠くやせ衰えたみすぼらしい老人であり
かつての行いを恥じて秀吉の前に顔も出せず、家族の者はお詫びと命乞いに
地面に額をすりつけていた。正則はその姿を見て哀れに思いそのまま立ち去り
陣に戻ると秀吉に「残念ながらかの者は一月ほど前に死んだそうです」と報告
秀吉は「そうか、自ら手打ちにしてやりたかったが残念だった」と言ったという
- 463 :人間七七四年:2009/11/19(木) 21:46:52 ID:q2fLs0JL
- これはいい話。
しかし珍しく気の利く正則ですなw
- 464 :人間七七四年:2009/11/19(木) 21:58:28 ID:dRFGDL5h
- 基本的に情に厚いよな正則
牢に飯をコッソリ差し入れした男の義理に感動したり
改易を伝えられて家族殺して使者も殺した後自分も死のうとしたけど娘を手に掛けられず素直に改易に従ったり
その辺りがDQN四天王に入れない理由だし正則の魅力なんだろうな
- 465 :人間七七四年:2009/11/19(木) 22:09:22 ID:9eGDPdOv
- ぶっちゃけその姿でも御大はあざ笑った末手打ちにしただろうからな…
- 466 :人間七七四年:2009/11/19(木) 22:30:34 ID:ezInUOmw
- 「墓に連れて行け」とか言われなくてよかった。本当によかった。
- 467 :人間七七四年:2009/11/19(木) 22:56:47 ID:Dpe2A+Sd
- 正則は酒飲まなきゃ普通にいい人
- 468 :人間七七四年:2009/11/19(木) 23:11:41 ID:0HwzXwkm
- >>466
家康は墓から大久保長安掘り出して首をはねたんだよな。
現代なら病院に入れられてるレベル。
秀吉もそうだけど年取るとみんなおかしくなるんだな。
- 469 :人間七七四年:2009/11/19(木) 23:12:34 ID:uTzqLqwc
- >>466
よろしいのをお見立てを願います、とw
- 470 :人間七七四年:2009/11/19(木) 23:14:30 ID:192CIXq9
- >>462
「ああ、 韓信が昔股潜りをさせられたDQNを誉めた話の別バージョンかー」
とか思いながら読んでたら、秀吉まったく逆のことをするつもりだったんかいw
それともいつもの嘘っぱち発言か?
- 471 :人間七七四年:2009/11/19(木) 23:36:33 ID:D9iNuDTk
- >>468
これって罪人として処分するためにやったのだから秀吉とは違うんじゃない
生きていれば同じように罪人として首をはねたと思う
- 472 :人間七七四年:2009/11/20(金) 00:05:51 ID:F8UjbCog
- 最初から恨み骨髄だったっていうよりは昔話してるうちに怒りが蘇ったんだろうな
そういうことってあると思うけど、それで連れてきて手打ちにしようって話になるん
だから権力者はこえーよ
- 473 :人間七七四年:2009/11/20(金) 00:25:50 ID:YGrJX/qP
- >自ら手打ちにしてやりたかったが
そういえば秀吉って
自分の手で誰か殺した経験はあるの?
- 474 :人間七七四年:2009/11/20(金) 02:03:35 ID:NTQlLadG
- 倭寇に捕まり薩摩に売り飛ばされた許儀後
島津氏の医師となった後もその事を忘れることはなかった。
1585年倭寇は島津義久に倭寇討伐を訴える。
これを聞き入れた義久は陳和吾、銭少峰ら10名余りの倭寇の首領を殺害し
その妻子を奴婢に落とした。
散り散りになった残党は東南アジアに逃亡し、九州近辺は静まった。
1587年秀吉の九州征伐とともに倭寇は再び騒ぎ始める。
許儀後は義久に随行して関白秀吉に謁見、倭寇討伐を訴えた。
秀吉は命を下して倭寇の首領たちを捕らえさせて斬首し、首級を京に送った
こうして九州の海は平穏を取り戻したのである。
- 475 :人間七七四年:2009/11/20(金) 02:14:41 ID:1l2mm3HS
- >>474
> 1585年倭寇は島津義久に倭寇討伐を訴える。
もしかして明?
- 476 :人間七七四年:2009/11/20(金) 02:36:10 ID:NTQlLadG
- >>475
失礼、「 1585年許儀後は」です。
許儀後は朝鮮役で島津氏の代表として明側の使者と会談したりと
島津氏の中枢に近い位置にいたらしい。
- 477 :人間七七四年:2009/11/20(金) 07:14:48 ID:ESzb/RKF
- >>474
せっかくの特殊技能持ちをもったいないなぁ、と思ってしまう俺はゲーム脳だろうか。
しかし大陸出兵を考えると抱き込んだ方が……。
- 478 :人間七七四年:2009/11/20(金) 09:29:18 ID:QfLL2FMQ
- 結果を知っているから言えるけど、俺も明と戦う事考えたら倭寇は取り込みたいな
中国沿岸の事情に詳しいし、何といっても渡海するのに海に明るい技能者は欲しい
倭寇を制御できるかは微妙だけど
- 479 :人間七七四年:2009/11/20(金) 10:16:43 ID:NB2wvH52
- でも、倭寇を捕らえてみたら半分が高麗人だった、てな時もあったようだから統制が取れて組織として機能してるとは思えないし…。
- 480 :人間七七四年:2009/11/20(金) 13:03:17 ID:HMX+2DTa
- 李氏朝鮮を建国した武臣李成桂
倭賊が軍船500で朝鮮に上陸して朝鮮内陸部へ深く侵攻し、迎撃にでた7人の元帥のうち2人を敗死させた。
朝鮮軍を大破させた指導者は16歳の日本人だった。
李成桂は総司令として出陣し倭賊を大破し、王朝を纂奪し李氏朝鮮を建国した。
最近の朝鮮史ではこの倭賊はチェジュ島などに残留した元のモンゴル人主導で日本賊を率いたとする。
根拠は朝鮮内陸部に深く侵攻した際は軍馬を多数使用しており、チェジュ島にはモンゴルの馬を飼育する施設があったらしい。
また内陸部への地理が詳しいのもモンゴル人がいたからとする。
- 481 :人間七七四年:2009/11/20(金) 13:58:12 ID:yIGUwd5b
- 許儀後の動きも事前に察知されていたので
名護屋で島津が秀吉暗殺を狙ってるとか噂を立てられるんだよな
- 482 :人間七七四年:2009/11/20(金) 19:05:40 ID:hp9iF3FP
- 梅北もやらかしたし島津は肩身狭かったろうな
その分、大陸で活躍したけど
- 483 :人間七七四年:2009/11/20(金) 19:58:34 ID:gcbvPzKt
- >>479
そのほかに明国人やら琉球人やらその他色々と……はっ!!これぞまさしく東アジア共同体!!!
- 484 :人間七七四年:2009/11/20(金) 20:12:45 ID:x5IUdn2I
- 石田三成率いる軍勢が蜂起し、伏見城を落とした後の話である。
徳川方の武将の首は大坂で晒されていたが、間もなく鳥居元忠の首級が忽然と消えてしまった。
西軍の大戦果を知らしめる、敵大将の首である。
三成は慌て、なんとしても捜し出すよう、厳命を下した。
しばらくして、一人の男が石田方に出頭し、首を盗んだことを自白した。
男の名は佐野四郎右衛門。京の呉服商だった。
四郎右衛門はかねてより元忠と親しくしていたのだという。
伏見落城、そして晒し首になったという知らせを聞き、四郎右衛門はいてもたってもいられなくなった。
ついに大坂まで出向くと、番士を油断させて首を奪い、逃げたのである。
そして弟が僧だったのを幸い、彼とともに首を供養し、土中に深く埋めて隠した。
それが済んだため、どうせ発覚するだろうと踏み、覚悟を固めて自首してきたのだ。
四郎右衛門の話をとくと聞いた三成は、罪に問わず、彼を釈放した。
彼の義心に感じ入ったためだという。
- 485 :人間七七四年:2009/11/20(金) 20:19:23 ID:hp9iF3FP
- 正統派いい話だなー
出頭した呉服屋も、それを許した三成もいい漢だ
- 486 :人間七七四年:2009/11/20(金) 20:29:30 ID:HboCc++h
- >>468
家康はむしろ若いころからこういう気性だろ
大賀弥四郎をのこぎり引きにしたり、処刑用の釜を持ち帰ろうとしてさくざにしかられたり
- 487 :人間七七四年:2009/11/20(金) 20:30:45 ID:TO97nCxg
- まただよ(笑)
- 488 :人間七七四年:2009/11/20(金) 20:36:38 ID:gCZIuZNu
- >>487
グランドヴァイパでトドメさすよ
- 489 :人間七七四年:2009/11/20(金) 21:06:30 ID:B3QAcWyn
- >>485
石田三成と福島正則は似た者同士かもしれない。
- 490 :人間七七四年:2009/11/20(金) 21:22:14 ID:hVxAbUio
- >>484
鳥居の首は公卿台に乗せてあったという
それなりに敬意を示していたと言えよう
- 491 :人間七七四年:2009/11/20(金) 21:49:42 ID:ESzb/RKF
- >>483
通訳や工作員として重宝した可能性もあったかも?
やっぱりただ殺すにはもったいないなぁ。
- 492 :人間七七四年:2009/11/20(金) 22:02:35 ID:hp9iF3FP
- >>491
捕縛して分散させて配置するとか、少数でもいいから地元を知る人間がいれば楽だと思う
それこそ工作員としてとか、倭寇を続けさせて明に嫌がらせさせるだけでもいいんじゃないかな
裏切らないよう金与えるとか、人質取るとか
- 493 :人間七七四年:2009/11/20(金) 22:03:16 ID:cC7zGh2B
- 今うちの大学の博物館で、元忠と一緒に死んだ松平家忠の日記展示してる
- 494 :人間七七四年:2009/11/20(金) 22:07:00 ID:1l2mm3HS
- >>493
駒沢大学生乙
今度見に行くわw
- 495 :人間七七四年:2009/11/21(土) 00:35:37 ID:bzcbmfx5
- >>491
秀吉の大陸情勢の情報源の一つは日本にいる倭寇の明人達だった。
明の官軍に追われた経験がある彼らはむしろ入明を煽りたかったらしく
「明は日本を虎のように畏れている。大唐を手に入れるのは手のひらを返す様に容易い」とまで言ったとか。
また明人商人達からも熱心に話を聞いている。
秀吉が「大陸の政治は乱れている!!」と言ったのも明人商人がそう言ったのを信じたからで
何の根拠もない発言ではないんだ。
- 496 :人間七七四年:2009/11/21(土) 09:44:22 ID:JblLH590
- そういえば今日だっけか、宇喜多フェス
- 497 :人間七七四年:2009/11/21(土) 10:28:35 ID:KM09uo04
- 直家「宇喜☆宇喜フェスティバルは岡山城天守閣広場で本日13:00から!
鉄砲隊の撃ち方指南とかやるからみんな来てね♪」
- 498 :人間七七四年:2009/11/21(土) 10:36:41 ID:YJ7Pf1qs
- 大将を狙撃する方法指南gkbr
- 499 :人間七七四年:2009/11/21(土) 10:51:56 ID:K4Hl7i/W
- 特別ゲスト
遠藤又次郎・喜三郎兄弟
- 500 :人間七七四年:2009/11/21(土) 10:58:03 ID:/RJfE8WI
- 何故いい話スレでフェスティバルの宣伝をするんだw
- 501 :人間七七四年:2009/11/21(土) 12:02:17 ID:kgiw7Isc
- 13:00からのフェスティバルの宣伝を10:30にされても、間に合わないだろう。
せめて10:00にしてくれないと。
それだと近畿、北部九州の人間は間に合う。
- 502 :人間七七四年:2009/11/21(土) 15:36:11 ID:3B2GthLD
- 宇喜☆宇喜暗殺フェスティバル行った人いるんだろうか?
自分は遠くてとても行けないけど、いつか中国地方も言ってみたいな
というか、岡山は森家のイメージが強かったけど地元は宇喜多をプッシュしているのか
- 503 :人間七七四年:2009/11/21(土) 16:27:24 ID:C9Z6IAK2
- うきうき行って来た。ちょっと風が強くて寒かった。
後楽園は紅葉の真っ最中。銀杏が綺麗だった。
……寒かったから、太鼓の実演だけ聴いて帰った。
そんな悪い話。
PS:ハッピ着て太鼓叩いてる外人さんや、甲冑着て火縄銃の解説してる外人さんなど、
割と外人率高めだった。
- 504 :人間七七四年:2009/11/21(土) 16:28:39 ID:wRuCMhhg
- >>503
ちょっとした戦国祭りみたいな感じのものだったのかな?
- 505 :人間七七四年:2009/11/21(土) 17:26:40 ID:4uOlzr2d
- Oh! UKI☆UKI FESTIBAL♪
- 506 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:01:03 ID:wRuCMhhg
- 某所に浮き☆浮きの写真が上がってた
> 246 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 18:21:47.31 ID:JRfhHpQo
> うっきー
> http://kita.kitaa.net/10/s/10mai346873.jpg
> あったまる
> http://kita.kitaa.net/10/s/10mai346874.jpg
> 天守をバックに
> http://kita.kitaa.net/10/s/10mai346875.jpg
> 鉄砲隊
> http://kita.kitaa.net/10/s/10mai346876.jpg
あったまるは
http://www.okayama-cci.or.jp/ukita/attamaru.gif
> ▲湯原 温丸(ゆばら あったまる)
> 湯原温泉郷キャラクター
> 湯原温泉の湯治場は
> 秀家の母「おふくの方」が開設した
らしいw
- 507 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:15:06 ID:VIG/3yKT
- 直家はほんとうは心のあったかい人だった説もあるね。
秀家に対してだけは…
いっぽう忠家は兄の手が及ぶところでは鎧を脱げなかった。
- 508 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:21:11 ID:kgiw7Isc
- 直家って貧乏していた頃、譜代の家臣を養うために
経費節減で毎月数日、断食していたんだろ。
謀略で領土拡大したのだって、戦いで多くの人を死なせたくなかったからでは無いか?
結果的には殆ど合戦の犠牲者を出していないのだから。
- 509 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:23:38 ID:WJ7076H9
- ロマンチストだな
- 510 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:29:40 ID:LbP5KQPu
- 謀略は自分の戦力は減らないわ、敵の戦力をそのまま吸収できるわで上手く使えればおいしい。
ま、悪く言われるのは仕方ないよ。
燕雀いずくんぞ、ってね、民衆は分かりやすいほうを好むのさ。
- 511 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:45:33 ID:3B2GthLD
- 弱小勢力が生き残るためには、頭使って汚い謀略も使わざるを得ないと思う
滅んで困るのは、家臣と領民なわけだし
直家なんか浦上家の重臣の孫から没落を経験したから余計に生き残りに必死だったろうな
初めて城任された時、帰農していた家臣たちがかなり集まったんてね
- 512 :人間七七四年:2009/11/21(土) 19:49:19 ID:abA237d9
- >>507
それは兄を自分のみを盾にして守るという心意気の表れに一票
- 513 :人間七七四年:2009/11/21(土) 20:04:09 ID:VIG/3yKT
- >>512
無理やりいい話に持っていこうとしてないかww
助かるけどもw
- 514 :人間七七四年:2009/11/21(土) 20:39:16 ID:3B2GthLD
- この話の流れなら大河ドラマ化可能じゃね?
毛利並みにキレイな謀略にすれば、一応信長と絡められるし
秀家加えて二代記にすれば三傑全員出せる
- 515 :人間七七四年:2009/11/21(土) 20:49:00 ID:WJ7076H9
- 対外戦争が少なく自身の権力確立の為の謀殺がやたら多いし
一般的にもっとも身近な存在のはずの家族が死んで怯えてるから無理
そういうロマンは嫌いじゃないけどな
- 516 :人間七七四年:2009/11/21(土) 21:58:38 ID:JtFA/qre
- 天正7年(1579)3月、宇喜多直家は美作三宮城を攻めたが、城主・村上勘兵衛はみずから
60騎を率い討って出る剛の者で、なかなか勝負がつかなかった。
直家は明日こそ城を落とさんと、若手の足軽大将ら4人を呼んで策を授けようとしたが、
隣室でこれを聞いていた、家老の岡平内利勝が進み出た。
「殿が弓を取られて以来、大事の謀を戸川、長船、そして私に明かされぬことはなかった。
しかるに此度、若い者どもと謀を成すとは、誠に心許なし。
この上は、明日我ら城に討ち入り、村上が首を取ってお目に掛けるべし。首を取らずんば、
生きて再び帰りませぬ!」
自陣に戻った利勝は、先駆けするには身軽でなければ、と思い家臣の半井原某を呼んだ。
「おい、オレの鉄の脛当ては重くていかん。お前の脚絆を貸してくれ。」
「お断りします。利勝様は、城中まで騎馬で行けばよろしかろう。私は徒歩で行くのです、
鉄の脛当てでは不自由です。」
翌日、仕方なく鉄の脛当てを着け出陣した利勝は首尾よく村上勘兵衛と遭遇して渡り合い、
勘兵衛を押さえつけた。
その時、勘兵衛の妹が長刀で利勝の足に斬りつけたが、鉄の脛当てのおかげで無事に
済み、そのスキに追いついて来た半井原が彼女の首をはね、利勝は勘兵衛の首を挙げた。
城将の首を見た直家は苦笑しつつ、「また利勝が手柄を立ておった。」と褒め、また、
「脚絆を借りず、長刀の難を逃れたのは運が良かったからだ。半井原は一人、利勝の供を
して難を救い、良く働いた。」と言い、二人に感状と褒美を与えた。
- 517 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:07:15 ID:3B2GthLD
- 従者の活躍って珍しい気がする、乙
- 518 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:32:03 ID:Jyfg9eSa
- >>516
戸川、長船に岡で宇喜多三家老だったか。
直家も昔から苦労してるだけに、
その頃からの家臣との結束はそうとう固かったんだろうな。
- 519 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:37:37 ID:Zvk1uejw
- 直家は謀略見事に成し遂げて帰ってきた家臣にきっちり報いたり
切腹させた相手との約束守って子に扶持与え続けたり
いいところも多いと思うが…敵とか自分を脅かす可能性感じた相手とかへの対応は凄いからな。
まぁしゃーないところ。
- 520 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:47:30 ID:wRuCMhhg
- ある時のこと
伊達政宗が本願寺の門跡より会食に招待された事があった。その後、能の興行が行われた。
政宗、その番組(演目表)を見て、
「杜若(かきつばた:能の演目の一つ)をやるのか!よし、ここの鼓はわしが打とう!」
座の人々、一斉に眉をひそめた。
『杜若なんて超難しい曲目じゃないか。プロでも大変なのに大名が打てる訳無いだろ!
あーあ、せっかくの能興行がぶち壊しだ。』
が、あにはからんや、政宗の鼓は見事であった。
物語の序破急節を、見事に表現した。
曲が終わって門跡、感に堪えたように
「政宗公は鼓の名手であられますな!」
と、声をかけると、政宗
「杜若に限らず、(難解な曲と言われる)獅子や姥捨の秘曲でも、打つ自信はありますよ?
まあ、そこいらの並みの能楽師じゃ、わたしの足元にも及びませんよ。」
門跡に向って自画自賛。このあたりいかにも政宗らしい。が、
「…ですがね、ふと思い出しましたが、細川幽斎なんて人は、鼓に限らず、もう
いろんなものの名人でした。ですが、その事を一生自慢しなかったそうです。
わたしがこんな大口を叩くのは、人柄も鼓も、細川幽際に及ばないからだ。
ま、そんな風に思ってください。」
案外謙虚な政宗公なのであった。
- 521 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:51:48 ID:kgiw7Isc
- >>520
鼓の勉強する暇あるなら、戦の勉強もしろよ。と思ってしまった俺は
悪い話スレに毒されすぎ?
- 522 :人間七七四年:2009/11/21(土) 22:55:21 ID:pwW6tjBY
- 既に幽斎がこの世を去ってかなり経った頃と思われるので
戦の勉強しまくってると逆ににらまれるような時代の話かも知れんぜ
- 523 :人間七七四年:2009/11/21(土) 23:01:05 ID:rN/y1UD3
- 幽斎の話を持ち出して一歩ひいてみるが、自慢したい欲求は抑えない政宗
- 524 :人間七七四年:2009/11/21(土) 23:02:50 ID:wRuCMhhg
- あ、この話はもう、家康も死んで政宗がフリーダムを楽しんでる時期の事ですねw
- 525 :人間七七四年:2009/11/21(土) 23:04:49 ID:OR3WbBW+
- 幽斎さん、完璧超人過ぎるからな
- 526 :人間七七四年:2009/11/21(土) 23:13:40 ID:3B2GthLD
- 結構名門の生まれで、腕っ節が強くて、天皇から助命嘆願来るほどの文化人てなんてチート
- 527 :人間七七四年:2009/11/21(土) 23:23:15 ID:WJ7076H9
- 油や柿盗むほど手癖悪いし自分の子の情操教育は失敗してるけどな!
- 528 :人間七七四年:2009/11/22(日) 01:29:36 ID:W56FUvRK
- >>527
その息子さんも地雷さえ踏まなきゃ、親父ほどではなくてもかなりのチートだからなぁ。
- 529 :人間七七四年:2009/11/22(日) 09:10:57 ID:za4kshnW
- 珍しく謙虚でいい話なんだから誰かまーくんを褒めてあげてよw
- 530 :人間七七四年:2009/11/22(日) 09:39:40 ID:DADiwyYm
- このスレって基本的に戦国後半の逸話が多い気がする
自分は戦国末期殆んど知らなかったから、新鮮なんだけど
ある程度平和になってから色々語り継がれるようになったのかな
といった訳で、どなたかの上杉謙信時代の家臣の逸話あったら聞きたいです
- 531 :人間七七四年:2009/11/22(日) 13:36:41 ID:Iu1K+i/s
- >>530
謙信の家臣というには無名で微妙かもしれませんが。
ある時、謙信は使い番に欠員ができたので、
神保主殿という17歳の若者を新たに使い番とした。
が、すでに使い番として仕えていた者たちにはそれなりの自負があったのか、
「こんな右も左も分からんような小僧を我らと同列にするとは。」
と、内心面白くなかったようである。
これを知った謙信は、使い番の者たちを呼び出してこう言った。
「使い番といえば、わしの目とも片腕とも呼べるものでなければならん。
よって、十分吟味した上でおまえたちを使い番に命じたわけだ。
それで、新たな使い番のことだがな。
新たな者を選ぶにあたって以前武役を務めたものが適任かと思ったが、
中途半端な者を選べばかえっておまえたちの気分を害するかもしれぬ。
そこで、全く経験の無い神保をわしの眼力を頼りに選んだのだ。
おまえたちならしっかりと使い番として教育してくれると思ってな。」
その後、神保主殿は加賀尾山の城攻めで功を上げ、謙信から感状を賜ったという。
神保の才を見抜いた謙信、彼を一人前に育て上げた使い番仲間、
そして両者の期待に応えた一人の若者の話。
- 532 :人間七七四年:2009/11/22(日) 15:17:58 ID:6CYc0kIf
- 謙信って世間ではただの戦馬鹿的な印象広まってるけど
気を使うなかなか優秀な将だよね
- 533 :人間七七四年:2009/11/22(日) 15:18:40 ID:H6OV6i8D
- おかん武将ですから
- 534 :人間七七四年:2009/11/22(日) 17:52:18 ID:l0C2BSWI
- 奇声を発する理由
池田輝政は時々一人で「ウォー」とか「ウワァー」とか奇声を発することがあった。
家臣たちが驚いて
「いかがなさいましたか?」
と訊くと、輝政は苦笑してこう言った。
「驚かせてすまない。今起きていることが昔俺が考えた通りのことなので、思わず俺もたいしたものだ、と嬉しくなったのだ。
今後もしばしばこういう声を出すと思うが、別に心配しなくてよい。
俺が奇声を発した時は、会心の声だと思ってくれ。
嬉しくてこういう声を出すのだ。」
話を聞いた家臣たちは納得し、胸をなでおろした。
その後も輝政はしばしば一人で「ウォー」とか「ウワァー」とか奇声を発し続けた。
だが、その声を聞くたびに家臣たちは
「いま、城の仕事が全てうまくいっているのだ。」
と安心した。
- 535 :人間七七四年:2009/11/22(日) 17:55:28 ID:HI5SoZ4G
- なんか武断派の中心人物って全員、奇人変人だな。
奉行派がマシに思えてくる。
- 536 :人間七七四年:2009/11/22(日) 18:02:32 ID:xoOEf6+2
- >>534
既出…かと思ったらオチが違うね
- 537 :530:2009/11/22(日) 18:36:54 ID:+Jkpt57T
- >>531
ありがとうございます、神保性という事は越中神保氏の関係者かな
たしか佐々成政に仕えた神保氏がいた記憶はあるんですが
なんか血縁て意外な所で繋がってる事がある気がする
謙信の配下に真田と同族の海野氏とか見かけた事あるし
- 538 :人間七七四年:2009/11/22(日) 19:03:25 ID:hC8uUojw
- >>537
軽く調べたんだけど神保主殿てのが何者かはよく分からなかった。
苗字が苗字だし、おそらく越中神保氏の縁者かと。
神保長職は1568年以前に謙信と何度か和睦してるし、
その時に人質にでも出されたのかもね。
- 539 :人間七七四年:2009/11/22(日) 21:05:22 ID:+Jkpt57T
- 有名な逸話ですが纏めてみました
「武田信玄と上杉謙信 お互いを認め合う話」
信玄は、遺言で有名な「自分の死を三年間隠せ」とともに、勝頼に宛てて遺言を残したといわれる。
内容は、「自分は謙信と幾度も戦ったが、お前は謙信とは和睦した方がいい。
謙信は義に篤い人物だから、きっとお前の助けになってくれる筈だ。」と書き残した。
その遺言の影響があったのか、後に勝頼は上杉景勝を支援し信玄の娘・菊姫を嫁がせ
信玄・謙信が世を去った後、武田家と上杉家は婚姻関係を結び同盟が成立した。
対して謙信は信玄の死が伝わると、「吾れ好敵手を失へり、世に復たこれほどの英雄男子あらんや」と
食事中にも関わらず号泣し、宿敵・信玄の死を惜しんだ。
家督交代に乗じて攻め込むのはよくある事で、家臣が武田攻めを進言したが
謙信は、信濃に兵を進める事はなかったという。
第一次川中島合戦から数えて、約二十年戦い続けた戦国時代の名将二人も
死を間近にしては、互いに戦を通じて親しみを感じていたのかもしれない。
そんな両雄の生まれが違えば仲が良かったのかもと思わせる、いい話。
- 540 :人間七七四年:2009/11/22(日) 21:08:53 ID:jah12rTx
- 謙信は女性でツンデレだからな。
- 541 :人間七七四年:2009/11/22(日) 21:26:21 ID:iwgDrwgp
- >>539
これ出てなかったのかw
- 542 :人間七七四年:2009/11/22(日) 21:53:45 ID:XwbPxavF
- >>539
この二人の互いに争いあったが、
一方で互いを認めてたっていう話は熱くていいわ。
これぞまさに天の配剤ってやつだな。
- 543 :人間七七四年:2009/11/22(日) 21:54:04 ID:LjaJH3t2
- >>514
で、エンディングは泳いでいくんだなw
>>518
そいつらの子供の代も結束はしてたな
結束して宇喜多家の結束を崩した--;
- 544 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:18:16 ID:imWIl5DO
- >>539
すでに矛盾しまくっているんですけどね
- 545 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:38:35 ID:V/RC7kng
- しかし謙信、信玄が死ぬとすぐに関東の諸勢力相手に
信玄が死んだ今こそ力を合わせて武田勝頼と北条氏政を倒そうぜ!って手紙出してるよね
例の小田さんまでも貰っている
- 546 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:51:00 ID:O2wRiXwn
- あんなに役立たずな小田さんにも書状が届くとは穏
やかな話ではないな。
- 547 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:56:33 ID:PwaR6ekd
- ある時、島津義弘の家臣北山内助が義弘に早退したいと言ってきた。
「なぜ早退するのだ。理由を言え」
「実は家の馬が病気でして」
「うまぁ?馬ごときで早退か!?」
義弘が笑うので内助は続けて言った。
「はい。馬は足の代わり、ご奉公に必要なものです。
それがしの家にいる蟻や蜘蛛が病気でも、それが貴方のお役に立つなら帰ります」
「ううむ、さような心掛けであるか」
義弘は納得した。
- 548 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:58:14 ID:5iuTbFQt
- 小田さんの動員能力を甘く見るな!
ただ天才的に指揮能力がなかったんだ
- 549 :人間七七四年:2009/11/22(日) 22:59:46 ID:isdrZvRL
- 今月のシグルイの政宗さんは老成して良い感じだった。
戦国の気骨と円熟味が良く出ていた。
- 550 :人間七七四年:2009/11/23(月) 00:01:20 ID:wDQPfXoH
- 小田さん、こっちでも大人気だな。w
コーエイの箱庭とかやっていて、ダメダメ大名選択すると、まず配下の武将のせこさに泣いて、
その後、やっと落としたお城が片っ端から裏切り始める。
家臣や領民に慕われるって、実はかなりの能力なんだなぁって実感するんだけど。
- 551 :人間七七四年:2009/11/23(月) 00:04:21 ID:5H5fWEiz
- 正宗という刀をご存知だろうか。備前長船、来国俊に並ぶ大層有名な刀である。今回はこの刀に関するエピソードを1つ。
時は1598年、太閤秀吉が亡くなり、翌年の3月3日に加藤清正、福島正則を中心とする7将が石田三成を襲撃した。
この時三成は政敵の家康の下に逃れ、事なきを得た。しかし、三成は命の代償に奉行の職を失い、家督を譲り蟄居せねばならなくなってしまった。三成が領地の佐和山に戻る際、護衛を任されたのが結城秀康である。
結城秀康は三成を嫌う者が多い中で三成に反感を持たない数少ない男だった。秀康は三成を佐和山の目と鼻の先の距離まで送った。これに三成は感謝し、
「秀康殿、護送の御礼にこの刀を受け取って戴きたい。」と1本の刀を差し出した。これこそ、冒頭で紹介した正宗である。
この刀は元々、毛利輝元が所有していた物を宇喜多秀家が買い取り、それを三成に贈ったものらしい。この刀を秀康は大変喜んで受け取り、石田正宗と名付けた。秀康はこの刀を終生差し続け、家康に叱責されても
改める事は無かったという。後にこの刀は秀康から津山松平家に伝わる事になる。長文失礼。
- 552 :人間七七四年:2009/11/23(月) 00:05:18 ID:fpT2gtDA
- >>545
あれ謙信、佐竹義昭が死んですぐ佐竹に攻め込んだ小田さんフルボッコにしてたよな
- 553 :人間七七四年:2009/11/23(月) 00:10:48 ID:5S0mREKn
- >>552
多分謙信さん的には拳を交わしあえば皆友達なんだよ。
- 554 :人間七七四年:2009/11/23(月) 00:19:16 ID:yO/h8IYP
- どこのサイヤ人だよww近くにいられたらすげぇ迷惑だ
- 555 :人間七七四年:2009/11/23(月) 01:26:34 ID:nqyZEqnP
- 男のどつきあい、略してお付き合いw
- 556 :人間七七四年:2009/11/23(月) 01:26:46 ID:e6f78wSG
- 謙信「俺の言うことは正しい、俺の為す事も正しい
俺が天下に背こうとも天下の人間が俺に背くことは許さん」
- 557 :人間七七四年:2009/11/23(月) 01:39:58 ID:bmoKJX3N
- H条さん「毎年、押し掛けられて迷惑しています。以前は自宅まで大勢引き連れてきました。」
T田さん「20年間もストーカー行為や誹謗中傷されています。一度、塩くれた事もありました。」
- 558 :人間七七四年:2009/11/23(月) 01:52:22 ID:GBeRK+qv
- なんというジャイアニズム
- 559 :人間七七四年:2009/11/23(月) 01:59:32 ID:nNFtmYDG
- 謙信=悟空
信玄=ベジータ
氏康=くりりん
こんな感じ?ヤムチャは誰だ・・
- 560 :人間七七四年:2009/11/23(月) 03:07:47 ID:nPn4V2DX
- U杉憲勝「俺の許しを得ずに開城降伏とは許せんと援軍に間に合わなかったことを
棚に挙げられ息子を殺されました。庇ってくれた太田さんには感謝してる」
O田さん「人を見る目が無いと罵られ危うく切り殺されるところだった」
N田さん「その八つ当たりで城を攻められ、詳しい被害は不明だが一部報告によれば3000人切り殺された」
- 561 :人間七七四年:2009/11/23(月) 06:56:08 ID:w59Gbmlw
- >>552
信玄・氏康という昔からの抗争相手が死んで、
なんか自分の死も間近に感じて最初は悲しんだけど
後になったら、やっぱ攻めた方がよくね?って心変わりでもしたんじゃない
- 562 :人間七七四年:2009/11/23(月) 08:31:48 ID:jhImjQOs
- いやあれは攻める攻める詐欺だな。
越相同盟の時も武田を攻めるぞ攻めるぞと言いながら攻める気なしで武蔵国の利権だけゲットして北条との緩衝地帯を作ったし。
実は密約で越甲同盟がすでに成立してたとする研究者も多い。
そして北条武田の直接脅威を無くしてから謙信ちゃんは北陸方面に力を入れ始め織田と敵対してる。
実は脳筋バカから外交に目覚め始めた謙信ちゃん。
やはり足の自由が利かなくなってくると山勘や黒勘みたいに暗黒軍師化する戦国ではお約束設定なんだろう。
- 563 :人間七七四年:2009/11/23(月) 09:25:08 ID:w59Gbmlw
- >やはり足の自由が利かなくなってくると
って謙信足悪かったんだ、知らなかった
調べていたら、謙信と爆弾正の邂逅についての逸話があったから書いてみる
1559年 謙信は二度目の上洛をしていた。
まだ正式に上杉家を継ぐ前であり、その事についての打ちあわせがあったと思われる。
当主を辞めて出家しようとした謙信だけに、京都観光は楽しみにしていたのか街中を練り歩いていた。
(この直前、腫れ物が出来て家臣たちが膿を吸いだしたり一騒動だったらしい)
すると、ばったりと当時の近畿で三好の重臣として辣腕を揮っていた松永久秀と出くわした。
ここで、どのような会話がなされたかは分からないが謙信は久秀に対し、気後れする事もなく振舞ったという。
久秀は将軍に気に入られている程度の田舎大名が、尊大に振舞うので内心面白くなかったのかもしれない。
それを感じとったのか、久秀の家臣二名が謙信に対し無礼を働いくと、
謙信は、この二人を三条橋のあたりまで連行して首を切り落としてしまった。
この事に対し、三好も久秀も事を荒立てたくなかったのか講義は無かったという。
そんな上洛してのやんちゃが多い謙信公の度胸のいい話。
- 564 :人間七七四年:2009/11/23(月) 09:43:04 ID:jhImjQOs
- その時のトラウマか、義輝暗殺を実行スイッチを押させたのが、
義輝のために謙信が上洛して三好や松永を討ち滅ぼす為に近々上洛という風聞だったらしい。
- 565 :人間七七四年:2009/11/23(月) 09:45:53 ID:jhImjQOs
- 謙信が商人とのトラブルで堺に火をかけたりと暴君ぶりを発揮したが長慶が不問にしてあげたり…越後兵の上洛とかそんなに怖いんかな?
- 566 :人間七七四年:2009/11/23(月) 09:48:20 ID:YDvqbEiK
- >>563
その上洛の時って確か最初は長慶にもシカトされたんだよな。
そんでキレた謙信が長慶を襲撃しようとしたらしい。
日本の副王も爆弾正もさすがに相手が悪かったか…
- 567 :人間七七四年:2009/11/23(月) 10:00:20 ID:9XbKkv2U
- >>563
上洛した時、謙信は時の将軍義輝に
「お望みならば手前の兵で逆賊共(三好・松永党)を討ち滅ぼしてご覧に入れましょう」と口上
将軍様はなんとかなだめて謙信の暴走を抑えたみたいだが
スゲー自信だなと思うけど、謙信なら本気も本気なんだろうなあw
- 568 :人間七七四年:2009/11/23(月) 10:41:24 ID:queEP3ux
- 謙信なら仕方ない
- 569 :人間七七四年:2009/11/23(月) 10:59:29 ID:vkfgOXR8
- >>568
ちょっと待て
その言い方だと富田さんや鬼武蔵と同レベルに聞こえるぞw
- 570 :人間七七四年:2009/11/23(月) 11:05:50 ID:2U1mrchE
- スケールが違うだけで方向性は同じだと思うw
- 571 :人間七七四年:2009/11/23(月) 11:18:45 ID:vkfgOXR8
- 謙信ヒャッハーか
ラスボスみたいにDQN四天王とは別格な気がする
- 572 :人間七七四年:2009/11/23(月) 11:32:15 ID:zuZxf8Xf
- でも暗殺に関しては義輝の方が先にやってるんだよな。
爆弾正も、義輝みて暗殺に開眼したんじゃね?
- 573 :人間七七四年:2009/11/23(月) 11:54:10 ID:NUD/Uvib
- 久秀「暗殺!そういうものもあるのか」
- 574 :人間七七四年:2009/11/23(月) 11:56:28 ID:vkfgOXR8
- その二人が対織田では対織田包囲網に同時期参加してるし
人生なんて先がわからんな
- 575 :人間七七四年:2009/11/23(月) 12:40:53 ID:ov8YGJKg
- 久秀「それでも謙信なら・・・謙信ならきっと何とかしてくれる」→謀反へ
- 576 :人間七七四年:2009/11/23(月) 12:58:44 ID:jhImjQOs
- ウンコ中にアナルプレイが元で切れ痔が悪化して死亡しました→報告を聞き弾正爆死
- 577 :人間七七四年:2009/11/23(月) 13:07:54 ID:I6DcXTcM
- 謙信ちゃんがウ●●なんてするわけないだろ!
●●に当てはまるものを答えよ
1.ンコ
2.ワキ
3.ホッ
178 KB
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