
【女子アナ】 「奇跡の38歳」 丸岡いずみさん大ブレイク(26)
- 1 あけましておまコン(100301)φ ★ 2010/02/28(日) 16:43:29 ID:???
- 日本テレビ系ワイドショー『情報ライブミヤネ屋』に出演し、アラフォーとは思えない
容姿と司会の宮根誠司(46)との絶妙のやりとりで大好評の「奇跡の38歳」こと丸岡いずみさん。
じつは彼女、現在の肩書は日テレ報道部の一記者にすぎない。だが、その実力と人気ぶりから、
4月から始まる夕方のニュース番組でメーンキャスターを務めることが明らかになった。
異例の大抜擢を受けた丸岡さんの足跡をたどるべく、本誌は彼女の地元へ飛んだ。
71年8月6日、丸岡さんは徳島の山あいの町で産声を上げた。ご両親はともに教師。
幼いころからバレエやピアノなどを習っていたという。『ミヤネ屋』で見せる上品でおっとりとした印象は、
このころ培われた?「いやぁ、昔からかわいかったけど、ヤンチャでしたよ。いつも男の子と遊んでました。
木に登って高いところから飛び降りたりね(笑)」(近隣住民)
意外や意外、かなり活発な女の子だったようだ。小・中学校で同級生だった人物はこう話す。
「小学生のころから水泳も習っていて、のちのち四国大会に出るまで頭角を現わしました。
小さいころ、川に落ちたことがあって飛び込みだけは苦手だったらしいけど(笑)。それから足も速かった。
中学のときに100mを13秒前半で走って『男子よりも速い』と話題になりました」
その一方、勉強も非の打ちどころがなかった。通っていた公立高校は、徳島県内でも指折りの進学校。
「そのなかでも、丸岡さんは文系の優秀な生徒だけで編成されるクラスにいました。
でも、水泳部と陸上部をかけもちしてて、ガリ勉ってタイプじゃ全然なかった。
性格?今でいう“天然”って感じでしたね」(高校の同級生)
関西学院大学に進学した丸岡さん。その後の経歴を日テレ関係者が解説する。
「94年にまず就職したのは北海道文化放送。アナウンサー職としての採用でした。
99年に退社するとフリーアナウンサーに転身。01年にウチに中途入社し、警視庁担当などを経て今に至ります」
小学校のアルバムには、今の活躍を暗示するように、放送委員会の写真に「アナウンサー」と
書かれた腕章をつけてポーズをとる丸岡さんの姿があった。38歳にして大ブレイクを果たした苦労娘が、
日テレにどんな「奇跡」をもたらすか。
http://news.ameba.jp/flash/2010/02/58792.html
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