
【訃報】アキノ元比大統領が死去=ピープルパワー革命の中心(8)
- 1 おはようゲートボールφ(090915)φ ★ 2009/08/01(土) 11:51:06 ID:???
- 【マニラ共同】フィリピンのコラソン・アキノ元大統領が1日、マニラ首都圏の病院で死去した。家族が同日、明らかにした。
76歳だった。アキノ氏は、マルコス独裁政権を打倒した「ピープルパワー革命」の中心となり、
1986年に大統領に就任して民主化を推進。92年の退任後も、政治集会への参加や慈善活動などで存在感を示していた。
昨年3月、大腸がんを患っていることを家族が公表。闘病を続けていた。
ルソン島タルラック州の裕福な政治家一族の出身。53年、米国の大学を卒業し、
54年に同州の若手政治家ベニグノ・アキノ氏(後に上院議員)と結婚。
80年、当時のマルコス大統領と対立したベニグノ氏は米国に逃れ、83年の帰国直後にマニラ空港で暗殺された。
これをきっかけに政治活動に入り、反マルコス運動の象徴的存在となった。
86年2月の大統領選に出馬。議会がマルコス大統領当選を認定すると「選挙に不正があった」と抗議し、
軍・警察幹部もマルコス氏に反旗を翻した。数十万人の市民によるマニラでのデモに発展し、
マルコス氏を国外脱出へ追い込んだ。同月、大統領就任を宣言した。
大統領時代は、新憲法を制定するなど民主化を進めたが、度重なるクーデター未遂に揺さぶられた。
91年のピナトゥボ火山噴火など自然災害にも見舞われ、経済再建は期待通りに進まなかった。
任期満了で大統領退任。非政府組織(NGO)の活動などを通じ、貧困削減に取り組んだ。
エストラダ前大統領を退陣に追い込んだ2001年の政変劇でも、大規模集会に参加して主要な役割を果たし、
アロヨ現政権の誕生を支えた。その後は汚職疑惑などを理由に反アロヨの立場に転じた。
1986年2月、フィリピンの大統領就任式でLサインを示す、アキノ大統領=マニラ市郊外(共同)
http://img.47news.jp/PN/200908/PN2009080101000169.-.-.CI0003.jpg
アキノ元比大統領が死去 ピープルパワー革命の中心 - 47NEWS(よんななニュース)
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